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老老・認認世帯の在宅ケア

2015年12月08日(火)

雑誌「地域連携」11.12月号には、「老老・認認世帯の在宅医療」を書いた。→こちら
実際、ものすごい勢いで、老老・認認世帯が増えている。
そしていつからかは、「おひとりさま」になるのだが、これは本当は幸せなのだ。
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【地域連携】入退院支援   長尾クリニック院長 長尾和宏


 
1 地域連携で進める老老介護、認認介護世帯の在宅療養

Ⅰ 地域医療における医療と介護を取り巻く現状と課題

・なぜ老老介護、認認介護世帯が増加するのか

 在宅医療の現場に従事していてこの数年、一番感じることは老老・認認世帯の増加である。加えて家族の介護力の低下も実感する。また核家族化に伴う単身世帯、つまりおひとりさまの増加も著しい。一方、複数世帯では圧倒的に老老世帯が増えている。たとえ子供や孫がいても、別居しているケースが多い。

 65歳以上の4人に1人が認知症ないしMCI(認知症予備軍)であるので、高齢世帯の在宅療養の半分は当然、認知症がらみになっている。老夫婦のみの世帯では、認知機能が正常範囲であった配偶者・介護者も、長年介護しているうちに認知症になることは時々経験する。そして軽かった方の認知症が重かった方を追い越してしまうというケースも稀では無い。それを認認のダブル在宅と呼んでいるが、高齢夫婦2人ともが要介護認定を活用しで在宅医療を受けているというカップルが年々増加している。いずれにせよ在宅医療に従事していると、残っていくのは、知らず知らずにうちに老老認認世帯になっていく。
 
・老老介護の実態と無料低額診療

 老老介護の実態について考えてみたい。「下流老人」という本がベストセラーになっているが、生活保護というセイフテイネットにひっかかる前に位置される高齢者が増加している。それは、おひとりさまであったり、老老であったりだが、いずれにせよ経済的な困窮が土台にある。様々な理由で施設入所を望むとしても特養しか経済的に無理なので在宅療養しか選択肢が無い場合がある。そしてゴミ屋敷なりかなり不潔な環境であったりすることもある。しかし退院した病院からは、インスリンの4回打ちや多剤投与、胃ろうの管理などが加わることもあり、医療依存度の高い老老世帯をよく見かける。

 一方、健康保険料はなんとか払えても自己負担が払い辛いという人も増えている。また年金収入があっても子供が管理していて親には使わせないという経済的虐待とも言える状態の高齢者もいる。いずれにしても一定の基準を満たせば“無料低額診療”という救済システムが使えるがあまり知られていない。もし病院の地域連携室のMSWさんに無料低額診療を受けるに必要な手続き教えて、制度に繋げて頂ければ本人さんはどんなに助かるだろうか。多くの高齢者にとっては、気になるのは病気よりもまずはお金であろう。

 
Ⅱ 多職種で進める老老・認認介護世帯患者・家族への支援の実際

・退院前カンファレンスの活用

 こうした老老世帯の1人が入院した場合、その配偶者も要介護者である場合も少なくない。骨折や肺炎などで1人が入院した途端に、2人での共同生活のリズムは大きく崩れる。毎日、朝夕見舞いに通う途中に転倒して別の病院に緊急入院したケースもあった。同居人が居なくなった途端に残りの介護者の認知機能が低下することもよく経験する。「介護」という適度な労働や刺激が突然無くなった時、配偶者にもかなりの悪影響があることを予測しておくべきである。

 病院の外来では、どうしても病気だけに目が奪われがちだ。しかし在宅医やかかりつけ医は生活を診る視点も有していることが多い。だからできる限り安易な入院、社会的入院は避けたい。おおらかな時代には夫婦で入院、ということもあったが、もはや昔の話である。老老や認認を問わず、高齢者にはとにかく入院という環境の変化が強く悪影響を及ぼす可能性を孕んでいる。

