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意外と知らない看取りの手順

2017年01月23日(月)

意外と知らない看取りについて愛和病院の平方 眞先生が、
日経メデイカルに病院での「看取りの手順」を書いてられた。→こちら
なるほど、在宅とは少し違うなあ、と思うところもある。
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以下、日経メデイカルから転載


意外と知らない看取りの手順

2017/1/10    平方 眞(愛和病院)  


死亡の確認は、日本では医師と歯科医師だけに許された仕事です。その割にその方法を学ぶ機会は少なく、現場で先輩医師の振る舞いを見てまねたり、必要なことは独学したりしてやってきました。同じような医師は少なくないのではないかと思います。ここでは、最低限必要な手順と、私がしている工夫を紹介したいと思います。

事前準備をぬかりなく
 患者さんの病室もしくは自宅に行く前に、まず簡単に病歴を復習します。病気の経過をひと通り頭に入れておかないと、家族との会話がかみ合わなかったりするからです。特に、当直などで初対面の患者さんの死亡確認をするときには、家族が患者さんの死を受け入れられているかどうかも含めて、カルテの記録を読んだり、担当の病棟看護師や在宅であれば訪問看護師に聞くなどして必ず確認するようにしています。

 医師が死亡確認を依頼されるタイミングには、患者さんの息がまだ続いていて「そろそろ呼吸が止まりそうだ」と呼ばれる場合と、既に呼吸が止まっている場合とがあります。

「そろそろ呼吸が止まりそう」というときは
 看取りの主役は家族です。最後の大切な時間を邪魔しないように、医療者は少し離れて本人の様子を観察します。多くの場合は呼吸が先に停止し、心臓の拍動はそれより数分遅れて止まります。心拍は、心電図モニターが付いていると止まったことが分かりますが、身体所見で止まったことを確認するのにはコツがいります。最も見やすいのは「頸動脈の動き」です。皮膚表面の動きを接線方向で見ると微弱な拍動も分かりやすいので、自分から遠い側の首の皮膚を見るようにします。呼吸停止から5 分以上拍動が続くことはよくあり、「心臓が頑張っています」と話して、動きが見えなくなるまで待つようにしています。

 脳幹部の機能が停止したことは、一般的には対光反射の消失で確認します。睫毛反射の消失で代用することもあります。呼吸と心拍が止まったばかりのときは、対光反射は残っていることもあります。その場合、厳密には死の三兆候(瞳孔反応停止、呼吸停止、心停止)がそろっていないことになるので、少し間をおいてから再確認するのが原則です。また、死亡確認をしてよいタイミングに至ったかどうかを判断する際には、家族の準備が整っているかどうかの確認も重要です。間違っても、泣きすがる家族を引き離して確認してはいけません。ご遺体にすがって存分に泣いてもらう時間は、家族が悲しみを乗り越え、これからの人生を前向きに歩んでもらうためのプロセスとして大事です。

 家族がそろうまで確認を待ってほしいという家族もいて、待てる範囲で待つようにしています。最近では少なくなりましたが、中には、家族が到着するまで心臓マッサージでも人工呼吸でも何でもして生かしておいてほしいという家族もいます。しかしそれは、どうやっても命が終わる場面では「家族のためだけ」にする処置であり、患者さん本人のためにはならないことなので、臨終に間に合いそうにない家族にはその旨を電話で説明し、静かに到着を待ちます。

死亡確認の実際と注意点
 実際の死亡確認では、
◎ 胸部の聴診で呼吸と心拍が停止していること
◎ 視診で頸動脈の拍動が停止していること
◎ ペンライトで対光反射が消失していること
を確認するのが、最低限の手順です。頸動脈や橈骨動脈の触診をする場合もあります。

 いずれの場合も、生きている兆候がすべて見られなくなってから、ゆっくり死亡を確認するというのがポイントです。最後の呼吸間隔は1分を超えてくることもあります。死亡確認をしてから呼吸が現れたり、モニター上に明らかな波形が現れたりすると、「死亡診断もまともにできない医者」という目で見られかねません。モニターの波形があっても心拍は停止している場合もありますが、家族がその波形を見ている中で、医師がモニターの電源をあっさり切って死亡確認すると、見切り発車されたような気分になるようです。


