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今こそ、風疹ワクチンを
2013年11月26日(火)
インフルワクチン、肺炎ワクチンで忙しいかもしれないが
若年者は風疹ワクチンも忘れてはいけない。
どうしてか?
東大医科研の上昌広教授が発表した資料を、以下添付させて頂く。
流行のピークは過ぎているが、必ず繰り返される。
風疹のワクチン接種は一生ものだ。
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風疹が大流行している。昨年11月に大都市圏で始まり、全国に拡大した。7月17日現在の患者数は12,832人である。
知人の医師は、「生まれて初めて、こんなに風疹を診ました。ただ、多くの患者を見落としていると思います」という。
確かに、医学の教科書には「風疹の臨床診断は不正確であり、診断には血清検査が不可欠」との主旨の記載がある。また、成人が風疹に罹患した場合、約15%は症状が出ない。不顕性感染の存在も考えれば、この数字は氷山の一角と考えるのが妥当だろう。
風疹の流行は、今に始まった問題ではない。古くは1976、82、87、92年に大流行があった。最近では2004年に流行している。その時の推定患者数は4万人である。つまり、風疹は、我が国で数年おきに感染を繰り返していることになる。
今回の流行も、突然始まった訳ではない。患者数は、2010年87人、11年378人、12年2,392人と着実に増加してきた。そして、今年の大流行となった。
他の先進国と比較して、この状況は見劣りする。例えば、米国では、1962-65年の風疹流行の際には、1250万人が罹患し、2000例の脳炎、11250例の死亡が報告されたが、1969年に風疹ワクチンが導入されて以降、患者数は着実に減っている。2000年代半ば以降は、年間の発症は数例で、患者の大半は国外での生まれた人である。
アメリカの風疹対策のポイントは、ワクチンの接種対象の拡大、さらに接種率向上への取り組みである。当初、小児を対象に、1回接種するだけだったが、1970年代後半に、成人の10-20%が免疫を持たないこと、および学校・軍・医療現場で集団発生が起こっていることが判明すると、思春期前後の女性、軍関係者、学校や職場で集団感染する危険がある人も接種対象に加えた。
90年代半ばには、風疹感染者の殆どがヒスパニック系であることが明らかとなった。米国以外で出生し、風疹ワクチンを接種していないためである。このころから、風疹患者の出身国データを集め、問題となる地域の出身者に重点的にアプローチするように対策が採られた。
この結果、2004年に米国疾病予防管理センター(CDC)は、「米国内における風疹の常在的な感染はなくなった」と宣言した。地道な努力を積み重ね、風疹を根絶したことになる。
今回の流行は、我が国の不十分な対策のツケを払っているといっていい。注目すべきは、患者の8割を20-40歳代の男性が占めることだ。この集団の免役保有率が低かったことが大流行に繋がった直接の原因である。
なぜ、こんなことになるのだろうか?それは、我が国の予防接種行政に、「集団免疫による社会防衛」という概念が希薄だったからだろう。
そもそも、我が国の風疹ワクチン接種は、1977年、女子中学生を対象に、風疹単価ワクチンを集団接種することで始まった。1988年からは、定期接種として、麻疹・風疹・おたふく風邪混合ワクチン(MMR)の接種を選択することが可能となり、このときから男子に対しても風疹ワクチンが接種されるようになった。その後、MMRワクチンによる副作用が社会問題化し、1994年からは満1才から7歳半の年齢層に対し、個別接種で風疹の単価ワクチンを接種することとなった。さらに、2006年には、麻疹・風疹混合ワクチン(MRワクチン)として、満1才(第一期)、就学前(第二期)の二回接種に変更され、現在に至っている。
このため、現在30歳代半ば以上の男性は風疹の予防接種を受けていない。また、制度がころころと変わった世代にあたる23歳から30歳代半ばまでは、男女とも未接種者の率が高く、免疫のない人が多い。この年齢層が今回の流行の中心となったのも頷ける。これは、米国がまず幼児から風疹ワクチンの接種をはじめ、成人まで接種対象を拡大したのとは対照的だ。この世代が出産・子育て世代となり、問題が生じた。