 腰椎圧迫骨折で2週間入院しただけで、完全寝たきりになり認知症が進行したならば、何のための入院だったか分からなくなる。すなわち高齢者の入院の適応は、その配偶者の要介護状況も考慮しながら、慎重に決められるべきだろう。

 退院前カンファレンスは、可能な限り行うべきだ。在宅主治医やかかりつけ医が参加できない場合も多いので、訪問看護師やケアマネの役割はとても大きい。最近は、開業医においても、MSWや地域連携スタッフを擁し力を入れているところも出てきた。

 地域包括ケア時代を前に、「地域ケア会議」の開催が謳われている。地域の多職種と地域包括支援センターや行政が顔合わせをする意義は大きい。病院と在宅の分化の差を埋めるためには、面倒くさがらずに、地域ケア会議を開催し議論を盛り上げる必要がある。また病院の地域連携スタッフのみなさまにも参加して頂きたい。病院も地域の多職種の一員だ。
 
 
・ケア会議の励行

 医療職側からはケア会議と、介護職側からはサービス担当者会議と呼ばれているが、個々の患者さんごとに適宜ケア会議を開催することは極めて重要である。退院前カンファを終えて家に帰った途端からケア会議のことを考えなければいけない。老老・認認は難渋例であることが多く、そうした症例にこそケア会議が威力を発揮する。可能であれば、病院の地域連携室のスタッフにも参加して欲しい。ケア会議は最高の意思決定会議であることを決して忘れてはいけない。

 医師とケアマネが協調しないとケア会議は開催されない。私は「困った時のケア会議」と、地域の多職種のみなさまに日頃からお願いしている。有名なあの尾道方式を見習い、こまめにケア会議を開催することこそが、地域包括ケアの近道であり、その土台となる。ケア会議はどこで開催してもいいので診療所で開催することもある。しかし老老・認認介護世帯には、患者宅でしか開催できないであろう。

 
・遠くの家族と信頼関係を構築するために

 「意思決定支援」という言葉がある。在宅に帰る際には療養の場、医療処置、介護サービスなど意思決定の連続である。しかし認認世帯における「意思決定支援」はどうあるべきだろうか。杓子定規にはいかないことが多い。時に、たとえば胃ろう造設の意思決定支援になるとかなり倫理的課題も孕むので慎重を期すべきである。もし可能であれば、比較的元気なうちから本人にリビングウイルの表明を促すことが大切だ。

 しかし日本は、家族の権限が強い。それはリビングウイルが法的に担保されていないという、先進国では唯一の国であることも同時に知っておくべきだ。従って老老・認認世帯においては、遠くの長男長女や伯父さん叔母さんと普段からメールや電話で連絡を取り合っておくことが大切だ。遠くの家族とのICTの活用こそが、老老・認認世帯の在宅療養を成功させる肝であると考える。
 
 
Ⅲ 老老・認認介護世帯への支援のための地域連携充実の具体策

・多職種連携研修会の工夫

 地域包括ケア推進のために、全国1700余の自治体で競うように多職種連携研修会が開催されている。筆者も全国各地から講演に呼んで頂き、さまざまな研修会の様子を知る機会があった。率直に言って多職種連携研修会のやりかたは様々である。総じて形式的な研修会が多い印象がある。基調講演、各職種からの報告、そしてパネルデイスカッソンが定番になっている。先進的なところでは研修の大半の時間をグループワークに充てているところもあった。

 そもそも多職種というが、いくつくらいの職種があるのだろうか?実は、驚くなかれ約20職種もあるのである。それに救急、警察、宗教師と葬儀屋までが、本来研修会に集まるべき職種なのであるが、今までにそこまでが一同に会した研修会を見たことは無い。最高で20職種程度だった。一方、最低は数職種しか集まらない場合もある。参加者数と同様に職種も増やすことが大切である。

