- << 日本在宅医学会でビラ配り
- HOME
- 旅行で認知症抑制 >>
このたびURLを下記に変更しました。
お気に入り等に登録されている方は、新URLへの変更をお願いします。
新URL http://blog.drnagao.com
上海における乳がん事情
2016年07月18日(月)
小林真央さんの乳がん報道以降、20代の乳がん検診への関心が高まっている。
マンモグラフィー検診はどこも満員だ。
そんな中、MRICから上海の乳がん乳がん事情が流れてきたので転載させて頂く。
マンモグラフィー検診はどこも満員だ。
そんな中、MRICから上海の乳がん乳がん事情が流れてきたので転載させて頂く。
*************************************************************
上海における乳癌の疫学とスクリーニング(前編)
この原稿はハフィントン・ポストからの転載です。
http://www.huffingtonpost.jp/wu-fei/breast-cancer_b_10921020.html
上海復旦大学公衆衛生学院
呉菲
2016年7月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
乳癌は世界的に女性の間で最も多いとされる悪性腫瘍です。2012年には、新規に168万人が乳癌と診断され、52万2千人が死亡しています。アジアでは乳癌の罹患率は上昇しつつあり、死亡率の上昇にも相関しています。一方、欧米では罹患率の上昇は同様にあるものの、乳癌による死亡率は過去数十年の間に減少傾向にあります。
●罹患率と死亡率
中国は、世界最大の人口を抱えると同時に最大の低~中所得国でもあり、乳癌増加の負担に直面しています。中国国立中央癌登録によると、年齢調整罹患率では農村部に比べ都市部では2倍も多く発生しています。特に上海は、社会経済的に発展した巨大都市で、必然的に乳癌が問題となっています。この10年で、乳癌の罹患率は28%も上昇し、女性10万人あたり52人から66人の罹患率となっています。
中国での乳癌診断時の平均年齢は45-55歳ですが、欧米では乳癌罹患率は年齢とともに直線的な相関関係があるとされています。上海のデータでみると、25-49歳の女性での罹患率には大きな増加は起こっていませんが、50-70歳の女性では顕著な増加が起こっています。上海では乳癌による死亡は過去10年で増加傾向にあり、女性10万人あたり13人から19人へと上昇しています。
●危険因子について
上海は、中国を代表する都市であるとともに、国内でも最も高い罹患率が報告されている地域の一つでもあり、出生率減少と密接に関連しています。一人っ子政策のため都市部では伝統的な価値観の変化や子育ての負担が増し、農村部よりも都市部で、より顕著でこのような現象が起こっています。中国の全出生率は1950-55年の6.0から2010年には1.6まで低下しました。特に、東沿岸部の経済的に豊かな地域の一部では全出生率は最低になっています。
上海は、世界中の都市の中で最も低い全出生率となっており(2010年で0.81)、ほとんどの産業国の中でもずっと低い値です。欧米女性と同様、中国人人口の中で乳癌の中程度のリスク上昇と密接に関連している因子としては、妊娠や出産に関連するもの、例えば、生涯のうちの月経期間の長期化(主に初潮の若年化と閉経年齢の遅れによる)、未経産、最初の出産年齢の上昇、授乳の少なさ、乳癌の家族歴が挙げられます。上述のように、妊娠出産関連因子のうち、出生率の減少は乳癌のリスクにも影響する可能性があります。例えば、授乳は乳癌を減らす因子であるため、もし出生率が下がれば一生のうちの授乳期間も減ってしまう、ということです。
加えて、欧米では、肥満と活動性の低下が乳癌の増加に影響するとされています。健康的な伝統食型(米、新鮮な野菜、大豆、豚、小麦粉の摂取)から欧米型へ食生活が変化したため、上海女性の26%がBMI(body-mass index)25以上の体重過多、さらに9%がBMI30以上の肥満であることが報告されています。上海ではこれらの因子も乳癌の罹患率増加に関係しているようです。
欧米では、米国の国立がん研究所(NCI)で推奨されているゲイル(Gail)モデルのように、乳癌のリスク評価のために既に検証されたモデルが広く応用されています。この指標には、年齢、初潮年齢、閉経年齢、最初の出産年齢、生検の回数、第一親等内での乳癌患者数、民族などが含まれます。例えば、5年罹患率が1.67%の女性は、高リスク群とされます。しかし、上海、さらに中国全体でも、ゲイルモデルが当てはめられるのか十分な検証はされていません。
●早期発見とスクリーニング
