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不眠大国ニッポンにおける"ベンゾクライシス"

2018年08月18日(土)

日本医事新報8月号は「不眠大国ニッポンにおけるベンゾクライシス」で書いた。→こちら
日本はデパスやハルシオンやレンドリミンなど、世界有数のベンゾ大国になった。
この問題は、医師だけでなく国民的啓発もしなと、解決の糸口が見えないのでは。
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日本医事新報8月号  不眠大国ニッポンにおけるベンゾクライシス


 
ベンゾクライシス
 
 米国ではオピオイド濫用が大きな社会問題になっている。2016年のオピオイド濫用による死亡者数は4万2000人を超え、まさにオピオイドクライシスと呼ぶべき様相を呈している。そこで2017年10月、トランプ大統領は「公衆衛生上の非常事態」を宣言し本腰をあげた。一方、日本ではオピオイドは適正に管理されており、米国で起きているようなクライシスの心配は今のところなさそうだ。オピオイド製剤のメーカーはオキシコドン徐放製剤を容易に粉砕できないような形態に変更するなどの対策を講じている。米国で起きることは後に日本でも起きることが多いので、今からしっかり予防策を講じておくことは好ましい。

 一方日本では睡眠薬、特にベンゾジアゼピン系薬剤の過量処方が問題になっている。ストレス社会や24時間営業のコンビニの普及などにより日本人は世界的にも睡眠時間が短い国民となった。睡眠障害に悩む若年者や高齢者は増える一方で、世界有数の不眠大国である。それを受けて我が国の睡眠薬市場は年々拡大している。ベンゾ系薬剤は、不眠症や不安神経症に対して比較的安全性が高い薬剤として一般臨床で最近まで広く用いられてきた。しかし近年、依存性や認知症リスクなどがにわかにクローズアップされるようになった。これを「ベンゾクライシス」と呼ぶ人もいる。保険診療上、抗精神病薬だけでなくベンゾ系の向精神薬には厳しい規制が続々と設けられている。

 そこでベンゾ系に代わる睡眠薬として2010年7月発売のラメルテオン(ロゼレム MSD)や2014年11月に発売のスポレキサント(ベルソムラ 武田薬品)が推奨されている。私自身も高齢者への新規投与はなるべくこの二剤から選択するようにしている。しかし患者さんが期待するほどの効果が得られないことがよくある。あるいは以前にベンゾ系睡眠薬を服用した経験がある人は、再びベンゾ系を強く希望されることが多い。依存症の本態である「脳内報酬系」を絶ち切ることは決して容易ではない。

 
急追する二剤の安全性
 
 2016年における睡眠薬市場の第一位は非ベンゾ系のひとつであるゾルビデム(マイスリー)である。しかしその売り上げの推移を見ると2011年の350億円をピークに147億円と半減している。一方、ラメルテオンとスポレキサントは厚労省の指導もあり順調に増えている。2016年の売上ベースでみると、第二位のスポレキサントは95億円で第三位のラメルテオンは80億円と急伸しており、早晩首位の座をうかがう勢いである。

 しかし果たしてこうした新薬の安全性は担保されているのだろうか。スポレキサントは運転中や危険な機械操作中の睡眠発作や情動脱力発作が懸念されている。同様にアルコール依存症の人や、アルコール離脱後の強烈な渇望症状への効果などは明らかでない。

 米国では非ベンゾ系睡眠薬の使用が増えすぎて問題となっている。なかでもゾルピデムは認知/行動異常の出現に注意して短期間の使用にとどめること、高齢者や女性は少量にとどめ抗うつ剤との併用を避けるとされている。しかし実態は、米国全体で380万人が1回以上処方され、その68%は長期使用で、女性と高齢者の約1/3が高用量で、全体の約1/4は同時にオピオイドが、1/5はベンゾジ系薬剤を処方されている。
 
 つい最近まで比較的安全とされてきたベンゾ系薬剤の今後の取り扱いが気になる。パニック障害や不安神経症に対していわゆる安定剤として軽いベンゾ系を用いてきたが、ベンゾクライシスの中で今後どう対応すればいいのだろうか。
 

医師への罰則より国民啓発

 多剤投与にせよ向精神薬の過剰投与にせよ、それを抑えるために薬剤を処方する医師に診療報酬上のペナルテイを課す仕組みになっている。しかし患者さんの多重受診を容認しながら多剤投薬を防ぐことは決して容易ではない。患者さんが他院から投薬を受けていることを隠す場合もある。ベンゾ系薬剤の依存性や認知症リスクは、市民にはまだ広く知られていない。そんななか医師だけにペナルテイを課しても限界がある。フリーアクセスが故に多剤投薬になることが多い。「かかりつけ医」への一元化の推進や「多剤投与」の弊害は、患者さん側に広く啓発しない限り前に進まない。減薬を提案すると怒り出す患者さんは少なくない。こうした薬好きの国民性に上手に寄り添いながら進めるべき施策だと思う。

