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たった1日、でも1日
2016年10月18日(火)
今日は(も)、深夜まで大忙しだった。
外来では難問患者さん、会議、午後と夜は臨時往診、定期訪問で23時終了。
毎日、様々な病院と様々な手紙(診療情報提供書)が行き来しているのだが・・・
外来では難問患者さん、会議、午後と夜は臨時往診、定期訪問で23時終了。
毎日、様々な病院と様々な手紙(診療情報提供書)が行き来しているのだが・・・
1枚のFAXが届いていた。
今日退院予定だった患者さんが退院前日に亡くなり在宅はキャンセルとの内容。
良かった・・・
もし帰ってきて1時間で亡くなったら、家族は私たちを責めるだろう。
「長尾先生にかかったら、1時間で亡くなった」と。
もちろん看なくても亡くなっていたのだろうが。
以前も日曜日の夕方に退院されて、私の初回訪問までに亡くなられた。
結局は私の到着を待てずに、家族が救急車を呼び、病院に戻ってのお看取りになったと。
私は、一度も診たことが無い患者さんの家族から訴えられそうになった。
「電話してすぐに来なかったから亡くなった!」と。
無茶苦茶な理屈であるし、「訴えるなら訴えればいい」と内心思ってきた。
一度も会ったことも無い人たちに訴えられてもまず負けないだろう。
これを「ギリギリ在宅」と言い、私たちが一番恐れるパターンである。
とにかく亡くなる直前に在宅に返すことだけはやめてほしいのだが。
裏を返せば、余命予測は難しいということ。
あるいは病院の医師も、家族の希望には逆らえないこと。
実は、今日、もう1枚のFAXが届いていた。
末期がんで半年近く在宅で診てきた患者さんが搬送先の病院で亡くなられた、と。
搬送して24時間後の病院死であった。
もちろん家族が怖くなり、あるいは疲れ果てて「入院!」とわめきだした例だ。
「今夜が山であと1日だから家で看取ってあげましょう」と1時間かけて家族に説明した。
平穏死寸前なので、苦痛も管も無く実に穏やかで笑顔さえあったので
「絶対、入院!!」と言われたことがちょっと信じられなかったが、黙って従った。
家族の一人は「もし1日で死ななかったらどう責任を取るのか」と言われた。
「そんなこともありますから」と返すしかしょうがなかった。
そういえば「家で死んだら資産価値が下がるから」と言った家族もいたなあ。
同じことを言った、超高級有料老人ホームの責任者もいた。
しかし私の予測どうり、あと1日、であった。
あと1日で当初の本人や家族の希望を叶えられたが、叶わなずにどこか残念だ。
しかし長くやっていると、いろんなケースがあるので、淡々と仕事をするしかない。
「長尾先生は偉そうに言っているのに、余命1日で送ってくるのか」と
病院の医師からは当然思われるのだろう。
たった1日、でも1日・・・・・・・
その1日が、我慢できたり我慢できなかったりが在宅医療だ。
まずは最期の10日間を予見して
最期の1日を、緩和ケアと丁寧な説明で乗り切るのだ。
しかしそうならないケースがたまにある。
病院でも在宅でもある。
多くは医師では無く、「家族の意思」である。
日本における家族の意思は絶対なので、100%従うしかない。
逆らうと後で訴えられて、医師が大変な目に遭うのがニッポンの医療である。
もちろん世界から2周遅れ。
しかし医療者も市民も、そんなことすら知らない。
医学部でも経済学部でも法学部でも、そんなことを教えないし、教える人がいない。
そんなことを教えるのは老人大学だけ。
だから私は老人大学の講演は断らないようにしている。
たった1日、でも1日。
その刹那で泣き、笑い、抱き合い、そして葛藤する。
その合間を縫って、できるだけ全国行脚している。
PS)
そして11月だ。
11月は死ぬほど忙しい。
いっそ死んでしまったほうが楽になる、という想いがフト頭をよぎることがある。
しかしここまで生きれたので、頑張る。
以下どれも、誰でも参加可能なものばかり。
ひとつひとつ心を込める。
10月20日(木) 大阪講演(がん) → こちら
10月22日(土) 加古川講演(認知症) → こちら
10月30日(日) 岡山講演(認知症) → こちら
11月11日(金) 青森講演(認知症) → こちら
11月13日(日) 尼崎講演(認知症) → こちら
11月23日(水) 東京講演(がん) → こちら 小澤竹俊先生との初のダブル講演
11月24日(木) 高砂講演(がん・在宅医療) → こちら
11月26日(土) 東京講演(がん・平穏死) → こちら
11月27日(日) 岐阜講演(平穏死) → こちら 俳優の近藤正臣さんとの対談
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この記事へのコメント
看取りについての心構えを、該当者宅へ説いて廻る役割の人が、必要でしょうか。
半年の在宅療養していてもパニックになるのですから、残念ですね。
「看取り師」は身近かには居ませんが、エンドオブライフケア協会が養成中でしょうか。
とても難しいですね、肝心な時の咄嗟の判断。身内が複数居る場面だと、もめることも
想像できます。
先生、お疲れ様です。
Posted by もも at 2016年10月18日 01:00 | 返信
死んだ
方が、
マシ
とは、
いい加減
に、しないと、
ホンマに、
天罰、
下りますよ。
ご自愛 下さい、
おぎようこ おこらんど
墨あそび詩あそび土あそび
Posted by おこ at 2016年10月18日 06:56 | 返信
家族が在宅医を訴えるという事が、現実にあるのでしょうか?
