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トヨタ役員の麻薬報道と日本の緩和医療

2015年08月14日(金)

トヨタ自動車の役員の麻薬報道と日本の緩和医療について
日本医事新報の8月号に書かせていただいた。→こちら
医療職の緩和ケア技術の底上げが急務であると思う。
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日本医事新報   トヨタ役員の麻薬報道と日本の緩和医療  長尾和宏
 
トヨタ女性役員の麻薬密輸報道の波紋
 今年6月、オキシコドンという薬品名が一挙に有名になった。トヨタ自動車の女性役員が、オキシコドン57錠を密輸した疑いで逮捕された事件が大きく報道されたからだ。すでに役員を辞任し悪質では無いと判断され不起訴となり、事件は一件落着したかのように見える。しかしこの報道は、医療現場に大きな影を落とした。つまり先進国でもっとも遅れていると指摘されている我が国の緩和医療に「麻薬は怖いものだ」という印象を与え、冷や水を差した格好になった。オキシコドンはがん性疼痛に有効だが、本報道以降、強い痛みがあるのに医療用麻薬を拒否する患者さんが増えている。私は在宅ホスピス医として常に何人かの末期がん患者さんを診ているが、麻薬を拒否した患者さんが数人おられた。明らかに今回の報道の影響である。医療用麻薬をまだ一度も使ったことのない医師や、麻薬免許は持っているが処方経験が少ない医師にも負の影響が懸念される。

 今回の女性役員の行動は国内法に触れるので、逮捕という対応は当然であろう。しかしその後、あそこまでセンセーショナルな報道をする必要があったのだろうか。国立精神・神経医療研究センターの調査では日本にはモルヒネ中毒患者は現在、はほとんどいない。医療用麻薬への大きな誤解と偏見を解いて、必要な人に必要な量だけ使えば大きな恵みとなる。日本はアメリカと違い医療用麻薬の規制が大変厳しいが、それはアメリカのように依存症や慢性中毒を出さないためだ。せっかく種々の医療用麻薬が使える時代になったのに、あの報道以降、その恩恵に預かれない患者さんが増えている。医療用麻薬への誤解を解くにはまたかなりの時間が要りそうだ。今回の報道が、ただでさえ遅れている我が国の緩和医療の啓発に水を差すことを心配する一人である。
 
日本は医療用麻薬後進国
 現在、日本の医療現場では3種類の医療用麻薬が使われている。モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルである。2012年の統計によると、日本の国民1人当たりの年間オキシコドン消費量は世界71ケ国中32位であった。世界平均が13.5mgに対し、日本は3.6mgとかなり少ない。一方、モルヒネ消費量でみても日本は世界158ケ国中42位と、先進国としては医療用麻薬の後進国である。ちなみにオキソコドン消費量の第一位といえば断トツで米国だ。なんと世界のオキシコドンの81%が米国で消費されている。米国では日本とは異なり、比較的容易にオキソコドンが入手できるため、痛みの治療以外に嗜好目的で使う人が増えている。その結果、米国では依存症や慢性中毒が大きな社会問題となっている。かのマイケルジャクソンもオキソコドンを常用していたとテレビで放映されていたが、痛み止めではなく嗜好目的で使っていたのか。

 日本人の医療用麻薬の消費量が少ない原因には、我慢強い国民性もあるのかもしれない。しかし市民だけでなく医師の医療用麻薬への根強い誤解がある。その背景には、麻薬に関するさまざまな歴史もあるのだろう。つまり、アヘン戦争というアヘンを巡って戦争にまで至った歴史や、いろいろな戦争のたびに麻薬中毒者が発生した事実や、アメリカでは麻薬中毒者が増えているという現実が、そして今回の報道が日本における医療用麻薬の誤解を増幅させている。

 モルヒネは医療用麻薬として適正に使われれば、薬物依存や慢性中毒にならず痛みを和らげる「良薬」であり、依存性は無いことが証明されている。痛みがある状態では脳内の報酬系の神経活動は抑えられているので依存にならない。日本においては医療用麻薬は厳しく管理されている。麻薬免許を持った医師しか処方できない。もし他人に譲渡したり不正使用すれば法律に触れ犯罪になる。処方されたモルヒネは薬だが他人に譲渡した時点で不正麻薬に変わる。

