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医師法21条を巡って
2013年02月11日(月)
もはや、医療関連死は医師法21条の対象ではなく、医療事故調も要らないとの認識だ。
医療関係者には、くれぐれも医師法20条と21条を混同しないことも併せてお願いしたい。
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医療事故調をめぐる議論の現状と行方 ~ついに正常化した医師法21条の解釈~
諫早医師会副会長
満岡 渉
2013年2月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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2007年から08年にかけて、医療事故の調査のあり方について大きな論争が繰り広げられた。論争は厚労省の提示した医療事故調査委員会(医療事故調)の第2次試案~大綱案と民主党案を軸にして行われたが、2009年夏の政権交代を機に、表舞台では目立った動きがなくなっていた。
2011年6月、いわば仕切り直しのような形で、日医の医療事故調査に関する検討委員会は、「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」を発表した。日医は、全国の都道府県医師会と郡市医師会へのアンケート調査を行った後、2012年(昨年)9月、「診療に関連した予期しない死亡の調査機関設立の骨子(日医案)」を提示した(1)(2)。これと時を同じくして厚労省では、2012年2月、「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」で医療事故調査制度についての議論が再開された(3)。
日医案や厚労省「あり方検討部会」での議論については資料を紹介するにとどめるが、この「あり方検討部会」の第8回(2012年10月26日)において、瓢箪から駒ともいうべき画期的な出来事があった。厚労省医政局医事課長の田原克志氏の医師法21条についての発言だ(4)。田原氏は、21条で警察への届け出が義務づけられた異状死体の定義について、「医師が死体の外表を見て検案し、異状を認めた場合に警察署に届け出る。これは診療関連死であるか否かにかかわらない」と述べ、事実上これまでの厚労省の21条解釈を撤回したのである。この発言の重要性を理解するためには、医師法21条と医療事故調をめぐるこれまでの議論を振り返る必要がある。
医師法21条の条文は「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」というものだ。その趣旨は「司法警察上の便宜」とされ、殺人など犯罪の発見を容易にするための規定だった。したがって「診療関連死」は、本来医師法21条の届出対象ではないはずだが、どういう訳か(諸説あるが)、1994年に法医学会が、「異状死」に「診療関連死」を含める「異状死ガイドライン」を発表する(5)。
翌1995年、厚生省が「死亡診断書記入マニュアル」に、「異状とは、病理学的異状でなく、法医学的異状を指します。法医学的異状については、日本法医学会が定めている『異状死ガイドライン』等も参考にして下さい。」と記載し、一学会のガイドラインに過ぎなかったものを、事実上厚生省の指導としてしまう。これが「診療関連死」に警察介入の道を開く端緒だったが、この時点ではまだ、医療事故が刑事事件として立件されることはほとんどなく、その危険性を認識していた医療関係者は多くはなかったと思われる。
事態が動き出すのは1999年である。横浜市大事件(患者取り違え)、広尾病院事件(消毒薬誤注射)といった重大な医療事故・事件が相次ぎ、医療界は世論の厳しい批判に晒される。これを背景に、2000年、厚生省は国立病院の「リスクマネージメントマニュアル作成指針」の「警察への届出」の項に、?医療過誤によって死亡又は傷害が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う」と記載し、同項への注釈として医師法21条の条文を併記した(6)。当然ながら医療者は、医師法21条の解釈変更と受け止めた。
これで医療現場は混乱する。「診療関連死」を届けるのか、「医療過誤」だったら届けるのか。何が医療過誤なのか、誰が判断するのか。結果として医療現場からの警察への届け出は激増し、これに引きずられて、年に数件だった医療事故の立件送致も90件超に膨れ上がることになる。グラフを見ていただきたい。立件送致数が増加した主な原因は医療者からの届出の激増であり、被害者からの届け出はそれほど増えているわけではない。医療現場への警察介入を増やしたのは、厚労省の指針に従ったわれわれ自身である。
グラフ → http://expres.umin.jp/mric/MRIC.Vol38.pptx
