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徘徊という言葉

2019年02月22日(金)

好評の「認知症なんでもTV]」の後半が、できました。
JR東海の認知症鉄道事故裁判の高井さんが語ります。
「徘徊」ってなんだろう。
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長尾と高井さまの対談、後半がアップされた。→こちら

徘徊とは意味なく彷徨うことではなく
ちゃんと意味がある、目的行動である。


たしかにそのとおりだ。
高井さんは素晴らしい。

「徘徊」という言葉はやめて「一人散歩」と
いうように、とのことだ。

正直、「徘徊」という言葉が使えないと困る。
お散歩とは、少しニュアンスが違う気がする。

介護認定調査の時に「徘徊」という言葉が使えないと
調査員は困ってしまい、また別の新しい問題が生じる。

私は、「閉じ込めてはいけない、徘徊してもらわないと」とか
「人生は徘徊だ!」と講演で述べてきたがこれもできなくなる。

困った・・・・

誰かいい意見があれば教えて欲しい。


PS)

昨夜は講演は無く、会議、会議だった。
在宅患者さんからの電話も無く眠れた。

今夜は、「死の授業」で盛り上がるつもり。
お時間がある人は気軽に遊びに来て欲しい。










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この記事へのコメント

個人的には、徘徊に違和感はありません、認知症のある高齢者がどこかに行ってしまった状況を表している様に感じます。一人散歩では、認知症の有無、年齢が高い・低いというニュアンスが伝わりにくい気がします。

Posted by 匿名 at 2019年02月22日 02:57 | 返信

私は認知症の92歳の父を介護しております。
徘徊と言っても本人に話を聞くと必ず行動に意味がありました。
他人様から徘徊と言われると気分が落ち込みます。
認知症であってもなくても人が行動するにはなにか
いいことがあるのかもしれないと思い、
私は「お出掛け」と言うようにしています。

Posted by Kojima at 2019年02月22日 03:19 | 返信

偏差値のタカい行政官僚の「行政用語」には、ウンザリだ。
「認知症」に始まり、「前期・後期の高齢者」「終末期医療・人生の最終段階」など、
智慧なき語彙力なきオンパレード。

「徘徊」は、「恍惚期」に対応していて、どちらかというと、くらいイメージがある。
「放浪」「流浪」「彷徨」「漂泊」「遍歴」「無宿」も、それに近い。
「出家」「巡礼」「林住」「吟遊」は、一般的でなさそう。
古代インドでは、ライフサイクルの第四段階として、「遊行期」が奨励された。
(ただし、スードラは、上位三大カーストに奉仕させられた。)
「ゆぎょう(遊行)」という響きは、わるくない。
男では西行から芭蕉、山頭火、山下清まですぐ浮かぶ。女ではどうか。

いずれにしても、こつじき(乞食)は違法行為とみなされている。
上野千鶴子によれば、「野垂れ死の覚悟なき男」の妄想か。
「大師堂」に寝泊まりしていた子供時代、
流れついた、こつじきの母子のノックに、なすすべもなかった。

Posted by 鍵山いさお at 2019年02月22日 04:00 | 返信

私も徘徊してます

Posted by 匿名 at 2019年02月22日 10:00 | 返信

歌舞伎町にやってきました

名古屋からウロウロ…ウロウロ…
こっちかな?あっちかな?と
目的地は ロフトプラスワンとアパホテルです

お昼過ぎに到着して
歌舞伎町をウロウロ…ウロウロ…
今日って平日だよね
なんで こんなに人が集まってくるんでしょ?
飲み屋さんと?????だらけなのに
目的はなんですかぁ?…と聞きたかったです

徘徊?=お出かけかしら?=旅かしら?

今日も ウロウロしながら 帰路に着きます
(おうちに到着できなかったら これは 徘徊か?…)

Posted by 宮ちゃん at 2019年02月23日 09:41 | 返信

人間は「動物」だから、そもそもジッとしているよりも動くこと、歩くことが
生業だと思います。大抵の人の日常生活を垣間見ても、また自分を顧みても
息抜きだとか、ご褒美とかの心境と言い訳けしながら、気ままな買い物に出掛けてみたり
旅行してみたり、○○巡り、とかの散策をしてみたりと、「移動」し続けているのが
日常だと思います。徘徊とは、人間本来の性質が顕著に出現した現象であると思います。
ただ困るのが、分別・判断の力が無くなっていることです。
かつて、倉本聰さんドラマ「やすらぎの郷」に描かれていたような、セキュリティ管理
された広大な土地の中で、高齢者が自由に晩年を過ごす、というような正にドラマ的な
地域があったならいいのにね。そして偏見なく過ごすことができたなら認知症の進行が
少なくなるかも知れません。妄想ですが..。

Posted by もも at 2019年02月25日 07:58 | 返信

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