予後の改善に乳癌の早期発見が不可欠なことは、多くの研究者が認めるところです。中国では、ステージI、II、IIIの患者は、5年生存率はそれぞれ94%、88%、71%、また全生存率は85%、64%、48%でした。欧米では乳癌女性のうち81%が早期で発見されていますが、上海のような大都市でさえTNM分類で0-I期で診断を受けたのは36.6%に過ぎません。乳癌の5年生存率全体で見てみると、1999-2005年の米国女性では89%だったのに対し、1992-1995年の段階で上海では78%であり、中国での乳癌のコントロールと治療には改善の余地が多いことが示唆されていました。上海で行われたある研究では、早期診断された患者では5年生存率が93%だったのに対し、同時期でも診断が遅れた場合は5年生存率は34%だったとされています。
現在のところ、早期発見は主にスクリーニングにより行われます。最も広く応用されている方法は、マンモグラフィー、超音波と乳房の触診です。マンモグラフィーによるスクリーニングは、乳癌の早期発見には中心的な役割を果たしており、患者自身や医師が触診で判別出来るようになる2年前でも乳房の変化を示すことが出来るとされています。欧米諸国の多くでは一般診療として取り入れられており、費用対効果も良好であることが示されています。米国では保健福祉省(HHS)、米国癌学会(ACS)、米国医師会(AMA)、米国放射線学会(ACR)により40歳以上の女性にはマンモグラフィーによる毎年のスクリーニングが推奨されています。しかし、アジア人女性では乳癌の疫学的な分布は欧米女性と大きく異なるので、マンモグラフィーによるスクリーニングが適切かどうかについては議論が残っています。
日本で実施された研究の一つによると、費用対効果が最も優れる方法とまでは言えないものの、触診とマンモグラフィーによるスクリーニングを毎年行った方が、2年毎に行うよりも効果があったとされています。しかし、香港の研究では、欧米よりも女性の罹患率は半分に過ぎないので、限られた公衆衛生の財源を充てるには大規模なマンモグラフィーによるスクリーニングは非効率であることが示唆されています。
別の研究では、香港でのマンモグラフィーは費用対効果に優れず、50歳以上で2年毎のマンモグラフィーによるスクリーニング対策を行った場合、全費用の19%がマンモグラフィー偽陽性への対応に費やされると見込まれるとされています。韓国では、中国や日本よりも乳癌罹患率が低いことから、マンモグラフィーによるスクリーニングの費用対効果は期待できないと見込まれています。欧米女性よりも罹患率が低いことに加え、中国人女性は小柄で、乳房の密度が高い傾向にあり、マンモグラフィーによるスクリーニングにも影響する可能性があります。さらに問題なのは、中国は欧米諸国に比べ、非常に多くの人口を抱えるにも関わらず、健康保健の財源がずっと限られていることです。中国や、上海のような工業都市においてさえ、マンモグラフィーによるスクリーニングの集団検診を促進するには、これらのことは負の影響を与える因子となっています。
一方、財源が限られる国においては、乳癌の早期発見のために、触診は良い手法になる可能性が示されています。触診では非常に小さな腫瘍は分からず、感度が低いことから偽陰性や診断の遅れが増加することも考えられます。しかし、大多数がIII、IV期で見つかるという状況下では、触診により診断時の病期を改善できる可能性があります。触診ではマンモグラフィーで発見できるような乳癌であれば見つけることができ、特に若年女性では、マンモグラフィーで見過ごされるものも見つかる場合があります。
インドでは、40から60歳で毎年触診を行った場合、2年毎のマンモグラフィーによるスクリーニングと同程度の乳癌死亡減少効果が得られ、半分の費用で済んだとされています。インドと同様に、中国は巨大な人口を持つ発展途上国です。通常、欧米ではスクリーニングでQALY(質調整生存年)あたり5万ドルが費用対効果の閾値として受け入れられていますが、中国ではそのような経済的負担を受け入れる余裕はないでしょう。 そのため、欧米で推奨されているような毎年または2年毎のマンモグラフィーによるスクリーニングの集団検診は、費用が高く中国のほとんどで機器が利用出来ないことから、実際的な方法ではないかもしれません。触診で陽性になった女性を対象にマンモグラフィー検査を行う方が、費用対効果としては優れる方法でしょう。超音波で単回検査する方法は他の2つの方法ほど普及してはいませんが、触診やマンモグラフィーと組み合わせられる場合もあります。
(後編に続く)
*************************************************************
上海における乳癌の疫学とスクリーニング(後編)
この原稿はハフィントン・ポストからの転載です。