当然ながら警察の介入によって医療現場は困窮・疲弊した。診療関連死が起こるたびに医療過誤を疑われ、犯罪として捜査されては医療をやっていけない。2002年には日本外科学会等10学会が、2004年には日本医学会加盟19学会が、診療関連死の届出先として、警察の代わりとなる新たな中立的専門機関の創設を求める声明を発表する。2006年には福島県立大野病院の産科医が、業務上過失致死と医師法21条違反の疑いで逮捕されるという事件もあった(2008年無罪確定)。
これらの動きを受けて、2007年厚労省は、「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会(死因究明検討会)」を立ち上げ(7)、「医療事故調」の設立を期して、同年10月に第2次試案、2008年には第3次試案、大綱案を発表する。
これが、21条問題が医療事故調問題に発展した経緯である。医療事故調プロジェクトは、日医、主だった学会、自民党が支持しており、すんなり法制化されるかと思われたが、その危険性に気付いた医療関係者の間に、燎原の火のごとく反対運動が広がり、冒頭の大論争と政権交代を経て、膠着したまま現在に至っている。
以上述べたように、医療界が医療事故調の創設を求めた最大の理由は、医療現場への警察介入をなくしたかったからである。医療者で医療事故調を推進する立場の論説は、必ず、「医療現場への警察介入をなくすために」という文言から始まる。一方、医療事故調反対論者もこの点は同じで、「医療現場への警察介入はなくしたい、しかし医療事故調はむしろ害の方が大きい」という。では何故医療への警察介入が増えたのかといえば、繰り返しになるが、医療者が自ら警察へ届け出たからであり、何故そうしたのかといえば、厚労省が医師法21条に基づいて、診療関連死・医療過誤を警察に届け出るよう指導したからである。だが前述のように、立法の趣旨として、医師法21条は診療関連死を想定していない。医師法21条を正しく解釈し、本来の形で運用できないのだろうか。
拍子抜けしてしまうが、実はこの問題は、広尾病院事件(消毒薬誤注射)の最高裁判決(2004年4月)でとうの昔に解決済なのである(8)(9)。21条を再掲する。「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」。ここでいう「検案」が、広尾病院事件の最高裁判決で「医師法21条にいう死体の『検案』とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査すること(下線筆者)」と明確に判示されたのである。医師法21条で問題となるのは死体の外表の異状であり、死に至る過程の異状ではない。同法は「異状死体等の届出義務」を定めており、定義されているのは「異状死体」であって、「異状死」ではない。
もう少し詳しく見てみよう。ポイントは、主治医に21条の届出義務が生じたのは何時かという点である。2002年1月の地裁判決では、届出義務が生じたのは患者が死亡した時であるとしたが、2003年5月の高裁判決はこれを破棄し、届出義務が生じたのは患者が死亡した時ではなく、病理解剖の時点であるとした。最高裁判決はこの高裁判決を支持したのだ。主治医が、患者の死亡時には経過の異状性(看護師がヒビテンを誤注射した可能性)を認識していたにもかかわらず、である。何故患者死亡時に届出義務が生じないかというと、主治医はこの時点では外表の異状(右腕にヒビテン注射による変色があること)に気付いていなかったからである。主治医が外表の異状を明確に認識したのは、病理解剖時に右腕の皮膚変色を観察した時なので、この時点で異状死体の届出義務が発生したのだ。この判決は、死亡の原因が医療過誤であると認識していたとしても、外表を検査して異状がなければ警察への届出義務は生じないことを示している。詳細は判決文(10)をお読みいただきたい。
要するに医師法21条で言う異状死体に、診療関連死であるとか、医療過誤の有無とかは、関係ないと最高裁判決が言っているのである。医師であり弁護士である田邊昇氏らは早くからこれを指摘し、東京女子医大事件の被告だった佐藤一樹医師もこの「外表異状説」を周知すべく運動していたが、現場医師の意識に「診療関連死=警察届出」という刷り込みが強く、残念ながら十分に認知されていなかった。それを厚労省自らが、「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」という公の場で明言したのが、先の田原発言なのである。
m3の記事(4)によれば、田原発言は大略以下のようなものである。詳細を知りたい方には厚労省のサイトに議事録がある(11)。
〇医師法21条について、「厚労省が診療関連死について、明示的に届け出るべきだと言ったことはない」
