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悪役としての日本医師会
2013年01月30日(水)
プライマリケア、終末期医療、在宅医療、など、すべて正鵠を得た見解である。
蛇足だが、5月10日(金)亀田総合病院のお招きで、千葉で講演させていただく。
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悪役としての日本医師会(その1/2)
亀田総合病院
小松 秀樹
2013年1月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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●財政制度等審議会
2011年11月28日、財政制度等審議会財政制度分科会が開催された。この会議では、2012年度の医療・介護関連の予算編成の課題について財務省主計官が説明した後、中央社会保険医療協議会森田朗会長、社会保障審議会介護保険部会・山崎泰彦部会長、日本医師会・中川俊男副会長、医療法人鉄蕉会・亀田隆明理事長が意見を述べ、有識者委員が議論した。この会議には、安住淳財務大臣が出席した。
中川副会長は、厳しい財政状況の中で、医療を守るために何が必要なのかを一切語ることなく、開業医の報酬増額だけを主張した。その発言の特異性が委員の反発を招いた。
以下、財務省の説明と、中川副会長の見解、亀田理事長の見解、中川副会長に対する有識者委員の意見を紹介する。詳細については、当日配布された資料(1)と議事録(2)が、財務省のホームページ上に置かれているので参照されたい。
●財務省新川主計官の課題説明
近年、日本では社会保障費が急増し、これに対処するために他の経費が削減されている。
医療費については、2010年の診療報酬改定で薬価を下げ、診療報酬本体を増額した。増額の大半を急性期入院分に配分した。そもそも、開業医は病院勤務医よりはるかに収入が多い。物価や一般国民の賃金がマイナス傾向にある中で、医師の収入は増加している。医療費を増やすための負担増には理解が得にくい。勤務医の従業時間は開業医より長い。時間外や夜間に開業医が診療する患者数は大きく減少した。診療科別の開業医の収入にも大きな差があり、配分については問題がある。
日本では後発医薬品のシェアが少なすぎる。後発品のシェアの引き上げと先発品の価格引き下げで国民負担の増加を抑制する必要がある。行政刷新会議では、リスクや勤務時間に応じて、報酬配分を大胆に見直すとの提言があった。
介護保険については、導入後10年あまりで2倍以上という急ピッチで介護費用が伸びている。制度を維持していくためには、給付の見直しが必要である。サービスの中身については、施設介護に重点が置かれすぎている。要支援の認定を受けても、介護サービスを受けていない人が相当数存在する。軽度者介護に対する公的給付のあり方を見直す必要がある。自己負担についても、全員1割負担をやめて、所得に応じた負担にしてもよいのではないか。
介護職員の処遇改善は一時的な処遇改善交付金では難しく、介護報酬の中で対応していく必要がある。社会福祉法人は相当程度のストックがあるので、これを処遇改善に活用することも考えるべきである。
介護保険への拠出金が大企業に比べて中小企業に厳しくなっている。所得に応じた拠出にしていくべきである。
●新川主計官の説明に対する筆者コメント
今後、首都圏では高齢化が急速に進み、医療・介護需要、特に介護需要が爆発的に増加する(3)。しかも、高齢者の独居率が上昇し続けている。在宅介護への無理な誘導は孤独死を増やす。
特別養護老人ホームの個室化は、利用者への経済的負担を大きくした。長年在宅医療に携わっている小野沢滋医師によると、入所介護の費用を負担できない貧困家庭で、息子や娘が仕事を辞めて介護に専念せざるをえなくなっている事例が目立つという。退職する息子、あるいは、娘の平均年齢は、52歳だとのこと。52歳で仕事を辞めると、彼らの生活資金が枯渇する。貧困家庭がさらに貧困になる。無理な在宅介護は、虐待、自殺、殺人の原因となる。家族に頼らない質素な介護の方法を考え出す必要がある(4)。