アンビューバッグを使って人工呼吸をした場合は、死亡後に胃に入った空気が出てきて、声のように聞こえることがあります。呼吸が止まって数分で、皮膚がピクピクする線維束性収縮が見られることもあります。これらは死亡後に起こっておかしくないことですから、家族にはそのように説明します。死亡を確認したら、そのことをはっきり家族に告げます。死亡時刻を気にする家族は多いので、できるだけ正確な時計をもとに、確認した時刻と死亡した旨を伝えます。このときの言い方は医師によってさまざまですが、私は「○時○分、死亡したことを確認しました」と言うことが多いです。

 以上が死亡確認の手順です。この後、落ち着いてから、闘病の経過を知っている患者さんや家族の場合には「本当に良く頑張りました。ご本人が一番頑張ったけれど、ご家族も良く頑張ったと思います。お疲れさまでした」と付け加えることもあります。

家族の「グリーフケア」にも配慮
 死亡確認をしたら、死亡診断書を作成します。死亡診断書は死亡統計の材料にもなるので、できるだけ病態を反映した病名を記入するようにします。紹介状や伝聞による手術の情報は、カッコ(  )に入れて書くことになっています。一番下の欄には、診断書作成日と医療機関名、そして医師名を書きます。自筆の署名があれば捺印はいらないことになっていますが、後で「『印』というところにハンコが押してない」と言ってくる家族がいることと、押印した方が格好いいような気がして、私は捺印しています。死亡診断書の作成に当たっては、くれぐれも間違いがないように気をつけます。特に患者さんの氏名は、カルテと健康保険証に記載されている漢字が違っている場合もあり、家族に確かめて書いた方が確実です。

 患者さんが死亡すると、家族は遺族になります。緩和ケアでは家族もケアの対象と考えるので、遺族に対するケアも欠かせません。死亡確認をして死後の処置をして送り出したら、仕事は終わりという医療機関も多いと思いますが、遺族のケアについても簡単に触れておきます。

 愛和病院では、チャプレン(病院付き牧師)の司会で「お別れ会」という小さな会を開いています。ご遺体を中心に家族とスタッフが囲むように座り、礼拝のような形式で患者さんの人生と闘病生活を振り返り、本人と家族とスタッフの労をねぎらい、お別れします。一つの区切りの儀式ですが、遺族の気持ちを整理したり、後悔を納得に変えていくのに大きく役立っているように思います。
 
 遺族のケアのことを「グリーフケア」と呼びます。家族を失ったことによるダメージは、人によって全く違います。ほとんどの人は次第に元の生活に戻れますが、大きく沈んで何年も引きずる人もいます。沈んでいる人にとっては、「あなたを気にかけている人がいますよ」ということが伝わると、生きるのが少し楽になります。手紙を送ったり、お悔やみ訪問をしたり、遺族が集まる会を開いたりなど、さまざまな方法で遺族の気持ちが沈んだままにならないようにケアをしています。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


