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福島医大・災害医療支援講座に応募と御支援を!
2012年02月07日(火)
立谷秀清市長のご尽力で、福島医大に「災害医療支援講座(寄付講座)」が開設される。
全国の医師には御協力を、そして行けない人には御支援を心からお願いしたい。
福島のひとたち、子供たちのために、一肌脱いでくれる方、大募集中。
全国の医師には御協力を、そして行けない人には御支援を心からお願いしたい。
福島のひとたち、子供たちのために、一肌脱いでくれる方、大募集中。
以下、立谷秀清市長のメルマガから転載させていただく。
設立趣旨には、「人類平和」、「世界平和」と、書かれています。
全国から幅広い応募と御支援を!心からお待ちしています!
◆━━━ 相馬市長立谷秀清メールマガジン 2012/01/20号 No.263 ━━━◆
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みなさんこんにちは、相馬市長の立谷秀清です。
今回は、私の書き下ろしエッセー「福島医大災害医療支援講座(寄付講座)」
をお届けします。
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●福島医大災害医療支援講座(寄付講座)
巨大津波の直後内陸部に運ばれてきた重軽傷の患者たちを、相馬市でも、南
相馬市でも、双葉郡でも、医師たちは必死になって治療した。福島県沿岸部で
の津波被害は街の中心部には及ばなかったため、地震の被害はあったものの、
病院機能は概ね保たれていたのである。しかしその後、原発の電源損傷による
放射能漏れが明らかになり、3キロ圏、次に10キロ圏に避難命令、水素爆発の
音が聞こえた後には20キロ圏が避難地域に指定された。この段階では住民には
選択の余地がなかったから、医師も患者と共にともかく現場をすぐに離れざる
を得なかった。20キロ圏内などは、はたして数時間のうちに、医療行為を中断
してまでも強制避難を急ぐ必要があったかどうか?重症患者や寝たきり老人な
どの災害弱者については、数日かけて体制を作ってからでも良かったのではな
いか?急な避難による病状悪化への影響については、今後調査が必要だと思う。
我々の社会が初めて遭遇する原発の大規模放射能もれは、30キロ圏内にも大
きな傷跡を残した。屋内退避を指示された南相馬市の住民の間にも、当然のこ
とながら大きな不安が走った。それは45キロ離れた相馬市でも同様だった。
それでも医師たちは冷静さを保った。屋内、特に病院などはコンクリートの
中にあるので、線量は数分の1である。重症患者や寝たきり患者を抱えた大抵の
医師たちは、彼ら自身恐怖心と戦いながらも職務に専念していた。医師であれ
ば、動けない患者を捨てて自分が避難するなど出来るはずもない。
ところが、原発への恐怖心は、まず流通業者たちに相馬地方に医薬品を届け
ることを拒否させた。次に給食業者が病院から引き揚げ、入院患者に病院食を
出せなくなった。さらに決定的だったことはコ・メディカルとして医療を支え
るスタッフの一部が自主避難を始めたことだった。つまり医師がいくら頑張ろ
うとしても、大量の入院患者に対して、治療の仕様が無かったのである。ここ
に至っては、病棟閉鎖や入院患者の全避難は当然の現象だった。私のところに
もSOSが来て、南相馬市の入院患者の避難のサポートに追われた。私に避難先
の確保まではとてもできなかったが、避難までの医薬品の供給や手伝いのスタ
ッフの送り込みに注力した。
ところが。何とか自衛隊の協力を得て患者を遠隔地に送り出した医師たちに
は、今度は現地での仕事がなくなっていた。
つまり、相馬地方の医師不足が何故起きたかといえば、彼らの意思に反して、
原発事故に反応して引き起こされた状況により、南相馬市の医師たちを病院に
とどめ置かない方向に事態が進んでいったことによる。それでも気概にあふれ
た医師たちはせめて外来診療だけでも、あるいは何とか数ベッドだけでも医療
体制を確保して、社会のインフラを守ろうとした。近隣の病院で患者を受け入
れて頑張った医師たちもいる。私には医師たちの叫びのように思えた。
30キロ圏内の屋内退避措置が解除されて人々が戻ろうとしたとき、もともと
1000床もあった南相馬市の病床のうち稼働できたのは数十床だった。特に精神
病院の病床数はゼロ。その実態は現在でも変わらず、早急に対策を要する地域
的課題である。言うまでもなく最大の原因は医師不足だが、病院の再開が許さ
れない双葉郡は別としても、医師の絶対数不足による救急医療対応の困難さな
どは、相馬市にもいわき市にも、そして福島県全体にとっても社会問題である。
あくまで推定の域を出ないが、もともと医師数が少なかった福島県から数十人
単位で医師が流出したと言われている。
もっとも顕著なのは南相馬市だった。たとえば一般病床として800床を保有
していた同市で、現在稼働できる病床数は100ベッドを多少超える程度。精神
病院は依然として病棟閉鎖中。これが医療崩壊といわれる所以である。医療体
制は住民生活のためのインフラだから、今の状態では住民生活の安全・安心が
保てないばかりか、このままでは地域の将来に不安の影を落とす。
この状況で支援の為に同市に留まって診療を続ける、ヒューマニズムと勇気
にあふれる医師たちがいる。鴨川市の亀田総合病院や慈恵医大病院などからの
派遣医師、精神科のクリニックもなかった相馬市では、沖縄の精神科医が熱意
をもって市内にクリニックを開設してくれた。まだまだ絶対数不足には及ばな
いが、これらの先生方に対しては、相馬地方市町村会長として心から感謝を申
し上げたい。
南相馬市ばかりでなく、相馬市や福島県全体としても、原発問題に端を発す
る医師不足問題に対しては積極的な医師招聘策を展開すべきと考えている。被
災地医療を通して、このような特殊な環境で医療人としての成果を挙げ、さら
に災害医療の研究をしたいという、意欲あふれる医師をオープンな形でこの地
方に集めることは出来ないだろうか?
