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インフルエンザを考える季節

2012年09月25日(火)

またインフルエンザを考える季節になった。
10月15日から予防接種が始まる。
常に最悪を想定した対応が求められる。

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中東で新型の疑似SARSウイルスとのニュースが飛び込んできた。

http://jp.wsj.com/World/Europe/node_518061?mod=WSJWhatsNews

以下、小松秀樹先生が書かれた文章をMRICから転載させていただく。
・村重直子先生が言われたことが繰り返されないように
 一般の医師も過去の歴史を知っておくべきである。
・蛇足だが、「病院の世紀とは感染症の歴史であった」ことがよくわかる。

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新型インフルエンザ対策特別措置法:病気と国家による害悪に備える

 

この文章は「月刊保険診療」9月号からの転載です。

 

小松 秀樹

 

2012926日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

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●立憲主義

2012427日、新型インフルエンザ対策特別措置法(インフルエンザ特措法)が参議院で可決、成立した。この法律に対する態度として、トマス・ジェファソンの言葉ほど適切なものを知らない。

「信頼はいつも専制の親である。自由な政府は、信頼ではなく、猜疑に基づいて建設せられる」(法律学全集3『憲法』pp90Wikipedia自由主義の記述より孫引き)市民革命以後の各国の憲法は「人権保障と権力分立原理を採用し、権力を制限して自由を実現するという立憲主義の思想を基礎にしている」(高橋和之『立憲主義と日本国憲法』、有斐閣)。国家は放置すれば人権を侵害する。憲法の人権規定の名宛人は公権力である。私人による私人の権利侵害は民法、刑法の対象であり、人権とは別の扱いになる。憲法は公務員に憲法擁護義務を負わせているが、一般国民には負わせていない。人権を侵すのは公権力であり、憲法は国民に戦えと命じている。すなわち、憲法12条前段は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」としている。

2009年、豚由来のインフルエンザ(パンデミック2009H1N1)が大流行した。幸い、季節性インフルエンザを越える死者は発生しなかった。ワクチンや抗インフルエンザ薬の効果については、様々な意見があるが、死者が少なかった原因は、ウイルスそのものの性質による可能性が高い。

当時、厚労省の科学を無視した強引な施策による被害や軋轢が大きな問題になった。次に新たな疾患が発生したときに、インフルエンザ特措法がどのように機能するのか、病気と国家による害悪から人々を守るために、どうすればよいのか考えたい。

 

●厚労省の初期対応

村重直子医師は、新型インフルエンザ騒動当時、舛添要一厚生労働大臣直属の改革推進室に勤務していた。彼女は、横須賀米海軍病院、ニューヨークのベス・イスラエル病院、国立がんセンター病院などに勤務した経験を持つ。新型インフルエンザ騒動に厚労省の中枢で関わり、その貴重な体験を『さらば厚労省』(講談社)にまとめた。まず、この本を中心に厚労省の初期対応を見る。

2009424日、WHOはメキシコでインフルエンザ様疾患が発生し、多数の死者が出ていると発表した。「死者の数はその後も増え続け、他にも実にあやふやな情報が飛び交った」「担当は健康局結核感染症課を中心とする医系技官たち」「メキシコからの生の医学情報を集めようともしないまま、右往左往していたのだ」「そんな医系技官に国民の命が守れないことは、私の目には明らかだった」

村重医師は舛添大臣に直訴し、情報収集を始める。

「必死で情報収集する毎日が続いた。正規の担当である医系技官とは別ルートの、独自の情報収集だった」「朝から晩まで、インフルエンザに関する英語の医学論文や諸外国の行動計画を読む」「夜中には、時差のあるメキシコに電話をかけた。メキシコで何百人も死んでいるという、どこまで本当かわからない情報が交錯する一方、医学的な情報は皆無に等しく、医学的判断は全くできない状況だった。ブラックボックスのようになっているメキシコで何が起きているのか、現地の医師たちの話が聞きたかったのだ」「医系技官は、メキシコで起きているのは『新型インフルエンザ』だと信じていたが、それだけだと言える確たる情報がなかった」「厚労省内で『インフルエンザでない可能性』『テロの可能性』を口にする医系技官はひとりもいなかった」

