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開業20周年を迎えました

2015年06月10日(水)

たしか20年前の6月10日に尼崎保健所に診療所の開設届けを出した。
6月1日に診療所を開設して、7月1日から保険診療を開始した。
あれから20年が経った。
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あの時は36歳。
今は56歳。

エライ違いや。
あっと言う間の20年だった。

20年で地域に何をやってきたのかな?
日本医事新報さんから、地域貢献について書くように言われて考えた。

いろんなことをやっているようで、まだまだ空回り。
これからじっく腰を落ち着けて地域貢献をしなければ・・・

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日本医事新報6月号   開業20年目の町医者の地域貢献  長尾和宏  →こちら
 
開業医になり20年が経過
 早いものでこの連載が50回を迎えた。また私のクリニックもこの6月で開業20周年の節目を迎える。阪神大震災の後、商店街の中の雑居ビルの2階で開業した。来る人ごとに日本一狭い診療所だと言われた。来院患者さんは一桁台が続いたので、看護師さんの需要もなかったので事務職員と私だけの静かなスタートだった。在宅患者の第一号は、ビルのオーナーさんだった。その後も外来も在宅も閑古鳥が鳴き、現在と比べると嘘のように暇な昼休みだった。先輩から開業医のピークは20年目に来ると聞かされていたが、果たして20年後には100人を超えるスタッフを抱えるようになり生活も様変わりした。

 数年前、無謀にも50歳を越えたら受けてはいけないとされるレーシック手術を受けた。予定より角膜を焼き過ぎたらしく遠視になった。細かい字が見にくくなり常に老眼鏡が必要となった。新聞は見出しぐらいしか読めなくなったので速読が上手くなった。またその頃からパソコンに向かって文章を書くようになり、現在も年間数冊のペースで出ている。国語が一番苦手だった自分がこうした拙文を書いていること自体、いまだに信じられない。在宅診療を含めた日常診療、地域での社会活動、種々の団体の役員としての活動、講演や執筆活動などに忙殺されるようになり趣味のゴルフや旅行の時間がなくなったことが悩みである。記念すべき今回、当法人の地域における課外活動についてご紹介させて頂く。
 
NPO法人つどい場さくらちゃんとの協働
 10年少し前、兵庫県が主催する命と生きがいプロジェクトに応募した。公開プレゼンテーションの場で、西宮市のNPO法人つどい場さくらちゃんを主宰する丸尾多重子氏を知った。当時はちょうど「痴呆」が「認知症」に変わろうとする時代。彼女は「これからは認知症の時代。介護者を支えんとあかん」と言われていたが、当時はその意味がよく分らなかった。「つどい場」の意味も分らないまま、「学び隊」「お出かけ隊」、「見守り隊」の活動をただ眺めていた。また「おむつはずし学会」や「かいご学会」に毎年登壇するうちに介護界のカリスマと呼ばれる人たちとも仲良くなった。医療界が介護界からどう見られているのかを知り、後に本を書く動機になった。果たしてその10年後、認知症が大きな社会的関心となった。「ばあちゃん、介護施設を間違えたらもっとボケるで!」(丸尾多重子氏との共著、現在9刷)や「家族よ、ボケと闘うな!」(愛媛県西条市役所の近藤誠氏との共著、現在6刷)という認知症に関する一般書が世に出てから大きな反響を頂いた。

 つどい場さくらちゃんの活動は、去る5月9日にTBS系の「報道特集」で紹介された。私や当院のスタッフも登場したが、認知症ケアについて大きな刺激になったとの意見が沢山寄せられた。NPO法人つどい場さくらちゃんと関わることにより、認知症ケアについて自然に詳しくなった。認知症ケアに関する尼崎市と西宮市の民間交流もますます盛んになってきた。医療法人の地域の社会福祉法人やNPO法人との連携は今後ますます重要になる。

