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偉くなった同級生たち
2010年08月08日(日)
昨夜は、東京医大昭和59年卒の同窓生が集まり、遅くまで話しこんでいました。
大学病院の副院長、教授、準教授、大学の評議員に就任した同級生たちのお祝いの席でした。
偉くなった同級生たちを横目に、相変わらずの町医者三昧の自分を、つい比較しました。
大学病院の副院長、教授、準教授、大学の評議員に就任した同級生たちのお祝いの席でした。
偉くなった同級生たちを横目に、相変わらずの町医者三昧の自分を、つい比較しました。
みんなスゴイ出世!
とも思いましたが、単に年を取っただけ、という見方もできます。
見渡すと教授や準教授という肩書がないのは、私くらいでした。
大学病院はかつてない危機に見舞われています。
そんな大変な時代に、大変なかじ取りを任された同級生たちを
大変頼もしく思いました。
中学の同窓会。
高校の同窓会。
大学の同窓会。
医局の同窓会。
それぞれに、全く違う、楽しい世界があります。
中学の同窓会は、さすがに、顔を見ても思い出せない人がいます。
しかし、大学は、一学年100人余しかいませんから、さすがに全部覚えています。
勤務医は大変です。
開業医より大変だと思いました。
「勤務医を助けるのが開業医の責務である」との
想いが、より強くなりました。
このブログを書いている喫茶室から見上げた、今日の東京タワー。
とも思いましたが、単に年を取っただけ、という見方もできます。
見渡すと教授や準教授という肩書がないのは、私くらいでした。
大学病院はかつてない危機に見舞われています。
そんな大変な時代に、大変なかじ取りを任された同級生たちを
大変頼もしく思いました。
中学の同窓会。
高校の同窓会。
大学の同窓会。
医局の同窓会。
それぞれに、全く違う、楽しい世界があります。
中学の同窓会は、さすがに、顔を見ても思い出せない人がいます。
しかし、大学は、一学年100人余しかいませんから、さすがに全部覚えています。
勤務医は大変です。
開業医より大変だと思いました。
「勤務医を助けるのが開業医の責務である」との
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この記事へのコメント
今からするお話する事はある子の話です。その子は25歳で肥満手術しました。その子はいままで母親に迷惑ばっかりかけまくっていました。特にお金の方で迷惑をかけていました。前は別々に暮らしていましたが、今年の3月の手術をきっかけで一緒に暮らすようになりました。もともと仲の悪い2人なので喧嘩が耐えませんでした。最初のうちわ我慢できたけど手術して以降体重は落ちていっていって周りわ喜んでいるけど自分では全然喜べなかった。なぜなら食べていたものを全部嘔吐してたからです。A君は何でみんなが喜んでいるのか疑問でした。その子は自分なりの答えを見つけたのです。「医者も看護婦も親も中身より結果をもとめているんだ」と所詮奇麗事並べても最後は結果が欲しいのだと思うと人をいつの間にか自分も人も信じられなくなっていきました。手術以降母親ともお金で喧嘩が酷くなり精神的にしんどくなりなした。病院で知り合った同い年の子ともいきなり連絡が途絶えたんのあって信頼できる友達がいないし大体友達じたい少ないA君にとっては深刻な事態で受け入れる事ができなくて気がつけばA君1人になってしまいました。そんなある日ふと気がつけばA君は遺書を書いていました。違う世界に行けばきっと気の合う友達ができるしなにより1人じゃなくなると思い遺書を書いたのでしょう。このコメントを読んでくださった皆さんに質問です。このA君をどうやったら自殺しないで生きていられるか教えてください。 追伸文章を作るのがへたですいません。
Posted by ゆうじ at 2010年08月09日 10:41 | 返信
ゆうじさん
私なら、とにかくA君の思いや考えていることを聴かせてもらいたいな、と思いました。良いも悪いもなく、ただA君が話してくれることを真剣に聴く。
Posted by 猫柳ニャン子 at 2010年08月10日 09:57 | 返信
猫柳ニャン子様大変貴重なご意見ありがとうございます。ぜひ参考にさせていただきたいと思います。
Posted by ゆうじ at 2010年08月11日 11:45 | 返信
小児科医師中原利郎先生の過労死認定を支援する会
http://www5f.biglobe.ne.jp/~nakahara/
何とか和解がついたみたいですが 自殺されてから何年経ったのか
病院小児科医の現状も厳しいものですね
Posted by おじさん 自殺した小児科医 at 2010年08月15日 01:48 | 返信
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