厚労省は、情報がほとんどないまま法律や行動計画に従って、検疫を開始した。

「『水際作戦』は、6項目中5項目がメキシコを意識したものだった」「これを作成したはずの医系技官たちが『メキシコで何が起きているのか』把握することの重要性を認識し、情報を集めようとしていたとは思えない。日本は国際社会の情報から取り残されていたのだ」「早々に、メキシコへ専門家を派遣し、多くの情報を持っていたアメリカやカナダとは比較にならない」

428日、ピッツバーグ大学のバイオセキュリティセンターはバイオテロの可能性が低いと発表した。「これで私が懸念した、テロの可能性はほぼ消えた」

病気がアメリカに拡がると、医学情報がテキサスやニューヨークの州政府から次々と公表された。「インフルエンザでない可能性も、ほぼ否定できた」「だが医系技官にこうした話は通じない。彼らは英語の医学論文を読むトレーニングを受けたことがないのだ」「重要な医学論文を読んでも理解できず、海外からの情報をほとんど得られない人たちが、日本の医療のグランドデザイン(基礎設計)を担っていると自負している」

「新型インフルエンザ対策で医系技官がよりどころにしたのが、2008年に自ら改正した『感染症法』と『検疫法』である」「これらの法律のルーツは、1897年にできた『伝染病予防法』や、1951年にできた『検疫法』などにあり、現代からみれば人権問題となりかねない思想に基づいている」

明治から第二次大戦後まで、現在の厚労省と警察庁は同じ内務省に属しており、警察の担当範囲に衛生も含まれていた。1910年日本に存在した官公立病院の内訳は、一般病院83、娼妓病院158、伝染病院1,515、隔離病舎7,222だった(内務省「衛生局年報」、猪飼周平『病院の世紀の理論』有斐閣pp58より孫引き)。当時、抗生物質はなく、梅毒を含めて感染症に対する有効な治療方法はなかった。「『娼妓病院』や『伝染病院』・『隔離病舎』などは、第一義的には、社会防衛のための施設であり、病床は外部社会に影響を及ぼさぬよう特定の人びとを管理するためのものであった」(猪飼)。現在では想像できないことだが、患者本人のための病院より、社会防衛のための施設がはるかに多かった。

 

●検疫

英語のquarantineは、40日間という意味のベネチア方言を語源とする。14世紀、ペストの流行を防ぐために、潜伏期間とされていた40日間、船を港に停泊させたまま人を上陸させなかったことに由来する。

2009年の検疫では、発熱のある患者を検出して、周囲の乗客を含めて、隔離(停留措置)した。担当者は感染を防ぐためのガウンテクニックの原則を無視して、防護服を着たまま複数の飛行機の機内を一日中歩きまわった。知人の看護師は“徴集”されて、この無意味な業務に従事させられたが、ガウンや手袋の使い方を見て唖然としたという。検疫の指揮を執った厚労省の担当官に、非常時だから医療現場の常識と異なっても黙っているように言われたとのことだ。非常時ならなおのこと、感染拡大を防止するためにガウンテクニックを厳密に守る必要がある。彼らも水際作戦が無意味だと熟知していたのであろう。義務を果たしたというアリバイ作りが目的だったのではないか。

インフルエンザには無症状の潜伏期間がある。厄介なことに、病気の発症の24時間から48時間前にウイルスが排出され始める(1)。有効な検疫を行うとすれば、理論的には、航空機、船を問わず、外国から日本に来るすべての人間を、同一集団内で病気の新たな発生がなくなってから数日後まで、停留する必要がある。しかも、全員個室に収容しなければならない。体育館のようなところに収容すると、大量の患者が発生しかねない。膨大な数の人間が国境を出入りする現在では、検疫などできるものではないことは明らかであろう。

日本のヒステリックな検疫は、世界のメディアから嘲笑と非難を浴びた。200957日、WHOは声明を出した。

WHOは検疫を推奨するか?」「断じて否。検疫に疾患の拡大を抑制する効果があるとは考えない」「国際交通を大きく阻害する方策をとっている国は、WHOに公衆衛生的な理由と、そうした行為を正当化する根拠を提出しなければならない」