そもそも、何のために風疹ワクチンを接種するのか。それは、本人を感染から守ること、および周囲を感染させないためだ。特に、胎児を先天性風疹症候群から守ることが重要だ。
先天性風疹症候群(CRS)とは、妊婦が風疹に初感染した場合、胎児に心奇形、難聴、白内障などの合併症を起こすことを指す。妊娠10週までに感染した場合、90%の胎児に影響が出ると言われている。対照的に、妊娠11-16週に感染した場合には、リスクは10-20%に低下する。すでに母子手帳を持っている、妊娠3ヶ月目以降の夫に接種しても、CRS予防効果は低い。
成人では15%程度の患者が無症候感染を起こすと言われている。このような場合でも、胎児はCRSを発症しうる。
我が国では、昨秋以来13人の先天性風疹症候群の患者が報告されている。1999年に感染症法が改正され、CRSを診断した医師には届け出義務が課されるようになった。ただ、全ての患者が報告されるわけではない。おそらく、実際の患者は、これよりずっと多いだろう。
お子さんを先天性風疹症候群による心臓疾患で、18才で亡くした可兒佳代氏は「妙子(筆者注:お子さん)の同級生でもお母様が妊娠中に風疹に罹っての難聴の人は沢山いました。この子達は先天性風疹症候群とは言われていません」と述べている。
CRSを防ぐために、私たちがやるべきは、小児は勿論、免疫がない成人に風疹ワクチンを接種することである。風疹ワクチンの接種は、個人の感染予防の見地からだけでなく、集団免疫による社会防衛の見地からの議論が必要だ。
では、そのためには、どの程度のワクチンを準備しなければならないだろうか。現在、風疹に免疫がない20-40代の男性人口は2,600万人である。さらに、風疹ワクチンを一回しか打っていない同世代の女性人口を加えると、ワクチン接種を必要とする人口は4,300万人にのぼる。
ところが、我が国の今年の風疹ワクチンの生産量は、MRワクチンとして462万本に過ぎない。210万本は小児向けなので、成人に利用できるのは、252万本だ。国内メーカーだけで、十分な量を供給することは不可能だ。
この問題に対し、厚労省が誠実に対応しているとは言い難い。例えば、7月に入り、マスコミは、風疹と新たに診断された患者数が減少していることを根拠に、「風疹流行ピーク越えか」と報じている。この報道には、国民を安心させようとする厚労省の意図が透けて見える。
しかしながら、こんなことで安心していてはいけない。そもそも、風疹は、数年間隔で流行を繰り返しており、国民が集団免疫を獲得しなければ、数年後には、また大流行する。今年、風疹がピークアウトしようが、風疹対策は強力に推し進めなければならない。
では、早急に、我が国がやるべきことは何だろうか。それは、ワクチンの確保、および接種率の向上だ。
ワクチンの確保について、国内メーカーだけで必要とされるワクチンが供給できる可能性は低い。この問題を解決するには、どこかからワクチンを確保してくるしかない
ところが、厚労省は、国内でのワクチン供給が間に合わないときの代替案を準備してこなかった。むしろ、国民の批判をそらすための弥縫策に終始している印象すらある。
例えば、7月3日、厚労省は、ワクチン不足を防ぐため、地域で融通しあう体制作りを求める通知を、都道府県や医師会に出したという。この中で、医療機関は必要最小限度の発注に努めること、都道府県は卸売業者や医療機関の在庫状況がわかる仕組みを作ることを求めている。もし、ワクチンを買い占めて、後日、余ったことが発覚した医療機関は、その名前を公開することもあるらしい。
また、厚労省は、ワクチン接種が必要な人の数を減らすため、接種対象者を絞ろうとしている。例えば、厚労省は接種前に抗体検査を行い、免疫が十分でない人を助成対象にするように要請している。
この対策は非合理的だ。ワクチンの絶対数が不足している以上、医療機関で融通し合っても、必ず偏在が生じる。また、抗体検査を義務づければ、接種率の低下を招く。集団免疫の観点からは、好ましくない。
また、厚労省は、医療機関に経営に関して、こんな細かいことにまで、口を出すべきではない。そもそも、この通知は、どのような法律に基づくのだろうか?