憲法89条は、「公の支配」に属しない民間社会福祉事業に公金を支出することを禁止している。社会福祉法人は、これを回避するために創設された。社会福祉事業、特に第一種社会福祉事業には多額の公金が投入されている。これを外部に流出させないようにするために、強い縛りが課されている。資金調達先や担保設定に制限があり、簡単に資金調達ができない仕組みになっている。ストックの多さは行政の強い規制による。ストックを活用するには、憲法との整合性が問題になる。実務的には、社会福祉法人の資金調達に問題が生じないようにする必要がある。社会福祉法人は高齢化社会への対応の主役であり、活動の抑制は避けたい。
●日本医師会・中川俊男副会長の見解
前回の診療報酬改定で入院が+3.03%、外来が+0.31%だった。国民医療費の入院対外来がほぼ1:1であり、入院に偏った配分には問題がある。2010年の改定の前後で、病院全体で+6.6%、診療所が+1.2%と診療所が不利だった。同じ病院でも規模が大きいほど伸び大きかった。特に大学病院が優遇されている。入院外1日当たりの医療費でも、病院が+7.2%に対し、診療所が-0.3%と、病院が優遇された。DPC対象病院とDPC対象でない病院の医療収益の伸びはそれぞれ、6.3%、3.5%であり、DPC対象病院が優遇された。特定機能病院がそうでない病院より優遇された。
開業医の給与が病院勤務医の1.9倍だから多すぎると言われるが、病院でも院長の給与は病院勤務医の1.8倍である。経営責任があるので給与に差があるのは当然である。そもそもサラリーマンと個人事業主とは比較できない。開業医は、収支差額の中から退職金相当額を留保し、事業に関わる税金を支払い、借入金の返済を行っている。病院と診療所の対立構造に持ち込むのはよくない。財政当局は診療所の医師の勤務時間が短いというが、日本医師会の調査結果では40歳代以上では診療所医師の勤務時間がかえって長い。診療に加えて開業医は地域医療活動に毎週3.8時間費やしている。
行政刷新会議が出している診療科別開業医の収支差額は、調査のサンプル数が少ない上に、単月分を12倍しているだけで信頼できない。財政当局は診療報酬の48%を人件費等としている。医師の人件費は11%に過ぎないのに、もっと多いような印象を与えている。
前回の診療報酬改定の結果、医療費が大規模病院に偏在し、地域医療がまさに危機的状況に瀕していることから、診療所、中小病院に係る診療報酬上の不合理を重点的に是正すべきだ。
東日本大震災の被災地では、患者、医療従事者が大きく移動しており、人員配置基準を満たせなくなっている医療機関が少なくない。また、その影響は全国に波及しているので、当面の間、人員や施設に関する基準の緩和を実施し、今回改定では、施設基準等を要件とする新たな診療報酬項目は創設するべきでない。
前回、再診料は診療所が71点から69点となった。200床未満の病院は60点から69点になったが、これまで病院は入院、診療所は外来という役割分担のもと、診療所では主たる財源である再診料が病院よりも高く設定されてきた。この役割分担の方向性は、社会保障国民会議でも踏襲されている。診療所の外来診療を高く評価することこそ、本来の姿だと思う。
5分ルールの廃止、ならびに、簡単な症状確認のみでの継続処方に対する外来管理加算の廃止で、厚生労働省は外来管理加算の算定回数が120億円分増加するとしてきたが、実際には減少した。外来財源が不合理に引き下げられた。診療所、中小病院の再診料の水準を以前の診療所の水準に戻し、さらに最低でも、前回改定における入院医療費改定率相当の引上げを求めたい。
●中川副会長の見解に対する筆者コメント
日本医師会は、医療サービスの向上や効率化に努力してきたとは言い難い。近年の医療の進歩の中で、開業医による投薬を中心とする外来診療の役割は相対的に小さくなり続けている。外来と入院の医療費比率を維持せよとする主張には無理がある。
東日本大震災の被災地から、医療従事者が移動したが、他の地域で医療従事者が減少したわけではない。明らかに事実と異なる理由で権益を確保しようとしても逆効果にしかならない。
●医療法人鉄蕉会・亀田隆明理事長の見解