現在、福島医大の菊地臣一理事長と相談の上、寄付講座として「災害医療支
援講座」を本年4月1日より開設する動きを進めている。災害医療の研究が主な
テーマだが、現地で診療を行うことによって実証的な臨床データを収集しなが
ら、医療崩壊ともいえる現実に対し、相馬地方、双葉地方、ひいては福島県と
しての打開策を提言していくこと。またこの成果を世界中に発信し、人類の幸
福と平和に多少なりとも貢献することが目的である。
いま、喫緊のニーズとして脳外科、整形外科、麻酔科、外科、循環器内科、
精神科、神経内科などが欲しい。できれば救急に従事したことがある医師であ
ればありがたいが、意欲があってヒューマニズムにあふれた人であれば、診療
科は問わない。
すでにこの趣旨に賛同する二人の医師と具体的な派遣先の詰めなどの協議に
入っており、受け入れ側とも調整をしている。地域の実情からできれば10人は
欲しいと考えている。寄付講座であるから運営には社会の善意も必要だが、当
初の資金として諸経費など2年分の寄付申し出をされた方もいる。
菊地理事長や私と災害医療に取り組み、ある程度の医学的、社会的な研究成
果を残したいと考えられる方は、下記へ連絡をお願いしたい。そのような方で
あれば、是非ゆっくり話をさせていただきたい。
連絡先
相馬市役所秘書課0244-37-2115 相馬市長 立谷秀清
設立趣旨には、「人類平和」、「世界平和」と、書かれています。
全国から幅広い応募と御支援を!心からお待ちしています!
◆━━━ 相馬市長立谷秀清メールマガジン 2012/01/20号 No.263 ━━━◆
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みなさんこんにちは、相馬市長の立谷秀清です。
今回は、私の書き下ろしエッセー「福島医大災害医療支援講座(寄付講座)」
をお届けします。
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●福島医大災害医療支援講座(寄付講座)
巨大津波の直後内陸部に運ばれてきた重軽傷の患者たちを、相馬市でも、南
相馬市でも、双葉郡でも、医師たちは必死になって治療した。福島県沿岸部で
の津波被害は街の中心部には及ばなかったため、地震の被害はあったものの、
病院機能は概ね保たれていたのである。しかしその後、原発の電源損傷による
放射能漏れが明らかになり、3キロ圏、次に10キロ圏に避難命令、水素爆発の
音が聞こえた後には20キロ圏が避難地域に指定された。この段階では住民には
選択の余地がなかったから、医師も患者と共にともかく現場をすぐに離れざる
を得なかった。20キロ圏内などは、はたして数時間のうちに、医療行為を中断
してまでも強制避難を急ぐ必要があったかどうか?重症患者や寝たきり老人な
どの災害弱者については、数日かけて体制を作ってからでも良かったのではな
いか?急な避難による病状悪化への影響については、今後調査が必要だと思う。
我々の社会が初めて遭遇する原発の大規模放射能もれは、30キロ圏内にも大
きな傷跡を残した。屋内退避を指示された南相馬市の住民の間にも、当然のこ
とながら大きな不安が走った。それは45キロ離れた相馬市でも同様だった。
それでも医師たちは冷静さを保った。屋内、特に病院などはコンクリートの
中にあるので、線量は数分の1である。重症患者や寝たきり患者を抱えた大抵の
医師たちは、彼ら自身恐怖心と戦いながらも職務に専念していた。医師であれ
ば、動けない患者を捨てて自分が避難するなど出来るはずもない。
ところが、原発への恐怖心は、まず流通業者たちに相馬地方に医薬品を届け
ることを拒否させた。次に給食業者が病院から引き揚げ、入院患者に病院食を
出せなくなった。さらに決定的だったことはコ・メディカルとして医療を支え
るスタッフの一部が自主避難を始めたことだった。つまり医師がいくら頑張ろ
うとしても、大量の入院患者に対して、治療の仕様が無かったのである。ここ
に至っては、病棟閉鎖や入院患者の全避難は当然の現象だった。私のところに
もSOSが来て、南相馬市の入院患者の避難のサポートに追われた。私に避難先