 老老・認認介護世帯を本気で地域で支えるのであれば、研修会に20数職種が顔を揃えることが大前提となる。そして座学だけでなく、具体的な老老・認認介護世帯のケースワーク、できればワールドカフェ方式のようなフラットなやり方で行うべきだ。様々な意見が出るだろう。意思決定主体はあくまで本人と家族にあるのだが、それを支える多職種は予め選択肢の多様性を知っておくべきだ。特に老老・認認介護世帯は多くの倫理的課題も孕むことも共有しておくべきだ。

 最初は画一的、形式的な研修会であっても、会を重ねるうちにかなり充実した研修会に成熟していく自治体も見てきた。大切なことは、単に年に1度の打ち上げ花火的に開催するのではなく、実務検討も行うなどできる限りの工夫を凝らすことだ。
 
・24時間定期巡回随時対応型訪問看護・介護の推進

 24時間定期巡回随時対応型訪問看護・介護制度は、まだ普及途上にある。市民や病院関係者には馴染みの薄い言葉であろうが、筆者はこれまで数件に関与してきた。おひとり様だけでなく、老老・認認介護世帯にとっては不可欠なシステムであることを知っておきたい。病院の地域連携スタッフは、たとえ1回でも夜間の患者さんの見守りに同行されると意識が変わるのではないか。病院の病室や連携室で見せるのと全く異なる素顔を見せてくれる。生活臭そのものであるが、実はそうした現場が楽しくてやっているのが、筆者のような在宅スタッフなのだ。「事件は現場で起きている」というドラマの台詞があるが、まさに「ドラマは自宅で起きている。それも夜間に起きている」ことを実感しないと、老老・認認介護はイメージできないのではないか。
 
 
Ⅳ 病院連携実務者・退院支援担当者に期待される役割

・在宅医療の実態を知る研修のチャンスを設ける

 在宅医療が推進しない理由はいくつかあるだろう。そのひとつに、病院スタッフが在宅医療の実情を良く知らないからだと言われている。病院スタッフが目にするザイタクとは、在宅患者さんの看とり搬送であったり、ギリギリ搬送の場面であったりする。在宅医療のいわば負の面である。病院スタッフは、在宅医療の素晴らしい現場を実際に観るチャンスが少ないため、ザイタクを誤解しているスタッフも少なくない。

 結論から言えば、たとえ老老・認認介護世帯でも上手に介護保険性を使いながら、普通に生活しているケースがいくらでもあることも広く知って頂きたい。在宅医療の実態を知る研修のチャンスを設けて頂ければ幸いである。
 
 
・病院の地域連携室と地域の多職種の意見交換の場

 地域の拠点病院が主催する連携研修会の案内をよく頂く。その病院での先進医療の導入であったり、最新医学の講義であったり、それはそれで開業医には有難いチャンスである。しかし、一方通行の情報伝達だけの場合がある。在宅現場の成功例を、地域の拠点病院に報告するチャンスは意外に少ない。病院から帰った後、こんなこと、あんなことがありました、と病院スタッフに伝えたたくても伝えるチャンスがあまりにも少ない。開業医側の努力不足もあるのだろう。しかしもし可能であれば拠点病院が主催する連携研修会において、在宅側からの報告ができれば、相互理解が進むのではないか。

 たとえば、おひとりさまの在宅医療は無理だと思い込んでいる病院スタッフが多いと聞く。しかし現実は反対で、「おひとりさまの末期がんが看とりの難易度が一番低い」という現実は病院スタッフはほとんどが知らないだろう。筆者が提唱する“平穏死”が叶いやすいのが、おひとりさまなのだ。理由は家族がいないからである。え?まだ平穏死を知らない?そんな方に向けて、平穏死と題した数冊の一般書や看護学書も書いているので是非とも参照して頂きたい。

一方、老老・認認介護世帯はそうは簡単にいかないことが多い。いわゆる周辺症状に悩まされるケースが多い。火の不始末等対策やそれを心配する近所への配慮も大切な仕事だ。こうしたケースこそ、病院の地域連携室と地域の多職種の意見交換の場が不可欠である。
 