グローバル化の荒波の中で、国民皆保険の与える安心感は極めて重要である。国民皆保険を維持するために、経済的豊かさを求めていく必要がある。
国民皆保険の3分の1は国民健康保険、3分の2は被用者保険であるが、国民健康保険料の収納状況が悪化し、88%しか収納出来ていない。国民健康保険被保険者の世帯平均収入が、1994年に225万円だったものが、2009年には158万円まで減少した。生活保護受給者との間で収入の逆転している部分が相当程度ある。国家財政が厳しい状況の中で、財源確保は非常に重要な問題である。生活保護受給者からも何らかの一部負担はあってしかるべきではないか。大きな医療機関は外来患者を多くしようとは思っていない。一部負担を高額医療費のセーフティネットに使うことに、日本医師会は反対しているが、100円、200円程度で本当に必要な受診が抑制されるとは思わない。
貧しい国に良い社会保障制度は育たない。日本の国民一人一人が貧しくなったことを認識すべきである。成長戦略が必要である。付加価値の高いものづくりで競争を強化しても、合理化、機械化のため、雇用増大につながらない。企業が外貨を獲得するだけではフロー化せず、持続的な景気上昇につながらない。
2010年の診療報酬改定では、入院医療費が3.03%上昇した。小泉改革以後、病院が赤字になる状況が続いていたが、その中でも毎年21万人ずつ雇用が増えてきた。製造業と建設業は毎年20万人ずつ雇用を減らしたが、医療・福祉分野がこの受け皿になった。2010年の診療報酬改定前後の2年間で、雇用が62万人増加した。改定によって年間10万人以上、上積みされた。有効求人倍率はいまだに医師等は6倍、看護師・保健師は3倍である。医療・福祉以外の職業は極めて低い。民主党政権最大の功績は雇用の創出だ。すべて医療・福祉の分野での増加だった。失業率は4.1%に下がった。実需があるなかで診療報酬を下げるのは、雇用政策上よいことだとは思わない。
自治体病院は、医業収益より医療費用が20%多かったものが、2010度は赤字が10%に減少した。赤字分は税金で補われている。自治体病院では診療報酬に税金による上乗せがある。私的病院は、2008年度平均で赤字になった。これが前回の改定で3.5%の黒字になった。
医療費抑制政策を長年続けてきたために、医療周辺産業が育ってこなかった。医薬品・医療機器は2兆5千億円の輸入超過になっている。医療機器の製造承認のプロセスに欠陥があり、成長をさせようという意識がなかった。
IT技術を活用して社会保障制度の情報をネットワーク化することで効率化を図るべきである。そのためには、国民ID を作ることが必須である。
終末期医療を病院で行うのは非常に費用がかかる。施設から病院の救急に担ぎ込まれると、救命措置をせざるを得ない。人工呼吸器などの救命のための処置は、費用がかかる上に、誰からも喜ばれない。一方で、在宅も手間と費用がかかる。一軒一軒回っていると、3時間かけて1人しか診られないということになる。これを診療所の隣に在宅施設を整備して、ここで看取る。あるいは、有床診療所で看取るようにすることで勤務医の疲弊と医療費の無駄遣いを軽減させることができる。
●亀田理事長の見解に対する筆者コメント
医療周辺産業が育ってこなかったのは、医療費抑制政策によるものではない。医療機器産業研究所の研究者は、規制、メディアによる風評被害、風評被害を過度に恐れる企業風土、医療機器産業が職人産業から近代産業に脱皮できなかったこと、日米の通商交渉における二度の敗北などを原因として挙げている。
●井伊雅子委員の日本医師会中川副会長の見解に対する感想と疑問
医師会の中川さんのお話はお金の話ばかりだなとつい思ってしまった。日本の開業医というのは経営的に非常に大きなリスクを負っている。日本では、地域住民が病気を予防して健康になってしまうと、医療機関というのは成り立たない制度になっている。病診連携が重要だと言われているが、中川副会長の資料によれば、病院と診療所というのは連携関係になれない。
中川副会長の主張には、医療費をどういうふうに効率化するかという話はなかった。この10年ぐらい、医療界では重点化や効率化ということで、病院の平均在院日数を減らすとか、DPCを導入して原価に基づく医療費を計算するというようなことをしてきたが、病院改革だけが先行してしまった。このままプライマリー・ケアのビジョンを描かないで改革をしていっても、病院が疲弊をしてしまうのではないか。