http://www.huffingtonpost.jp/wu-fei/shanghai-breastcancer_b_10935544.html
海復旦大学公衆衛生学院
呉菲
2016年7月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
これまでのところ、中国人女性では乳癌スクリーニングの費用対効果分析はそれほど行われておらず、頻度や開始年齢、検査方法を含め、中国人女性をどのようにスクリーニングするのが最も適切なのか、コンセンサスは得られていません。集団でのスクリーニング・プログラムを導入する上で問題となるのは、大きな人口が広範囲に散在していること、マンモグラフィーの装置が不十分なこと、そのようなプログラムを実施するための保険償還が不十分なことが挙げられます。
2005年には、100万人を対象にマンモグラフィーと超音波を用いスクリーニングを行う、全国スクリーニング・プログラムが試みられたことがありましたが、基金が足りず、また偽陽性での診断に懸念があったことから頓挫しました。
2012までに53万人の女性がスクリーニングの対象となり、そのうちの実施率は40-69歳女性で19.2%、都市部で1.4%、農村部で20.6%でした。所得レベルが下位の20%のうちでは2%しかスクリーニングを受けなかった一方、所得レベル上位20%では35.9%が受けていました。構造的問題や基金不足とは別に、特に高齢女性や社会経済的レベルが下位のグループでは、文化的な障壁や中国人女性に特有の癌は運命だとする考え方によって、スクリーニングをしようという試みに元々抵抗感が存在していました。農村部だと、元々のマンモグラフィーの費用が200元(約3200円)だとして、乳癌と子宮頸癌のスクリーニングセットを助成で20元(約320円)まで値下げしても、殆どの女性があまり受診したがらない、ということが起こっています。
以上のような状況で、上海は、中国最大の都市で保健財政も比較的恵まれていることから、2種類の異なるスクリーニング方法が試験的に導入されています。2008年から上海市閔行(ミンハン)区では、触診で陽性となった女性に対する毎年のマンモグラフィーに、温度テキスチャー・マップ(TTM)法の組み合わせ有無について実施中で、また、上海市閔行区の七寶鎮(チーパオ)郡では、小規模の住民において45-69歳の触診陽性者を含む全女性で2年毎のマンモグラフィーを実施しています。中国で導入するのにどちらのスクリーニング方法が優れるのかという問題を検討するために、上海で現在導入されている2種類のスクリーニング方法の費用対効果の評価が分析されることになります。
これらの結果は、地方または国レベルで中国人女性に最も適した乳癌スクリーニング対策についてのエビデンスをもたらすことになるでしょう。特に、中国政府は農村部における乳癌スクリーニングを公衆衛生サービスの主要事業の一つとして挙げていることは特筆されます。このプロジェクトは、復旦大学公衆衛生学院(FU-SPH)、復旦大学癌センター(FU-CH)、上海疾病コントロールセンター(CDC)、上海閔行区CDC、上海閔行区母子保健センター(MCH)の協力で進められています。
閔行区の35-74歳で、乳癌の既往がない全女性住民がこのプロジェクトの対象となります。全ての関連機関でプログラムについての宣伝が行われ、スクリーニング・プログラムの参加者募集が行われました。適格性のある20万3千人の女性のうち、七寶鎮郡を除く閔行区では3万9千266人、閔行区七寶鎮郡では1万3千183人の参加者が1回目の乳癌スクリーニングで得られました。乳癌スクリーニングを受けておらず乳癌の既往もない15万人の女性が比較対照群として考えられます。この閔行区と七寶鎮郡におけるスクリーニング・プログラムの登録者数は、それぞれの地域の年齢層の女性人口のうち、それぞれ11%、38%に相当します。
上海市閔行区でのスクリーニングは、2008年から連続した3段階で毎年行われました。第一段階では、医療スタッフが乳癌の危険因子を有する女性を同定するために詳細な問診を行い、体系的に触診とTTM検査を実施しました。問診項目には、基本的な背景因子、月経や妊娠出産関連因子、乳癌の家族歴や良性の乳房病変の既往の有無が含まれました。第二段階では、第一段階で異常所見が見つかった女性について、マンモグラフィー検査を実施しました。
第三段階では、この乳房画像報告データシステム(BI-RADs)に登録されカテゴリー4とされた女性に病院での乳房生検まで実施しました。生検で陰性で触診やTTM検査でも陰性だった場合も、家族歴や良性の乳房病変が会った場合は、次回のスクリーニング検査に組み入れられました。低リスクであった場合は次回にも参加し、スクリーニングを受けるかどうかは自主判断に任されました。2008年にスクリーニングを受けた3万9千266人の女性のうち、26人が乳癌と診断され、51%が0-I期でした。殆どの患者がFU-CHで中国の乳癌治療ガイドラインに従った治療を受けました。