厚労省が早急にやるべきは、海外の風疹ワクチンを特例承認し、緊急輸入することだ。安全性については、市販後臨床試験の形でデータを収集すればいい。少なくとも13人の先天性風疹症候群が確認されている以上、海外で安全性が検証されているものにワクチンについては、承認のための治験は省略してもいいだろう。
一方、臨床医がやるべきは、目の前の患者に対し、ベストを尽くすことだ。風疹に詳しい久住英二・ナビタスクリニック院長は、「風疹ワクチン接種を希望する人すべてに、ワクチンを接種しています。幸い、在庫は十分にありますが、もしも不足したら、個人輸入でワクチンを入手して、希望者に提供します」という。
私は、この姿勢こそが、臨床医のあるべき姿だと思う。ところが、個人輸入によるワクチン接種に対し、厚労省は反対している。その理由は、副作用が起きたときに、公的な補償を受けられないことだ。ただ、こんな理由は、臨床現場に説得力はない。ワクチン接種に伴う重篤な副作用は、通常数十万から百万分の一と言われている。一般的な医療事故のリスクと比べて、特に高いとは言えない。万が一、副作用が生じた場合には、「通常の医賠責で対応する(久住院長)」ことが可能だ。
勿論、医賠責で補償する場合、裁判というステップを踏まねばならず、医療機関には大きな負担になる。理想的には公的補償制度によってカバーされるのが望ましい。ただ、現状を考えれば、そんな悠長なことは言っておられない。
この問題に、前向きに取り組んだのが、黒岩祐治・神奈川県知事だ。もし、個人輸入で入手した風疹ワクチンを接種する場合にも、県が接種費用を補助することを決めた。さらに、県独自に補償制度を立ち上げようとしたが、うまく調整ができなかった。その理由を、黒岩知事は「ワクチン接種はリスクを伴います。そのリスクを接種の実施主体でもない県が負うというのは無理があります」という。臨床医としては納得できない面も強いが、医療に造詣が深い知事が頑張っても、このあたりが限界なのだろう。兎に角、現場でやっていくしかない。
ワクチン確保と並ぶ、もう一つの課題はワクチン接種率の向上だ。この点について、期待が持てるのが、医師が職場に出かけていって、そこで集団接種を行うことだ。医療法上は、「巡回診療」に該当する。
前述の久住医師は、既に何社かで、このような形での集団接種を実施した。例えば、5月28日から6月5日までの間の4日間にわたり、サイバーエージェント社で行った集団接種では、合計3,000人の社員のうち、風しんワクチン未接種もしくは接種歴不明であった7割程度の社員が接種したという。職場で接種できる簡便さが影響したのだろう。通常では考えられない人数だ。これにより、社員のほとんど全てが免疫を有することになった。
サイバーエージェント社の場合、通常1万円程度かかる接種費用を企業が負担したことも大きい。「社員を大事にする」ことをモットーとする藤田晋社長の経営方針が、このようなところにも貫かれているようだ。接種当日、私も現場に駆け付けたが、概して、ワクチン接種者の満足度は高かったように感じた。
ところが、この枠組みを実行するには、いくつかの困難がある。医療法に規定された巡回診療の基準を満たさなければならないからだ。具体的には、医療機関の所在地、および巡回診療を行う企業の所在地の保健所の許可が必要である。
ところが、この運用が自治体毎に大きく異なる。例えば、医療機関と企業が東京23区内に存在する場合には、許可は容易だ。一方で、立川市のような武蔵野地区の医療機関が、東京23区内の企業に巡回診療することは、原則として認められていない。
また、川崎市は、「巡回診療は無医地区のための制度」という考えで、企業への巡回診療を一切認めていない。ナビタスクリニック川崎からの巡回診療の届け出が受理されないため、神奈川県厚木市の企業に巡回診療をする際には、久住医師が臨時で厚木市に個人診療所を開設し、厚木市の厚木保健福祉事務所の許可を得る形で対応した。昨今の風疹の流行を考えた場合、あまりに馬鹿げた規制だ。早急な改善が必要である。
風疹対策は、我が国が抱える喫緊の課題だ。この問題は行政任せでは解決出来ない。ワクチン行政こそ、厚労行政の宿痾を凝縮したような存在だ。この問題を解決するには、医師・住民が当事者意識を持ち、地道な努力を積み重ねる必要がある。
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