死を心電図で確認していたのは、もう、遠い昔。

懐かしい・・・・

でも、今もやっているんだなあ。


そういえば、

最近、驚いた新聞記事というと、「遺体ホテル」という報道。 → こちら


在宅と病院の違いが如実に出た内容だ。

在宅だと、死後、3日くらいそのまま家にいることは珍しくない。


昨日は、対がん協会からのご依頼で「がんの在宅医療」について
中之島フェステイバルホールのアサコムホールで講演していた。

話しながら、「がんの在宅医療」という基本的なことを伝える機会が
あるようで、あんまり無いなあ、という感じて少し反省していた。

在宅の世界では、がんの在宅で一番難易度が低いのが、がん。
しかし病院の世界の人はなぜかみなさん一番難しい病気だと思っている。

がん=治りにくい難しい病気
だから、がんの在宅医療=町医者にはとっても難しい、と思われている。

でも全然、そうじゃないんだけどなあ。

緩和ケアをちゃんと学び、小澤竹俊先生の講座を1泊2日で受講すれば
末期がんの患者さんに真正面から向き合うことができるはずだ。

しかし認知症の在宅ケアは、難易度ががんと天と地くらい違う。

しかしこれまた、コウノメソッドを学べば、視界はグンと広がる。

小澤竹俊先生に、魂の痛みを学び
河野和彦先生に、中枢神経系総合診療を学び、
私の平穏死を学べば、在宅医療が楽しくて仕方がないはずなのだが。

下関でも、在宅をしてから大病院に勤務する医師が
病院と在宅の文化の差をどうするのか、と質問した。

私は
5年前は「日本とアトランテイス大陸位の差があった」が
現在は「日本とアフリカ位の差になった」と説明し、昨日も説明した。

残念ながら、急性期病院と在宅は、もの凄い文化の差があり、
医療の発達とともに、年々むしろ広がっている気すらしている。

極論すると、日本の終末期医療の諸問題とは
1) 医学教育と大病院の卒後教育
2 )50~60代の子供世代の啓発
に集約されてくるような気がする。


多くの市民のみなさんは、このつたないホンネブログで
何が一番本人や家族にいいのか、日々勉強しておいて欲しい。

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※本ブログは転載・引用を固くお断りいたします。

この記事へのコメント

私は一人残される家族だけれど、グリーフケアなんて私には必要ない。
母が亡くなった時は、もしかしたら・・・と思いながら付き添っていなかった。
父がそばにいるからいいや、と思った。父のために生きてきた人だったから。
母が亡くなって3年余が過ぎて、
今でも、自転車で家に帰りつくと、誰もいない、母がいない家が寂しくて悲しい。
私は同じ敷地に住んでいたし、今もすべてがそのまま。
まだ父が残っているから。
残っていると言っても私は面倒見切れないから父は介護施設で生活している。
父が死んでも悲しくないと、私は本気で思っている。
一筋縄ではいかない人なので、自傷他害なく自然死してくれれば有難い。
死んだらほっとするほど面倒な性格でしかも長生きするっていうのも
子孝行なのかもしれない。
私が先に逝かないようにしないといけない。
ほんとに誰もいないから。
私が残って、私は一人で死ぬ。
痛くないように死ぬにはやっぱり医者が必要なのかしらね。
その時、長尾先生が生きていれば尼崎へ行こう。

Posted by 匿名 at 2017年01月23日 02:13 | 返信

是非、御来訪を、お待ちしています。
2月26日27日「認知症学会」に参加しませんか?

Posted by 匿名 at 2017年01月23日 05:17 | 返信

題名:意外と知らない..とは、それを一般人が熟知するのは難解です。
が..、職業的な経験値から、どのような状態になると、余命を
意識せざるを得ない状態であるとか、どの症状が危険値であるとか、
このタイミングで心配されることを視野に入れて、見合ったケアを
施すとか、を知り得るのは、やはり従事するプロであるのが、
当たり前なような気がしました。
それは、資格や所属場所の如何ではなくて、許される領域を持ちえた
プロが知るものでしょうと思うものです。

Posted by もも at 2017年01月26日 08:32 | 返信

家族・血縁は、本当に難しものだと思います。血が濃い故に似通った部分が
多いけれども、されど、個人は個人。各々が譲れない部分を持ち合わせて
生きているのは確かなことです。身内とは言え、その譲れない部分が誰かを
犠牲にしている事があるものです。それを親族の誰かが補ったり、愚痴を
聞いたりして、やり過ごしながら、どこかで折り合いを付けながら、
過していき、なんとなく薄めて、薄めて、「まァいいか。」と思う、
そんな地点を探すために、人と交わっているのでしょうか。
看取りも、そんな「情」の行く末と関係があるのかも知れません。

Posted by もも at 2017年01月26日 09:04 | 返信

近しい僧侶も熟年の域に至ってきました。地域に根差して過ごし、御自身のお身内は
短命な縮命であるのか、その生い立ちの中で、苦労を経験なさったのではないかと
思います。けれど仏門に身を投じた、お立場から、そんな心情を見せはしないのは
僧侶としての覚悟に違いありません。
「この世での修行を終え、仏様となられた故人」と前置きなされます。
本当に、一喜一憂、怒ったり、泣いたり、笑ったり、それが現世での「生」なのでしょう。
ですが、命を仕舞ったあとには、そんな俗世での出来事は、お経によって浄化されてしまう
のでしょう。残された者は、その浄化によって、我が身を反省し、悔やみ、そして一方で
綺麗な思い出が胸一杯に満たされるのでしょう。
看取りとは、手順ではなくて「最期に歩み寄るための心の鍛錬と思いやり」ではないでしょうか。