Ⅴ 現状の課題、今後の展望

・実は、明日は我が身の老老・認認介護

 おひとりさまにせよ、老老・認認介護にせよ、本稿を読んで頂いている皆さまは、当然自院に入院される患者さんのことだと思いながら読まれていることだろう。多職種の研修会にしても、常に対象は患者さんであり3人称の視点であろう。しかし考えて見て欲しい。日本は、少産多死の時代に突入している。少産については未確定の部分があるが、多死は確定している。現在年間120万人の人が亡くなっているが、2025年には団塊の世代が全員後期高齢者になり、年間死亡者は160~170万人に達すると推計されている。そして多死社会のピークは2032~2036年頃と推定されている。私自身、かなり危ないと思っている。その後、死亡者数はややプラトーに達したあとゆるやかな減少傾向のカーブが予想されている。ここで確実に言えることは、本稿を読まれている皆様全員が、現時点よりもずっと「多死社会」の中で自分自身も人生の幕を降ろすことになることだ。

 すなわち、地域包括ケアも多職種連携も退院支援も、すべて来るべき自分自身の最期のための予行演習とも言えることに気がついて欲しい。つまり、おひとりさまも、老老認認問題もすべて私たち自身の問題なのである。何十年後には、本稿の課題は3人称から2人称、そして確実に1人称に変わる課題である。しかも経済的にも物理的にも現在よりずっと厳しい状況の中、人生を閉じるのだ。「少産」なので、若い世代に頼ることは期待できない。
 ということで、老老・認認介護とは実は明日は我が身、と知ったうえで取り組むことが大切である。どこか福祉施設が充実した田舎にでも引っ越そうと漠然と思っているとしても、その頃には地方消滅の危機に瀕しているだろう。想像を絶する未来になることが分っているから、地域包括ケアシステムの構築という方法しかないのだ。反対も賛成もない。それ以外の方策が無いので推進せざるを得ないのである。そう考えると研修会でのグループワークにも力が入るだろう。1人称はまだまだ遠いとしても、自分の親世代が間もなく2人称に入るという人も多いことだろう。

 
・今後の医療・介護が目指すものは町造り

 「地域包括ケアとは何か?」で議論したことが何度かある。ある人は多職種連携だと言い、ある人は食支援だと、またある人は看とりであると言った。すべて正解だと思う。住み慣れた地域で最期まで暮らすためには、どれも大切な論点であろう。そのために、何をすべきかと考えた時、机上の理論より行動であることに気がついて欲しい。身軽に動くことで新しいネットワークが構築される。行政という横糸が入ることで線が面になる。今はまだ無いネットワークという布を織ることこそが、地域包括ケアである。

 おひとりさまは、24時間定期巡回随時対応型訪問看護・介護制度で対応できるとすれば、本稿のテーマである「老老・認認介護世帯」という難問にどう対峙するのか。この命題は、地域の多職種だけでなく、病院の連携スタッフにも是非とも積極的に参画して頂かないと決して前進しない。東京都の前医師会長の野中博先生は、「これからの開業医の役割は町造りだ」と述べられた。このメッセージを理解する医者は残念ながらまだ少ないだろう。しかし筆者も町造りこそが、自分の仕事であると思いながら日々、診療している。町造りがいい悪い、ではなく、確実にそのような時代に移行していく。
 
・顔の見える連携から腹の見える連携へ

 最近各地で流行りの「カフェ」という発想は素晴らしい。いろんな人が垣根を超えて情報交換ができる場となるからだ。一方、西宮市のNPO法人つどい場さくらちゃん代表の丸尾多重子氏は、「つどい場」で「まじくる」ことを提唱され10年以上が経過した。カフェとつどい場の異同につい述べるならば、カフェはお茶を飲むところだが、つどい場は一緒にご飯を食べたり酒を飲む場所である。たしかに人間、一緒にご飯を食べるとより本音を語ることでより仲良くなれる。つまり、「顔の見える連携から腹の見える連携」、と彼女は主張されてきた。

