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緑虫との闘い
―「がん対策基本法」施策と矛盾する在宅車両の理不尽な取り締まり―
2009年09月18日(金)
昨日の厚労省幹部との情報交換を終えて、一文を書いてみました。興味を引いてもらうように、わざと緑虫という言葉を使ってみました。
人間復興か、はたまた医療費抑制政策か。おそらく両方の意味でしょう。国を挙げて宅医療推進が謳われています。2007年に制定された「がん対策基本法」では「がん患者の意向を踏まえ、住み慣れた自宅や地域での療養を可能とする」とし、「在宅での療養と看取り」を勧めています。しかし私のクリニックのような都市部では在宅車両を標的にした理不尽な在駐車違反取り締まりが連日行われています。その結果、在宅医療の日常業務に多大な支障をきたすばかりでなく在宅スタッフのモチベーションを大きく損ねています。警察等関係各方面に働きかけても解決の糸口が見えず、大変困っています。
【取り締まりの実態】
09年5月のGWの真最中、阪神間のある在宅医から怒りのメールが流れました。在宅看取りのため緊急往診したわずか20分間にヤラレタ!と。駐車禁止除外票を提示して明らかに邪魔にならない場所に止めたが無駄だったそうです。在宅療養支援診療所は365日、24時間対応を義務付けられています。しかし休日返上で一生懸命に緊急対応した結果が犯罪者扱いなら、誰でも落ち込みます。
多くの人は、「たかが駐車違反だろう。駐禁除外票を提示して上手く停めればいいだけなのに何を大げさに」と思われるでしょう。しかし、「駐禁除外票より道路交通法が優先する」という規則のため駐禁除外票は、尼崎のような都市部では多くの場合ほとんど意味がありません。付近に駐車場があれば当然利用しますが近くに駐車場がない場合が多く、仕方なく迷惑にならない場所を探して、少し歩道に乗り上げたり、左に民家の入口がある場合はしかたなく右側に駐車しますが、これらは全部アウトです。
私自身も毎日が、2人ひと組になり自転車に乗ってさまよう路上駐車取り締まり員との追いかけっこです。彼らは通称、「緑のおじさん」ないし誰が名づけたのか「緑虫」と呼ばれています。路上で緑虫と口論になったり、取り締まりが気になって患者さんと十分に話せなかったり、運悪くたった5分で捕まって落ち込んだり、ショックで辞表を出す職員の対応に追われたり・・・。もはや緑虫抜きで日常が語れなくなってきました。
当院は複数医師で外来診療の合間に在宅医療を行う、いわゆるミックス型診療所です。
この2年半を振り返ってみて、当院の在宅医療車両の駐車違反摘発件数は、
2007年 1件、2008年 5件、2009年 7件の、計13件、でした。
職種別では医師4件、訪問看護師7件、訪問リハビリ2件でした。違反事由としては、右側駐車3件 横断歩道付近1件 駐車場出入付近2件 消火栓付近1件、歩道乗り上げ2件 左側0.75m違反1件 その他3件でした。一番よく使う中古の軽車両は07年1件、08年2件、09年1件とすでに4回捕まり、地元警察署からリーチを宣告されています。
【緑虫を生みだす尼崎市南部の道路環境】
尼崎市南部の特に住宅地域の道路は狭い道や一方通行が多いのですが、そのエリアの在宅患者さんの急変や看取りなど緊急の訪問要請時には、規則に沿った駐車場所を自宅付近で念入りに探し出す時間的猶予がないのが現実です。自転車も多く使いますが、多少距離があったり、点滴、栄養剤、医療器具などの荷物が多かったり、また雨天の時など自動車無しでの在宅医療は考えられません。
よく調べてみると当院は駐禁取締の最重点地域に位置していました。駐禁問題は知る範囲ではどうやら阪神間や横浜など中核?100万都市に限られた問題のようです。超都心では駐車自体ができなかったり、逆に田舎では取り締まり自体が無用でしょう。尼崎市南部では規則に照らし合わせると、駐車禁止除外標章を受けても、その標章を活用できる場所は極めて少ないことに気がつきました。
往診代や交通費は実費請求が認められていますが、当院では駐車場代をはじめ交通費は頂いていません。医療費の支払いすら無理な方が大勢いる中、交通費の請求は経済不況下では難しいと思います。よくドライバーを雇って2人で往診せよとも言われますが、診療報酬に「ドライバー加算」が検討されるのでしょうか?