の確保まではとてもできなかったが、避難までの医薬品の供給や手伝いのスタ
ッフの送り込みに注力した。
ところが。何とか自衛隊の協力を得て患者を遠隔地に送り出した医師たちに
は、今度は現地での仕事がなくなっていた。
つまり、相馬地方の医師不足が何故起きたかといえば、彼らの意思に反して、
原発事故に反応して引き起こされた状況により、南相馬市の医師たちを病院に
とどめ置かない方向に事態が進んでいったことによる。それでも気概にあふれ
た医師たちはせめて外来診療だけでも、あるいは何とか数ベッドだけでも医療
体制を確保して、社会のインフラを守ろうとした。近隣の病院で患者を受け入
れて頑張った医師たちもいる。私には医師たちの叫びのように思えた。
30キロ圏内の屋内退避措置が解除されて人々が戻ろうとしたとき、もともと
1000床もあった南相馬市の病床のうち稼働できたのは数十床だった。特に精神
病院の病床数はゼロ。その実態は現在でも変わらず、早急に対策を要する地域
的課題である。言うまでもなく最大の原因は医師不足だが、病院の再開が許さ
れない双葉郡は別としても、医師の絶対数不足による救急医療対応の困難さな
どは、相馬市にもいわき市にも、そして福島県全体にとっても社会問題である。
あくまで推定の域を出ないが、もともと医師数が少なかった福島県から数十人
単位で医師が流出したと言われている。
もっとも顕著なのは南相馬市だった。たとえば一般病床として800床を保有
していた同市で、現在稼働できる病床数は100ベッドを多少超える程度。精神
病院は依然として病棟閉鎖中。これが医療崩壊といわれる所以である。医療体
制は住民生活のためのインフラだから、今の状態では住民生活の安全・安心が
保てないばかりか、このままでは地域の将来に不安の影を落とす。
この状況で支援の為に同市に留まって診療を続ける、ヒューマニズムと勇気
にあふれる医師たちがいる。鴨川市の亀田総合病院や慈恵医大病院などからの
派遣医師、精神科のクリニックもなかった相馬市では、沖縄の精神科医が熱意
をもって市内にクリニックを開設してくれた。まだまだ絶対数不足には及ばな
いが、これらの先生方に対しては、相馬地方市町村会長として心から感謝を申
し上げたい。
南相馬市ばかりでなく、相馬市や福島県全体としても、原発問題に端を発す
る医師不足問題に対しては積極的な医師招聘策を展開すべきと考えている。被
災地医療を通して、このような特殊な環境で医療人としての成果を挙げ、さら
に災害医療の研究をしたいという、意欲あふれる医師をオープンな形でこの地
方に集めることは出来ないだろうか?
現在、福島医大の菊地臣一理事長と相談の上、寄付講座として「災害医療支
援講座」を本年4月1日より開設する動きを進めている。災害医療の研究が主な
テーマだが、現地で診療を行うことによって実証的な臨床データを収集しなが
ら、医療崩壊ともいえる現実に対し、相馬地方、双葉地方、ひいては福島県と
しての打開策を提言していくこと。またこの成果を世界中に発信し、人類の幸
福と平和に多少なりとも貢献することが目的である。
いま、喫緊のニーズとして脳外科、整形外科、麻酔科、外科、循環器内科、
精神科、神経内科などが欲しい。できれば救急に従事したことがある医師であ
ればありがたいが、意欲があってヒューマニズムにあふれた人であれば、診療
科は問わない。
すでにこの趣旨に賛同する二人の医師と具体的な派遣先の詰めなどの協議に
入っており、受け入れ側とも調整をしている。地域の実情からできれば10人は
欲しいと考えている。寄付講座であるから運営には社会の善意も必要だが、当
初の資金として諸経費など2年分の寄付申し出をされた方もいる。
菊地理事長や私と災害医療に取り組み、ある程度の医学的、社会的な研究成
果を残したいと考えられる方は、下記へ連絡をお願いしたい。そのような方で
あれば、是非ゆっくり話をさせていただきたい。
連絡先
相馬市役所秘書課0244-37-2115 相馬市長 立谷秀清
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