 ちなみに「まじくる」とは、「ごちゃまぜになる」という意味の彼女の造語だ。立場や職種を超えてフラットな気持ちでまじくらないと医療と介護の連携は決して進まない。病院との連携の然りである。従って全国各地にカフェだけでなく、つどい場もどんどん増えている近況を是非多くの読者に知ってもらいたい。「老老・認認介護世帯」という課題は、「つどい場」で「まじくる」ためにあるような気がしてならない。
 

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この記事へのコメント

老老・認認世帯の在宅ケア ・・・・・・ を読んで


実に盛り沢山の指摘・問題提起を含んだ内容で、少々消化不良
気味ですが ・・・・・・・ 。


老老・認認介護を他人事と思っているのは間違いで、実は近未来
の自分自身の問題である・・・・・・という指摘は重たいものがあると
まず感じました。

ブログの中で繰り返し述べられている、地域包括ケア・多職種連携
などについて、内容はその通りと思いますが、20職種〔20名以上
の専門職〕の人が一堂に会して話し合うことに現実性を感じること
が出来ないでいます。

そもそも助けを必要としている人がいて、時には医療措置を、また
ある時は介護措置を必要としているのに、医療と介護が上手く連携
が取れていないことが問題を複雑にしているように感じています。

これを解決するのが多職種連携ということになるのかも知れません
が、本来的には医療・介護双方の効果と限界を熟知してコーディネ
ート出来るコンダクターが居ることが望ましいように思っています。

医療と介護の連携に、更に“カウンセラー”の存在も付け加えるこ
とが出来れば、一層良い結果に結びつくように感じています。

今回の長尾先生のブログの、起承転・・・・・・のところまで読み進めて
行く内に、これは “つどい場” の必要性を謳っているのでは、と
思い始めたところ、 “結” の部分で果たせるかな! “つどい場さくら
ちゃん” の紹介が始まり、私としては得心が行きました。

この問題は複雑で奥が深いですが、 “まちづくり” と “つどい場”
が、解決のキーワードに含まれているのでは? と私も考えています。

=============================
〔追伸〕

・ブログの中で“無料低額診療”という文言が出て来て、このような
 制度があることを今回初めて知りました。

 “ 日本の福祉は申請制 ”・・・・・ とよく言われていますが、酷い話
しですね。 老老・認認が始まる以前でも、このような制度のこと
を知り、理解することは難しいように思います。一体誰のための・
何のための制度なのでしょうか?

行政には、利用する人の身になった制度設計と制度の周知徹底を
お願いしたいと思います。


また、長尾先生は、今回のブログの中で
“遠くの家族とのICTの活用こそが ・・・・・ ” とか、
“病院の地域連携室のMSWさんに ・・・・・・・ ” などと、英語の
頭文字3文字の言葉:“ICT” “MSW” を使われていますが、
一般に馴染みの薄いこのような言葉が出てくると理解が進まない
ように思います。


私の勉強不足が原因ではありますが、一般向けの本ブログでは
業界用語? をなるべく分り易い表現にして戴けると有難いと
思います。 ← おんぶにだっこ状態で申し訳ありません!

Posted by 小林 文夫 at 2015年12月08日 02:02 | 返信

この問題は、ケアマネに徹底させるべき。老老、認認。今日もニースに登った。老老介護、殺人として。入院して、足腰が弱くなる。何ていう前に、ケアマネが一声かけるべきではないですか?話は、それからでも遅くない。最終的に、地域で生活、綺麗ごとにしか聞こえない。私も、SOS SOS 出したけど、薬飲んで元気になって、もう一人で面倒見て。でした。保健センター職員、ケアマネ(自分の立場を、最も大切にする人。」今回の、私の緊急入院でも自分の立場を、保身した。私の希望は、贅沢だという事になった。ケアマネの、質を問う。受け入れの、病院は高額医療費でカバー出来る。然し、2重生活が、何時まで持つのか?少子高齢化と宣言しながら、矛盾を感じる。デスツーリズムが、流行る訳です。中とな、介護制度の為に。

Posted by ひろっち at 2019年11月19日 02:24 | 返信

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