閔行区七寶鎮郡では、2008-10年に2年毎に3回連続でのスクリーニングが実施されました。閔行区での方法と異なり、触診での陽性陰性に関わらず45-59歳の高リスク女性が七寶鎮郡では対象とされ、超音波とマンモグラフィーの検査が実施されました。超音波かマンモグラフィーで陽性となった女性は病院での生検が実施されました。七寶鎮郡で初回スクリーニングに参加した1万3千183人の女性のうち、8千234人が超音波とマンモグラフィーを受け、33人が乳癌と診断されました。患者の全てがFU-CHで治療を受けました。これに加え、閔行区の電子カルテシステムと閔行区の住民登録システムから、スクリーニングを受けなかった女性について、年齢、教育レベル、初経年齢、初回出産年齢、乳癌の既往歴に関するデータを入手し、スクリーニング・プログラムの参加者・非参加者とでの背景データの比較を行う予定です。
初回の大規模スクリーニングの結果と、同じ期間で自発的にスクリーニングを受けた人たちの結果を比べてみると、大規模スクリーニングでは3万5千193人中479人の乳癌患者が見つかっており、早期発見率は46.9%、自発的なスクリーニングでは40.7%、コントロール群では38.9%というものでした。スクリーニング経費は、大規模スクリーニングでは、一人当たり208元(約3千300円)、患者当たりでは7万2千453元(約117万円)であり、自発的スクリーニングでは一人当たり21元(約340円)、患者あたり1万1千640元(約18万7千円)でした。患者当たりの総経費は、大規模スクリーニングでは10万3千650元(約167万円)で、自発的なスクリーニングの5万712元(約81万7千円)、コントロール群の3万5千413元(約57万円)と比較すると顕著に高額でした。
しかし、直接的な医療費の平均は大規模スクリーニング群では、自発的スクリーニングやコントロール群より顕著に低額で済み、経費の中央値はそれぞれ、1万1千24元(約17万8千円)、1万3千465元(約21万7千円)、1万4千243元(22万9千円)でした。患者あたりの追加費用は、大規模スクリーニングで6万8千237元(約110万円)、自発的なスクリーニングで1万5千299元(約24万6千円)でした。
コントロール群と比較した費用対効果比(CER)は、病期改善効果について大規模スクリーニングで13万5千291元(約218万円)、自発的スクリーニングで15万2千179元(約245万円)であり、大規模と自発的スクリーニングの比較で増加した費用対効果比(ICER)は、病期改善効果あたり13万1千86元(約211万円)でした。結論として、中国人女性における乳癌の早期発見について、大規模スクリーニングの手法と自発的なスクリーニングの両方とも効果が認められました。大規模スクリーニングは、自発的スクリーニングより経費がかかりますが、費用対効果でみると優れていました。中国でも経済的に発展した地域では、選択肢になり得るでしょう。今後の研究では、より詳細な分析を実施する予定であり、異なるスクリーニング方法の組み合わせやスクリーニング頻度を検討することになります。
●まとめ
上海で乳癌の罹患率や死亡率を減少させるためには、まだまだ時間がかかります。 まず、乳癌スクリーニングの費用対効果に関する研究を実施し、政府がスクリーニング指針を確立できるよう価値のある情報を提供するべきでしょう。次に、健康増進が必要です。女性は乳癌の危険因子を学ぶようにし、自覚的にスクリーニング・プログラムに参加するべきでしょう。第三に、保険システムの改善が挙げられ、患者への経済的援助がされるようになるとよいでしょう。というのも、乳癌治療へのアクセスの格差は当面残ると考えられ、十分な援助が受けられない女性に対しての保険給付や癌治療の基盤を拡大するためには大きな努力が必要とされます。最後に、結論としては、乳癌のコントロールのためには、早期発見、診断や治療といった医療の提供面だけに留まらず、一般市民における早期発見の啓蒙や増進も重要になってくることが言えると思います。
------------------------------------------------------------------------
ご覧になる環境により、文字化けを起こすことがあります。その際はHPより原稿をご覧いただけますのでご確認ください。
MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp
上海における乳癌の疫学とスクリーニング(前編)
この原稿はハフィントン・ポストからの転載です。