Posted by もも at 2017年01月26日 11:46 | 返信

私は、介護支援専門員でありながら、家族介護をしていますと申しながら、父の看取りも母の看取りもできませんでした。
父は病院でMRSAで苦しんでいたのに、フランス人形みたいな看護師さんに「大丈夫ですよ」と言われて家に帰ってしまった。
母は私が買物に行っている間に、トイレに行こうとして大動脈解離で死にました。母の時は頸動脈が触れなかったので、「ああもうダメだ」と思いました。消防署の人が「生き返るかもしれません」と言ってくれたので一縷の望みを持ちました。救急車に乗せられると母のはだしの足が痛々しかったのでさすっていると、レス救隊の人に「あ!心電図が動いて分からなくなるから、足に触るのやめて!」と言われました。ペンライトで対光反射が消失しているか診るというのは分かりません。ニスタグムスは習いましたけれど。
私は父が死んだ後、絶えず掃除をしておかないと、また再びお通夜や親せきが集まる時があるとおもいましたけれど、母が「お父さんが死んだからと言って、本や何もかも掃除して捨てないでよ!」と叱られたので母が突然死んだときは家の中は散らかしっぱなしで母の遺骸を横たえる場所もありませんでした。神主さんの都合もあって、葬儀社に一日預かってもらうハメになりましたので母には申し訳なかったと悔やんでいます。父の時は看護師さんに清拭をしてもらって病室から出て来た父の顔が泣いているように見えて思わず、嗚咽を漏らしてしまいましたけれど、母の死んだときはあまりの驚きで涙も出ませんでした。27日がちょうど母の命日で、叔母からもお供えを送ってくれました。家の中全体に母の面影が残っていますし、今津の弥生軒では物凄い食欲で和食の定食を食べていたなあと思いだします。あの食欲は、きっと西宮協立病院の三宅祐二先生に「生年月日が正確に言えるからアルツハイマーではない」と言われてうれしかったのだと後になって気がつきました。あの時は車椅子に乗っていたけれど、まだものも言えたし、パーキンソン症候群の病態がひどくなかったので、母も元気でした。

