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フランスでの抗認知症薬の保険適応除外をどう受けとめる
2018年09月26日(水)
日本医事新報9月号 フランスでの抗認知症薬の保険適応除外をどう受けとめる
「医療上の利益不十分」
フランス保健省は8月1日より実質的に抗認知症薬を保険適応除外とした。フランスで使われていた抗認知症薬は日本と同様、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチンの4種類である。フランスでは医療技術の評価を担う高等保健機構(HAS)が薬の有用性を5段階で評価して保険償還のあり方を定期的に見直している。有用性のレベルに応じて国が負担する割合が決まる。たとえば致死性疾患に必須の薬なら100%、通常の薬なら概ね65%を負担するという具合だ。有用性が不十分なら今回のHAS除外措置のように国の負担はゼロとなる。HASは4種類の抗認知症薬を患者の行動障害やQOLや死亡率への影響が確立されていない一方、潜在的に重篤な副作用があることから「医療上の利益が不十分である」と判断した。有用性が乏しい薬剤よりも介護や地域包括ケアのほうに重点を置いた。薬物療法よりもユマニチュードなどの非薬物療法を評価した措置と言えよう。
一方、日本では4種類の抗認知症薬が現在も積極的に処方されている。医療経済研究機構のレセプトベースの調査によると抗認知症薬の処方率は、85歳以上の高齢者の17%に上るという。しかも年間処方量の半分近くが85歳以上である。過剰ともいえる処方が続いている主な理由は、専門医学会が診療ガイドラインでアルツハイマー型認知症の人への抗認知症薬の使用を強く推奨しているからであろう。
増量規定撤廃後も周知不十分
そもそも4種類の抗認知症薬には易怒性、悪心・嘔吐、歩行障害、高度除脈などの重篤な副作用がある。その結果、体重減少、サルコペニア、寝たきり、心停止などに陥ることがある。抗認知症薬に対する脳の感受性は大きな個人差がある。しかし一旦薬を開始したらその後は機械的に開始量から2~3段階増量しなければならない、という「増量規定」なるものが存在した。ドネペジルであれば3mgで開始して2週間後には必ず5mgに増量しないとレセプトが査定された。本来、薬剤とは感受性、年齢、体重、重症度、要介護度などを考慮して必要最低量で使うべきでものだ。しかし「必ず最高量まで増量」という宣伝が広くなされてきた。その結果、認知症医療でもっとも大切な個別性よりも機械的な増量が優先されてきた。増量に伴い出現した「興奮や易怒」を「認知症が良くなった証だ」と評価する専門医がいるが、私は副作用だと思う。
私たちは2015年11月に一般社団法人「抗認知症薬の適量処方を実現する会」を設立した。抗認知症薬の副作用で暴れたため施設や精神病院に入れたと、後で後悔する家族が全国各地に多数おられるからだ。怒れる被害者・家族たちは「薬害認知症裁判」まで想定していた。そこでHP上で抗認知症薬の副作用で苦しむ全国の事例を集積し厚生労働委員会で議論を行った。その結果、2016年6月に増量規定は撤廃され少量投与を含む適量処方が可能となった。厚労省内で2回、記者会見を開いたが、共同通信系以外の大手メデイアはほとんど報じなかった。厚労省や日本医師会から「増量規定撤廃」の通知が出たものの現在でも撤廃を知らない医師がいる。明らかな副作用が出現しても「最高量まで増量しないと効果が無い」と信じている医師がいる。増量規定撤廃をいまだに知らずに少量投与をレセプト査定している審査機関もある。いまだに「易怒は副作用ではなく良いことなので絶対に中止してはいけない。飲み続けることが大切」と説いて回る専門家もいる。
フランスと日本が解離する理由
どうしてフランスと日本で大きな解離があるだろうか。フランスで有用性が否定されたものが日本では大量に使われ続けるのだろうか。ドネペジルを例にとって検証した。第一相から第三相臨床試験が1989年から1998年の10年間に13の臨床試験が実施され発売根拠とされた。その中で1998年の第二相試験の論文(Clin.Eval. 26:145-164.1998,Nov)では1mgと2mgの少量投与群での検討もなされている。それぞれ約4割に改善を認めるも有意差を認めず、これが17年間、少量投与を否定する根拠とされてきた。しかし1mg、2mg投与においても副作用があるとともに有用である症例が存在することは確認できる。また維持量5mgの根拠とされた論文のひとつ(新井寧夫、他:臨床精神薬理:3、2000、1019-1025)には「さらに検討する必要あり」との記載がある。一般に、副作用による多くの脱落例を外して検討すれば過大評価となりがちである。また第二、第三相研究の対象者の平均年齢は70歳前後であり、処方量の半数が85歳以上という現状とは大きく解離した検討と言わざるを得ない。