 多剤投与の結果、あるいは睡眠薬を長年投与された結果、認知機能が低下するだけでなく転倒・骨折を起こしやすくなる。そこに抗認知症薬が重ねて投与されることがよくある。さらに抗認知症薬の増量規定が撤廃されたことをいまだに知らない医師が2種類の抗認知症薬を最高量で投与し続ける、というケースがある。それにより惹起された周辺症状に対して新たに抗精神病薬が複数剤上乗せて投与されるケースも散見する。治さなくてよい認知症に医療が下手に介入すると、自立していた高齢者がいとも簡単に要介護5に転落してしまう。介護認定審査会の席でそのようなケースを見るたびにため息が出る。薬剤性の認知症に対してさらに薬剤で上塗りをするという悪循環に、誰も気がつかない時がある。これでは社会保障費がいくらあっても足りない。こうした悪循環は医師への罰則だけでは絶ち切れない。多剤投与もベンゾ系薬剤もそこまで悪くはないだろう、というのが多くの医療者の本音ではないだろうか。無駄な社会保障費を削減するためにも、なにより高齢者の尊厳を守るためにも今後は国民啓発のほうを優先すべきだと感じる。


睡眠薬より朝一番の散歩を

 メラトニンは光を感知すると減少し夜になると急速に増加する睡眠誘発物質である。一方、オレキシンは注意や行動のために必要な覚醒を安定化するものだ。これに注目した睡眠薬がスポレキサントである。しかしすでに長期間ベンゾジアゼピン系睡眠薬を飲んでいる人が突然これらの薬に変更しても上手くいかないことが多い。そこで徐々に“ベンゾジアゼピン系”を減薬しながら“非ベンゾジアゼピン系”にスイッチする方法が推奨されている。一方、不眠を訴える高齢者の話をよく聞いてみると長い昼寝をしていたり、頻尿があったりする。また「眠れないかもという不安」が主体である人も多くいる。日中に眠気や集中力低下や全身倦怠感が続けば“不眠症”の疑いがあるが、本物の不眠症の人はそう多くはないと感じる。

 だから私は安易な薬物療法よりも誰でもできる非薬物療法に力を入れて指導している。「眠くなってから布団に入ってね」、「毎朝、少しでもおいいから散歩してね」、「夕方以降のコーヒーは控えてね」などの生活習慣上のアドバイスが大切であろう。そして朝に5分間でも光を浴びるだけで夜にメラトニンが沢山出て、良質な睡眠リズムが確保できることを丁寧に説明する。ベンゾ系か非ベンゾ系かといった議論の前に、朝一番の光を浴びることをもっと啓発すべきではないだろうか。できるだけ薬に頼らず、ライフスタイルの見直し、特に毎朝の歩行習慣の啓発こそが政府や医師会の役割だろう。医者にばかり圧力をかける現在のやり方に疑問を感じる。真に国家の将来を想うのであれば、覚せい剤撲滅のように政府がもっと本気で取り組まないとベンゾクライシスに対応できない。米国ではオピオイドクライシスに対して大統領自らが発信している。

 今こそ我が国の国力低下や少子化などの諸問題を「睡眠障害」という視点から見直してみてはどうだろうか。安易な薬物療法の前に「朝一番に歩く」というあたり前の習慣を重視すべきではないか。たった10分x3回の歩行習慣であってもそれがさらに広がることを願いながら、「歩行本」の4冊目を執筆中である。

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この記事へのコメント

何年か前に、NHKの今日の健康に、書いてあったことで、うるおぼえですけど、朝日を拝んでメラトニンを体内で作るのと、寝る前に、少し温めた牛乳を飲むとタンパク質の「トリプトファン」が、何等かの結合をしてセロトニンになるので、よく眠れるとか言ってあったような記憶があります。
私も勉強会で東京なんかに行くと、何回行っても、眠れないので、ホテルの外のコンビニで牛乳を購入して冷たいまま飲んで、あとは、鍼を頭や、首肩腰にすると、少し眠れるような気がします。
家にいると、猫のエサ作りやテレビのメロドラマ鑑賞に追われて、針治療をする時間が無いのに、東京に行くときは、消毒用アルコールと鍼を担いで行くので我ながらバカだなあと思います。

Posted by にゃんにゃん at 2018年08月19日 02:24 | 返信

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