Posted by 匿名 at 2017年01月27日 10:28 | 返信

病院の治療に見せかけた殺人行為、入院したら最後の伊賀市の岡波総合病院
最初にお年寄りというだけで全部一緒にしてすぐに緊急時の延命治療の話である。
おかしいなと思ったがインフルエンザは治ってしまったし、CTの影は
上のほうは全く綺麗なものだったのにだから全く延命なんて段階じゃなかったし、
まだまだ普通のものも食べられてたし、歩くこともできていたのに。
ちょっと影がありますね、肺炎だということで入院だと。
当分絶食、点滴ということになりました。
部屋にいるといきなり痰を取りますと痰を取らないと窒息の危険があると
管をどんどん突っ込む拷問。それによりまず口封じ。悪くなる種作り。
後は徐々に専門的な医療的拷問で痛めつけられて弱らせていく。
もう手遅れ!葬られるまでの計画が始められてしまった。
アッと気づいた時には管を目いっぱい突っ込んでる。肺や声帯が
どれだけ傷つけられてるかもわからない。
その後はどんどんどんどん痰がたまってくる。
そのたびに痰取りの拷問。患者が何か言えば痰取りの拷問、何か
要求すれば拷問で声を出せなくされ、伝わらないようされてる。
喉から入れる管が入れすぎていないかなどと言うと、鼻から入れてさらに苦しめる。
絶食点滴で寝たきりにして脚を弱らせ、絶食やぺーストやと食べる楽しみも奪って
面会も遮断させてどんどんどんどん孤立させる。
(とろみであまり好かないお茶ではあるがあまりに痰取り方法が酷いので)痰を
お茶で(胃のほうに)流し込みたいと言った時も、看護師に完全に否定され
また管をつっこんで痰取りの拷問、どうしようもない。
車いすを持ってくるごとに隣の人に迷惑かけてるかのように
ベッド動かしますすみませんと無駄にベッドを動かす。
ちょっとくらいなら手を引いて歩けるのにわざわざ大そうに持ち上げようとする。
お年寄りの血管は細く入りにくいからともっともらしく何度も何度も針を
入れ直し、更には何度もとれてなかったり検査室から固まってたと
取り直しさせられて更に針で拷問、動脈からもたくさん抜いて。
無理に抜くだけのそれだけの検査の必要あるのか。
会話は全部筒抜けでそのたび、もっともらしく医療としての名目で拷問がやってくる。
寒いと寒くし熱いと熱くしていく。何もかも反対反対を行く。
そして「かなんねー」「つらいねー」「いややねー」「苦しいねー」などと
しなければならない検査ならちゃんとすればいいのに
そういう言葉で落とし込んでいく。
おかしなところを指摘して改善されたかのように見えても
意識はしっかりしてちゃんと伝えられると言っても
次から次と新しい看護師が来てまた同じことを繰り返す。
きちんと伝えられないように色々な手立てを企ててくる。
こっちはいつもいつも見てられないから、いない間に
また拷問に遭っていたのだろう。
点滴が取れたりして回復して、動き出すとまた点滴,絶食に戻って動けないように。
こっちは治療と信じて辛い検査もしなければならないのかと見ているのに
こうすれば簡単なのにと思ってもマニュアルで決められているのかと
大目に見ていたが拷問なだけだったか。あれ食べたいもこれ食べたいも
食事がなくなってショックな時もいつも食べさせられないと看護師がきつく言う。
亡くなる前は儲け放題の検査-検査で更に手足や喉あたりが傷だらけにされて。
指の血管は薄くてわかりにくいのに、血中酸素濃度が低いと酸素吸入をつけられ、
喉が熱い熱いと言うのに水は与えてはいけませんと看護師はきつく言う。
酸素3ℓ(リットル)だったのが次の日には8ℓ(リットル)に変えられてて
顔がほてってる。さんざん要求して、濡らしたガーゼで湿らせるだけならと。
これも亡くなった後処理を簡単にするだけだったか。
ジェスチャーであれこれ伝えようとして、欲しいものも全部禁止される。
どれだけ悲しく寂しかったことでしょう。
アホなことをした。バカなことをされた、悔しくて仕方がない。
こっちは治療と思うから病院を信じ医者や看護師の言うことを信じて
色々次から次、伺いを立ててきたのに禁止ばかりされてそれがただの
拷問だったとは。まだまだ考えられるあらゆる治療とされてきたことが
全部病院の策略だったななんて。治るように治療してもらえるはずの
専門の技術を持った病院じゃないのか。
結果、元気でまだまだ生きる気力のある人をちゃんと手を尽くしたのではなく
故意にさんざん傷つけ弱らせ弱らせ亡くなるようにされたら、
適切な看護を受けられてたらもっと長生き出来てたのに、急変のように
亡くなったことを失敗と思わないならどう考えても間違っているだろう。
病院が戦略的にそんなことをしていていいはずがない。
どこまで人を馬鹿にしているんだ、遺体も悔しくて死亡確認
(後で考えるともともと目が悪かったので光彩で見ても‥)された後に
ドライアイスで冷やされて全身が冷たくなってもまだふわふわ動いてる。
体は動かせなくされても意識は働いているようである。
魂が残ったまま焼かれてしまう。
そのくらい生命力があるのに意に反して葬られる。
こんな悪い病院は処罰されなければならない。
だが数年後には別の場所に移動してさもなかったのように続けていく。
こんな病院続けさせるわけにはいかない。
市役所から介護認定の人が来て、今の季節は?と言う。
4月であっても暑い日で夏に頷いたのかもしれないのに
一度夏と答えたから春には返事をしないと(意識が)わからないにされている。
そして先生に聞いてくるとそそくさに行ってしまう。
次々次々どんどんどんどん内容も考えさせずに処理ばかり
書類ばかりを進めてしまう。手続きは完璧とばかりに。
苦しくて苦しくてたまらない。悔しくて悔しくてたまらない。
腹立たしい、ただで済むと思うなよ、そんな気分がメラメラモヤモヤ
(見えない所だと)傷だらけにして、欲しいというものも禁じてばかりしてしまって
病気の納得もいかずに逝かせられてしまったのでは亡くなった悲しみも
看護師さんに感謝も沸いて来ないで悔しさばかり。
普段から健康に気を付けてストレッチや散歩、体操等していたし、
食べ物にも気を使ってどんなものが食べやすいとか食べにくいとか聞いていたし
いっつも120歳まで生きて新聞に載ろうねと話していたのに
色々と考えて精いっぱい生きよう生きようと工夫してやってることも禁止禁止と
全部無駄にされて、簡単にお年寄りというだけでみんな同じだと葬られて
家にいたら心配しなくてもいいことが病院での治療は不安だらけにされてた。
年寄りは労わらなければならないのに逆に痛めつける医療的にする無駄な拷問。
こっちが手を尽くそう手を尽くそうとするのを看護師たちは全部妨害して。
(この世が嫌になるように?感謝して旅立つのじゃなくて・・・)
焼かれた後の骨は白くてすごく丈夫、健康だったことを表しているのに。
遺体は重かった、痰だと言っているのが恐らく傷つけられた肺から
水分(粘液)が滲みだして溜まってきたのだろう、そして酸素で乾燥しながら
肺の動きを止めてしまったのでは、だから点滴も回っていなかったと思う。
看護師たちは言うかもしれない。いくら禁止しても食べ物や飲み物を与え
なかったから保護者が悪いのだと。大事な人なら与えるはずなどと。
そう思わせて患者に裏切ったように見せて余計に寂しがらせる、責任転嫁。
でも最初から傷付けてあとは遅かれ早かれの秒読み。
日本の病院、医師、看護師がこんなことしていていいわけがない。
本当に考えなければいけない、悲しみがいっぱい。
CSセットを頼まずに口腔用のウエットティッシュやブラシ、
交換したものを入れるためにフタのついたごみ箱二つ買い揃えるように
言われたことも、ティッシュを借りていたようになっていたのですぐに新しい
もので返したのだけど、返してくださいと言う文字の書いたティッシュが
いつまでも残っていたので看護師が悪く触れ回っていたかもしれない。
いない間に何をされていたか、あーもうっ
そういえば最初のほうで、暴れて点滴を引きちぎるようなことがあったら
退院させられると言っていたが、あれは患者が悪いことをして追い出される
ということでははなく、病院の不正に気付いて暴れたら退去させられると
いうことだったか、気付いてあげられなかったな。後はだんだん足の甲の
ほうにばかり刺されて、痛かっただろうに。