一方、2004年の発売後のランダム化比較試験では、脱落例はプラセボ群6.4%に対して、ドネペジル群12.8%であった。12週間投与後のMMSEは改善したというが統計学的に有意差はない。重篤な有害事象はドネペジル群29人に対してプラセボ群23人、死亡は63人対53人であった。いずれもドネペジル群に多いがこの差は「同程度」としている。重篤な有害事象と死亡を合計するとドネペジル群32.6%に対してプラセボ群25.8%であり、危険度は1.39倍ドネペジル群の方が高い。さらに最初の12週間で脱落した人も加えるとプラセボ群36.4%に対して、ドネペジル群では半数の50.0%と、危険度はドネペジル群が75%多い。ドネペジル群では7人に1人は死亡を含めた不都合が起きていた。
しかし日本にはフランスのHASのような独立した評価機関が無いため、薬の利益と不利益に関する客観的評価が困難な状況にある。今後の日本における対応は以下の3つあると思う。1)フランスでの動きを無視する、2)新たに検討しフランスに追従する、3)有用なケースもあるという前提に立ち、個別性を重視した少量・適量処方を徹底させるると同時に「中止基準」も明示する。私は2ないし3の対応であるべきと考える。他の国でもフランスの決定に追従する動きであるため早晩、日本も大きな岐路に立たされるであろう。
問われる医学界のオートノミー
翻って我が国の認知症施策を眺めたとき、不可解なことが多い。たとえば各地で開催されている市民フォーラムでは「認知症、早期発見・早期投薬」が定番である。本来は予防法や非薬物治療を説くべきだろうが、薬物療法に偏りすぎていると感じる。その結果、今も医原性の認知症が植え続けている。すなわち上記の薬剤起因性認知症のほかにも多剤投薬起因性認知症や高齢者には推奨されない薬剤投与による薬剤性認知症もある。また抗認知症薬を投与されている人の7割が甲状腺機能検査未実施という現実を考えると、本物の認知症よりも医原性認知症のほうが多いのではないかとさえ思う時がある。製薬会社から有力医師に支払われた講演料が公開される時代である。多額の講演料を受け取っている教授はいくら実働所得とはいえ市民感覚からは到底理解されないだろう。その弟子や研修医はどんな風に育っていくのだろうか。今回のフランスの動きを日本の医学界や国がどう受け止めるのか注視したい。また認知症に限らず、市場が大きい生活習慣病治療薬や抗がん剤領域における医学界のオートノミーが問われていると感じている。
いすれにせよ、フランスのHASのように強い権限を持つ評価機関の設置が急務ではないか。その守備範囲はジェネリック薬にも及ぶべきである。そうしたチェック機構なしに営利優先の宣伝が野放しになっている現状を見直すべきではないか。このような状況下で増え続ける薬剤費をいったいどうすればいいのか。国民皆保険制度堅持を真剣に願うのであれば、まずは薬の厳しいチェックを国家課題とすべきだと思う。
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月刊「公論」の10月号にも、抗認知症薬について書いた。→こちら
正直、日本における現状は「末法医療」だと思うが、それは我慢した。
「公論」のほうが、キツイ内容になっているが、薬漬け医療に
食い物にされ、振り回されている患者さんに申し訳ないと思う。
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毎日、抗認知症薬の副作用に悩む(?)ご家族から、是非について問い合わせがある。
私としては「貴方が信頼する主治医とよく相談して下さい」と受診をお断りしている。
医療は、患者さんと医師の信頼関係があってはじめて成立する。
信頼できる主治医を見つけるのは、私ではなく貴方の仕事です。
大変つれない返事でたいへん恐縮だが、みなさんお断りしている。
地域の御縁のある人しか診ていないので悪しからずご理解ください。
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この記事へのコメント
『(製薬企業の)利益優先のまま(副作用の方が強い薬剤の)医師への過剰な宣伝が野放しになっている。その結果、効果が乏しい高価な薬が今日も過剰に処方されている。社会保険財政が困窮するのは当たり前である。』