先週、財政仕分けで、小宮山大臣と話した。小宮山大臣はプライマリー・ケアというのは在宅ケアだと思っている節がある。プライマリー・ケアというのは医療や健康問題の8割から9割をカバーしている。地域包括ケアというような言い方をするとイメージがよくわくと思う。しかし、日本では開業医も在宅のクリニックの医師も訪問看護師も、自分が診療している患者のことしか診ていない。病院や診療所の外来だけではなくて、予防も含めた地域住民のすべてが対象になる。そういうことをしているとおっしゃる開業医の方たちもいるが、日本では地域の住民の健康状態を把握するデータベースすらない中で、そういう役割はほとんどしていないと思う。
日本の医療費はOECD諸国と比べて低いほうだと言われているが、それは入院医療費、急性期の医療費であって、外来医療費は世界の中でも飛び抜けて高い。比較的医療の質もよくて患者の満足度も高いと言われているカナダとか、国土の広いアメリカにしても実は人口1,000人当たりの医師数は日本とたいして変わらない。今の出来高払い制や自由開業制をそのままにして診療報酬を増やせば、地域医療の崩壊を防いだり、成長に結びつけられるというのはちょっと無責任な話ではないかなと思う。
終末期医療に関しても、北欧では家庭医がずっとその家族や地域を診ているので、日ごろどういうことがあったかわかっている。終末期に関する法律を整えるとか、診療報酬の手当をするということだけではなくて、プライマリー・ケアのところをどうにかしなければ、このままでは難しい。
小宮山大臣も先週の行政刷新会議で、病院から在宅に移すことで医療費を削減するということをおっしゃっていたが、在宅に誘導するために診療報酬を改定すると、今の日本の自由開業制のもとでは、在宅ケアのトレーニングを受けていない多くの医師が在宅ケアに参入する。ケアの質が担保できなくなるだけではなくて、出来高払い制度のもとでは医療費がかえって増大してしまう。これは亀田さんも先ほど同じようなことを指摘されたと思う。医療や介護の分野が成長産業と結びついているのは、オランダやスウェーデン、デンマーク、シンガポールといった国だが、安かろう悪かろうではなくて、安かろうよかろうという効率的な医療ができる医師が多い。単なる医師の数ではなくて、どれだけ費用対効果の高いプライマリー・ケアを担当できる医師が多いのかというような視点も必要ではないか。
●井伊委員の感想に対する筆者コメント
出来高払い制や自由開業制度がある限り、診療報酬を増やしても医療の質は向上しないとの指摘はその通りかもしれない。しかし、これだけでは好悪の表現でしかない。出来高払い制と自由開業制度は、歴史的に日本の医療の根幹部分を形成してきた。1930年代、「医療の社会化」論が喧伝され「私的な医療供給はすなわち営利的かつ非公共的な存在とみなされる傾向が強かった」(猪飼周平『病院の世紀の理論』有斐閣)が、実際には「開業医こそが、病院への接近可能性からみた公共の利益の体現者だった」。その後、医療は激変し、開業医の寄与は相対的に小さくなったが、根幹部分の変更は広い範囲に大きな影響をもたらす。データに基づいた具体的提案がなければ、検討不可能である。重要な指摘なので、井伊氏には議論のきっかけになる具体案を求めたい。
日本社会保障・人口問題研究所の将来推計人口によると、要介護者が多く含まれる75歳以上の高齢者の人口は、2050年以後まで増加し続ける。この間、生産年齢人口は減少し続ける。今後、状況は厳しくなる一方なので、医療制度の根幹部分についても、あらゆる前提を取り払った検討が必要になる。
高齢者の疾患について予防やプライマリー・ケアの制度改革で、医療の質を向上させ、かつ、費用を減らせよとの主張も、実現可能な具体策が示されない限り意味がない。首都圏では高齢者が急増している。今後、一部の医療・介護サービスの社会保険による給付をやめてでも、あるいは、給付水準を下げてでも、高齢者を支えるための必要不可欠なサービスについては、供給量を大幅に増やさなければならない。そもそも日本の高齢者の寿命は限界近くまで達している。医師の実感としては、予防に費用をかけてもほとんど寿命を延ばさないし、医療費が増えることはあっても削減できるとは思えない。もし寿命が延びるとすれば、その分社会保障費は増大する。