Posted by 阿波 稔 at 2018年04月28日 11:37 | 返信

私の父の最後を、思い出しました。
父は「体中に管を突っ込んだような治療をする最後がいやだならね」と言っていたのに。
私は中心静脈栄養を父に施すのを許してしまいました。
父は私を恨んでいただろうなあ。
「私を許して下さい」と、父の位牌に祈る毎日です。

Posted by にゃんにゃん at 2018年04月29日 09:08 | 返信

阿波様のお気持ち、よくわかります。父も同じような状況でした。
父が入院していた病院は、地元では比較的定評のある急性期病院でしたが、主治医の先生が若手で、専門以外の、特に高齢者医療や栄養のことがよくお分かりになっていなかったようで、父にはかわいそうなことをしてしまいました。
本人の寿命を全うして亡くなったのなら納得できますが、不適切な医療や看護によって亡くなった場合には、家族に大きな悔いが残ります。

私の周りにも、不適切な医療、看護によって親を亡くしてしまい、悔しい思いをしている人たちが何人もいます。
長尾先生はじめ、良心的な先生方が、書籍、講演会、ブログ等で有益な情報を発信しているというのに、不勉強な医療従事者が多いことは非常に残念です。

Posted by 匿名 at 2018年04月29日 06:22 | 返信

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