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身体拘束の根源は司法と政治

2019年12月02日(月)

9割もの病院が身体拘束をしているという。
どうして医療や介護が、歪められてるのか。
その原因は司法と政治にあるのではないか。
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もちろん現場の職員も頑張って欲しい。



月刊公論2019年12月号   貴方もいつか病院で縛られる
            身体拘束の根源は司法と政治
 
 
驚くべき身体拘束の実態

 NHKのクローズアップ現代で病院や施設における身体拘束が相次いで報道された。9月11日には身近な病院でも_なぜ減らない「身体拘束」、10月3日には相次ぐ老人ホーム閉鎖、そして10月16日には一般病院の身体拘束、と連続して特集された。身体拘束といえば精神病院での精神疾患患者さんをイメージするかもしれないが、今回特集されたのは一般病院や一般介護施設における身体拘束である。手足を紐で縛る、体幹にベルトに巻いてベッドに固定する、固定帯で車椅子に固定するなど様々な身体拘束法が紹介された。

 なんと9割の病院が身体拘束をしているという。なかには半数の高齢者を身体拘束している病院や施設もあるという。認知症の人だけでなく、一般の高齢者も当たり前のように身体拘束されている。貴方もいつか病院に入院すると縛られる。高齢者が入院すると急激に環境が変わるため混乱して不穏になり、せん妄という大混乱に陥りがちだ。その結果、大声を出したり点滴や栄養の管を抜いてしまうことは稀ではない。

それだけではない。歩こうとして転倒すると病院や施設が訴えられて管理責任が問われることがある。医療訴訟は減少傾向だが、介護訴訟は年々増加の傾向にある。なにか事が起きた時に犯人として目を向けられるのは現場の看護師や介護職員である。


 
拘束体験では2時間が限度 
 
 番組では群馬県沼田市の内田病院における「拘束廃止」に向けた取り組みが紹介されていた。それは医師を筆頭に職員が「拘束体験」をするというものだ。縛る側と縛られる側の感覚の大きな差を感じることで患者さんの気持ちを理解する。それだけで自然に身体拘束がゼロになったという。番組の中でNHKの記者が実際に入院ベッドに身体拘束される実験を行われたがたった2時間で気持ちがおかしくなり、それが限界であった。このように身体拘束されれば誰でもすぐに不穏になることが実証された。多くの病院や施設で「命を守るため」とか「治療のため」という名分で縛っているが、実際には患者さんの尊厳を大きく奪っている。内田病院の抑制体験による取り組みを広く知って欲しい。

 さらにこの数年大ブームになっている「ユマニチュード」という介護技術を介護職員が学び実践することで身体拘束が不要になる。患者さんを一人の人間として敬意を持って接することで拘束を外しても何も起きないことが実証されていた。いや、なにも起きないどころか身体拘束を解くことでまさに「別人」のように生き生きして人間らしさを取り戻していた。身体拘束の実態だけでなく拘束体験とユマニチュードで拘束を確実に減らせるという解決策が初めて公表された。
 
 
介護士や看護師は悪くない

  そもそも現場の介護士や看護師は患者さんを縛りたいわけではない。しかし安全のため、治療のため、患者さんのためという名分で後ろめたさを感じながらも縛らざるをえない状況に追い込まれている。縛るのが嫌で離職していく専門職もいる。身体抑制は介護崩壊の一因でもある。

 ちなみに在宅医療の現場では身体抑制はほぼゼロである。在宅医療では「移動の自由」という人間の尊厳が確保されているので患者さんは活き活きしている。最期まで自分の口から食べて、管一本無い自然なかたちで穏やかな最期を迎えることができる。在宅医療の現場にいる者には一般の病院や施設で身体抑制が常態化している現実は異状であり強い憤りを感じる。では現場の介護士や看護師が悪いのであろうか?今回の放映で現場の声を丁寧に拾っていたことを評価したい。縛ることは「管理」や「治療」のために仕方がないという言葉の中にどこか「諦め」を感じた。そもそも夜間はたった2人のスタッフで40人もの患者さんの転倒を完全に防ぐことは誰が考えても不可能であろう。一方、管理者は訴訟恐怖があるので抑制を容認せざるを得ない。病院や施設という箱で働く現場スタッフは「管理」と「尊厳」の狭間で苦しんでいる。その背景には親の老いを誰かに責任転嫁する子供世代がいる。


