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五反田満幸先生を偲ぶ
2026年09月09日(水)
五反田満幸先生が亡くなられた。
鹿児島の偉大なリーダーだった。
ご冥福をお祈り申し上げます。
以下、先週のまぐまぐのメルマガ
「長尾和宏の痛くない死に方」から引用する。
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一雨ごとに秋の気配。僕の大好きな桑田佳祐さんの歌詞に「夏は終わり 夜風に身を病んで」という歌詞があります。まさに、あの曲のタイトルの通りなぜだか不意に『悲しい気持ち』になる今日この頃。
僕の「悲しい気持ち」には、理由もあります。 在宅医療仲間で、とても仲良くさせていただいていた鹿児島の五反田内科クリニック院長・五反田満幸先生の訃報が届いた。享年73。
数年前からがん治療をされていたが、最近はお元気なご様子だと伺っていたので、ショックでした。 五反田先生の歩みを振り返ると、それはそのまま、鹿児島における在宅医療の歴史と重なります。
1977年に鹿児島大学医学部を卒業され、鹿児島大学附属病院、鹿児島赤十字病院などで勤務したのち、1987年、鹿児島市に五反田内科クリニックを開院しました。そして開院当初から、患者さんの自宅へ出向く医療に取り組みました。 五反田先生は、当時をこう振り返っています。
「当時は在宅医療という言葉がなく、"往診の先生"と呼ばれていました」 現在では「在宅医療」「訪問診療」という言葉は当たり前になりましたが、僕らが在宅を始めた時代は、確かにそうでした。 重い病気になれば入院し、そして最期は病院で迎える──という考え方が、いま以上に強かった時代に、五反田先生は、「病気を診る」のではなく、「病気を抱えながら生きている人の暮らしを診る」という医療を始めていたのだと思います。
そこは、僕もほぼ同じ。 そして1992年には、鹿児島で初めてとなる訪問看護ステーションを開設しました。医師ひとりでは、在宅医療はできません。看護師、介護職、ケアマネジャー、リハビリ職......さまざまな人たちがつながって初めて、一人の患者さんの「家で暮らしたい」という願いを支えることができます。 五反田先生は、その多職種連携の重要性にも早くから気づき、地域全体で患者を支える仕組みをつくってきました。
病院の先生は、僕ら在宅医のことをこう言って下に見ます。 「病院に行かなくても済むような、軽い症状の患者さんだけ診ているんでしょう。在宅は楽でいいよね」と。 こうした誤解は、未だ解けません。
たとえば、コロナ禍で僕が『ひとりも、死なせへん』という本を出版したときも、「重症患者は病院に送ればいいんやから、そりゃ、長尾さんのところの患者はひとりも死なないでしょうなあ」と多くの人から嘲笑されました。現実を見ていない病院医にそう言われることは、くやしさでいっぱいです。
五反田先生も僕も、在宅医療を始めた当初から、難病、がん末期、脳血管障害、さらには小児まで、医療依存度の高い患者さんを積極的に受け入れてきました。24時間365日の診療体制を整え、専門医や他の医療機関、訪問看護などと連携しながら、「重症だから家では無理」と最初から諦めるのではなく、どうすればその人が望む場所で暮らせるかを考え続けました。 五反田先生が開院当初から掲げていた理念があります。
「患者さんとご家族の満足度をいかに高めるか」 だからこそ、まず患者さんの意向を聞く。そして、その希望をどうすれば実現できるかを考える。病気だけではなく、患者さんの「生活を第一に考えて」診療する。それが五反田先生と僕の、医療モットーでした。 先生は、医療の目的について、「生活の質×医療の質」「満足度×余命」という考え方を示したパイオニアです。大切なのは、「満足度」です。
だから、平穏死のことを「満足死」と言い換えて講演したこともありました。僕らが考える満足度とは、患者本人だけのものではありません。 「患者の満足+家族の満足」です。僕が、映画『痛くない死に方』で描きたかったことも、ここ。だから、父親を不本意な在宅医療で亡くした役を演じてくれた、主演の坂井真紀さんに「私の心が痛いんです!」という台詞を言ってもらったのです。
患者さんが痛がって最期を迎えれば、当然、家族の心も痛いから。 在宅医療は、患者ひとりだけを診ていればいい医療ではありません。家族が介護に疲れ果ててしまえば、在宅生活そのものが続けられなくなります。だから「在宅一辺倒」なわけではないのです。家族が疲弊しないよう、必要になれば病院や施設へ入ることのできる体制までを常に考えることが、ほんとうの在宅医療だ......
