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肺MAC症と在宅療養

2017年09月20日(水)

きらめきプラス10月号の連載は肺MAC症と在宅療養」で書いた。→こちら
難しい病名を聞いて、最初から在宅療養を諦めている人が多いかも。
ケアマネさんや介護関係者にも読んで欲しい。

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きらめきプラス10月号


青森市にお住まいの女性(59歳)からの質問です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
母(79歳、要介護3)は非結核性抗酸菌症が悪化し、現在入院中で抗生物質の薬に加え抗生剤の注射をしています。入院前は歩行器や杖で1人でトイレに行けたりしたのですが、今は車イスの状態です。医師からは「治療後も肺の変化はなく、酸素量も前より厳しい状態で、もう体調は以前の様に戻らないかも知れない」と言われました。また、病院やケアマネからも母の状態を見る限り在宅介護は厳しいと言われ、長期療養型の病院を勧められていますが、「家でゆっくり休みたい」と言う母の希望を叶えてあげるために出来れば姉と二人で母を実家で介護しようと考えています。正直,これからのことを考えると心配や不安でいっぱいですが、父を早く亡くし私たち姉妹を一人で育ててくれた母に残りの時間を笑顔で過ごしてもらうためにも、何かアドバイスを頂けませんでしょうか。

 
【回答】
まずは非結核性抗酸菌症という一般の人には聞き慣れないであろう病気について書きます。文字通り結核では無い抗酸菌という細菌による肺の感染症です。英語では略してMAC症といいます。結核のほうがよく知られていますが現在では結核よりもMAC症のほうが多い病気です。MAC菌には何種類か知られています。アビウム、イントセルラーレ、カンサシの順に多く、私たち開業医が外来や在宅で診ているものはこれらです。MAC菌は土壌中など身の回りにいる菌ですが、高齢者など免疫能が低下した人に感染します。徐々に進行していく慢性の感染症です。MAC症の最大の特徴は人から人への感染が無い、つまり伝染病ではないことです。従って結核のように保健所に届けたり隔離する必要は全くありません。だから耳慣れない病名だからといって決して無用に恐れたり驚かないでください。

結核は最悪の場合死に至る可能性がある伝染病である一方、現在では抗結核剤で抑え込むことがほぼ可能な病気です。一方、MAC症は簡単には命に関わらない半面、完治させると言い切れる薬はなく、「上手につきあっていく病気」というイメージでしょうか。一般にはMAC症と診断されると抗結核剤やマクロライド系の抗生物質が長期間投与されます。肺炎が限局している場合は外科手術で完治する人もいます。私の患者さんも一人、手術で完治しました。

私の経験では、MAC症と付き合いながら在宅療養している人が何人かいます。感染症と聞くと怖がる人が必ずいますが、MAC症の人の療養に際して同居人や介護サービス利用に特に制限はありません。ですから感染症や呼吸器疾患に理解のある在宅医に相談すれば在宅療養を諦める必要は無いと思います。ただ病巣が広範囲に及び、すでに呼吸器機能が著しく障害されている人は充分な呼吸ができなくなるため、医療依存度が高くなる可能性があります。在宅酸素療法や一般の肺炎の合併や多臓器の合併症など様々な医療的介入が必要な場合もあり、療養形態は様々です。

さてお母様の病状が悪化している理由は、MAC症の進行と長期入院による影響の両方が重なっているように思います。79歳の要介護3で車椅子生活と聞くと、在宅療養に移行しても病状の劇的な変化は期待できないかもしれません。期待される利益としてはお母さまと2人の娘さんが一緒に生活することによる精神的な満足感や安定感かと思います。もちろん介護保険制度による訪問理学療法士による呼吸器と運動器のリハビリをしっかり受ければ現在より日常生活動作が改善する可能性は少なからずあるとも思います。

現在、MAC症に対して抗結核剤を注射製剤を含めて3~4種類を使っているようですが、在宅療養になってもこれらの治療を続けることは充分可能で問題は無いと思います。ただし、いつまで治療を続けるのかという命題に対峙することになるでしょう。つまり抗結核剤には、様々な副作用があるのです。肝障害、末梢神経障害によるシビレ、視力障害などが知られています。そもそもMAC菌を完全に退治することはできないので、現状維持を目的とした投薬と考えられます。私自身は薬の利益が不利益(副作用など)を上回ると考えられる時は、本人と家族とよく相談して減量ないし中止することがよくあります。すべて中止して、去痰剤だけという人もいます。血痰が出た時だけクラリスロマイシンを1週間だけ飲んでもらうという人もいます。つまり抗結核剤や抗生剤の“やめどき”を探りながらの在宅療養となるのでしょう。「薬のやめどき」(ブックマン社)という拙書を参考にしてください。もし酸素療法が必要であれば在宅でも簡単に準備できるので問題はありません。