 
介護崩壊は司法と政治の責任
 転倒裁判や誤嚥性肺炎裁判が増えている。管理責任を問われて敗訴すると病院や施設は概ね2000万円前後の賠償命令が下される。訴えるのは本人ではない。いつも、子供である。「お金を払って親を預けているのにどうしてくれるんだ!」と病院や施設の管理者を訴える。困ったことにそれに加担する弁護士がいて、転倒をなぜか「管理者の過失」と認定する裁判官がいる。それこそが身体抑制問題の本質ではないのか。

歳をとれば自宅で暮らしていても転ぶときは転ぶし、肺炎を起こすときは起こす。在宅医療を受けていてもそれは仕方がないこととして受け止められている。しかしそれが「管理された空間」で起こると犯人探しが始まる。そして現場のスタッフが転倒させた犯人として罰せられるのであれば身体拘束しか手が無くなるのは当然だろう。「管理責任」の行きつく先が身体拘束なのだ。そうではない。犯人は誤った司法判断にある。現場で疲弊しながらも頑張っているスタッフは悪くない。むしろ犠牲者であるともいえる。

介護離職を防ぐ前に介護職離職を防ぐことは国の仕事であろう。ただでさえ3Kといわれているのに身体抑制をせざるえない状況に追いこんでいる現実を、司法と政治は直視すべきである。国会では認知症基本法が議論されていると聞く。その中に高齢者の尊厳保持のためには転倒リスクは仕方がないことをしっかり盛り込んで欲しい。転倒訴訟は認知症関連法規を工夫することで防げるはずである。間違っても現場に責任転嫁すべきではない。

 やっと表に出た身体抑制であるが根は深い。その源流をたどれば司法と政治にたどり着く。裁判官や国会議員は一度でいいので2時間の身体抑制を体験して欲しい。たったそれだけでこの国の医療と介護は劇的に変わる。
 

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この記事へのコメント

身体拘束についてですが、9割の病院が患者さんをひもなどで縛っているとは到底想像できません。

身体拘束にはベッドを四点柵で囲って転落防止をしたり、歩行できない人が車椅子から立ち上がって転倒するのを予防するための安全ベルト装着も含まれています。これを含めて9割なら「むしろ少ない、10割近いのではないか」と思いますが。

そして上記のようなマイルドな?身体拘束をする場合でもカルテ記載とご家族へ文書で了承を得ることが必要になっています。

私の担当患者さんですと四点柵、安全ベルト、点滴時のミトン(抗生剤が終わるまでの1週間程度)を着ける方は多いですが、縛ることは一切していません。ほどほど抗精神病薬は使います(食べられないくらい使って胃瘻にすることはありません)。

そしてその3つの身体拘束と抗精神病薬が全部使えないとしたら、問題行動のある認知症の方の入院治療はお断りしないといけません。食事ができなかったら「仕方ないですね」、そして内服薬を渡して「あとは施設(在宅)でお願いします」と個人的にはやりたいところですが、なかなかそうはいきません。

Posted by 広島のanonymous at 2019年12月02日 08:49 | 返信

病院は生命維持のためにしかたなくという理由で身体拘束は許されていますが、施設では身体拘束すれば犯罪のようにみなされるため身体拘束は出来ません。老健と特養のことしかわかりませんが、身体拘束などすれば、解除にむけた会議を3日毎に開かねばならず、そんなことしている暇もないので、身体拘束しているところなんてないと思います。少なくても介護保険での施設には実地指導がはいり、車いすの安全ベルトも拘束とみなされ不可ですし、ベット柵も降りられる状況にしておかないと拘束になります。センサー使用したり、ベットではなく床にマットレス敷いたり、低床ベットにしてみたり、様々な工夫しています。それでもも転倒はしてしまいますが、拘束などしません。施設ではミトンも拘束だからやれません。以前、ショートステイで入所していた認知症の方が不穏がひどくてマンツーマン対応で夜間も暴力興奮状況続き職員三人がかりでも対応困難だったため、たくさんの薬を処方している精神科のかかりつけ医に薬のコントロール入院をお願いしてほしいとケアマネに頼んだところ、かかりつけ医から入院すると拘束されるから入院はダメだと言われたと聞いて、なにそれって思いました。精神病院では拘束率高いのかもしれません。長尾先生は施設イコール拘束と思われていらっしゃるようなので、現状はそうじゃないということも知っていただきたく、コメントさせていただきました。地域差があるのでしょうか。