http://www.huffingtonpost.jp/wu-fei/breast-cancer_b_10921020.html
上海復旦大学公衆衛生学院
呉菲
2016年7月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
乳癌は世界的に女性の間で最も多いとされる悪性腫瘍です。2012年には、新規に168万人が乳癌と診断され、52万2千人が死亡しています。アジアでは乳癌の罹患率は上昇しつつあり、死亡率の上昇にも相関しています。一方、欧米では罹患率の上昇は同様にあるものの、乳癌による死亡率は過去数十年の間に減少傾向にあります。
●罹患率と死亡率
中国は、世界最大の人口を抱えると同時に最大の低~中所得国でもあり、乳癌増加の負担に直面しています。中国国立中央癌登録によると、年齢調整罹患率では農村部に比べ都市部では2倍も多く発生しています。特に上海は、社会経済的に発展した巨大都市で、必然的に乳癌が問題となっています。この10年で、乳癌の罹患率は28%も上昇し、女性10万人あたり52人から66人の罹患率となっています。
中国での乳癌診断時の平均年齢は45-55歳ですが、欧米では乳癌罹患率は年齢とともに直線的な相関関係があるとされています。上海のデータでみると、25-49歳の女性での罹患率には大きな増加は起こっていませんが、50-70歳の女性では顕著な増加が起こっています。上海では乳癌による死亡は過去10年で増加傾向にあり、女性10万人あたり13人から19人へと上昇しています。
●危険因子について
上海は、中国を代表する都市であるとともに、国内でも最も高い罹患率が報告されている地域の一つでもあり、出生率減少と密接に関連しています。一人っ子政策のため都市部では伝統的な価値観の変化や子育ての負担が増し、農村部よりも都市部で、より顕著でこのような現象が起こっています。中国の全出生率は1950-55年の6.0から2010年には1.6まで低下しました。特に、東沿岸部の経済的に豊かな地域の一部では全出生率は最低になっています。
上海は、世界中の都市の中で最も低い全出生率となっており(2010年で0.81)、ほとんどの産業国の中でもずっと低い値です。欧米女性と同様、中国人人口の中で乳癌の中程度のリスク上昇と密接に関連している因子としては、妊娠や出産に関連するもの、例えば、生涯のうちの月経期間の長期化(主に初潮の若年化と閉経年齢の遅れによる)、未経産、最初の出産年齢の上昇、授乳の少なさ、乳癌の家族歴が挙げられます。上述のように、妊娠出産関連因子のうち、出生率の減少は乳癌のリスクにも影響する可能性があります。例えば、授乳は乳癌を減らす因子であるため、もし出生率が下がれば一生のうちの授乳期間も減ってしまう、ということです。
加えて、欧米では、肥満と活動性の低下が乳癌の増加に影響するとされています。健康的な伝統食型(米、新鮮な野菜、大豆、豚、小麦粉の摂取)から欧米型へ食生活が変化したため、上海女性の26%がBMI(body-mass index)25以上の体重過多、さらに9%がBMI30以上の肥満であることが報告されています。上海ではこれらの因子も乳癌の罹患率増加に関係しているようです。
欧米では、米国の国立がん研究所(NCI)で推奨されているゲイル(Gail)モデルのように、乳癌のリスク評価のために既に検証されたモデルが広く応用されています。この指標には、年齢、初潮年齢、閉経年齢、最初の出産年齢、生検の回数、第一親等内での乳癌患者数、民族などが含まれます。例えば、5年罹患率が1.67%の女性は、高リスク群とされます。しかし、上海、さらに中国全体でも、ゲイルモデルが当てはめられるのか十分な検証はされていません。
●早期発見とスクリーニング
予後の改善に乳癌の早期発見が不可欠なことは、多くの研究者が認めるところです。中国では、ステージI、II、IIIの患者は、5年生存率はそれぞれ94%、88%、71%、また全生存率は85%、64%、48%でした。欧米では乳癌女性のうち81%が早期で発見されていますが、上海のような大都市でさえTNM分類で0-I期で診断を受けたのは36.6%に過ぎません。乳癌の5年生存率全体で見てみると、1999-2005年の米国女性では89%だったのに対し、1992-1995年の段階で上海では78%であり、中国での乳癌のコントロールと治療には改善の余地が多いことが示唆されていました。上海で行われたある研究では、早期診断された患者では5年生存率が93%だったのに対し、同時期でも診断が遅れた場合は5年生存率は34%だったとされています。