日本は同様に検疫を実施した中国などと共に、科学的根拠なしに人権を侵害する国家だとみなされた。

成田空港において、2009428日から618日までの52日間で、346万人を検疫して、10名の患者を検出した。これは壮大な無駄だった。森兼啓太医師、森澤雄司医師によると、神戸の国内感染による発症は「最も早い人で55日」であり、「この人を感染させた海外からの入国者(あるいはその人に感染させた別の人)は、428日に機内検疫を開始してわずか数日で(潜伏期の間に)入国している」(2)。スーパーコンピューターを使ったシミュレーションでは、感染者の大半が検疫をすり抜けたと推定された (3)

1918年から1920年にかけてのスペインかぜでは、世界人口18億人のうち6億人が感染し、5000万人が死亡したとされる(Wikipedia)。死亡原因の多くは、ウイルス感染に引き続いて発生する細菌感染だった(4)。細菌感染を治療するための抗生物質はまだ発見されていなかった。

WHOによって掘り起こされたスペインかぜ当時の記録がある。カナダの事例(5)を引用する。

「多くの小さな町が、町を周囲から完全に隔離しようとした」「カナダ北方本線は、15かそれ以上の町を、停車せずに素通りした。アルバータ州警察は、アルバータ州の主要高速道路に検問バリケードを設けて、インフルエンザが大平原地域の3つの地方自治体に入るのを防ごうとした。このような努力にもかかわらず、これらの対策は『病気が拡がるのを阻止するのに、悲しくなるほど役に立たなかった』個人や家族、あるいは、すべてのコミュニティを隔離することは、実行できるような作業ではなかった」

日本感染症学会は、新型インフルエンザ騒動のさなかの521日に提言を発表した(4)。その中で、過去のインフルエンザは、最終的には大半の国民が罹患したと指摘している。

「過去のどの新型インフルエンザでも、出現して12年以内に2550%、数年以内にはほぼ全ての国民が感染し、以後は通常の季節性インフルエンザになっていきます」「今回のS-OIVもやがては新たなH1N1亜型のA型インフルエンザとして、10年から数十年間は流行を繰り返すと見込まれます」

 

●病院の機能を守る

2009年の大流行で、WHOは、当初より「containment(封じ込め)」は不可能、めざすべきは「mitigation(被害の軽減)」だとアナウンスしてきた。軽減すべき被害は、インフルエンザによる直接的被害だけではない。最も重要なことは、病院を破綻させないことである。インフルエンザの重症患者だけでなく、他の病気による重症患者のためにも、診療サービスを保ち続けないといけない。

そもそも、東日本は、医療サービスの供給に余裕がない。埼玉県や成田空港がある千葉県は、医師・看護師不足のために、医療サービスの供給が足りていない。

村重医師はこう指摘する。

「『症状のある人は、家で静養してください』アメリカ政府は当初から国民にこう呼びかけているのだ」「「日本のペーパードクター医系技官は、感染の危険性を高めるような方針をとった。新型インフルエンザ患者を、本人が医療を受ける必要があるか否かとは関係なく強制的に入院させ、『新型インフルエンザかなと思ったら、医療機関を受診してください』と通知を出した」「受診の必要性を医学的に検討した結果ではない」「現場の医師にやらせるという通知をだしておけば責任逃れができるのだ。むしろこの方針によって、病気の人たちの命を危険にさらすことにつながりかねないのである」

 

●インフルエンザ特措法案は警察主導

インフルエンザ特措法によって、大々的な検疫や統制医療が実施可能になる。個人の財産の強制使用、医師に対する強制的な業務従事、集会の禁止、土地の強制使用、特定物資の収用、物価統制などの権限が政府に付与される。自分が所有している物資を隠したとして、6か月以下の懲役まで科される可能性がある。このような強制力が感染拡大を防ぐのに必要不可欠だとは思えない。

国連は、公益目的で人権を制限する場合の詳細な原則(シラクサ原則)を定めている(6)。WHOは、薬剤耐性結核の対策で人権を制限するには、シラクサ原則に含まれる5つの基準全てを満たす必要があるとしている(7)

1.人権制限は、法に基づいて行使される。

2.人権制限は、多くの人たちが関心を寄せる正当な目的の達成に役立つ。

3.人権制限は、民主主義社会においては、目的達成にどうしても必要な場合に限られる。

4.目的を達成するのに、強要や人権制限が、必要最小限にとどまるような方法を採らなければならない。

5.人権制限は、科学的根拠に基づくべきである。独断で決めてはならない。つまり、合理性を欠いたり、差別的だったりしてはならない。

国内的にも、日本国憲法による国家権力に対する縛りがある。国家が人権を制限するためには、公共の福祉と人権の間で利益衡量を行わなければならない。『立憲主義と日本国憲法』(高橋和之、有斐閣)によれば、通常、この利益衡量は目的・手段審査という思考の枠組みで行われる。目的が正当であり、手段は必要最小限でなければならない。