MAC症という病気を正しく理解しているケアマネや病院の相談スタッフは多くはないと想像します。なんとなく難しそうな病気だから、介護が大変そうだから、というイメージが先行してしまいがちです。多くは療養病床で長期療養になるのでしょう。良質な療養環境であればその選択も決して悪くはありません。一方、サ高住や有料老人ホームは施設側が怖がって歓迎されないことが多いようです。

いずれにせよ貴方と同様に「病院スタッフやケアマネさんが在宅療養に反対した」という相談を時々受けます。しかし実際に在宅に戻ってなにか不都合があったという経験は一度もありません。独居のMAC症の人でも普通に生活しているのが実情です。本人と家族の意思さえあれば何も問題は無いと思います。ただし終末期のことは心のどこかで考えておかないといけません。MAC症であろうががんであろうが認知症であろうが必ず最期が来ます。MAC症の終末期像とは、非がんの中でも臓器不全症の終末期医療というくくりになります。しかし他のさまざまな病気と比べて特に変わったことはありません。もし在宅看取りまで考えているのであれば、拙書「痛くない死に方」や「平穏死・10の条件」を参考にしてしっかり心づもりをしておいてください。一言で言うなら、自然に枯れていくことを見守ることです。その知恵さえあれば、喀痰吸引も不要です。もし呼吸困難感が強くなればステロイドや安定剤、時には少量のモルヒネによる緩和ケアを普通に提供しています。特別なものはありません。

最大の課題は、以上のような考え方に寄り添ってくれる在宅主治医がお近くにいるのかどうかでしょう。病院の地域連携室のスタッフの推薦やご近所での口コミの他に、週刊朝日ムック「自宅で看取るいいお医者さん」も参考にして探してください。本年11月に2年ぶりの最新版が出る予定です。

お手紙を拝読してお二人の熱い気持ちがよく伝わってきました。余命がどれくらかは分かりませんが是非、お母さまの人生の最終章に姉妹が力を合わせて寄りそってください。住み慣れた我が家で最期まで笑って生活されることを祈っています。
 

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この記事へのコメント

偶然、この肺マック症患者様のご家族のブログとご回答を拝見し、とても、共感いたしました。
私は、現在東京都内の自立型サ・高住に住み、現在は介護は受けていません。
私(79)歳も、10年前から肺マック症に罹患し歳を重ねるごとに症状の進行が認められ、3か月に一度レントゲンや他の検査を受けて経過観察中です。医師は3剤の投薬治療も考えたようですが、私は、30代初めで胃癌手術を受け、現在は、後遺症で投薬が困難になっています。胃癌手術後に重度の肺炎を患いました。私の肺マック症は気管支拡張型です。
昨年末から新年にかけて2度肺炎を起こし、一時的に抗生剤を服用しましたが、その後、朝夕の咳・痰(時折血痰)もあり、胃切除後の合併による逆流性食道炎や残胃炎などで、最近は、食事量も少なくなり、著しい体力減退を感じます。
コロナ感染の流行が初めて伝えられた3年前、定期検査の肺CT画像に肺炎像が認められ、医師の指導でPCR検査を受けました。高齢者住宅での生活故、その経過と検査の旨を施設事務員に報告したところ、浴びせられた言葉は「なぜ、そんな検査を受けたのか?」でした。感染者が出ると迷惑という意味だとかんじました。幸い、陰性でした(その後も、度々受けましたが、いつも陰性でした)
入居の際に、施設には病歴を伝えていましたが、世界を震撼とさせた未知のウイルス感染症は、慢性感染症患者にはとても、心身的な負担を与えました。今は、コロナに対する意識・認識度が徐々に高くなりつつありますが、今後も、コロナばかりではなく、肺マック症進行による咳・痰などの症状で生活感がゆがめられることへの不安は拭い去れません。
このブログとアドバイスは、今後、私の病状が悪化した場合の新しい高齢者住宅の選択に参考にさせていただきます。

Posted by 海田奈津子 at 2022年09月30日 10:37 | 返信

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