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遥かなる医介・連携
2012年11月14日(水)
毎日、いろんな在宅医療や往診を頼まれる。
ドラム缶事件の街らしく、信じられない現実に、日々、日常として対峙している。
地域包括ケアの基礎となる医療と介護の連携だが、富士登山に例えたらまだ1合目だ。
ドラム缶事件の街らしく、信じられない現実に、日々、日常として対峙している。
地域包括ケアの基礎となる医療と介護の連携だが、富士登山に例えたらまだ1合目だ。
大変な状態の患者さんに、初めて出会う。
老老、認認だったり、介護者も大きな病気を抱えていたり。
在宅医療の主役は、誰がなんといっても訪問看護師さん。
どう間違っても、医師ではない。
看護師さんこそ患者さんに寄り添う、偉大な職種だ。
しかしその訪問看護を、ケアマネは易々とは入れてくれない。
「訪問看護は医療保険で勝手にやってください」
これは毎日のように、ケアマネさんから言われる言葉だ。
「訪問看護って、医療保険じゃなのですか?」と顔も見ないでとぼけるケアマネも。
なんだかんだ言ってから、結論はいつも「訪問看護の必要性を認めません」だ。
医師を邪魔に思っているケアマネもいる。
訪問看護を入れられるからだ。
訪問看護を要しない、急変に対応しない、看取りをしない在宅医との連携を好むのか。
やればやるほど、ケアマネには嫌われる。
一部のケアマネだから、くれぐれも誤解なきよう。
日々の現実をここに書いているだけ。
まあ、愚痴を言ってもしょうがない。
現実には、ボランテイアでの訪問看護で対応している。
正確には、経営者がボランテイアなのだが。
尼崎には、誰も対応しないようなケースからSOSが寄せられる。
保健所も行政も医療機関にも見放されて泣いている人に呼ばれる。
そんな時は、制度など考えないほうがいい。
やるべきことをやるだけ。
制度がどう、ケアマネがどう、という前に
目の前の人の役に立てばそれでいい。
在宅医療の主導権を巡って
医師会と在宅療養支援診療所連絡会がしのぎを削っている。
しかし現場に必要なものは使い易い制度だ。
医療と介護が協働し易い制度を望むばかり。
変な制度が医療や介護を歪めている気がしてならない。
明日、厚労省のお偉いかたがたに、このあたりの事情を説明し
少しでも制度の簡素化に取り組んでもらえる提言をさせていただく予定だ。
老老、認認だったり、介護者も大きな病気を抱えていたり。
在宅医療の主役は、誰がなんといっても訪問看護師さん。
どう間違っても、医師ではない。
看護師さんこそ患者さんに寄り添う、偉大な職種だ。
しかしその訪問看護を、ケアマネは易々とは入れてくれない。
「訪問看護は医療保険で勝手にやってください」
これは毎日のように、ケアマネさんから言われる言葉だ。
「訪問看護って、医療保険じゃなのですか?」と顔も見ないでとぼけるケアマネも。
なんだかんだ言ってから、結論はいつも「訪問看護の必要性を認めません」だ。
医師を邪魔に思っているケアマネもいる。
訪問看護を入れられるからだ。
訪問看護を要しない、急変に対応しない、看取りをしない在宅医との連携を好むのか。
やればやるほど、ケアマネには嫌われる。
一部のケアマネだから、くれぐれも誤解なきよう。
日々の現実をここに書いているだけ。
まあ、愚痴を言ってもしょうがない。
現実には、ボランテイアでの訪問看護で対応している。
正確には、経営者がボランテイアなのだが。
尼崎には、誰も対応しないようなケースからSOSが寄せられる。
保健所も行政も医療機関にも見放されて泣いている人に呼ばれる。
そんな時は、制度など考えないほうがいい。
やるべきことをやるだけ。
制度がどう、ケアマネがどう、という前に
目の前の人の役に立てばそれでいい。
在宅医療の主導権を巡って
医師会と在宅療養支援診療所連絡会がしのぎを削っている。
しかし現場に必要なものは使い易い制度だ。
医療と介護が協働し易い制度を望むばかり。
変な制度が医療や介護を歪めている気がしてならない。
明日、厚労省のお偉いかたがたに、このあたりの事情を説明し
少しでも制度の簡素化に取り組んでもらえる提言をさせていただく予定だ。