この法案作成の担当部署が普通ではない。厚労省の法令事務官は、不当な人権侵害になりかねないとして立法化にしり込みしたと伝え聞く。2009年の新型インフルエンザ騒動に懲りていたこと、医系技官が信頼されていなかったことが原因と想像される。そこで医系技官は、内閣府の警察官僚に持ち込んだ。伊藤哲朗前内閣危機管理監(元警視総監)が、東日本大震災への対応より本法案に熱心に取り組み、法制化を強引に進めたという。最終的な担当者の杉本孝内閣参事官も警察庁出身である。医療についての知識を持たない警察官僚がインフルエンザ対応の立法を主導することは、文明国ではあり得ない。先述のように、医系技官は警察官僚と祖先を同じくする。医系技官が取り締まりを好むのは組織の歴史ゆえかもしれない。

インフルエンザ特措法に対し、衆参両院で附帯決議がなされた。判断の科学的根拠を明確にすること、人権制限を必要最小限にすること、医療提供体制の維持を図ることなどが求められた。しかし、附帯決議には法的拘束力がない。

 

●医系技官の問題

医系技官の多くは、医師としての本格的なトレーニングを受けていない。しかも、行政官であり医学より法(規範)を優先しなければならない。科学的に実情を認識して現実的な対策を考えるより、法令に縛られる。医師としての良心より、法律が優先される。ハンセン病患者の生涯隔離政策が、科学的正当性を失った後も長年にわたって継続された事実が示すように、行政官は過去の法令に科学的合理性があるかどうか、その法令を現状に適用することが適切かどうかを判断しない。

行政官は事実より規範あるいは建て前を優先するがゆえに、事実に反することを述べることがある。当時の専門家諮問委員会委員長の尾身茂氏は自治医大教授だったが、医系技官のキャリアの延長上で活動していた。2009528日の参議院予算委員会で、「水際作戦には一定の効果があった。国内発生が始まる前に、時間が稼げた。このため最終診断のインフルエンザの診断薬が調製できて、各地方自治体に配付できた」と証言した。後付けの理由であろうが、診断薬の調整は、人権制限を正当化できるような「目的」ではない。医系技官は人権について考える習慣がないらしい。何より発言は事実に反する。前述のように、兵庫県内での国内感染による最初の発症は55日だった。これが関西での大流行のきっかけになった。成田空港の検疫で患者が発見されたのは58日夕方であり、検疫で発見されるより前に新型インフルエンザが日本国内に入っていたことは、証言当時明らかだった。

行政官のもう一つの特徴は、責任回避にきわめて熱心なことである。これも事実認識より規範が思考の基本にあるためだろう。尾身茂氏の発言も厚労省の責任回避のためと理解される。厚労省は騒動当時、実行不可能な指示を「混乱を極めていた医療現場に送り続けた」(村重)。例えば、新型インフルエンザと診断された患者については「入院措置等を実施する」すなわち「感染症指定医療機関に強制的に入院させる」ことになっていた。ところが「感染症指定医療機関のキャパシティは約2万床」「新型インフルエンザが他の入院患者にうつらないようにするために必要な個室は、このうち、1800床ほどしかない」。この数で足りるはずがない。事務連絡や通知などの「『指令』回数は、20094月末の発生時から9月半ばまでで200回を越えた」「医系技官としては『きちんと行政指導しました』というアリバイ作りができる。その結果、『行政指導に従わなかったのは医療機関です』ということになって、厚労省から現場へ責任転嫁されたも同然ということになる」

厚労省の発出する情報が、水際作戦での阻止が可能かどうかということを抜きに、阻止しないといけないということを「規範化」した。実際に阻止できないが故に、恐怖が膨らんだ。恐怖が対策を過剰にして、関西経済に数千億円ともいわれる損失を与えた。病気としての怖さのみならず、インフルエンザと診断されると行政、住民から迫害されると思わせた。元警視庁刑事である私の外来患者は「新型インフルエンザにかかったと分かると地元にいられない」と語った、取り締まる側の率直な感想だと思う。

