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リビングウイルの書き方

2018年11月11日(日)

週刊ポスト11月2日号に「リビングウイルの書き方」という記事が載っていた。→こちら
「延命治療」を拒否したい人がいかに増えているのかが、これからよくわかる。
しかし、リビングウイルの意味すら知らない医療者がたくさんいるのが現実だ。

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一方とことん治療をすべきで、1秒でも命を長らさせるのが医療の使命で
たとえ管だらけなってもそれは仕方がない、と考える医師のほうが多い。

日本救急医学会の理事長や理事は「救急医はリビングウイルに迷惑していると。
リビングウイルを啓発している私に名指しにして非難したのが昨年のこの季節。

1年たってもほとんど変わっていない。
私はそんな様子を近畿近畿救急医療研究会で講演させていただいた。

2月13日には「阪神救急医療連携懇話会」で
「在宅医療と救急医療」と言う講演をする。→こちら

・患者さんの意思を尊重するとは
・どこからが「終末期」なのか
・具体的に何をすればいいのか
・緩和ケアは十分なのか、を個々のケースで話しあうしかない。

つまりACPであるのだが、「救急医療におけるACP」はまだ未開の領域だ。
一方、以下のような動きもある。

PICS  とは?
PACSとは? 以下、m3の中村謙介先生のインタビュー記事から引用

集中治療の世界では今、集中治療後症候群(PICS)に関する研究や議論が活発になっており、2018年4月からは、PICS軽減策の一環としてICUでの早期リハビリテーションの加算も可能になりました。一方、救急医療の現場で自宅や施設から救急搬送されてきた高齢の患者が退院可能な状態にもかかわらず、自宅療養や転院が困難になることが問題となっています。現在、「終末期」「看取り」が注目されていますが、高齢者の救急医療に残された3本目の柱として「救急医療を諦めない」ための取り組みも重要になります。その「救急医療を諦めないことが望ましい」ケースに関して、科学的な情報を確立し、提供できる体制が必要です。

もちろん、「救急医療を目の前の患者に実践するのが適切か」を判断するような基準をつくることは難しいですが、その後、どの程度精神身体機能が弱り、どの程度回復するのかを検討していく必要があります。今、日本在宅救急学会(旧日本在宅救急研究会)が立ち上がり、在宅医療と救急医療の連携を強める活動を行っています。在宅医療の普及に伴い、救急医療の現場だけでなく、自宅での高齢患者の「終末期医療」や「看取り」に熱心に取り組む先生が増えています。一方、そうした現場でも「適切な救急医療を実施することで、ある程度、元気になって元通りに近い生活を送れる」という選択肢が求められていると思います。ここでも「終末期医療」「看取り」に次ぐ、3本目の柱として、「救急医療による精神身体能力の低下」に関する概念を「PACS」として提案し、幅広い関係者で研究や議論を始めていく必要がある。

そうです。PICSやICU-AWはやはり高齢であるほど起こりやすいのですが、高齢者はちょっとした救急的な介入でも日常生活動作(ADL)や認知機能がかなり落ちるのです。比較的若い人であれば2-3日食事をしなくても、その後、普通に食事を取れるようになります。しかし、高齢者の場合、数日の絶食による廃用や疾患による異化により、嚥下機能が廃絶に近い状態になってしまうというのが、われわれ救急医の実感です。実際、先日の臨床救急医学会では、救急搬送されてくる高齢患者の多くに嚥下機能障害があり、転院困難が起きていると発表しました。その後の解析で、嚥下機能障害例の多くはICU入室や人工呼吸管理を経ていない、通常の救急搬送から一般病棟への入院患者であり、75歳以上の高齢者に顕著に見られる状態であることが分かりました。

救急医は「救急現場での治療が入院に結び付くかどうか」を考えながら治療するわけではありません。北米型ERシステムでは特に、救急医が患者の入院後までは診られないことが多いので、廃用症候群やHADの概念を利用するのは難しいですね。したがって「入院になるかどうかを考えて治療介入を決定する」考え方だと、PACSのような方向性の検討は進みにくいと考えます。そもそも、入院をしなくても医原性の機能低下は起こるのです。例えば、在宅医療でも最近では急性期治療で行うような点滴を継続できるようになっています。そうなると、「入院」の場が問題ではなくなります。例えば、肺炎を起こして在宅医療で治療を完結するような場合もありますが、その肺炎を治療することで、各種機能がどの程度低下するのか。もちろん、主治医はそれを想定しながら治療を考慮していると思います。しかし、救急搬送された場合、救急医の立場では、患者の平常の状態は分かりません。したがって、患者の平常を考慮した治療の判断ができないのです。