 地域の夜間高校の学校医としては、通常業務以外に健康の特別授業をボランテイアとして続けている。生まれる、死ぬ、タバコ、がん、認知症などの健康に関する知識を地域の町医者が教えることは理にかなっていると思う。求められるままに禁煙教室も、あちこちに出向いてきた。
 
「生と死を考える市民フォーラム」と「尼から連携の会」
 開業当時から今日まで大小様々な健康教室を繰り返し開いてきた。10年前はまだ暇だったので土曜日の午後はほぼ毎週、糖尿病教室や高血圧教室や禁煙教室やがん教室などを開催した。さらに年2回、大きな会場を借りては「生と死を考える市民フォーラム」も開催するようになった。メインテーマは、春は認知症で秋はがんと決めていたが、3年前からほぼ認知症になった。昨春は、女優の木内みどりさんをお招きして平穏死を考える会だったが650人もの市民が参加した。今春は丸尾多重子さんと私のダブル講演に350人が参加した。毎回、フォーラムの会場は満席になり大盛況である。こうしたイベントは約20人の地域のボランテイアにより運営されている。当法人の理念の柱は「地域貢献」なので、職員もたくさん手伝ってくれる。この数年間は、尼崎とお隣の西宮で交互に開催しているので民間レベルでの交流もずいぶん深まった。日本障害者芸術団の名誉団長としても市民フォーラムを楽しんでいる。東日本大震災後には、被災地支援フォーラムを尼崎、西宮、神戸で開催し、集まった義援金は福島県相馬市の子供たちに届けた。

 今後、医療と介護の連携が大切であるのは間違いない。約10年前からの多職種の勉強会は地域包括ケアを先取りした形になった。またケアマネと医師の連携の会である「ケアマドの会」は、数年前から多職種連携の会に変わった。さらに阪神間の在宅医の勉強会である「阪神ホームホスピスを考える会」は50回を数えるが、一般の市民も参加している。この勉強会のおかげで阪神間の在宅医の連携が進んだ。そのほか、「在宅医療の病診連携の会」や「認知症の在宅療養を考える会」や「阪神在宅NST研究会」など、いくつかの地域連携システムを考える勉強会を継続している。

 当院内において、数年前から地域の多職種や行政が集う「井戸端会」と「どうにかせなあかん会」などを2ケ月毎に開催してきた。3年前からは「尼から連携の会」と改名して、事例検討を含めて様々なテーマでの勉強会も開催している。現在、地域の独居認知症の在宅医療を24時間定期巡回随時対応型訪問介護・看護で対応しているが、こうした連携ができるのも「尼から連携の会」で懇親も重ねてきた成果であると思う。
 
弥生会とフォトセラピー
 当院では年間90名程度の在宅看取りがある。看取らせて頂いたご家族に手紙を出して、毎年3月に「弥生会」と称した振り返りの会を開催しているが、毎年、30人程度の出席者がある。この語りあいの会では、必死だった当時には思いもよらなかった気づきを沢山頂いている。たとえば、よかれと思い放った私の言葉が本人や家族の気持ちを傷つけている場合がある。弥生会では、泣き笑いの中、こうしたちょっとした言葉の行き違いを指摘され我々がスキルアップできる場でもある。毎年、会が終了してスタッフたちと確認するのは「この会だけはどんなに忙しくてもやらないといけない」だ。癒したつもりの我々が癒されるのがこの弥生会である。当院では系統的なグフリーケアは行えていない。しかし看取りっぱなしではいけないと思い直し、始めたのがこの弥生会である。

 春には在宅患者さんや市民のための花見の宴会も開催し、毎年数十名の参加者がいる。送迎が大変なのだが1時間程度の花見ならやろうと思えば可能である。私を含めて職員や地域のボランテイアが芸を披露して患者さんたちを和ましている。また冬には在宅患者さんや地域住民とのクリスマス会を開催している。こちらは職員が隠し芸を練習して披露する場でもある。普段お世話している看護師さんが楽器を演奏したり踊ったりするので、在宅患者さんは大喜びする。隠し芸の練習は各チームの連携を深めることにも役立っている。