厚労省の医系技官の思考と行動は大戦時の日本軍を思わせる。レイテ、インパール等、現実と乖離した目標を規範化することで、膨大な兵士をいたずらに死に追いやった。

 

●次に備える

2009年、厚労省による有害な判断と行動は、多すぎて述べ切れない。インフルエンザ特措法は、問題行動をさらに強める方向に機能する可能性が高い。国民を守るために、現場の医師は相当な覚悟を持って次に備える必要がある。

先に引用した、日本感染症学会の提言には、「本年(2009年)2 17 日に厚生労働省が発出した『新型インフルエンザ対策ガイドライン』は高病原性鳥インフルエンザを想定したものであって、しかも水際撃退作戦を想定したいわば行政機関向けといえるガイドライン」だと述べられていた。たとえ高病原性だったとしても、特徴的な病状がなく潜伏期間があり、しかも潜伏期間にもウイルスを排出するとすれば、検疫が有効だとは思えない。

過去に、高病原性鳥型インフルエンザが人間に大流行したことはない。もし、大流行するとすれば、新しい病気の発生とみなすべきである。新しい病気が発生した場合、狭い想定に捉われるととんでもない大間違いをしかねない。まず、情報を集めつつ、その時点で適切と思われる対策を講じる。その結果を含めて情報をさらに集めて分析し、適宜、認識と方針を修正していく。重要なことは、実情を見極め、現場を支援し、その動きを阻害しないことである。とりうる選択肢は複数あってよい。ときと場所によって選択肢が異なるのは当然である。多様性が許容されなければ、過ちは永遠に修正されない。

東日本大震災では行政が科学を抑圧し、被害の拡大を招いた(8)。科学上の正しさはとりあえずの真理であり、日々更新される。ゆえに議論や研究が続く。新たな知見が加わり進歩がある。科学や医学上の正しさは、規範とは無縁のものである。地動説に対する宗教裁判は、規範による学問の進歩の阻害の最も知られた例である。

WHOCDC(アメリカ疾病予防管理センター)では、ペーパードクター行政官ではなく、本物の医師が疾病の被害の軽減に取り組んでいる。本物の医師でなければ、刻々と集まる情報を読み解いて、適切な対応をすることは不可能である。担当者は英語に堪能で世界に知己のいる、科学的訓練を受けた感染症専門家が望ましい。責任者には、重要な場面で、状況に大きくコミットすることをためらわない医師を据えたい。

厚労省は、新型インフルエンザ対策総括会議で、「死亡率を少なくし、重症化を減少させるという当初の最大の目標は、概ね達成できた」と肯定的に総括した。真摯な反省ができないのは、問題の根幹が行政官の行動原理にあるからである。次回も同様のことが当然起こる。罰則を背景にしたインフルエンザ特措法の強制力が、科学に必要な情報収集、慎重な判断、議論の継続を前回以上に阻害する可能性が高い。的外れな施策を強行して、必要な施策の実施を阻害したり遅らせたりするのではないか。私は、人権侵害よりむしろ、適切な疾病対策が行えないことによる被害を懸念する。

病気と国家の害悪から人びとを守るためには、医師たちが、IT、医学的知識、人のネットワーク、機動力を駆使して、多少のユーモアをもって多彩な活動を行えばよいのではないか。東日本大震災で、人のネットワークによる活動の練習ができた。2009年の前例があるので、厚労省が医学的に無茶なことをしようとすれば、それを阻止すべく医師を説得するのはさほど難しくない。

 