全く同感です。
特に、抗認知症薬、睡眠薬、抗不安薬、精神安定剤など、精神薬系統の薬がひどい。
これは私の最近の実話です。
長年、整理していない引き出しを掃除したときのことです。その引き出しには、とりあえず保管しておく物を突っ込んでいました。すると、もう25年ほど前の「クスリ」が出てきました。日付と薬局名を見ると眼科で処方されたものです。そして薬剤名は・・・なんと「デパス」。
そうです、ベンゾジアゼピン系抗不安薬です。
私は「これ、何? 眼医者でデパス???」・・・さっぱりわからず、そのクスリが入った薬袋を、しばらく目につくところにセロテープで貼り付けておきました。
そして思い出したのでした。
25年前、初めて海外へ行きました。しかもいきなり4週間。その頃からアレルギーの点眼薬を使っていたのでいつもの眼科へ行って点眼薬を処方してもらった時に、4週間カナダへ行くので多めに処方してください、と言うと、いつもの女性医師がいろんな話を始めて「眠れないと困るでしょうから」「もし必要なければ飲まなくていいのよ」と言って処方したのでした。
当時の私はベンゾもデパスも何も知らないので、また、医者に「これ、要りません」という頭も働かず受け取って、とりあえず引き出しに入れたままにしていたのです。(そして25年間、そのまま!!)
もちろん一度も飲んでいません。そしてもちろん、そのデパスは生ゴミに混ぜて捨てました。ウチの市は生ゴミは焼却処理ですので。
今思うとアブナカッタ。もし飲んでいたら、私はずるずるとベンゾに引き摺り回されていたかもしれない。
量の多い少ないではないのです。こういった薬は、体質によっては少量でも簡単に中毒になるのです。
クスリの怖さを知らない医者がものすごく多い。
医者を戸別訪問している製薬企業の社員のいいなりになっている。
眼科でデパス処方ですよ・・・
最近とみに、一般診療科で、精神安定剤や抗不安薬の処方が増えているとのこと。肩や首など「どこか」痛い、と訴えると「気持ちが楽になるクスリ」を処方するみたい。お気をつけあそばせ。クスリ地獄の入り口です。
Posted by 匿名 at 2018年09月26日 02:21 | 返信
以前からずっと疑問に思っていました。
認可されている抗認知症薬4種のうち3種は、コリン欠乏型の認知症に効くことが期待される商品設計なので、投薬前に患者のコリン過不足を検査すれば済む話なのに、長谷川式など簡略かつ表層的な検査だけで「認知症」という病名を付けてしまい、あとは役所の奥の間で官僚が(大企業と共謀して?)作った健康保険制度のもと、間違った薬の大量投与へ誘導される。
「医学と医療は違う」ことを肝に銘じ、末端の患者が個人レベルで危ない物を避けるしか対応策はないと考えています。
Posted by 通行人 at 2018年09月26日 07:35 | 返信
ベンゾジアゼピン受容体作動薬、特にエチゾラム(デパス)は依存性が強く近年になってようやく日本でも問題視されてきましたが、筋弛緩作用もあるので、筋緊張型頭痛に頭痛の専門医がよく使っていた時期もありました。ゾルピデム(マイスリー)も高齢者に使うと高率にせん妄、幻覚などを誘発するので、使われすぎた米国ではかなり問題にされているようです。
一度使うと嗜癖性が強くて止められない神経系に作用する薬というのは他にも多くありますが、そういう薬のほうが患者受けが良くてずっと売れ続けて、患者も外来のリピーターにもなるわけです。また依存性・嗜癖性の強い薬をガンガン遠慮なく処方してくれるセンセイの方が患者が殺到して外来が繁盛するので、名医になれる。それで皆医者は処方するわけです。
それを国が長年放置・容認してきた上で、今頃になって「認知症が増えた!せん妄が増えた!」と騒いでいるのは滑稽としか言いようがないですね。
結局、製薬会社も医者も嗜癖性・依存性の強い薬を使うと儲かるので利益誘導にならざるをえないのでしょう。、国家レベルでがそれを取り締まる欧米のような薬や食品を評価を公正に判定する専門機関が存在していないというのが、一番の問題でしょうね。
少なくとも抗認知症薬を推奨している臨床治験などに関わっている脳神経の専門医が副作用の事を知らないはずがないです。製薬会社に不都合(不利益)な有害事象の事は黙って、有効性だけを喧伝すればいいと思っているのでしょう。専門医のトップ集団である学会をあげてそういう事をやっているのだから始末が悪い。それに黙って盲従している一般医・開業医や患者家族も同罪だと思います。
仏でこういうジャッジが出ても、学会や専門医集団は「日本人は違う」と強弁するのでしょうか?