 こうしたイベントには当院のカメラマンが数百~数千枚の写真を撮り、ベストショットを引き延ばしては患者さんや地域住民にプレゼントしている。これはフォトセラピーというらしいが、大好評である。在宅患者さんが亡くなられたら必ず葬儀の写真になっている。今春、このカメラマンの緩和ケアに関する写真集が出版され、先日、増刷された。「下半身動かぬセラピードック シャネル」(ブックマン社)には、私も解説を書いている。当院専属のカメラマンは、私たちの日常の訪問診療にも同行して患者さんの写真や動画を記録している。患者さんとの対話は、即日DVDにして本人と遠くの家族に届けているがこれも大好評である。

 以上、当法人の地域での活動を紹介させて頂いた。スタッフにとっての最大の悩みは、イベントが多すぎて忙しいことである。何事もやり過ぎると良くない。今後もできる範囲で地域貢献を地道に続けていきたい。

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※本ブログは転載・引用を固くお断りいたします。

この記事へのコメント

 開業20周年、おめでとうございます。
御社の益々の御繁栄と長尾院長先生はじめ、スタッフの皆様方の御健勝をお祈り申し上げます。
 昨年のプレイベントの印象が色濃くありますので、一年て早いなぁと感じ入ります。
誠におめでとうございました。関西方面旅行の折にはお伺いしてみたいと思っております。

Posted by もも at 2015年06月10日 12:24 | 返信

 先日、映画「毎日がアルツハイマー」を鑑賞する機会に恵まれました。関口監督のトークショー付きでしたので、来場者も多く有意義な上映会となりました。
 認知症は、人の個性の数程の症例があるのでしょうと個人的に思っていますので、十羽ひと絡げには
語れない問題であると認識しています。
 福祉を学びました折には、各施設での充実した実習経験も積みましたが、本来であれば「実習生は立ち入らないで下さい」「話しかけないで下さい」という禁断のエリアも職員の采配があって垣間見る機会がありました。なので何らかの発言も、全ての患者様や介護家族様に当てはまる事では無いと承知しています。そのため、認知症に関しての書き込みには、これまで、ためらいがありました。
 長尾先生の患者様でいらっしゃった有岡登美子様や、関口監督のお母様でいらっしゃる、ひろこ様も
然り、介護する側される側のパーソナリティーが成功の所以と印象を持っております。長尾先生の日常業務もそのように受け止めております。
 イギリスの臨床心理士からの発信が所以とされる「パーソンセンタードケア」=「個性や人生、尊厳としっかりと向き合う事、その人を中心とした最善のケア」という理念は、考えてみれば認知症患者に限った話ではなく、『個』を尊重できる熟成した社会内であれば、当然の趣旨という気がしています。イギリスという国には、そういった土壌が元々当たり前にある国なので、当然な提唱という気がします。
 日本人の奥ゆかしさ、恥じらい、遠慮、主張しない、など日本人の美徳とされる部分を胸に秘めながらも、万人が「ありのままで、その人らしくいられる」という当たり前が主張できる熟成した社会であれば、認知症も怖くない社会の到来であるように思います。
 認知症社会の問題点を考えるには、イコール現代日本の問題点を洗いなおす機会であると、そのような気がしています。

Posted by もも at 2015年06月10日 08:46 | 返信

20周年おめでとうございます

うちの事務所も 6月に立ち上げて 3周年です
ともかく続けること…継続は力なり
ともかく出逢いを大事にすること…いい仲間が 集まってきます
どんなに 頑張ったって 一人じゃ 何もできないです