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この記事へのコメント
私は母の介護をしていますが、月に2回、内科の先生が来て下さいますし、土曜日ごとに、歯科衛生士さんが、歯の衛生管理に来て下さいます。あと、車いすをレンタルしています。
ですから、医療系だと思うんですけど、訪問看護師さんは、どうなのかな?人数が少ないので、来て下さるかどうか、ケアマネジャーと相談します。
いつも、長尾先生に抵抗する、ケアマネジャーって、なんだか、探偵シャーロック.ホームズに出てくる、モリアティ教授みたいな、毎度おなじみの悪役みたいです。
そのケアマネジャーって、男性のケアマネジャーなんですか?長尾先生と対抗してるみたい。
よく分かりません。私のまわりには、そんな、モリアティ教授みたいなケアマネジャーは見当たらないですね。
Posted by 大谷佳子 at 2012年11月14日 11:01 | 返信
訪問看護いつでも医療で使えると思っているケアマネに関しては知識不足としか言いようがありません。
しかし、介護保険の枠内で、限られた点数の中
患者の希望を叶えながら生活を成り立たせていくことに奮闘している
現場のケアマネがたくさんいる事もまた事実です。
医師の都合で介護の枠から訪問看護を入れるようにする、入らないと困る考えるのは、少し違う気がします。
医師もケアマネも介護職も訪看も、在宅において対等であるというならば、色んなケースがあっていいと思います。在宅ってそういうもんではないでしょうか。
Posted by 匿名 at 2012年11月14日 11:31 | 返信
一般病院の整形外科ナースです。
90代で大腿骨頚部骨折で手術をされたとても綺麗な患者さん。心不全を併発しましたが回復し、元気になってきました。毎日来てくれる同居の娘さんが「ここまできたら絶対家で看取りたい」と涙ながらに仰いました。かかりつけ医は「こないだも在宅で看取りました、任せてください」と言われているとのこと。嬉しくなって「是非実現しましょう。これ読んでください。」と『平穏死10の条件』をお渡ししました。「今話題の本ね・・・読ませていただきます。」と娘さん。看護師冥利につきますね。
Posted by 神戸ナース at 2012年11月14日 12:28 | 返信
アピタル読んで学んでます♪
「在宅療養と療養病床を自由に行き来できたらいいのにと常々思っています」の先生のお言葉、大変嬉しく思います。当院の院長に、ケースバイケースでそのように対応してもらえる、療養病床だけの小病院です。ケアマネにもその点を説明して、ご本人、ご家族の納得のいく最期を支えていきます。
私はMSWとして「融通のきく病院」…と説明しながら大丈夫かしら?と失笑してますが…ご家族やケアマネや、内部の関係者からはまだつっこまれてはおらず?!(笑)知らん顔してるからかしら?(笑)
私自身、癌再発したら途端に「癌難民」という現実にぶつかることを心配するのも嫌なので、まずは職場から…です。「私は在宅で死にたい」と家族に公言し、尊厳死協会にも入会します。…で、聞いてくれそうなご家族、知人、私の母にもその情報を流しています。先生の著作と共に…。先生のご活躍は陰ながらも動いてる私たちへの大きな励ましです。
「制度がどう、ケアマネがどう、という前に目の前の人の役に立てばそれでいい。」本当にそのとおりですね。「救命」とはそういうものなんでしょうね。シンプルに単純に…♪
Posted by あい at 2012年11月14日 03:09 | 返信
ケアマネさんに選ばれたとしても
本当に患者さんのためになっているのかどうか…
チームで行なう看護は その均一性を保つこともムズカしく…
介護士さんの方が素晴らしい と思うことも数多くあり…
目の前の患者さんにやるべきことをやるだけ。
玄関のベルを押す前に いつも自分に言い聞かせています。
長尾先生のことばには いつも勇気づけられます。
Posted by 一年目訪問看護師 at 2012年11月14日 11:09 | 返信
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