そんなことを、鹿児島の居酒屋で何度となく語り合いました。 「訪問診療とは、信頼関係を育てなければはじまらない」 患者さんの家は、病院の診察室ではありません。 その人がご飯を食べ、テレビを見て、眠り、家族と笑い、時には喧嘩もし、泣いたり笑ったりという、何十年という人生を積み重ねてきた「生活の場所」です。医師は、そこへお邪魔する立場。だからこそ五反田先生は、医療者の正しさを一方的に押しつけることを戒めていました。
訪問診療では「独り善がりにならないよう、おせっかいが過ぎないように」と、非常に気をつけていたと語っています。そう、おせっかい過ぎてもダメ。 この精神も、五反田先生から学びました。
そして患者さんに、「これからどうしたいのか」「どうしたらいいと思っているのか」と、とことん話をして相談する。 医学的に、「最長の延命治療」といわれるものがあったとしても、それが、すべての人にとって「最良の延命治療」であるとは限らない。 その人の年齢、家族との関係、本人が何を大切にして生きてきたのか、これから何を望むのか──。
そうした一人ひとりの事情を考えながら、患者さんに合う方法を探していく。 それこそが五反田先生の考える在宅医療だったのでしょう。
五反田先生の言葉で、印象に残っているものはいくつかありますが、 「在宅医の評価は、患者さんとご家族からの、『ありがとう』。私は『ありがとう』と言ってもらえる覚悟を持って、訪問診療に臨んでいます」 「ありがとうと言ってもらえるよう頑張ります」ではなくて、「ありがとうと言ってもらえる覚悟」......とても深い言葉だと思います。
在宅看取りには、3つの覚悟が必要です。患者の覚悟、家族の覚悟、そして、医者の覚悟、です。言い換えれば、患者の人生の最期までを引き受けようとする医師としての責任と、言いましょうか。患者や家族と人間として向き合おうとする覚悟のことです。そこには上下関係はありません。
五反田先生も僕も、在宅医療を「家で死ぬための医療」とだけ考えていたわけではありません。小児専門の訪問看護ステーションを作ったときも驚きました。五反田先生は、クリスマスには自らサンタクロースに扮して患者宅を訪問し、看護師がトナカイになったこともあったそうです。患者さんや家族と花見をしたり、スタッフが歌を練習して患者宅で「おしかけコンサート」を開いたこともありました。
このあたりも、僕が長年やってきたことと、まったく一緒です。 「すべては皆さんの笑顔のために」 ここに、五反田先生と僕が目指してきた在宅医療の本質があるように思っています。医療とは、病気を治すことだけではない。余命を告げられても、その日まで「患者」ではなく、一人の生活者として生きてほしい。
かつて五反田先生が終末期医療について語った講演のタイトルには、こんな言葉が掲げられていました。 「もう歳だから好きにしていいがね」 この言葉を打っていて、僕は泣きそうになる。そして、五反田先生自身は、高齢者と呼ばれる年齢になっても、病を得ても、「歳だから好きにしていい」とはならなかった。
最後まで、地元の人々を笑顔にするために、在宅医療に奔走されました。ここだけが、65歳で在宅医療から卒業した僕とは違っていました。 五反田先生が鹿児島に残したものは、クリニックや訪問看護ステーションだけではありません。在宅医療のマインド。地域包括ケアの在り方。 五反田先生が大切にしてきた「ありがとう」という言葉を、僕から今、先生にお返ししたいと思います。
五反田先生、本当にありがとうございました。そして、お疲れ様でした。 天国に行ったんやから、もう仕事は忘れて、好きにしてええよ。
この写真は、2019年、僕が鹿児島で講演をしたとき。誕生日目前だったので、お誕生日ケーキまで用意してくれた五反田クリニックの皆さんとの楽しいひととき。このあとスナックを3軒もハシゴした。若かったな。 (後列左から三人目が五反田先生) →こちら
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五反田先生、ありがとうございました。
天国でも楽しい話をしてください。
僕もそのうち行きます。
PS)
線状降水帯情報から目が離せない。
移動には余裕を持ってね。

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