もしそんな裁判例があるなら見てみたいです。
昔は「往診」と言うと、以前から外来に何年も来ていて、信頼関係がある家族と言うことになっていました。
どんな家族か、どんなお医者さんか、お互い理解できないまま「在宅医療ができる」と言うことで始まる関係は、お互いに不幸です。
丸岡多重子さんが「介護保険が出来てからおかしくなった」と仰ったのも一理ありますね。
「家で死んだから、資産価値が下がるわ」と言ったのは、近所に住む不動産屋の妻です。
近所の人で、以前から糖尿病による心臓病があって、その前日に循環器科で「肺に水が溜まっている」と言われたそうで、あくる日に市民病院付属の老健のケアマネジャーが、午後の一時に来るように予約電話があったのに、来てみたら家の中の明かりはついているのに、本人が出てこないと私に泣きついてきた。自治会長と相談して消防署のレス救隊に来て貰って、ガラスを割って中に入ると、もう意識の無い状態で倒れていた。救急病院に搬送されそこで「心肺停止」と診断された。夜遅くなって、やっと連絡が付いた娘が来て後始末をした。
娘さんによると「救急病院で死亡診断書が出たのだから在宅死ではない。だから資産価値が下がるのはおかしい」と言う。
阪急不動産に聞くと「今度その家を買いたいと言う人が、その家の、どこの部屋で死んだと聞いてその家を買いたいと思いますか?事故物件とは言えなくても資産価値は下がっても仕方ないですね」とのことでした。
自治会の理事(銀行関係者)は、「在宅で、ご家族を看取るのは良い事です。でも資産価値はできるだけ下げないようにしたいですね」とのことでした。
私の母も在宅で死んで、死亡診断書は病院で書いて貰いましたけれど、私はその後も、この家で住み続けるつもりなので、どっちでもいいです。
我が家は駅から遠い山のてっぺんで、プレハブなんで固定資産税は賃貸アパートより安いくらいだからです。
Posted by 匿名 at 2016年10月18日 06:58 | 返信
何かがおかしい
余命2ヶ月と告知され 入院も抗がん剤もやらないとお決めになり
ケアマネさんと初訪問したら
このケアマネさんは 動ける姿を見て
「訪問看護は いらないと思うの いざとなれば 病院へ入院よね…」と…
24時間対応してくださる在宅医がついているわけでもなく…
最期を決めるのは…
ご本人であり ご家族なんだと言ってやりたかった
本当に 余命幾ばくもない時間をどう生きるかを考えることが大事で
生活を成り立たせる介護ではないと思います
がんと非がん…
同じだと思って プランを立てていたら その方はいなくなっちゃうんです
だから
在宅療養がうまくいかなくて 残された家族が こんなはずじゃなかったと訴えることになる…
…という筋書きになっちゃうんです
Posted by 訪問看護婦 宮ちゃん at 2016年10月19日 07:42 | 返信
おそらくご高齢の方だと思います。病院で亡くなるのか、在宅で亡くなるのかと言う方が、病院で亡くなっても在宅に亡くなっても、小さな医院の在宅医を訴えるとゴネルのはおかしいですね。
もうすでに亡くなる寸前なのに、病院に入れたり在宅に移送したりすれば即亡くなるのは当たり前ではないですか。
私は鍼灸をしていて、十何年前に、腎臓結石の手術を受けた時に輸血をした方が、鍼灸治療をした途端お医者さんに「鍼灸治療を受けたのですけど、だいじょうぶですか?」と尋ねたら「C型肝炎です。これは十数年前に腎臓結石の手術をしたと時に輸血をして感染したのです」と説明してくれても「鍼灸院で感染した」とゴネられて困りました。結局豊中市の国立刀根山病院で「AもBも、Cも肝炎は、一切ありません」と言われたそうです。それで私は「あなたは鍼灸治療に向てないので他に医院に行ってください」と申しました。それはC型肝炎に罹っていると思い込んだ時に、十数年前に腎臓結石の手術をして輸血をした病院ではなく、私の鍼灸院でゴネたからです。暫くして私が本屋に買い物にい行った時、ベンチに数人のお婆さんが座っていて、その中にC型肝炎に感染したと騒いだお婆さんがいました。そのお婆さんが私を指さして「あの人が診療拒否をした鍼灸師よ!」と叫びました。そのお婆さんは仲間がいました。
尼崎に3棟のアパート経営をしていて、税金申告になると、仲間と一緒にムシロ旗を担いで税務署に押しかけて、税金を安くしてもらうのだと自慢していました。そのお婆さんは、始めは普通のお婆さんだったのですけど、内科のお医者さんに「C型肝炎に罹っている」と言われてからヒステリー状態になって仲間に相談したら、税理士や弁護士や医者もいる団体ですから、「医療機関を訴えても慰謝料は少ない。だから女の鍼灸師を訴えるかゴネるしかない」と指導したのです。結果的に肝炎では無かったので、助かりました。
長尾クリニックの患者さんも、普通の患者さんと、ムシロ旗を担いで税務署に押しかけて税金を安くしてもらう圧力団体の知り合いとを、見分けて治療しなければ危ないと思います。
ムシロ旗の団体は大きな労働組合には居られないので、中小企業や零細企業に潜入してその会社を崩壊させます。
私の祖父の作った小さな零細企業の貿易会社にも、神戸外大出身のムシロ旗の団体の一人が入社して瞬く間に「日本共産党」の労働組合を結成して、祖父の作った会社を潰してしまいました。
その「日本共産党」の労働組合の委員長はその後どうしたかと言うと、退職金で貿易会社を作って、中国からお茶を輸入して、儲けているそうです。
何で、大きなJRとか、独占資本に入社して労働組合を作らないのか不思議でしたけど、結局大きな会社には、入れないので、零細企業に入って大暴れするらしいです。
Posted by 匿名 at 2016年10月19日 09:21 | 返信
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