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自宅に帰ってすぐにチューブを全部抜きました。

2010年01月29日(金)

慢性心不全で入退院を数回繰り返している在宅患者さんがいます。大変穏やかで我慢強くいつ訪問しても「私はいつ死んでもいい」と笑顔で話されます。ずっと悪かったのですが、正月明けに心不全がどうしてもコントロールできなくなり、入院となりました。ところが食べられないため鼻からチューブが入り、膀胱にもチューブが入りました。「死んでもいいから家に帰りたい、家に帰ったらすぐにチューブを抜いて欲しい」と連日ご家族から電話がありました。私は、「よっしゃ」と答え、2日前退院された直後にそのとうり実行しました。抜くだけですからこんな簡単なことはありません。もちろん勝算を計算した上での実行です。

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結局、病院では18日間、縛られていました。しかし90歳代という高齢にもかかわらず奇跡的に呆けていません。ちゃんと会話ができます。これなら大丈夫と水を飲ませてみました。ゴクツと誤嚥もせず見事に飲み干し、「おいしい!」と呟きました。病院からは「絶対に死ぬまで飲んでも食べてもいけない」言われています。若い病院主治医は誤嚥を恐れているようですが、たとえ食べなくても唾液などを誤嚥することを知らないようです。誤嚥は誰でもします。誤嚥しながら人は生きているのです。しかし都市伝説のような誤嚥伝説を信じている病院医療者のなんと多いこと!こうなったのも大きく言えば「医師法21条」の影響でしょうか。

チューブから入れていた液体栄養剤を口から食べさせてみました。これも「美味しい」と喜んで食べています。そりゃ食べるのとチューブから胃に入れるのでは天と地の差があるでしょう。抱きかかえて立たせてみました。私の手を離してみても少しは立てます。心臓に負担がかかりますが立位までは許容範囲であることが分かりました。早晩オムツから以前のようにポータブルトイレに戻れる可能性が充分あります。

「もう死んでも入院はイヤ」と2年間診てきて初めて口にしました。いつもは「先生の思うようにしてください」だったのが初めて自己主張されました。よほどのことなのでしょう。ご家族も「今度はもうどうなっても入院はしません」と言われました。

かくして非がん患者の在宅看取りに至ります。まだ亡くなっていませんが、死の教育は始ります。非がんの在宅医療のいいところは、経過が長いため考える時間がたっぷりあることです。我々も揺れ動く患者・家族の心にしっかり寄りそうことが出来ます。

今、ようやく非がんの終末期医療が注目されています。末期がんは敗戦が決定した短期決戦です。それに対して、非がんは戦略次第では善戦が期待できる長期線です。非がんにも強い痛みがある場合も多くあります。しかし日本では麻薬は「がん」に限られてきました。だから例えば、骨粗鬆症の激しい痛みには、保険診療上では内緒で麻薬を使ってきました。しかし、ようやく一部の麻薬が「がん以外」の病気にも門戸が開かれました。遅すぎるのですが、喜んでいます。

なぜ、がんばかりが優遇されるのか?がん対策基本法。がん拠点病院、がん専門医・・・。
ならば、なぜ、認知症対策基本法が無いのか?認知症拠点病院が無いのか?そして、なにかと病院ばかりで開業医・在宅医はどうせアホだからと言って始めから無視されているのか?本当は最期まで診ているのは在宅医なのに・・・

病気はみんな同じ重さではないのか?ありふれた病気でも珍しい病気でも患者さんにとっては同じだ。

まあチューブを抜くだけでこんなに喜んでもらえる仕事はないでしょう。

クリスマスに「エイヤ」と言って病院を脱走した認知症患者さんのその後です。元気になる一方で笑顔や会話が出てきました。結構食べ始めました。現在、デイサービスを目指して座位の訓練中です。病院では死ぬと言われ、在宅医には元気になると言われ、当初、家族は当惑していました。半信半疑のようでした。

奥さんは、「まさか、食べたり、デイサービスなんて100%考えていませんでした」と。確かに私と出会っていなければ、あの牢獄のような寒い病室と知識も経験もないスタッフ達では、もう命がないか廃人だったと思います。

「あれは一体何だったんでしょうね?」と奥さん。そう、人生は出会いと決断です。時には知恵と勇気です。

こんな話を講演でいくら話しても誰も信じてもらえません。特に医療者には全く信じてもらえません。どうすれば伝わるのでしょうか?不思議でなりません。私は病院の先生や医師会の先生からよくペテン師と言われます。「いい加減なことを言うな」とボコボコに殴られたこともありました。しかし、何よりもクリニックのスタッフ達、そして御家族が証人です。生き証人を何百、何千と増やしていくしか方法はありません。

「落ち着いたらいつか私がペテン師でないと、お医者さんの前で講演してくださいね!」          と奥さんにお願いしてしまいました。
 

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この記事へのコメント

胸のすくような実践ですね!

生き証人を増やしていくしかないですね(笑)
それをあちこちで報告して、医療側にわかってもらうのではなく、
国民みんなが理解して、医療を動かしていく方が早いかも?

私の職場には、いろんな人が相談に来られます。
何年も入院をされている妻を看ている高齢の夫。
妻がずっとチューブにつながれていて、
看護師さんがあまりケアをしてくれない等など
長いこと話していかれます。
1日でも家に連れて帰りたいと、
3年以上前から訪ねてこられます。

当初は何とかしなければ!という思いで
介護環境が整えられるように
様々な助言をしたり、ケアマネに動いてもらったのですが、
夫が独居ということ、認知症状が出てきていること、
別居の家族は絶対無理と言っていること、
慢性病院の婦長が反対していることなどの理由で
一時帰宅ですら叶いません。
その愚痴をその後も数ヶ月に1回くらい話しに来られます。

他にも、90歳を超えた母が自宅で転倒し入院後
食事ができなくなったので、胃ろうを勧められたが
どうしたらいいか等など・・・
医師から、胃ろうの効果だけでなく、
胃ろうしなかったらどうなるかとか、
在宅療養になったとき、ショートステイが受け入れてくれないかも知れないリスクを伝えて
家族が十分理解できるような説明をしてくれたらいいのに、と思います。

私たち介護職も色んなところで声を上げていきます?

Posted by 木谷万里 at 2010年01月29日 12:08 | 返信

木谷万里さま
力強いコメントありがとうございます。

>生き証人を増やしていくしかないですね(笑)

そうなんです。
いくら言っても肝腎の医療者に信じてもらえない悲しい現実があります。
胃ろうを語ることは、日本人の死生感の成熟に寄与すると考え、
患者会などの講演などでよく取り上げます。
胃ろう問題は、決して人ごとではなくまさに現代日本人には大変身近な問題です。

Posted by 長尾和宏 at 2010年02月01日 01:50 | 返信

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