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施設看取りで主治医に連絡する目安は?

2017年05月28日(日)

今年から、グループホームの雑誌「ゆったり」にも連載させて頂いている。
Q&Aの1回目は「施設看取りで主治医に連絡する目安は?」というもの。
紙面ではとりあえず個人的な考えで回答をさせて頂いた。→ こちら
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ゆったり第1回  バイタルサインはどこまで必要?  長尾和宏
 
Q グル―ホームで働いて1年の介護職です。平穏死の本を何冊か読んで、徐々に食事が食べられなくなってきた人には無理やり食べささないように心がけています。しかしいざ看とりが近づくと正直、不安で不安でたまりません。夜勤の時などは血圧や酸素飽和度を何度も測りますが、どんな値になった時に主治医に電話すればいいのでしょうか?
 

A あなたのグループホームは看取りをされている施設なのですね。現在、グル―プホームは看取りに関して完全に2つに分かれています。看取りに積極的な施設と全例が看取り搬送する施設に大別されます。後者はおそらく介護訴訟を恐れる経営陣の方針かと思われます。
 さて「平穏死」の本を読まれたとのことですが、私も「平穏死」と題する本を数冊書いていますのでもしかしたら私の本も読んでくれているかもしれませんね。その中で介護職員が血圧や酸素飽和度を測る意味について詳しく書いていますので機会があれば参照してください。看取りが近づくと看護師や介護職員はとにかくバイタルサインを一生懸命に測る傾向にあります。特に病院は看護記録で評価されるので必死でバイタルサインを測りまくります。正確に言うと「記録するために測り」ます。しかし旅立つ人にどれだけの意味があるのでしょうか。

 もし貴方が何十年後かにおばあちゃんになり、貴方のグル―プホームで亡くなるならば若い介護職に何をして欲しいですか。そんなこと聞かれても実感無いですよね。しかしもし貴方のおばあちゃんが旅立ちの段階に入ったら孫の貴方は何をしてあげますか。何をして欲しいですか。それは頻回のバイタルサインの測定ですか。違いますよね。多くの場合「ただただ一緒にいて欲しい」とか「ずっと触れていて欲しい」でしょう。私も同じです。

 「平穏死」とは一言で言うならば末期がんでも認知症でも「枯れて」あの世に行くことです。そもそも人生とは80年と長い年月をかけて徐々に「枯れる」こと。穏やかな最期もその延長線上にあります。大切なことは「枯れる」ことをじっと見守っていれるか、です。人生の最終段階には様々な変化があります。血圧低下、脈拍増加、尿量低下、意識レベル低下・・・。 日本の多くの病院ではそれらの変化にいちいち反応して様々な処置を講じます。一見、それはいいことのように思われるでしょうが、そうした延命処置が穏やかな最期を邪魔しているのです。「平穏死10の条件」や「痛くない死にかた」という本にさんざん書きました。しかし多くの大病院は、「ただだた見守る」とか「待つ」ということができません。何かをした方が医療職は楽なのです。

 しかし私は介護施設とは、人生の最終段階において「待つ」ことができる場所で、大きな意義があると思います。しかし残念なことに介護施設までもが病院の悪いマネをしだしたのは一体いつからなのでしょうか。介護職がミニ看護師のようにバイタルサインを測っては主治医に電話しまくる施設があります。私も少し施設の患者さんを看ていますが深夜の電話のほとんどが施設の介護職員からです。在宅介護の家族の数倍の頻度です。それも「血圧が90になりました」とか「sPO2が90%になりました」とか当たり前の内容です。機嫌が悪いと私はそうした電話を一応聞いたあとに「順調!」と呟きます。介護職員は聞きとれないのか意味が分からないのか「え?なんですか?」と聞き返します。私は再び「順調、順調。心配ありません」と続けます。お迎えが来るのに順調な経過で進んでいる、という意味ですが、介護職員にはなかなか理解されません。しかし仕方がないとも思っています。「順調」の意味が分かるまで平均10~20年はかかるからです。私自身もそうでした。

 グループホームでずっと暮らした方の最期を見守る時にバイタルサインなど意味がありません。そもそもバイタルサインとは機械で測るものだけではありません。息づかい、肩の上げ下げ、眼の焦点が合っているか、など見た目や印象も大切なバイタルサイン。意味が無い数字を記録するよりも、偉大な人生の大先輩の最期に介護のプロとして何ができるのか。つまりバイタルサインを測る暇があるのであれば、1秒でも長くその人のそばにいてあげて触ってあげることです。手当は英語ではタッチケアと言います。医師はタッチケアは苦手ですし、そもそも知りません。しかし介護のプロは「触る」ことがその人を癒す力があるかを知っています。貴方のおばあちゃん、いや貴方自身が最期に「有難い」と感じるのはきっと人の温もりではないでしょうか。

 結論から申しますと看取りケアにバイタルサインは最低限でいい。そんな暇があるならばタッチケアに費やしてほしい。そして看取りが近づく前に家族と主治医に看取りの実際についてよく話し合っておくこと。医師法20条には、ずっと看ている患者さんが亡くなられた時、その後に行って診察すれば死亡診断書を書いてもいいと書かれています。看取りの法律をちゃんと知っているとイザという時に慌てません。だからタッチケアに専念できるのです。
 

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この記事へのコメント

姑を施設内看取りで、看送りました。
入所の契機は、病院からの転居でした。入所間もなくして、病院の外来を
受診することになり、その時に同行して下さった看護師さんと会話しながら
待ち時間を過ごしていました。話しの内容は、施設内の過ごし方よりも
こちら側の事情や、家族関係についてを多く話した気がします。
思いがけず、その看護師さんから、施設内看取りができる(している)という
打ち明け話のような小声な会話がありました。パンフレットに載せる訳には
いかないけれど、実績としてできる。してきた、という雰囲気。まるで
世間話のようでした。内心、そのような提案があったことに驚きましたが
余り強くは反応せずに、淡々と聞きながら相槌を打っていました。
その後、いつかは訪れる看取り、姑の臨終について、夫に話を切り出したのは
同行して下さった看護師さんの名前も忘れてしまう位、だいぶ時が経過した頃
だったと思います。その時の会話も淡々と、そして夫の反応も特には無かった
と思います。施設生活を数年経て、老衰の時を迎えるまで、「危ない(余命)」
と言われ続けていましたが、夫が施設内看取りを心に決めて、いつ申し出て
いたのかも知りませんでした。
実際の看取りまでの経過は、実に静かなものでした。日常のケアの担当が看護師
チームに移っていて、もちろんバイタルチェックは行われていましたが、
姑の変化についてを連絡下さるタイミングや説明についても、経験値からの内容
が分かり易いものでした。実際の看取りの時を迎える時、カウントダウンのような
日ごと、時間ごとの衰弱について、「危ない」と兄弟に知らせることができた
タイミングについても、的確でした。その頃のケアについても、厳かな、静寂な
時を過ごすことができました。

Posted by もも at 2017年05月28日 07:31 | 返信

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