現在のところ、早期発見は主にスクリーニングにより行われます。最も広く応用されている方法は、マンモグラフィー、超音波と乳房の触診です。マンモグラフィーによるスクリーニングは、乳癌の早期発見には中心的な役割を果たしており、患者自身や医師が触診で判別出来るようになる2年前でも乳房の変化を示すことが出来るとされています。欧米諸国の多くでは一般診療として取り入れられており、費用対効果も良好であることが示されています。米国では保健福祉省(HHS)、米国癌学会(ACS)、米国医師会(AMA)、米国放射線学会(ACR)により40歳以上の女性にはマンモグラフィーによる毎年のスクリーニングが推奨されています。しかし、アジア人女性では乳癌の疫学的な分布は欧米女性と大きく異なるので、マンモグラフィーによるスクリーニングが適切かどうかについては議論が残っています。
日本で実施された研究の一つによると、費用対効果が最も優れる方法とまでは言えないものの、触診とマンモグラフィーによるスクリーニングを毎年行った方が、2年毎に行うよりも効果があったとされています。しかし、香港の研究では、欧米よりも女性の罹患率は半分に過ぎないので、限られた公衆衛生の財源を充てるには大規模なマンモグラフィーによるスクリーニングは非効率であることが示唆されています。
別の研究では、香港でのマンモグラフィーは費用対効果に優れず、50歳以上で2年毎のマンモグラフィーによるスクリーニング対策を行った場合、全費用の19%がマンモグラフィー偽陽性への対応に費やされると見込まれるとされています。韓国では、中国や日本よりも乳癌罹患率が低いことから、マンモグラフィーによるスクリーニングの費用対効果は期待できないと見込まれています。欧米女性よりも罹患率が低いことに加え、中国人女性は小柄で、乳房の密度が高い傾向にあり、マンモグラフィーによるスクリーニングにも影響する可能性があります。さらに問題なのは、中国は欧米諸国に比べ、非常に多くの人口を抱えるにも関わらず、健康保健の財源がずっと限られていることです。中国や、上海のような工業都市においてさえ、マンモグラフィーによるスクリーニングの集団検診を促進するには、これらのことは負の影響を与える因子となっています。
一方、財源が限られる国においては、乳癌の早期発見のために、触診は良い手法になる可能性が示されています。触診では非常に小さな腫瘍は分からず、感度が低いことから偽陰性や診断の遅れが増加することも考えられます。しかし、大多数がIII、IV期で見つかるという状況下では、触診により診断時の病期を改善できる可能性があります。触診ではマンモグラフィーで発見できるような乳癌であれば見つけることができ、特に若年女性では、マンモグラフィーで見過ごされるものも見つかる場合があります。
インドでは、40から60歳で毎年触診を行った場合、2年毎のマンモグラフィーによるスクリーニングと同程度の乳癌死亡減少効果が得られ、半分の費用で済んだとされています。インドと同様に、中国は巨大な人口を持つ発展途上国です。通常、欧米ではスクリーニングでQALY(質調整生存年)あたり5万ドルが費用対効果の閾値として受け入れられていますが、中国ではそのような経済的負担を受け入れる余裕はないでしょう。 そのため、欧米で推奨されているような毎年または2年毎のマンモグラフィーによるスクリーニングの集団検診は、費用が高く中国のほとんどで機器が利用出来ないことから、実際的な方法ではないかもしれません。触診で陽性になった女性を対象にマンモグラフィー検査を行う方が、費用対効果としては優れる方法でしょう。超音波で単回検査する方法は他の2つの方法ほど普及してはいませんが、触診やマンモグラフィーと組み合わせられる場合もあります。
(後編に続く)
*************************************************************
上海における乳癌の疫学とスクリーニング(後編)
この原稿はハフィントン・ポストからの転載です。
http://www.huffingtonpost.jp/wu-fei/shanghai-breastcancer_b_10935544.html
海復旦大学公衆衛生学院
呉菲
2016年7月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
これまでのところ、中国人女性では乳癌スクリーニングの費用対効果分析はそれほど行われておらず、頻度や開始年齢、検査方法を含め、中国人女性をどのようにスクリーニングするのが最も適切なのか、コンセンサスは得られていません。集団でのスクリーニング・プログラムを導入する上で問題となるのは、大きな人口が広範囲に散在していること、マンモグラフィーの装置が不十分なこと、そのようなプログラムを実施するための保険償還が不十分なことが挙げられます。
2005年には、100万人を対象にマンモグラフィーと超音波を用いスクリーニングを行う、全国スクリーニング・プログラムが試みられたことがありましたが、基金が足りず、また偽陽性での診断に懸念があったことから頓挫しました。