Posted by 遠い声 at 2019年12月03日 12:54 | 返信

「そもそも夜間はたった2人のスタッフで40人もの患者さんーーー」これも政府役人の政策能力のなさ露呈。
お役人たちは自分たちは拘束されることはないのだ。特別室で特別扱いで24時間付添人を雇うだけのカネがあるから。今は看護師の派遣サービスもあるのです。時給6千円だったかな? 24時間1ヶ月だとすごい金額。でも身体拘束を逃れることができる。無能なお役人みたいにカネがあれば。

Posted by 匿名 at 2019年12月03日 03:24 | 返信

「転倒しても骨折を調べるCT検査は不要です、ただし痛みがあれば緩和してください。転倒して万一死亡しても仕方がありません、ただし苦しまないように緩和処置をお願いします。身体拘束しないことによって本人がケガをしたり死亡しても貴病院を訴えることはありません。」という内容の文書に署名捺印すれば良い。そういう書類をつくるべきです。

Posted by 匿名 at 2019年12月03日 03:29 | 返信

長尾先生の論調はどうしても「親の死に訴訟を起こす子供」が標的になるけど、
確かに、親の年金をアテにしている子供なら、親が死ぬとアテがなくなって困るから「どうしてくれる!!」はあるだろうけど、しかしこれも「政策の問題」であって、多いケースではないように感じます。
介護が過去になった私が感じることは、訴えられた側の病院や施設に「誠意が無かった」ケースが多いと思う。
また、親が病院あるいは施設で納得いかない死に方をした、それを黙って受け入れると、自分(子供)が悪かったように感じるケースが多いと思う。ただでさえ、「実の親でしょ? 自分で介護しなさいよ」とか、「親との残り少ない時間を楽しんでね」とか、世間は「子が親を大切にしてベッタリくっついてお世話するのが当たり前」。
葬式にしても「急だったわね、・・・」とか言われるようだ。そうすると子供は「黙ってられない、一矢報いないと自分の立場が無い」となる・・・のではないかしら。
ウチは、母は84歳で早かった(?)けど父は90歳まで生きてくれたので、周囲は納得していたようだ。
後に残る家族がいる人はやはり、ある程度の年齢までは生きた方が良い。
まあ、そのうち、誰がどういう理由で何歳で死んだか、なんて、話題にならないような世の中になる。じいさんばあさんばかりで次は自分だから。

Posted by 匿名 at 2019年12月03日 03:47 | 返信

いわゆる物理的な身体拘束は、誰の目にも見えやすいので、問題意識を共有しやすい。
かならず家族に説明して同意書もとるようになっているはずです。
それよりも問題なのは、薬物による目に見えない拘束ではないでしょうか?
自宅ではない場所で落ち着きがなくなった認知症の患者に鎮静目的の抗精神病薬などを処方して、動けなくする、しゃべれなくするという医療行為。これもまた身体拘束。
こういう薬を長期間服用していると、転倒したり、誤嚥したりする事が増えます。
驚くべきことに、施設に預けていると、家族への説明もなく同意書をとらずに日常茶飯事に家族も知らぬ間に行われていて、気が付いたら歩けない、食べられない、という状態になってしまいます。
施設側は鎮静目的の薬を処方せよと要請し、担当医はそれに応じる、その抗精神病薬が長期に延々と続けられて、患者は年をとり病気も進行していくので、いずれ転倒し誤嚥する。入院して医療費がかかる
その繰り返し。負のスパイラルがこれからも続くのでしょう。