認知症に関しては患者家族も専門医を有難がるのもいいかげんもうやめたほうがいいでしょう。
Posted by マッドネス at 2018年09月27日 11:34 | 返信
認知症にならないように、食事や運動や睡眠や生きがいなど工夫していくことは推奨していっていいと思いますが、なってしまったらそれはそれで、老化の過程でおこることなのだから、そもそも薬の投与には違和感を感じておりました。年をとってしわが出てくるのを愛おしむ樹木希林さんは素敵でした。私はまだもがいて皺かくししてしまうけれど、自然体で生きて行きたいです。
Posted by 遠い声 at 2018年09月27日 01:38 | 返信
確かに、私の町の威厳のあるお医者さんも、製薬会社の若いプロパー(MR)にはやさしくて「先生、この薬いいですよ!」と言われると「そうかあ?まあ貰っとこうか」なんて笑いながら薬を決めていらっしゃるので驚いたことがあります。
世界人権宣言でググると、1948年12月10日にフランスのパリで開かれた第3回国再連合総会で「あらゆる人と国が達成しまければいけない共通の基準」として採択されました。
近代的人権宣言は、18世紀末の近代市民革命とともに誕生しました。フランス人権宣言(1789)はその代表例です。それらの影響を受けて、19世紀から20世紀のかけてヨーロッパや米国で人権宣言を含む憲法がつくられました。しかしそうした宣言は、実際には一握りの人々の権利を保障するものに過ぎませんでした。
ナチス.ドイツによるユダヤ人大虐殺、日本によるアジアの国々への侵略、米国による広島.長崎への原爆投下...。20世紀になっても、人権は踏みにじられ、多くの人々の命を奪われました。
第二次世界大戦が終わると、その反省から国際連合が作られました。そこで各国の代表者たちは、人権侵略を各国の国内問題として放置することが虐殺や戦争につながったことを認めました。そして、平和を実現する為には、世界各国が協力して人権を守る努力をしなければならないということが、世界人権宣言によって明らかに示されたのです。
なお日本が締結している条約は
採択年月日 名称 日本の締結年
1951年 難民条約 (1982年)
1965年 人種差別撤廃条約 (1996年)
1966年 国際人権規約ー社会権規約 (1979年)
1966年 国際人権規約ー自由権規約 (1979年)
1979年 女性差別撤廃条約 (1985年)
1984年 拷問等禁止条約 (1999年)
1989年 子供の権利条約 (1994年)
1989年 死刑廃止条約 (未加入)
1990年 移住労働者の権利条約 (未加入)
以上は公益法人アムネスティ.インターナショナル日本のブログから抜粋しました。
医療保険制度の中での患者の権利や、高齢者の権利は人権規約の中に入るのかも知れません。
フランスや欧米の諸国の優れた点は見習いたいと思います。
長尾先生が「抗認知症薬の適量処方を実現する会」を立ち上げて刻苦奮闘下さっていることに、心より感謝申し上げます。
Posted by にゃんにゃん at 2018年09月27日 08:04 | 返信
「国民皆保険制度堅持」の危機的状況についてを
初めて、今日のニュース番組の中で、その文言を
公にして聞きました。
健康保険制度の分類のうち、唯一国の補助が無い
企業負担による、「社会保険制度」から脱退する
団体が増えているというニュースでした。
「高齢者医療」費用が重くのしかかり、企業にとっても
また保険者にとっても、双方のメリットが薄くなっている
現状が理由でした。脱退後は、他の健康保険に移行する
訳ですから、国負担が重くなる図式です。
いよいよ国民皆保険制度が崩壊する時期が来るのか、と
暗澹たる思いになりました。
高齢者医療について、長尾先生の御寄稿文中にも
>有用性が乏しい薬剤よりも、薬物療法よりも
>ユマニチュードなどの非薬物療法を推奨
とありました。
国には早急に、迅速に、対処して欲しいです。
抗認知症薬問題は、氷山の一角でしょう。
「国民皆保険制度堅持」を願っています。
Posted by もも at 2018年09月28日 10:34 | 返信
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