日本では医療サービスの供給に大きな地域差がある。厚労省の2010年度医療費の地域差分析によれば、国民健康保険と後期高齢者医療制度では、福岡県の医療費は千葉県の1.39倍、高知県の入院医療費は静岡県の1.72倍だった(年齢補正あり)。しかし、医療費を多く使っている県の平均寿命が長いわけではない。私は、日本人の寿命が延びたのは、食事、水、生活環境の改善によるのであって、医療の貢献は大きくないと思っている。
福島県浜通りの仮設住宅では、孤立した多くの高齢者が健康を損ねている。市町村別平均寿命で目立つのは、男性の平均寿命が大阪市西成区で群を抜いて低いことである。今後、首都圏では、独居高齢者が爆発的に増加する。日本の医療・介護の最優先課題は、医学的予防やプライマリー・ケアではなく、社会的包摂、すなわち、人間関係の中での居場所の確保だと確信する。
文献
1.財政制度分科会(平成23年11月28日開催)資料
2.財政制度分科会(平成23年11月28日開催)議事録
3. 小松俊平, 渡邉政則, 亀田信介: 医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将来推計人口を用いた入院需要の推移予測. 厚生の指標, 59, 7-13, 2012.
4. 小松秀樹:貧困化と医療・介護. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.518, 2012年6月14日. http://medg.jp/mt/2012/06/vol518.html#more
(その2/2へ続く)
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悪役としての日本医師会(その2/2)
亀田総合病院
小松 秀樹
2013年1月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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(その1/2より)
●委員の質疑
>吉川分科会長
(井伊委員から)いくつかあったが、診療報酬を増やせば、それで日本の医療が守られるというのは少しおかしいと思うということをはっきりおっしゃった。
>井伊委員
それが一番重要なところで。
>日本医師会・中川副会長
井伊先生がおっしゃっていただいた経営リスクが非常に大変だというのは全くそのとおりであって、診療所の経営は今大変である。それで何とか、次は診療所と中小病院の番ですよと我々は申し上げている。
(中略)
>田近委員
森田さんの資料では、急性期医療を適切に提供していくこと、あと、効率化もしていくということが課題としてあげられている。その1つの帰結が開業医の報酬をどうするかということである。一体改革の成案では、社会保障の改善も踏まえながら、2015年までにとにかく今の基礎的財政収支の赤字の半分を減らしましょうというのをナショナルゴールでやっている。国民に消費税を上げるということを言っている中で、ものすごく厳しい中で、開業医の問題をどう考えるのか。開業医の先生たちの報酬が2,700万円と出てきて、そこを国民にどう説明できるか。森田さんがおっしゃるように、医療の重点化、効率化のほうもちゃんとやらなきゃいけないと思うが、その中で開業医の問題は避けられないかなと。
(中略)
>富田委員
開業医と勤務医の報酬の話に集中している感があるが、国民が心配しているのは、我が国の医療制度の持続可能性である。それと、プライマリー、予防から緊急性の治療まで一環となったものの安心感、これが将来続けられるかどうかということである。大事な点は、診療報酬というのは価格づけを政策的に行って、資源を配分していくことである。そういう意味で考えて、産科とか外科とか、供給不足の問題を長期的にどう解決するかということが今課せられた大きな課題だと思う。ただし、制約条件として、持続可能性がある。自然増はともかくかどうか、より効率化するとしても、政策的にさらに経費を増やし、負担を増やすということは、国民全体から考えたら、解法としては考えにくい。
