大阪病院の声明文や報道によれば、事件の経緯はこうだ。

○入院中の患者Aさん(70歳代男性)は軽度の認知症があり、見守り浴を行っていた。

○2017年10月某日の昼ごろ、病院浴室の浴槽内にて呼吸・心肺停止状態でAさんが倒れているのが発見された。救命措置によって蘇生するも意識は戻らず。

○翌朝、当直医がAさんの死亡を確認。死亡診断書に死因を「肺結核」と記入した。このとき、「当直医が看護師から肺結核患者と聞いていただけで病死と判断した」という病院側の説明と、「当直医は看護師から入浴中の事故を聞いていた」という毎日新聞の報道とは食い違いが見られる。

○死亡確認から約3時間後、遺体を葬祭業者に引き渡した。

 入浴中の事故は、入院中、在宅療養中を問わず多い。厚生労働省の人口動態統計による家庭の浴槽での溺死者数は2014年に4866人に上る。上記の病院の対応を一部の医療業界に対して敵意をむき出しにした報道がかみつき、それを受けた病院側の弱腰な対応によって、医師法に関する誤った解釈が医療業界や国民の間に広がってしまうことが懸念されるので、今回はこの事件について取り上げることにした。

報道の何が間違っているのか

 これらの報道では共通して、病院の対応を「医師法21条違反である」と批判している。
※条文は以下の通り。「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」

 例えば以下のような文言だ。

 医師法は事故死の疑いがある場合などは、24時間以内に警察に届け出ることを義務づけているが、病院は届けず、死亡確認の約3時間後に遺体を葬祭業者に引き渡していた。(2019年12月18日毎日新聞)

 これに対して、大阪病院は12月18日に声明を発表。「死因がはっきりしない場合や、診断名がついている病気によるもの以外での死亡で異常死と主治医が判断した場合、警察に届け出ることといたしました」と今後の対応を示した(条文にない「常」の字を使っているので、あえて「異常死」を太字にしている)。

 もちろん、院内での入浴中に患者が死亡した場合、警察に届け出ることをルール化している病院もあるだろう。個人情報保護法や各自治体の個人情報保護条例、独立行政法人保有個人情報保護法では、いずれも死亡した人の個人情報は保護しない(条例の中には例外もあるようだが)ので、届け出ることに問題はない。しかし、これが医師法21条上の義務(届けないと罰則がある)だと思っているなら、それは誤解だと考えている。

 医師法21条の届出対象についての解釈は、国民やマスコミだけでなく、医療関係者の間にさえいまだに理解が十分にされているとはいえず、困ったものである。詳しい内容は過去のコラム「人権侵害の医師法第21条通知、厚労省は廃省せよ」でも説明したし、本稿の後半でも改めてまとめるが、現在は「外表面異状説」、つまり、死因等を判定するために死体の外表を検査することで異状が見つかれば届け出る(外表面の異状がなければ届け出なくてよい)という解釈が医療界では広く支持されている。

 厚生労働省が2019年4月24日に発出した「『医師による異状死体の届出の徹底について』に関する質疑応答集(Q&A)について」でも、この外表面異状説が適用されることが確認されている(後で詳述)。

 本件で、患者が死亡した際、外表面に何らかの異状があったのかどうかについては上記のどの記事にも触れられていない。そこを明らかにせぬまま、「事故死の疑いがあるのに、死亡診断を行った当直医が警察に届けなかったことが医師法21条違反に当たる」という書き方は誤りである。しかも各社そろって同じような書きっぷりなのだから、最高裁判例、厚労省通達、各種学会の意見も勉強しない偏向記事の垂れ流しとしか言いようがない。

 それに輪を掛けて、病院側の対応がいただけない。報道でも「死亡診断書を書いた当直医が情報不足だった」と謝罪のコメントを出しているし、先述の通り、12月18日の声明文でも「死因がはっきりしない場合や、診断名がついている病気によるもの以外での死亡で異常死と主治医が判断した場合、警察に届け出る」としている。入院中の患者の死亡で、外表面に異状がない場合でも死因がはっきりしなければ警察に届け出るようにするなんて、解釈を広げ過ぎである(これも後述するが、法医学会はこの説である。ただ、多くの医療機関と厚労省、裁判所はこの説を採用していない)。

 外表面異状説は、届け出の範囲を狭めることで「刑事捜査の便宜」と医師の「自己負罪拒否特権」(自己に不利益な供述を強要されることはないとする、憲法38条に明記された人権)をバランシングした最高裁判所判決(2004年4月13日最高裁第3小法廷判決)が基となっている。こうした深い配慮に基づく知見をないがしろにするような報道、そして働く医師の人権を軽視しているような病院の対応は見ていられない。

学会発表へのバッシング報道にも病院が平謝りの謎

 さらに毎日新聞は12月29日に次のような記事も出している(不正診断の事故死疑い患者 「服薬支援成功例」と学会発表 大阪病院[毎日新聞2019年12月29日])。

 入浴中に心肺停止した患者Aさんに対して、生前、看護師らが服薬指導を行い、抗結核薬の服薬コンプライアンスを改善させていたようだ。その事例を日本結核病学会総会で発表したことが「けしからん」という内容である。

 服薬しなかった患者が薬を飲むようになったのであるから、Aさんに対する服薬指導の成果は確かにあったのだろう。その後、Aさんがどのような原因で死亡しようが、学会報告の学術・臨床実践上の価値としては何ら変わらないはずだ。にもかかわらず、ピンぼけの印象操作のようなバッシング記事になっている。これに対しても大阪病院は、「学会発表のあり方を再検討する」うんぬんのお詫び答弁をしている。

 大阪病院は毎日新聞からターゲットにされているのだろうか。2019年12月11日には、「モルヒネ10倍投与、末期がんの70歳死亡 急性中毒か 大阪府警が捜査」という記事も書かれている。

 これは末期の肺癌患者にモルヒネ塩酸塩を持続注入する際の投与速度を看護師が誤り、指示速度の10倍で投与したという事案だ。病院の発表によれば、指示速度の10倍といっても合計量は約50mgで、過量投与の発覚後に拮抗薬で対応したことで患者は呼びかけに反応するまで回復している(添付文書では、癌の鎮痛に50~200mgが成人の1回用量とされている)。モルヒネによる呼吸抑制で死亡したという刑事上の立証が容易かどうかは疑問だし、病院側もモルヒネによる死亡ではなく、死因は肺癌であると主張している。業務上過失致死傷としても、刑事事件の立証はハードルがかなり高いと思われる事案である。この件では病院は死因も争い、しっかりとした立場を表明している。

 もちろん、こうした医療ミスや入浴中の事故をきっかけに院内の体制を見直すのは大切である。しかし、敵意のあるマスコミの攻撃に安易に「お詫び」など出す必要はない。報道に間違っているところがあったり、自院の行動にやましいことがないのであれば、乳癌術後せん妄事件の柳原病院のように積極的に意見主張を行い、ファイティングポーズを取ることが最大の防御であり、正しい対応だと私は考えている。