【在宅スタッフのモチベーションの失墜】
在宅医療の主役は訪問看護師ですが、この世界に入って最初に出会うのが「緑虫の洗礼」です。さらに訪問看護師などの医療職にとどまらす、ケアマネージャー、訪問入浴業者、介護用ベッド搬入業者も容赦ない緑虫の洗礼を受けて、陰で泣いています。
緑虫はとても賢く人間的です。私たちの目と鼻の先に駐車している、その筋の(いわゆる暴力団)事務所周囲のエサ(駐車車両)には全く手をつけません。モメルからでしょう。だから駐禁除外票を提示している医療・福祉車両に的を絞って食い散らかしていきます。日々のノルマを手っとり早く上げるには、善良であることが保障された医療・福祉車両を食べるのが安全で最も効率がいいのです。緑虫にとってこんな美味しい餌はありません。「駐禁除外票を狙え!効率がいいぞ」という指示でも出ているのでしょうか。
この状況が続くと、在宅医療を目指すものが増えないばかりか職員のモチベーションも下がり、在宅医療の大きな阻害要因になると懸念します。現に当院でも、退職を願い出たり、まじめに仕事をしているのに駐車違反による減点で免許に傷がつき落ち込んで外来業務に異動させてほしいと願い出る看護師がいました。運営側としては、駐車取り締まりに関わる、膨大な事務作業(現場の確認、運転者からの事情聴取、弁明書の作成、違反金の手続き等)を強いられます。毎回弁明書を書きますが、違反が撤回されたことはありません。違反金はお金で解決可能ですが、失われた違反点数やゴールド免許の権利は回復できません。同一の車両が6ヶ月以内に3回放置違反を受けると、一定期間その車が使用禁止になります。その場合は代替車の購入等も考えなければいけません。
【緑虫との闘いから見えてきたもの】
街中を2人1組になって自転車でウロウロしている緑虫に、美味しい餌を食べられないようにするには一体どうすればいいのでしょうか。この1年間、阪神間の在宅医療関係者の間で最も話題になった話題は「緑虫対策」でした。在宅医療や生と死など本来議論すべき話題より、たった5分で犯罪者に仕立てられないための目先の防衛策のほうが優先します。緑虫問題が解決しない限り、落ち着いて在宅患者さんに対応できません。
警察関係者と相談した結果、見えてきたものは、「警察と厚労省の横の連携が悪いこと」、「現場の緑虫には裁量権が一切ないこと」などです。大げさに言えば、「縦割り行政」や「地方分権の問題」にも行きつくように思えます。現在、なぜか医師の駐車禁止除外票は、緊急往診に限られていて定期的な訪問診療には適応されません。往診に限るのは現実的ではなく不条理です。さらに訪問看護や介護業者は、医師とはまた別の複雑怪奇な規則であり、地域差があるようですが、「駐禁除外票」の法的基準が曖昧に思えます。「駐禁除外票」発行の基盤となる法律自体を、在宅医療の現状に呼応した形に再整備する必要があると考えます。
除外票の不正使用は、厳重に取り締まるのは当然として、駐禁除外票の発行の見直しのみならずその適応範囲の見直しを希望いたします。在宅医療を謳う一方で、在宅関係車両を狙い撃ちする緑虫の攻撃を黙認する国の姿勢は矛盾しています。またこんな身近な問題すら一向に解決できない日本の行政システムに大きな矛盾を感じてきました。しかし、政権交代して政治主導となった今こそチャンスだと思います。
【地域の実情に応じた緩和措置の提言】
以上が国を挙げて推進している在宅医療の知られざる側面です。関東では署名活動により「在宅医療車両の緊急車両扱い」が認めていますが、阪神間の私たちはそんな措置は望んでいません。この問題は地域性が大きく関係するようなので、道路交通法の大幅改定は現実的ではないでしょう。駐禁除外票の発行基準の一元化と地域の実情と業務の社会性を十分に勘案した「在宅関係車両の柔軟な取り扱い」を切にお願いしたします。具体的には、市町村単位で地元警察と医師会などとの話し合いで、「地域の実情に応じた取り締まりの緩和措置」を検討していただけることを希望します。
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