●会議の政治的意味
会議の議論はどのような影響をもたらすのだろうか。
中川副会長は開業医の診療報酬を増やすことだけを強引な論理で主張した。日本社会の高齢化と貧困化の中で、医療の質の向上や持続可能性についての提案なしに、お金が欲しいと主張しても了解が得られるはずがない。予想通り、委員から強い反感を含む反論が述べられた。中川副会長はこれに気付かないふりをしてさらにお金が欲しいと繰り返した。
この会議は、予算編成の基本方針を作成するための会議と位置付けられ、財務大臣の出席によって権威の高さが演出されている。この会議で予算配分を決めるわけではないが、政治的な意味がある。会議での委員の発言が、財務省の判断と食い違う場合、尊重されても予算に大きくは反映されない。一致した場合、委員の発言を理由に、より大胆に予算が決められる。反発があっても、責任は委員にある。感情的発言だろうが利用できるものは利用される。中川副会長はこうしたことを理解していたのだろうか。
中川副会長の主張には、医師として社会に適切な医療を効率的に提供しようとする姿勢は見られなかった。日本医師会が日本の医師を代表する組織ではなく、開業医の利益団体であることを示した。新川主計官の課題説明からみて、財務省が日本医師会の主張に賛同しているとは思えない。中川副会長は財務省の期待通りの悪役を演じた。予算編成を財務省の望むものにするのに役立ったに違いない。
●医師会役員の考え方
都道府県医師会の役員には、都道府県医師会代議員の母体である郡市医師会の役員と同様の考え方の医師しかなれず、日本医師会の役員には、日本医師会代議員の母体である都道府県医師会の役員と同じ考え方の医師しかなれない(5)。二重の代議員制度は極めて安定しており、自分を変えられない。医師会は、原理的に社会の大きな変化に適応する能力を持たない。
最近、私が顧問を務める社会福祉法人太陽会の安房地域医療センターが、医療にアクセスできない生計困難患者の増加に対応するために、第2種社会福祉事業である無料低額診療を計画した。千葉県医師会原徹副会長が、患者が奪われて開業医の収入が減少するとして反対した(6、7)。原副会長と日本医師会中川副会長の思考パターンは酷似している。第一に、自らの金銭的利益を大きくすることにすべての関心が振り向けられている。第二に、公共の利益を無視して、自らの利益を主張しても、「医師会」の立場で主張する限り許されると思いこんでいる。
2012年11月30日、日本医師会の組織率向上に向けた具体的方策を話し合うシンポジウムで、日本医師会・今村聰副会長は、組織率を上げると「発言力、実現力が増し、国を動かす力が大きくなる」と強調した。さらに「保険医の指定に日医が関わるような『実質的強制加入』にする方法や、専門医の生涯教育制度に日医が関わる『加入していないと不便な状態』にすることも考えられる」(8)と発言した。開業医の利益のための団体に、勤務医を「加入していないと不便な状態」にして参加させようという意見を表明した。
医師会会員は、日本医師会の中川副会長、今村副会長、千葉県医師会の原副会長のような医師ばかりではない。しかし、このような役員をその地位に留めておく以上、一般会員にも相応の責任が生じる。
在宅医療について井伊委員が表明した懸念が当たったかもしれない。日本医師会横倉会長が就任後「在宅医療は日医がやる」と宣言して以後、各地の医師会が、在宅医療連携拠点事業を、医師会を通して実施するよう圧力をかけていると伝わってきた。在宅医療に携わっている知人の話によると、従来、郡市医師会は在宅診療サービスを向上させる活動に対し、邪魔をすることがしばしばあった。知人は、以下のような危惧を伝えてきた。
「これから、在宅看取り経験ゼロの市町村医師会の担当理事が講師になり、1000例以上看取ってきたベテラン在宅医を教えるという漫画のような講習会が、一部で始まるのかもしれません。」
