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フリーアクセスも終盤か?
2013年03月14日(木)
どこでものことを、フリーアクセスという。要するにドクターショピングもOKのこと。
しかしそろそろそれも諦めなければいけないという声が、中央では出ているようだ。
大島先生も宮武先生も先週、ご一緒させていただいた先生。
私は、この先生方のご意見は正論だと思う。
一部の国民はあまりにもフリーアクセスに甘えてきたのだ。
フリーアクセスは水や空気のように当たり前のものではない。
何かを護るためには、何かを捨てる時もあるのだろう。
フリーアクセス諦める声も、第6回社会保障制度改革国民会議
m3.com編集部 3月13日(水) 配信
社会保障制度改革国民会議(会長:清家篤・慶応義塾長)の第6回が3月13日、首相官邸で開かれた。これまでの議論の振り返りなどが主な内容だったが、国立長寿医療研究センター総長の大島伸一氏が、「医療は相当部分壊れかかっている」と語気を強めると、別の委員からは「社会保障から見ると若い人と高齢者の優先順位があるのではないか」と賛同する意見や、フリーアクセスに対する諦めの声も上がった。
この日の国民会議の前半は、これまでの5回の議論の振り返り。大島氏は、「中長期的な議論は大事だが、医療は相当部分壊れかかっている」と発言。高齢社会が進展し続ける中での認知症対策について「患者が300万人以上おり、この先2倍になるとされているのに、対策が遅れている」と指摘し、現状への対処ができていないことに不満を示した。
さらに、3次救急病院で、80歳の心肺停止患者を受け入れた後、35歳の心肺停止患者の受け入れを求める連絡が来た例を挙げて、「医師は精一杯の処置をしないといけないので、35歳の受け入れを断らざるを得ない。高齢者の8割以上は2次救急で対応が可能。高齢者と若い人の命、どちらが大事という話になる前に、システムを変えないといけない」と指摘した。その上で、「QOLを上げるのが医学的適応だが、死生についての価値観のような『価値的適応』についても、考えても良いのではないか」と問題提起した。医療へのフリーアクセスについては、「多くの価値に公的保険で対応しているが、財政を圧迫している事実を直視せざるを得ない。私は今後、自由に好きな場所で、医療が受けけることができるという幻想はない」と話した。
大島氏の意見には、委員の中からも賛同者が出た。読売新聞東京本社編集局社会保障部次長の榊原智子氏は、大島氏の「価値的適応」について賛意を示し「80歳と35歳に(生命的な)優先順位を付けられる問題ではないが、社会保障全体から見たら付ける順位があるのではないか」と話し、高齢者が重視される社会保障を、若い世代に主眼を置くように変更する必要性を強調した。
目白大学大学院生涯福祉研究科客員教授の宮武剛氏は、フリーアクセスの制限について「『いつでも』『誰でも』は守られないといけないが、『どこでも』はある程度諦めなくてはいけない」と指摘し、総合診療医を育て、かかりつけ医のような役割を果たすシステムを作る必要性を指摘した。日本総合研究所調査部上席主任研究員の西沢和彦氏は、フリーアクセスの制限について「一定のがまんをしてもらって、医療の壊れている部分に充てる作業と考えているが、パスが重要」と話し、理念だけでなく、具体的な道筋を示す必要性を述べた。
会議の後半では、社会保障国民会議の最終報告(2008年)、社会保障・税一体改革大綱(2012年)に対する政府の取り組み状況や、厚生労働省の社会保障関係費用のシミュレーションの説明などもあった。学習院大学経済学部教授の遠藤久夫氏は、医療機関の機能分化を促し、在院日数を短縮させる傾向について、「在院日数を短くするのは良いが、急激に進めると都道府県の医療機関が対応できない」と指摘した。2025年までに看護師数を4割、介護職員を7割増やす方針についても「少子化の中どこまでできるのか」と疑問を呈した。他の委員からはEPA(経済連携協定)の 適用可能性を探る意見なども出た。
次回以降は、医療と介護分野を集中的に話し合う方針で、3月27日には日本医師会や四病院団体協議会などと議論を交える。【池田宏之】
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この記事へのコメント
個人的にはフリーアクセスはありがたいけれども、大島伸一さん、宮武剛さんらのご意見には同感です。大島さんの発言は、昨年、自ら主宰したアジア・エージング・サミットで発表された救急医療の危機的実態に基づいています。東京都立墨東病院の救急センターが受け入れている心肺停止患者の半数が高齢者となり、青壮年の患者受け入れが困難になっていることに、大島さんは強い危機感を抱いていました。「価値的対応」は避けて通れない課題ではないでしょうか。
Posted by 尾崎 雄 at 2013年03月14日 11:47 | 返信
災害時だけでなく、平時の救急受け入れについても
誤解を恐れず言えば、トリアージ的な基準があって良いように思います。
少なくとも、自分は受け入れる覚悟はありますが
それを医療者の方からは提案しにくいでしょう。
やはり一般市民側に、受診をあきらめるとか断られるとかの被害意識でなく
どういう時に救急車を呼ぶかという
家族の理解も含めた人生哲学(死生観)の形成が大切なのでは。
関係本がブームの今はチャンスかもしれない。
読書会と言わないまでも、読後感お茶会も良いですね。
ちなみに参加している読書会で、昨年は津村節子『紅梅』を読みましたし
今年の私の担当は、上野千鶴子『みんな「おひとりさま」』です。
もう20年以上続いている気心知れたメンバーなので
反対意見もまた視野を広げてくれて、毎月楽しみ。
10~12時まではその月のテキストについて話しますが
自由参加のランチでは、人生のよもやま話や介護のグチや笑い話や
何でもありの一時間。
元ケアマネの一人として、介護真っ盛りの方達にこそ、
デイの間とか利用して、短くても自分の時間を持っていただきたいなあと願っています。
Posted by 梨木 at 2013年03月15日 11:18 | 返信
私は、個人的に、芦屋には、祖父の代から、済んでいましたので、戦前からのお医者さんの情報とか、どの病気はどのお医者さんがお得意でいらっしゃるとか、近所の皆が情報を共有していましたが、宝塚に引っ越してきますと、何の情報も無いので、苦労しました。
市民病院も、つい14~5年前にできたのでは無かったでしょうか?
それに、最近TVで、頭痛の原因が分からず、結局、「尻もち転倒した時に側頭動脈の血管壁が剥がれて、脳梗塞状態になった事」が判明して、やっと、側頚部と頭部の手術で命が助かったアメリカの若い女性の話を民法で放映していましたが、ある程度のドクターショッピングは致し方無い時もあるのでは、と感じます。
そういう時も、診て頂いたお医者さんには礼を欠かないようにする必要はあると思います。
Posted by 大谷佳子 at 2013年03月16日 01:20 | 返信
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