2012までに53万人の女性がスクリーニングの対象となり、そのうちの実施率は40-69歳女性で19.2%、都市部で1.4%、農村部で20.6%でした。所得レベルが下位の20%のうちでは2%しかスクリーニングを受けなかった一方、所得レベル上位20%では35.9%が受けていました。構造的問題や基金不足とは別に、特に高齢女性や社会経済的レベルが下位のグループでは、文化的な障壁や中国人女性に特有の癌は運命だとする考え方によって、スクリーニングをしようという試みに元々抵抗感が存在していました。農村部だと、元々のマンモグラフィーの費用が200元(約3200円)だとして、乳癌と子宮頸癌のスクリーニングセットを助成で20元(約320円)まで値下げしても、殆どの女性があまり受診したがらない、ということが起こっています。
以上のような状況で、上海は、中国最大の都市で保健財政も比較的恵まれていることから、2種類の異なるスクリーニング方法が試験的に導入されています。2008年から上海市閔行(ミンハン)区では、触診で陽性となった女性に対する毎年のマンモグラフィーに、温度テキスチャー・マップ(TTM)法の組み合わせ有無について実施中で、また、上海市閔行区の七寶鎮(チーパオ)郡では、小規模の住民において45-69歳の触診陽性者を含む全女性で2年毎のマンモグラフィーを実施しています。中国で導入するのにどちらのスクリーニング方法が優れるのかという問題を検討するために、上海で現在導入されている2種類のスクリーニング方法の費用対効果の評価が分析されることになります。
これらの結果は、地方または国レベルで中国人女性に最も適した乳癌スクリーニング対策についてのエビデンスをもたらすことになるでしょう。特に、中国政府は農村部における乳癌スクリーニングを公衆衛生サービスの主要事業の一つとして挙げていることは特筆されます。このプロジェクトは、復旦大学公衆衛生学院(FU-SPH)、復旦大学癌センター(FU-CH)、上海疾病コントロールセンター(CDC)、上海閔行区CDC、上海閔行区母子保健センター(MCH)の協力で進められています。
閔行区の35-74歳で、乳癌の既往がない全女性住民がこのプロジェクトの対象となります。全ての関連機関でプログラムについての宣伝が行われ、スクリーニング・プログラムの参加者募集が行われました。適格性のある20万3千人の女性のうち、七寶鎮郡を除く閔行区では3万9千266人、閔行区七寶鎮郡では1万3千183人の参加者が1回目の乳癌スクリーニングで得られました。乳癌スクリーニングを受けておらず乳癌の既往もない15万人の女性が比較対照群として考えられます。この閔行区と七寶鎮郡におけるスクリーニング・プログラムの登録者数は、それぞれの地域の年齢層の女性人口のうち、それぞれ11%、38%に相当します。
上海市閔行区でのスクリーニングは、2008年から連続した3段階で毎年行われました。第一段階では、医療スタッフが乳癌の危険因子を有する女性を同定するために詳細な問診を行い、体系的に触診とTTM検査を実施しました。問診項目には、基本的な背景因子、月経や妊娠出産関連因子、乳癌の家族歴や良性の乳房病変の既往の有無が含まれました。第二段階では、第一段階で異常所見が見つかった女性について、マンモグラフィー検査を実施しました。
第三段階では、この乳房画像報告データシステム(BI-RADs)に登録されカテゴリー4とされた女性に病院での乳房生検まで実施しました。生検で陰性で触診やTTM検査でも陰性だった場合も、家族歴や良性の乳房病変が会った場合は、次回のスクリーニング検査に組み入れられました。低リスクであった場合は次回にも参加し、スクリーニングを受けるかどうかは自主判断に任されました。2008年にスクリーニングを受けた3万9千266人の女性のうち、26人が乳癌と診断され、51%が0-I期でした。殆どの患者がFU-CHで中国の乳癌治療ガイドラインに従った治療を受けました。
閔行区七寶鎮郡では、2008-10年に2年毎に3回連続でのスクリーニングが実施されました。閔行区での方法と異なり、触診での陽性陰性に関わらず45-59歳の高リスク女性が七寶鎮郡では対象とされ、超音波とマンモグラフィーの検査が実施されました。超音波かマンモグラフィーで陽性となった女性は病院での生検が実施されました。七寶鎮郡で初回スクリーニングに参加した1万3千183人の女性のうち、8千234人が超音波とマンモグラフィーを受け、33人が乳癌と診断されました。患者の全てがFU-CHで治療を受けました。これに加え、閔行区の電子カルテシステムと閔行区の住民登録システムから、スクリーニングを受けなかった女性について、年齢、教育レベル、初経年齢、初回出産年齢、乳癌の既往歴に関するデータを入手し、スクリーニング・プログラムの参加者・非参加者とでの背景データの比較を行う予定です。