日本医師会の言動はあまりに公共の福祉を無視しすぎている。日本医師会は経済的メリットを得るために、厚労省からの天下り役人を受け入れ、厚労省による医療の統制を支えてきた。しかし、日本では高齢化、貧困化が進んでいる。開業医のみならず、勤務医の収入も一般国民に比べて高い。医師の我儘が通用するような甘い時代ではなくなった。財務省の厳しい考え方に、厚労省が抵抗できるとは思えない。医師も医療の効率化に正面切って取り組む必要がある。日本医師会の役員はあまりに勉強不足、かつ、倫理的に無防備である。社会が自分たちをどのように見て、自分たちの言動がどのような結果を招くのか、想像する習慣を持っていない。行政は、状況が不利になれば、それまで利用してきた団体や個人に対し、簡単に態度を変える。
●日本医師会は梯子を外された
実際にその気配がある。2012年10月26日、厚労省の第8回「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」(9)で、厚労省医政局の田原克志医事課長が医師法21条の解釈を明らかにした。最高裁判例を引用して、医師法21条の異状死体届出義務について、診療関連死であるかどうか問わないこと、死体を検案して、外表に異状があれば警察に届け出ることを明確にした。これで医師法21条問題は解決したとしてよい。最高裁判決は8年も前のものだが、厚労省は、判決について言及してこなかった。医療関係者は、これまで、診療関連死の疑いがあるだけで警察に届け出ないといけないと思い込んできた。あるいは、思い込まされてきた。警察は届出を自首とみなし、乱暴な捜査をした。届出が送検数を増やし、医療を混乱させた。警察・検察もダメージを受けたが、多くを学んだ。
従来、日本医師会は全国の医師に対し、医師法21条問題に対応するために医療事故調査委員会が必要だと説得してきた。背後に、刑法211条業務上過失致死傷罪を医師だけ免れたいとする身勝手な願望があった。問題の核心は医師法21条ではなく、刑法211条である(10)。刑法211条は現代の科学との相性がわるく、医療のみならず、航空、運輸、工業などでも問題になってきた(11)。議論を医療だけに限定すべきではない。
田原発言によって、厚労省が日本医師会の梯子を外した。日本医師会は、2007年以来、厚労省の意を受けて、医療事故調を創設するために動いてきた。医療事故調を実現するために、勤務医と対立し、日本医師会の存在意義が問われるまでに至った(5、12)。開業医の説得にも無理を重ねてきた。梯子を外されたことによるダメージは大きい。ダメージの大きさは厚労省も理解しているはずである。厚労省が医療事故調と日本医師会について、大きく考え方を転換した可能性がある。
1)行政主導の医療事故調は、運営に多数の専門家、膨大な費用を要する上に、紛争対応のための実質を伴わない形式的医療を増やし、医療費そのものを増加させる可能性が高い。
2)医療の信頼を高めるには、個々の医療機関が真摯に医療事故に取り組み、患者に向き合う必要がある。第三者機関が主役になり、個々の医療機関が脇に追いやられると、医療の信頼が低下する可能性がある。
3)産科医療補償制度で、一部弁護士グループの利益相反が問題になっている。医療事故調も同じ問題が危惧される。
4)財政赤字が膨らむなかで、日本医師会は開業医の経済的利益だけを追求し、公共の利益を重視してこなかった。日本医師会を悪役として利用すれば、医療費抑制政策が実現しやすい。
前述の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」は、「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」の部会として位置付けられている。医療事故調を考える上で、すでに実施されている産科医療補償制度とその原因分析委員会の影響は大きい。産科医療補償制度については、患者側で活躍している250名を擁する弁護士団体の構成員が、各種委員会に入っている。弁護士は原因分析委員会で扱われた事例に利害関係を持つ可能性がある。
