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第二のブリタニーさん
2015年06月03日(水)
日本の尊厳死議論は完全に停止しているが欧米の安楽死議論は
むしろ加速している。
第二ブリタニーさんが出ている様子が日本テレビで放映された。
むしろ加速している。
第二ブリタニーさんが出ている様子が日本テレビで放映された。
日本テレビで、「安楽死」の特集が11分ほどで放送された。
http://www.news24.jp/articles/ 2015/05/28/10276065.html
知人の米国在住の大西睦子先生も登場されている。
同じ内容が、関西2府4県でも、本日6月3日(水)16時台のニュース
「関西情報ネットten」で放送される予定だ。
欧米の事情であっても、末期がんとALSが対立構図日本で描くのは
日本のメデイアの得意技だ。
日本では、尊厳死も安楽死も、死に関する議論自体がタブー。
とりあえず反対!と言っておくと、文化人、人権派になれる国。
一方、欧米では激しい議論はあるものの、安楽死への動きが加速している。
ところで、安楽死と尊厳死は同じか。
私は、まったく違うと思う。
しかしメデイアは、まったく同じように報道している。
そのあたりの事情は、「長尾和宏の死の授業」にしっかり書いた。
いずれにせよ、末期がんの患者さんに毎日のように「安楽死させて!」と言われる。
「緩和ケアがあるから大丈夫だよ」となだめているが、そんな様子は全く報道されない。
日本において死についての自由な議論は、まったくされていない。
感情的になり、[この殺人者!」という罵声で議論を遮断するのが人権学者の仕事。
○○学会や○○学や○○倫理とかで、専門家と称する人たちが反対を前提に難しい理屈を
並べてはいるがまさに机上の空論であり、3人称の視点でお高くとまっているだけ。
私自身は名も無い市民の声、患者の声を代弁しているだけ。
それだけで、たくさんの学者さん、エラい先生方から激しい攻撃を受ける身である。
宗教者’団体、全日本宗教連盟(神道、キリスト教、仏教)も攻撃してくる。
彼らは考えることを全くしないので議論もヘッタクレも無いまま攻撃する。
さらに、法曹界も議論を放棄して、なんでも反対路線が牛耳っている。
日本医師会も日本医学会も全部反対。
日本弁護士会での集団リンチには、全メデイアが映しているのに、放映はゼロ。
つまり、メデイアも法曹界も宗教界も、なんでも反対、とにかく反対路線だけ。
日本においては、死について真剣に語ることはタブーである、語れば叩かれる
ことだけでも知ってもらえたら嬉しい。
大切な死についての議論さえ許されないおめでたい国、ニッポン。
文句を言う市民だけが増加している。
http://www.news24.jp/articles/
知人の米国在住の大西睦子先生も登場されている。
同じ内容が、関西2府4県でも、本日6月3日(水)16時台のニュース
「関西情報ネットten」で放送される予定だ。
欧米の事情であっても、末期がんとALSが対立構図日本で描くのは
日本のメデイアの得意技だ。
日本では、尊厳死も安楽死も、死に関する議論自体がタブー。
とりあえず反対!と言っておくと、文化人、人権派になれる国。
一方、欧米では激しい議論はあるものの、安楽死への動きが加速している。
ところで、安楽死と尊厳死は同じか。
私は、まったく違うと思う。
しかしメデイアは、まったく同じように報道している。
そのあたりの事情は、「長尾和宏の死の授業」にしっかり書いた。
いずれにせよ、末期がんの患者さんに毎日のように「安楽死させて!」と言われる。
「緩和ケアがあるから大丈夫だよ」となだめているが、そんな様子は全く報道されない。
日本において死についての自由な議論は、まったくされていない。
感情的になり、[この殺人者!」という罵声で議論を遮断するのが人権学者の仕事。
○○学会や○○学や○○倫理とかで、専門家と称する人たちが反対を前提に難しい理屈を
並べてはいるがまさに机上の空論であり、3人称の視点でお高くとまっているだけ。
私自身は名も無い市民の声、患者の声を代弁しているだけ。
それだけで、たくさんの学者さん、エラい先生方から激しい攻撃を受ける身である。
宗教者’団体、全日本宗教連盟(神道、キリスト教、仏教)も攻撃してくる。
彼らは考えることを全くしないので議論もヘッタクレも無いまま攻撃する。
さらに、法曹界も議論を放棄して、なんでも反対路線が牛耳っている。
日本医師会も日本医学会も全部反対。
日本弁護士会での集団リンチには、全メデイアが映しているのに、放映はゼロ。
つまり、メデイアも法曹界も宗教界も、なんでも反対、とにかく反対路線だけ。
日本においては、死について真剣に語ることはタブーである、語れば叩かれる
ことだけでも知ってもらえたら嬉しい。
大切な死についての議論さえ許されないおめでたい国、ニッポン。
文句を言う市民だけが増加している。
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この記事へのコメント
本当に 難しい問題です
死…
誰でも ぶつかることなのに なかなか考えようとしないんですよね
先日 以前 勤めていたクリニックの師長さんが
定年退職したので 会いに行きました
仕事の話から 看取り 平穏死の話になりましたが
おうちで 安らかに 亡くなるなんて 信じられない…と言われました
看たことがないから わからないんですよね
わたしは…その時がきたら
平穏死でいきます
Posted by 訪問看護師 宮ちゃん at 2015年06月03日 11:58 | 返信
その時がきたら平穏死、万一自分が意思表示できなくなったら、残される側が間違いなく平穏死を。
実行できるように教育??しておかなくては、ですね。
母方の祖父母、祖母は心臓が悪かったですが、共に家で寝つき、地域の開業医が定期的に往診、だんだん痩せていきました、最後は苦しまず消えるように亡くなったと。
祖父母と同居の叔父は大腸がん、手術、抗がん剤治療。
次に肺がん、これは転移だったのか知りませんが、肺がんがわかったら、もう辛い治療はいい、自然にまかせる!!放置するで、やはり地域の開業医が往診、普通に生活、だんだん弱り、死ぬ日も酒は無理だったが煙草は一服、66で亡くなりました。
3人を介護、看取った叔母は、変に治療しないで自然に弱って蝋燭が消えるように逝った、と思い出話をします。
ずっと診てもらっている医師、普段通りの生活、精神面の安定も安らかな最後に大きく影響するのでしょうか?
安らかな最後、プロの看護師さんでも観たことがないからわからない、いつからこうなったんでしょう?
小畑ふみこから訪問看護師 宮ちゃんへの返信 at 2015年06月04日 08:53 | 返信
看護師さんだから情緒が豊であるとは限らないと思います。人の生死に関する繊細な営みや人生の機微に関してを、ドライに捉える事により日常の業務を遂行できている側面が多々あると思います。
身近に、看護職である友人が "以前はそんな人ではなかったのに" と思うエピソードがありました。
ドライな日常のせいなのか、はたまた疲れて本来の自分を見失ったのかは分かりませんが、簡単に人を傷付けるような言動があって、落胆した覚えがあります。
看護職は職業的な立場として、歴然と、辛い"中間管理職"だと思います。"人を看る"という志があって
職を選びはしても、意思を表明しては成り立たない、病院環境があるのでしょうとお見受けします。
Posted by もも at 2015年06月04日 07:33 | 返信
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