Posted by マッドネス at 2019年12月03日 04:30 | 返信

老健も特養も有料老人ホームも介護付きサ高住も、「介護施設」は拘束禁止が大原則です。ですから私は、親に「介護施設」に入所してもらいました。そして、拘束禁止である介護施設の職員から「手に負えないから病院へ入院してください」と言われることがないよう、ものすごく神経を使いました。
最も神経をすり減らしたことは、余計な薬を飲ませないことです。
「不眠不穏が続く、興奮・暴力行為に至る」のは、飲ませる必要が無い有害無益の薬が原因です。
妄想・幻視・興奮・不穏などを引き起こす薬は精神薬だけではありません。胃腸薬の長期漫然投与も原因です。
副作用も知らずに薬を飲ませることだけが仕事になってしまった医者が、「手に負えない患者」を作り出しているのです。

Posted by 匿名 at 2019年12月03日 06:23 | 返信

>裁判官や国会議員は一度でいいので2時間の身体抑制を体験して欲しい。
>たったそれだけで、この国の医療と介護は劇的に変わる。
この箇所を読むと、長尾先生が言わんとしていることが理解できる気がする。
問題なのは『犯人捜し』にあるのではないか?
日本人は真面目だから、そうなるのか?
反省会が好きだし。

Posted by もも at 2019年12月03日 09:40 | 返信

急性期で勤務中、プラス単発で日勤のみですが、介護施設へも行っているナースです。
(介護現場も知る必要があると思ったのがきっかけです)

急性期病棟では、患者数が30~50名くらいだと、毎日、全勤務でミトンくらい8あえてこう書きます)は誰かれか使用しています。特に胃ろうや胃チューブ挿入中のかたは必須です。
なので広島のanonymousさんの書かれている通り、抑制使用率=10割です。
夜勤などマンパワーが少ないときは紐付きミトンも必須です。


遠い声さんが書かれているように、介護施設・ショートステイでは車いすに安全ベルトを装着することも禁止され、常時見守りのみです。
介護施設でのこの基準は、働く側からするとかなり厳しいなあと思います。日勤でもそう思います。見守りではなく、見張りかな・・。

私は在宅ケアだけ経験できていません。
お聞きしたいのですが、訪問看護師は抑制はしないと思いますが
チューブ類がある人や、便を触るなどの行為がある人などの家族は、抑制行為はされていないのでしょうか?ずっと見守ることをされているのでしょうか?
うまく、鎮静剤などを使用して回避されているのでしょうか。

みんな感じていると思いますが
すごくしんどいです、抑制が必要な現場って・・。在宅ならそのジレンマは解かれるのか
な・・。

意見ではなく、グチレベルですみません。

Posted by ピンクナース at 2019年12月03日 10:32 | 返信

ピンクナースさん>
私は入院患者さんの主治医もしますし、施設へ訪問診療に行ってBPSDへの対応もする身ですので、だいたいのことはわかります。病院では「一時的」という言葉が通用しますが、介護施設ではそうもいかないのでもっとしんどいですよね。

違う記事へコメントした通り、患者さん(利用者さん)、ご家族、施設・病院スタッフ、いずれも無理のないようにと考えて対応しています。手足を縛る拘束はもってのほかですし、点滴も自己抜針を繰り返す人にはしたくありません。抗生剤と水を渡して飲んでくださいねというだけですませたいです。そもそも私は食事介助すら否定的な考えです(食べたいという意思表示をされる方は別)。

人間の尊厳って何だろう、と考えると、ご本人が楽に生活できるとか、身体拘束(抑制)をしないことを真っ先に考え、そのためには何をすべきかと考えていく方がいいと個人的には思います。余命が短縮するというのは二の次でもいいと思います。

帰りたい帰りたいと言われたり(普通の気持ちです)、前頭葉障害による目的のなさそうな徘徊をする方も同様に、尊厳から考えるべきと考えます。なのでピンクナースさんのような看護師さんとか介護スタッフの方がしんどいと感じるような方法論は見直すべきだと考えています。

広島のanonymousからピンクナースへの返信 at 2019年12月04日 08:53 | 返信

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