●国民を守るための作戦

最後に、国民を守るために必要な9項目の提案を掲げ、本稿の締めとする。

1.基本方針:次の大流行では、民間で独自に対応策を考え、厚労省を適切な方向に導く。

厚労省の担当者も中枢は数人にすぎない。厚労省を知識量とスピードで圧倒する。

2.新しいインフルエンザが発生したとの1報が入れば、有志でメーリングリスト、掲示板などを設定する。実名と所属を明らかにして情報のやり取りをする。

3WHOCDCを含めて、公表された情報を可及的速やかに翻訳し、掲示する。

4.発生場所の言語に通じた医師や専門家を募集し、現地の一次情報を集めて、掲示板に集積する。

5.有力なNPONGOに資金ならびに機動作戦の支援を仰ぎ、一次情報を収集するため現地に専門家を派遣する(当然、保険付き)。

6.必要な対策を掲示板で提案しつづける。2009年の事例から厚労省の陥りやすい過ちを予想して、事前に批判する。

7.無茶な方針が出されたら、責任者を探り当てる。その責任者に名指しで議論を呼びかける。あるいは非難する。

8.無茶な方針が出されたら、科学的根拠を示して、みんなで無視することを呼び掛ける。

9.各地で地域の医師が独自にサーベイランスを行い、それぞれの地域に適した行動計画を立てることもあってよい。政府による「正しい唯一の方針」は危険である。諫早医師会の満岡渉医師によると、同医師会は数年前より独自にインフルエンザのサーベイランスを実施してきた。2009年にも患者数の推移を詳細に把握していた。新規患者数が1300人を越えるようになれば、受診制限を呼び掛けることを考えていた。

 

<文献>

1World Health Organization Writing Group: Nonpharmaceutical Interventions for Pandemic Influenza, International Measures. Emerg Infect Dis; 12:81-87. 2006.

http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/12/1/pdfs/05-1370.pdf

2.新型インフルエンザから国民を守る会、共同代表:森兼啓太、森澤雄司:政府による新型インフルエンザ対策の見直しに関する提言. MRIC by 医療ガバナンス学会 Vol.57, 2010219 . http://medg.jp/mt/2010/02/vol-57.html#more

3H. Sato, H. Nakada, R. Yamaguchi, S. Imoto, S. Miyano and M. Kami.: When should we intervene to control the 2009 influenza A(H1N1) pandemic?. Euro Surveillance, 15(1):pii=19455. 2010. http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=19455

4.社団法人日本感染症学会緊急提言:「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」平成21521.

http://www.kansensho.or.jp/influenza/pdf/090521soiv_teigen.pdf#search

5World Health Organization Writing Group Nonpharmaceutical public health interventions for pandemic influenza, national and community measures. Emerg Infect Dis;12: 88-94, 2006. http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/12/1/pdfs/05-1371.pdf

6United Nations, Economic and Social Council, U.N. Sub-Commission on Prevention of Discrimination and Protection of Minorities, Siracusa Principles on the Limitation and Derogation of Provisions in the International Covenant on Civil and Political Rights, Annex, UN Doc E/CN.4/1984/4 (1984). http://graduateinstitute.ch/faculty/clapham/hrdoc/docs/siracusa.html

7WHO Guidance on human rights and involuntary detention for xdr-tb control. http://www.who.int/tb/features_archive/involuntary_treatment/en/index.html

8.小松秀樹:行政から科学を守る. MRIC by 医療ガバナンス学会 Vol.408, 2012220. http://medg.jp/mt/2012/02/vol408.html

 

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この記事へのコメント

医療ブログと申しながら、やはり難しいですね。印刷しても、読みにくい。
新型インフルエンザの時は、舛添厚生大臣が、東大卒とは言え、法学部出身だったので、確かに、おかしい対応でしたね。細木数子さんも、「次の政権は民主党になるから、今内閣に入るのはやめなさい」とアドヴァイスしたのに、厚生大臣になりましたからね。
細木数子と言えば、ノストラダムスも、中世フランスの有能な医学生だったけど、ユダヤ人だったので、医学会には、入れて貰えなかったらしいですね。
イタリアから、輿入れした、カトリーヌ.ド.メディシス王妃に気に入られて、当時流行した、ペストの予防や防疫に尽力したらしいです。と言っても、当時の事ですから、ペスト菌に汚染された衣服を焼くとか、アルコール消毒くらいでしょうけどね。
木村盛世さんの厚生省が国民を危険にさらすー放射能汚染を広げた罪と罰なんか読むと、
民主党政権でも、やっぱり同じような事がおきているのかなと思います。
SARSウイルスに動物や、コウモリも関係している可能性大でしょうね。

Posted by 大谷佳子 at 2012年09月28日 01:46 | 返信

TVで、「RS virs感染症が流行している。乳児や幼児が罹患すると、危険だ」と言ってました。

Posted by 大谷佳子 at 2012年10月05日 03:44 | 返信

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