初回の大規模スクリーニングの結果と、同じ期間で自発的にスクリーニングを受けた人たちの結果を比べてみると、大規模スクリーニングでは3万5千193人中479人の乳癌患者が見つかっており、早期発見率は46.9%、自発的なスクリーニングでは40.7%、コントロール群では38.9%というものでした。スクリーニング経費は、大規模スクリーニングでは、一人当たり208元(約3千300円)、患者当たりでは7万2千453元(約117万円)であり、自発的スクリーニングでは一人当たり21元(約340円)、患者あたり1万1千640元(約18万7千円)でした。患者当たりの総経費は、大規模スクリーニングでは10万3千650元(約167万円)で、自発的なスクリーニングの5万712元(約81万7千円)、コントロール群の3万5千413元(約57万円)と比較すると顕著に高額でした。
しかし、直接的な医療費の平均は大規模スクリーニング群では、自発的スクリーニングやコントロール群より顕著に低額で済み、経費の中央値はそれぞれ、1万1千24元(約17万8千円)、1万3千465元(約21万7千円)、1万4千243元(22万9千円)でした。患者あたりの追加費用は、大規模スクリーニングで6万8千237元(約110万円)、自発的なスクリーニングで1万5千299元(約24万6千円)でした。
コントロール群と比較した費用対効果比(CER)は、病期改善効果について大規模スクリーニングで13万5千291元(約218万円)、自発的スクリーニングで15万2千179元(約245万円)であり、大規模と自発的スクリーニングの比較で増加した費用対効果比(ICER)は、病期改善効果あたり13万1千86元(約211万円)でした。結論として、中国人女性における乳癌の早期発見について、大規模スクリーニングの手法と自発的なスクリーニングの両方とも効果が認められました。大規模スクリーニングは、自発的スクリーニングより経費がかかりますが、費用対効果でみると優れていました。中国でも経済的に発展した地域では、選択肢になり得るでしょう。今後の研究では、より詳細な分析を実施する予定であり、異なるスクリーニング方法の組み合わせやスクリーニング頻度を検討することになります。
●まとめ
上海で乳癌の罹患率や死亡率を減少させるためには、まだまだ時間がかかります。 まず、乳癌スクリーニングの費用対効果に関する研究を実施し、政府がスクリーニング指針を確立できるよう価値のある情報を提供するべきでしょう。次に、健康増進が必要です。女性は乳癌の危険因子を学ぶようにし、自覚的にスクリーニング・プログラムに参加するべきでしょう。第三に、保険システムの改善が挙げられ、患者への経済的援助がされるようになるとよいでしょう。というのも、乳癌治療へのアクセスの格差は当面残ると考えられ、十分な援助が受けられない女性に対しての保険給付や癌治療の基盤を拡大するためには大きな努力が必要とされます。最後に、結論としては、乳癌のコントロールのためには、早期発見、診断や治療といった医療の提供面だけに留まらず、一般市民における早期発見の啓蒙や増進も重要になってくることが言えると思います。
------------------------------------------------------------------------
ご覧になる環境により、文字化けを起こすことがあります。その際はHPより原稿をご覧いただけますのでご確認ください。
MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp
- << 日本在宅医学会でビラ配り
- HOME
- 旅行で認知症抑制 >>
このたびURLを下記に変更しました。
お気に入り等に登録されている方は、新URLへの変更をお願いします。
新URL http://blog.drnagao.com
この記事へのコメント
乳がん検診を受ける人の多くは、「安心したいため」に受けると思います。
でも、早期発見にしろ、そこで乳がんが見つかった場合、自分で選ばなければならない事柄(治療法や薬や手術等)が多く出てくると聞きます。
受診する病院や医師の考え方が自分の意志と合致すればよいが、十分な説明や理解がないまま進んでしまう可能性もあると思います。
乳がん検診を受ける前に、「もし自分が乳がんにかかっていたらどうするか、どうしたいか、どこの病院を受診するか」ということをあらかじめ考えておくことが必要かな、と思います。。。
Posted by ゆま at 2016年07月18日 07:59 | 返信
コメントする
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL: