このたびURLを下記に変更しました。
お気に入り等に登録されている方は、新URLへの変更をお願いします。
新URL http://blog.drnagao.com

施設での看取りとは警察沙汰

2011年01月25日(火)

「施設で亡くなるたびに警察が来る」という質問をよく頂く。
施設で亡くなっても、救急車を呼ぶと、警察沙汰になる。
そう何度講演しても、何冊本を配っても、施設での看取りは、変わらない。

2つの応援
クリックお願いします!
   →   人気ブログランキングへ    →   にほんブログ村 病気ブログ 医者・医師へ
 
 
[天国からの投書]
http://blog.drnagao.com/2010/12/post-1102.html
と同じことが、現実に起こっている。

衰弱した方が、ショートステイ中に息を引き取られた。
ご家族も、自然で穏やかな最期を希望していた。
しかし、施設は反射的に救急車を呼んだ。

病院まで死亡搬送される。
病院は警察を呼ぶ。
家族は取り調べを受ける。

家族と私は、看取りについて何度も話し合っている。
すべて理解し承諾している。
100歳近くなれば、当然だろう。

しかし、施設は「死亡搬送」する。
施設内で死なれたら困るから?
主治医(=私)にも電話すらしない。

施設から見たら、在宅医など、眼中にない」のだろう。
頭にあるのは、大病院と救急車だけ。

大往生に、救急車も大病院も関係ない。

何度講演しても無駄。
施設での看取りを話し合っても、机上の空論だ。
本を書いても、新聞で解説しても、何もかわらない。

施設の職員が正しい知識を得て頂ければいい。
たったそれだけなのが、できない。
なぜなんだろう。

学ぼうとしたいのか、
学びたくないのか、
在宅医など医者と思えないのか・・・

病院で心臓マッサージをされたらしい。
肋骨が何本が折れただろう。
可哀想だ。

このような事例から学べない施設、
「施設での看取り」を学ぼうとしない施設と、
どう対峙すればいいのか?

まあ、諦めた方が体にいい。


2つのランキングに参加しています。両方クリックお願い致します。皆様の応援が日々ブログを書く原動力になっています。

お一人、一日一票有効です。

人気ブログランキングへ ← 応援クリックお願い致します!

(ブログランキング)

にほんブログ村 病気ブログ 医者・医師へ ← こちらもぜひ応援クリックお願い致します!

(日本ブログ村)

※本ブログは転載・引用を固くお断りいたします。

この記事へのコメント

終末期について、十分話し合っていたのに、すぐ電話。。。。なんで??と聞くと、何かあったら困るので・・・・だから、話し合ったんでしょう??通じません。。。。
面倒なので、私は自分のところで入院させて、看取ってます。(もしくは完全在宅で)

Posted by べひん at 2011年01月25日 08:40 | 返信

高いお金を払って入所しても最期まで面倒見てくれない施設は今後淘汰されていく時代に入っていくと思います。看取りに対応できない施設は市場原理主義に従って潰れていくと思います。今が過渡期なのではないでしょうか。施設看取りと独居看取りという二大テーマが今後の重要課題であると私は思っています。

2/12の御講演でお会いできるのを楽しみにしております。

Posted by みどり病院 清水 at 2011年01月25日 12:09 | 返信

訴訟というのを施設は極端に恐れます。
それは、家族とのコミュニケーション不足の露呈なのに・・・。
何度も何度も話し合うことが大切なのに。
はずかしいことを施設という閉鎖空間は平気で口にする・・。

Posted by きむみ at 2011年01月25日 10:54 | 返信

施設での看取りの件は、以前に講演でお話されていたのを覚えておりましたが、
今回書かれているほどまで認識されてないとは思いませんでした。
私も施設にも看取りにも関わりのある仕事をしている以上、
この件の認知度アップのためにお力になっていきたいと思います。

突然、コメントして失礼しました。ちょっとご無沙汰しております。
「これは誰だろう」と思われると思いますが、
大きい会では2009年4月18日のアルカイックのオクトのホールでの講演の時以来かと思います。
(「知っておきたい・・・あれこれ」で講演依頼をいただいた者です)
ちょこちょこ、あちこちでお顔を合わすことがありますが、
またお会いした際にきちんと名乗りますね。

Posted by しゃおぴん at 2011年01月27日 10:08 | 返信

救急病院の救急部長です。何十年も救急病院に勤務し、これまで、救急車が運んでくる寝たきり患者さんの、蘇生をおこない、何千本の肋骨を折ってきました。何か間違っていますね。医師として、最後の大きなそして最も大切な仕事は看取りです。「見守られて旅立ったと」感じられなければ家族の満足は得られなないと思います。そして、それができてこそ本当の医師だとも考えています。しかし、どこの救急病院でも、救急隊から引き継いだ蘇生をやめるわけにはいかないのが現状でしょう。今は、先生の活躍をこころの底より願うばかりです。お互い焦らずがんばりましょう。

Posted by 上原英且 at 2011年11月03日 12:11 | 返信

私は看取りサポートをしています三村麻子と申します。先生の提案に拍手です。私はこの10年、看取りに入ったご家族をサポートしてきて、介護施設の見取りに対する姿勢に疑問を抱いてきました。入居者を“看取る”と言う心構えができていないと思うのです。私の相談者にも同じような事がありました。94歳で呼吸停止した入居者を救急搬送したのです。もちろんデットオンアライブでした。どうして、静かに旅立たせてあげられないのか理解できません。介護施設には、看取る心構えをもって欲しいし、看取った後のこと、葬儀への知識をきちんと持って、見取りが近づいている年代の入居者家族に準備を促して欲しいと思っています。その事を避けていては本当の意味で家族を支えることにはならないと思うのです。
介護施設ではきちんと看取りに向きあっていただくことを願うばかりです。先生の啓蒙活動に共感致します。是非頑張ってください

Posted by 看取りサポート 三村麻子 at 2012年04月15日 03:57 | 返信

介護施設に勤務しているものです。数年前から「施設での看取り」に取り組んでおります。
施設の取り組みに関しては、まずトップが考えをまとめ社員にしっかり伝達できているかが施設としての取り組みがうまくいくか否かの分かれ道だとも思われます。ご本人ともご家族とも、何度も何度もお話をし想いを確認し、数十件の看取りをしてまいりましたが問題発生することもなくご家族には喜んでいただいてもいます。主治医の先生によって考えが違うことでの問題は大きく、施設での看取りに関していまだに理解をしてくださっていないお医者様を説得できず、ご本人ご家族のご意向に反して病院搬送したケースもありました。  施設内でも隠すことをせず、他の入居者様にもお声をかけ送っていただける様になり家族葬のような規模でのお別れの会もできた例もあります。  まだまだ課題はありますが「自分もこんな風にみんなに送ってもらいたい」と言ってくださる入居者様もいらっしゃる今、看取る心構えは管理者の決断を社員全員に周知し、施設全体で取り組む姿勢になることだと私は考えます。施設での看取りはドクターと看護師の仕事ではなく、場合によっては家族に代わって最後の時を一緒に過ごさせていただくことだと思いますし。病院のように「きれいにしますから・・・・」ではなく「ご家族と一緒に身支度を・・・」という考え方なのだと想います。その人らしい最期のためにできる、施設として最後のお手伝いだと考えております。先生のお考えに共感いたします。これからもがんばってください。

Posted by SAKURA at 2012年06月04日 12:15 | 返信

施設の介護職員は、分かっている人もいない事は無いです。
まだまだ少ないですが。
施設のトップは、圧倒的に分かって無い奴ばかりですね。

Posted by 陸奥雷 at 2012年11月29日 07:06 | 返信

高齢で衰弱して亡くなることが予測され、在宅医が診断する予定なのに、救急搬送
してしまう施設は課題満載です。
と同時に、高齢というだけで亡くなることが予測されない方、訪問診療もしていない外来の主治医が亡くなったことに、びっくりするような場合でも、検案書、死亡診断書を書いてと電話してくる施設には恐ろしさを感じます。
人の死に向き合ったとき、自分の頭で考えて、対応できる施設職員を育てる風土が必要だと思います。
だれでも、人が亡くなったら、頭まっしろになってしまうのは当然の反応です。そのため、マニュアルをつくるのも必要ですが、個別に考えたマニュアルが大切と思うのです。

Posted by 市橋正子 at 2013年02月25日 03:04 | 返信

葬儀屋の数は何社か知っていますか?
お坊さんに包むお布施の代金詳細は、読経と戒名のコストが一般的な考え方です。
住み慣れた家に棺を設置し、親しい人間だけで思い出をしてもいいし、北斎場の式場を借りて昔ながらの形にのっとった式事を執り行うことも大丈夫です。
都心部では特に家族葬までに大阪市立北斎場の日程調整で数日待つことが大半です。
お葬式に関して今どきの状態に併せてこたえています。
大阪市立北斎場で一日葬を市民目線で。安心葬儀社ををご案内しています。
元来、送葬式は○○葬と決められるものではありません。
話の行き違いを回避するためです。
私共は聞き取りを注意にしています。
そうだったかな?と、ちぐはぐな記憶に自信が持てません。
葬儀と称される葬儀の形態に、こうでなければならないという決まりはありません。
こちらでは、ご遺族にかわり、葬儀会社にご家族の要望を伝え、しっかりと最後までお見送りのご案内をしています。

Posted by 大阪市立北斎場 at 2016年12月21日 05:49 | 返信

みとりは大変です

Posted by 齋藤さん at 2017年01月30日 04:32 | 返信

コメントする

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

このたびURLを下記に変更しました。
お気に入り等に登録されている方は、新URLへの変更をお願いします。
新URL http://blog.drnagao.com


過去の日記一覧

ひとりも、死なせへん

安楽死特区

糖尿病と膵臓がん

病気の9割は歩くだけで治るPART2

男の孤独死

痛い在宅医

歩き方で人生が変わる

薬のやめどき

痛くない死に方

医者通いせずに90歳まで元気で生きる人の7つの習慣

認知症は歩くだけで良くなる

がんは人生を二度生きられる

親の老いを受け入れる

認知症の薬をやめると認知症がよくなる人がいるって本当ですか?

病気の9割は歩くだけで治る!

その医者のかかり方は損です

長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか

家族よ、ボケと闘うな!

ばあちゃん、介護施設を間違えたらもっとボケるで!

抗がん剤 10の「やめどき」

「平穏死」10の条件

胃ろうという選択、しない選択

  • にほんブログ村 病気ブログ 医療・医者へ