わたしも 日々 感謝して がんばります

Posted by 訪問看護師 宮ちゃん at 2015年06月10日 09:34 | 返信

20周年おめでとうございます。
医師が、よかれと思って口にした言葉が本人や家族を傷つける、、、これ、あるのです。
こちらは、医師に悪気はない、とわかっているだけに、受け流しますが、
本人は、気を使って笑顔で若い医師に相槌をうっているけど、内心は、、、と思うと、
本人が医者の接客をしている!と感じ、とても不快な気持ちになります。
医師が、訪問の仕事を終えて満足そうに帰った後、本人は数日間不機嫌な顔、やはり心を傷つけられたことがわかり、しかし、その話題を蒸し返すこともできず慰めもなく、忘れるよう時間を待つしかありません。
こんなことなら訪問診療いらない!来るな!家族だけで静かにしていた方がいい、と思ったことがありました。
医師の皆さん言いたいことは、医師という立場がすでにパワハラになりうるのだから、よほど言葉や行動には慎重に、委縮するのでなく、本心から人と人は対等だと思っていないと、ふとした拍子に、暴力を働いてしまいます。
これを肝に銘じ、自分が医師だ、相手は患者だ、と無意識の中にも上下関係を作らないこと、
特に若い医師が高齢の患者さんに対する場合、ヘタな励ましや、「脳梗塞の後遺症のお蔭で仕事から解放されてよかったですね、以前は忙しかったでしょう、もう休んで下さいね」、的なことは、禁句です。
倒れる前日まで精力的に仕事をしていた本人が、突然の脳梗塞に倒れ、半身麻痺になったら、本人の心の奥に秘めた、誰にも言えぬ悔しさ、絶望感がある、それを、よかったですね、と言える神経がわかりません。(本人は医師だったりします。若い同業者にバカにされて、失語のために返す言葉もなく、、、)
慰めてるフリして(悪気はみじんもない)、凶器でズタズタに相手をやっつけている、そして意気揚々と看護師を従えて帰っていきます。
80歳を目前にした本人に向かって、「平均寿命ですね」とか。
そういうことは言われたくありません。
相手にもよるでしょうが、不適切な話題は結構ある、私も何か言う前に必ず反芻するクセがつき、結局、お花と小鳥と天気の話だけしか、ほぼしなくなりました。
最初は悪気なくても、話の流れで地雷を踏んでしまうことがあるから。

Posted by 匿名 at 2015年06月11日 03:02 | 返信

  私と小鳥と鈴と

  私が両手をひろげても、
  お空はちっとも飛べないが、
  飛べる小鳥は私のように、
  地面を速く走れない。

  私が体をゆすっても、
  きれいな音はでないけど、
  あの鳴る鈴は私のように、
  たくさんな唄は知らないよ。

  鈴と、小鳥と、それから私、
  みんなちがって、みんないい。

上記、匿名様のお洒落なフレーズにnice! 頭によぎった私の好きな詩です。
金子みすず のもの悲しい宿命も印象深く、心に沁みます。
匿名様は、お医者様かとお察しします。人間的なお医者さんは大好きです。
人に医療を施す職人さんが、人の血が通っていないような人物でしたらゾッとします。
近年、外来の診察室で、患者である自分が医師を接客して帰るような事態を経験し
先の御投稿に共感しました。

Posted by もも at 2015年06月12日 12:12 | 返信

創立20周年とは、凄いですね。
やっぱり長尾先生のやる事は凄いです。
なんでも徹底していらっしゃるから。
私がほそぼそと鍼灸院を開業したのも、昭和の60年の12月でしたけど、平成10年には、廃業して、出張治療に切り替えました。
そのころ、介護保険がスタートしたのですけど、兵庫県の社協の介護支援専門員の試験に合格したものの、右も左も分からない状態で、取り分けこれほど医療の世界に席巻されるとは夢にも思いませんでした。
介護保険の勉強をして良かったのは、これまで疑問に思っていました老人の病気(高血圧)とか加齢に関する研究がこのように、多方面で深く研究されているとは知りませんでした。
やっぱり医療関係者にくっついていると勉強になります(笑)。

Posted by 大谷佳子 at 2015年06月13日 03:56 | 返信

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