産科医療補償制度の原資は、出産育児一時金の一部であり、公金である。年間300億円の掛け金のうち、補償対象者は年間200人。これら200人に対し、20年をかけて補償総額60億円が支払われる。莫大な余剰金が生じているはずだが、この制度を運営している日本医療機能評価機構の決算書に計上されていなかった。どこにどう使われたのか、どういう形で残っているのか分からない(13)。会計検査院も資金が民間にわたっているため、対応に苦慮しているという。社会保障審議会医療保険部会は、2012年11月8日、産科医療補償制度について議論したが、健康保険組合連合会専務理事の白川修二氏から、「はっきり言って、あきれ返っている」という発言が飛び出した(14)。
大きな制度で大きなお金が動くとなれば、さまざまな人たちが群がってくる。医療サービスの質や量を向上させることなしに、医療費を押し上げる可能性がある。
財政状況がさらに苦しくなれば、医療費の使い方を大胆に変更せざるをえない。日本医師会は、財務省のみならず厚労省にも、政策実現のためのツールとして使われることになろう。
文献
5.小松秀樹:公益法人制度改革がもたらす日本医師会の終焉.『中央公論』2008年9月号.
MRIC by 医療ガバナンス学会Vol.119, 2008年9月2日に転載。
http://medg.jp/mt/2008/09/-vol-119-1.html
6.小松秀樹:だいじょうぶか安房医師会 無料低額診療に反対する理由がひどい(その1/2)MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.633, 2012年10月31日. http://medg.jp/mt/2012/10/vol63312.html#more
7.小松秀樹:だいじょうぶか安房医師会 無料低額診療に反対する理由がひどい(その2/2)MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.634, 2012年9月26日. http://medg.jp/mt/2012/10/vol63422.html#more
8.池田宏之:国民会議不参加、「開業医団体」が理由. 日医・今村副会長、組織率向上進歩で明かす. m3.com. 2012年12月3日. http://www.m3.com/iryoIshin/article/162600/?q=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E4%BC%9A+%E4%BB%8A%E6%9D%91%E5%89%AF%E4%BC%9A%E9%95%B7
9. 2012年10月26日 第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会 議事録. http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002pfog.html
10.小松秀樹:医療事故調問題の本質. 2 問題の核心は医師法21条ではなく刑法211条.月刊『集中』2012年12月号.
右に転載. http://medg.jp/mt/2012/12/vol683221211.html#more
11.小松秀樹:トンネル事故に対する山梨県警の捜査を考える.MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.672, 2012年12月7日.
http://medg.jp/mt/2012/12/vol672.html#more
12.小松秀樹:日本医師会の大罪. MRIC by医療ガバナンス学会, メールマガジン, 臨時Vol. 54, 2007年11月17日. http://medg.jp/mt/2007/11/-vol-54-2.html#more
13. 月刊『集中』編集部: 産科医療補償制度で余剰金280億円が行方不明. 月刊『集中』2012年7月号.
http://medical-confidential.com/confidential/2012/07/280.html
14.橋本佳子:産科補償、「はっきり言って、あきれ返る」 社保審・医療保険部会、日本医療機能評価機構への批判続出. 医療維新, m3.com. 2012年11月8日.
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