PACSのような概念を提案することにより、救急に携わる医師がその概念を意識して、今後データ収集やエビデンスの確立を進めていくことが重要と考えます。救急的な介入で「嚥下機能がこのくらい低下する」「歩行能力がこのくらい低下する」「認知機能がこのくらい低下する」というようなことが明らかにできれば、治療の意思決定支援がより科学的な形で可能になるのではないでしょうか。

PICSは若い人でもなり得ますが、PACSには高齢者がより多く含まれることになると思います。そして、PICSの研究には長期予後の評価が重要ですが、それを救急医の立場で行うのは難しいのです。PACSが確立・認知され、在宅、救急、病院や診療所が連携すれば、救急医療後の状態をより長い期間で観察することもできると期待されます。

今、リビングウィルやアドバンスケアプランニングが注目を浴びていますが、いずれも「治療で回復の見込みがなくなったときに」という前提があるかと思います。しかし、PACSのような医学的概念の確立が必要になっているということは、医療技術や高齢化が進む一方で、その「治療による回復の見込み」が個々のケースでは、もやっとしてしまうことが問題になっているのかと推察しました。DNAR(蘇生のための処置を試みないことの意思表示)のように「心肺蘇生をする、しない」「高度な侵襲を伴う治療をする、しない」という意思表明だと、救急医療の現場にはそぐわない、極端な選択肢となり得る。

やはり、救急医療の現場で救命、治療をした後にどうなるのか。たとえば「(蘇生後脳症のように)その後にはつらいことが起こり得る」という問題を、現場の救急専門医は痛感しています。PACSを提案し、データやエビデンスの整備が進めば、救急の治療介入によって嚥下機能や認知機能、身体機能がどれだけ低下するかというような話し合いも可能になると思います。

 今はこうした検討のプロセスを抜きに、「とにかく助けてください」、逆に「もう、諦めます」という反応がすごく多いのです。もちろん、それで適切と考えられる場合もありますし、「きちんと介入すれば、比較的良い経過をたどりそうなのに…」というケースもあります。

 繰り返す誤嚥性肺炎などでは、抗菌薬で肺炎はいったん改善しますが、ADLや嚥下機能の低下は回復しません。しかし、「とりあえず点滴治療はお願いします。でも、人工呼吸器は付けないでください」という患者や家族は少なくありません。多くの場合、治療が終わっても、食事は取れないのでその後、点滴治療を受けたまま亡くなるか、肺炎で亡くなるかという経過をたどります。実際、「抗菌薬で治療はできますが、その後、食事を取るのは難しくなります」と説明すると、「はい、分かりました」といったんは家族も受け入れたように見えます。でも、実際にその状態になると困惑される家族も少なくありません。


PS)
私は平成7年7月7日に開業して、
平成11年11月11日に法人化した。
だから今日の11月11日と言うゾロ目の日が大好き。
 















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この記事へのコメント

自宅を脱出し近所ですがひとりぐらしをはじめました。
たとえば「デイサービスは行きたくない!」というのは
リビングウィルなんですか?

Posted by ま(池井戸さんではありません) at 2018年11月12日 07:12 | 返信

「多くの場合、治療が終わっても、食事は取れないのでその後、点滴治療を受けたまま亡くなるか、肺炎で亡くなるかという経過をたどり。。。」
本人は、どちらの方が苦痛が小さいのでしょうか。

肺炎で亡くなる方が肉体的には苦しいように推測しますが、
肺炎治療終了(≒解熱)後、食事が取れず(抹消)点滴治療だけで「数ヶ月生存」もあると聞きます。抹消点滴しなければ数日、せいぜい10日でしょうか。

私の亡父の肺炎は、もっと早く抗生剤服用の指示が出ていれば回復してまだ生存していたと、医師と制度を恨む反面、あれで良かったのかもしれない、と振り返ることがあります。
死にゆく人の傍に寄り添うということは、悩み迷うことばかり。

Posted by 匿名 at 2018年11月14日 01:54 | 返信

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