 
緩和医療後進国でもある
 私が医師になった1984年、研修医として勤務した新大阪にある野戦病院には大学病院に入りきれない末期のがん患者さんが、続々と搬送されてきた。しかし当時、痛みの治療としてモルヒネはまだあまり使われていなかった。緩和医療という言葉も無かった。病院薬剤師にブロンプトンカクテルというモルヒネにワインを加えた水薬をわざわざ作ってもらっていた。1989年に、モルヒネの効果が12時間続く(1日2回で済む)「MSコンチン」という名前の医療用麻薬が発売された。コンチンとは、コンテイニュー(効果が持続する)という意味だが、この薬の登場は衝撃的だった。しかしそれから四半世紀経過しても日本はまだまだ緩和医療後進国である。

 1993年に公開された伊丹十三監督の映画「大病人」の中には、医師のこんな台詞がある。「モルヒネ?冗談じゃない、中毒で廃人になったらどうするんだ!副作用のコントロールも大変だし、病状を進行させる危険もある。まあ、亡くなる寸前になったら考えてもいい・・・」。この映画からもう22年も経つが、日本の緩和医療はほとんど変わっていないことが残念だ。

 モルヒネや麻薬と聞くと、反射的に眉をしかめる患者がほとんどだ。「中毒になる」、「死期を早める」、「最期に使う薬」というイメージがどうしても抜けない。こうした誤解はがんを扱っている医師ですら根強く、大変残念なことだ。死期を早めるどころか、モルヒネで痛みを取ると食事が摂れて活動量も増えるので命を延ばす薬である。さらに一部の医療用麻薬はがん以外の痛み、たとえば3ケ月以上続く慢性疼痛にも使えることを知らない医師がまだ多い。
 

緩和医療は「地域」にある
 先日、初診の患者さんの往診を依頼された。伺うと、乳がんの全身骨転移で七転八倒していた。がん診療拠点病院から出ていた薬は、ロキソニンだけであった。塩酸モルヒネ錠を処方して1錠飲ませると、すぐに痛みが和らぎ、笑顔と冗談が出た。在宅ホスピス医として医療用麻薬で痛みや呼吸苦を取るととても感謝される。

 一方、ある日膵臓がんのがん性疼痛で悩む人を往診すると、すでにオキシコドンが250mg処方されていた。しかし1回のレスキュー量はたった2.5mgでベース量の100分の1であった。担当のがん専門医は、「レスキューは何度飲んでもいい」と説明していたが、そもそもレスキュー量とベース量の関係を知らないようだった。実はこのようなことはよくある。また種々の痛みは脳で感じるが、その感受性は人によって10倍、いや時には数百倍もの個人差がある。痛みが取れて笑顔と食欲が出るモルヒネの量は、少量から開始して徐々に増量しながら探る。その作業をタイトレーション(至適容量設定)というが、それをせずに、最少量にすえ置かれている人も診る。

 私は「平穏死」や「尊厳死」と題した一般本を数冊書いているが、その根底には医療用麻薬を用いた緩和医療があることを忘れてはいけない。一方、俳優の故・今井雅之さんは「モルヒネで安楽死したい」と述べた。気持ちは分かるが、モルヒネで安楽死することはない。 
がん診療拠点病院の専門医は患者が亡くなる寸前まで抗がん剤治療に必死で、緩和医療が抜けていることが残念だ。かといって地域の在宅ホスピス医の緩和医療技術を信じてもいない。がん患者の9割以上看取るクリニックがいくらでもある。緩和医療が適切に行われないとこのような数字にはならないはずだ。緩和医療はがん診療拠点病院だけでなく、地域の在宅医や訪問看護師が主に担う時代である。すなわち、緩和医療はあくまで「地域」にあるはずで、「病院やホスピスのいうハコモノ」だけにあるものではない。

 「地域」を無視した、そして抗がん剤の「やめどき」を考えない、現在のがん医療施策に言いたいことが沢山ある。そんな気持ちを書いた拙書が世に出た。「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)という本だ。本書は単なる近藤誠医師の批判本ではない。がん医療界とがん患者さんに向けて書いた本だ。広くご批判を賜れば幸いである。

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「選択」8月号にも
「医療用麻薬は悪ではない」という記事が出ている。→こちら

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この記事へのコメント

言論の自由と言えども
一度 植えつけられた考えを なかなか 消すことは できない…

勉強しようっと…!

Posted by 訪問看護師 宮ちゃん at 2015年08月15日 06:43 | 返信

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