〇医師法21条に定める異状死とは、「(広尾病院事件の最高裁判決を引用し)、医師が死体の外表を見て検案し、異状を認めた場合に警察署に届け出る。これは診療関連死であるか否かにかかわらない。検案の結果、異状があると判断できない場合には届出の必要はない」
〇厚労省が医療過誤による死亡又は傷害を警察に届出るよう指導した『リスクマネージメントマニュアル作成指針』の解釈について、「1)指針は、国立病院・療養所および国立高度専門医療センターに対して示したもので、他の医療機関を拘束するものではない、2)医師法21条の解釈を示したわけではない」
「明示的に言ったことはない」とは呆れる。医療界が勝手に診療関連死を警察に届けただけで、厚労省は関係ないとでもいうのだろうか。どう取り繕おうが、厚労省の医師法21条の無理な解釈に基づく「明示的でない」指導が医療への警察介入を激増させたのであり、厚労省は今回これを、まだ十分とは言えないが修正したのである。もちろん誤りを正すのに遅すぎることはない。
この田原発言は大いに歓迎するが、同時に虚しさと脱力を感じるのは筆者だけではないだろう。いったいこの数年の事故調をめぐる論争は何だったのか。医療事故調論争が盛んだった5年前、厚労省の担当官だった佐原康之氏に行われたインタビュー記事を読んでいただきたい(12)。このとき佐原氏が今回の田原氏と同じことを言っていたら、今日まで続く混乱は起こらなかったであろう。これが厚労省である。
グラフに戻ろう。もともと年に数件だった医療事故の立件送致数が90件超に増加した最大の要因は、医療者が警察に届け出たからである。われわれは診療関連死が、医師法21条で定めた異状死にあたると厚労省から「暗示」されていたわけだが、それは最高裁判決で否定された。これからは検案して死体の外表に異状がある場合のみ警察に届ければよい。医師法21条に基づいて、診療関連死を警察に届け出る代わりに「医療事故調」を創設するべきであるという論理は、根拠がなくなったのである。
最後に、昨年10月27日の「あり方検討部会」で田原医事課長の貴重な発言を引き出すのに、東京保険医協会が検討部会に送付した文書「医師法第21条の誤った法解釈を正す件」が大きな役割を果たしたのではないかといわれている。この文書を作成した中心人物は佐藤一樹医師である。今回の発言を引き出した東京保険医協会と佐藤一樹氏、ならびに以前から21条の解釈正常化に取り組まれていた田邊昇氏に敬意を表したい。
参考資料
(1) 日医案 http://www.jsrm.or.jp/announce/030.pdf
(2) 満岡渉:「診療に関連した予期しない死亡の調査機関設立の骨子(日医案)」に対する意見
MRIC by 医療ガバナンス学会 vol647, 2012年11月9日.
http://medg.jp/mt/2012/11/vol647.html
(3) 厚生労働省 医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000008zaj.html#shingi119
(4) 橋本佳子:「診療関連死イコール警察への届出」は誤り.m3.com 医療維新, 2012年10月29日.
http://www.m3.com/iryoIshin/article/160917/?
(5) 法医学会異状死ガイドライン
http://www.jslm.jp/public/guidelines.html#guidelines
(6) リスクマネージメントマニュアル作成指針
http://www1.mhlw.go.jp/topics/sisin/tp1102-1_12.html
(7) 厚生労働省 死因究明検討会
http://expres.umin.jp/genba/kentokai.html
(8) 佐藤一樹:医師法第21条の法解釈の現状 日本医事新報 No.4615 2012年10月6日.
(9) 佐藤一樹:「医師法21条」再論考―無用な警察届出回避のために―
MRIC by 医療ガバナンス学会 Vol.306, 2011年10月31日.
http://medg.jp/mt/2011/10/vol306-21.html
(10) http://akm.jp/ad/scrapbook/010
(11) 第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会議事録
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002pfog.html
(12) 野村和博:「医師法21条、現状維持でいいんですか?」
厚労省医療安全推進室長の佐原康之氏に聞く 2008年1月23日.
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/200801/505352.html
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