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新型ワクチン騒動にみる「3つのトラウマ」と「医療の不確実性」
2009年11月09日(月)
当院の外壁には昨年春から2つの大きな垂れ幕を垂らしています。
●国民皆保険制度を守るため後期高齢者医療制度に反対します。
●国民の健康を守るため、タバコ1000円法案に賛成します。
これらは、本当に現実に近くなってきました。
最近では
●レセプトオンライン化反対
●新型ワクチンを学校や保健所で接種する
をネット上で掲げていますが、どちらもかなり現実味を帯びてきて、大変気を良くしています。今夜は調子に乗って以下の拙文を書きました。 昨夜、帰りがけに小松秀樹先生に聞いてみたら、間違っていないと言われましたので、思い切ってMRICに投稿してみました。
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「新型ワクチンはまだか?」と尋ねる患者さんに、朝から晩まで壊れたテープレコーダーのように同じ説明を繰り返している下町の開業医です。前回、「新型ワクチン接種を小学校や保健所で打てないものか」と問題提起しましたが、今回、新型ワクチン騒動にみる「3つのトラウマ」と「医療の不確実性」について考えてみました。
【 1 前橋レポートのトラウマ】
前橋レポートとは、1990年前半にインフルエンザの集団予防接種が廃止されるきっかけとなった報告書で、2009年10月13日国立がんセンターで開催されたシンポジウムにおいて梅村聡参議院議員も言及しました。
以下、 http://www.kangaeroo.net/D-maebashi.html より引用します。
・・・・・かつて日本では、小学生などを対象に、世界でも珍しいインフルエンザの集団予防接種が強制的に行われていました。感染拡大の源である学校さえ押さえれば、流行拡大は阻止できるのではないかという「学童防波堤論」を根拠としたものです。しかし、どんなに予防接種を打っても、インフルエンザは毎年決まって大流行しました。
こうしたなか、1979年の初冬、群馬県の前橋市医師会が集団予防接種の中止に踏み切りました。直接の引き金は予防接種後に起きた痙攣発作の副作用でしたが、この伏線には、以前から予防接種の効果に強い不信感を抱いていたことがあったのです。そして、ただ中止しただけではありませんでした。予防接種の中止によって、インフルエンザ流行に一体どのような変化が現れるのか、開業医が中心になって詳細な調査を始めました。予防接種中止の決断は正しかったのか、あるいは間違っていたのかを検証するためです。
そして、5年に及んだ調査は、前橋市医師会の判断が正しかったことを裏付ける結果となりました。つまり、ワクチンを接種してもしなくても、インフルエンザの流行状況には何の変化も見られなかったのです。この調査をきっかけに、集団予防接種を中止する動きが全国に広がり、最終的に、インフルエンザ予防接種は1994年に任意接種に切り替わりました。
ただ残念なことに、前橋レポートは、専門誌に投稿されたわけではなく、発行部数も少なかったため、忘れ去られるのを待つばかりの状態になっていました。・・・・・
今回の新型ワクチン騒動に対峙して前橋レポートの解釈が今、改めて問われていると感じています。厚労省はこのトラウマから新型ワクチンの「集団接種」を避けたのでしょうか。しかし、混雑する新型インフル診療と並行して予防接種を行うことは、どう考えても無理があります。さらに1億5千万回分をも用意しながら、「任意接種」に拘る国の姿勢は理解できません。「集団接種」としなくても、せめて小学校や保健所など開業医以外の場でも「任意接種」するというオプションを検討して頂きたく思います。
【 2 ワクチン禍訴訟敗訴のトラウマ】
インフルエンザワクチンに限らず、ポリオ、日本脳炎、MMRワクチンなどの副作用をめぐる訴訟で国は実質的に敗訴し続けてきたという歴史があります。またワクチン禍訴訟のみならず薬害肝炎訴訟、薬害エイズ訴訟をめぐる歴史が厚労省のトラウマとなっていることは容易に想像できます。それが今回の新型ワクチン接種の施策にも少なからず影響しているのでしょうか。
ワクチンの種類別にリスクとベネフィット、さらに個人のベネフィット、そして社会のベネフィットを見直す必要があります。また、重大な副反応が出た時、国、医療機関、製薬企業、個人のいずれに責任を求めるべきかを、国民全体で議論すべきです。
【 3 子供の貧困というトラウマ】
貧困率16%という格差社会にともなって子供の貧困も深刻化しています。今回ワクチン接種が1回接種が3600円、2回接種が6150円と全国統一価格で設定されました。しかし給食費も払えない子供が増えている現状で学校での集団接種を行うと、経済的理由で接種できない子供が出てくる可能性が高く、現場の教師の苦悩やトラウマが想像できます。子供の貧困問題が、小学校内での接種を阻害している一因であると推測します。貧困の中にいる幼児や小・中学生への援助を、早急に広報すべきではないでしょうか。
【ワクチン接種は医療の不確実性を理解するモデルでもある】
多くの専門家が指摘するように新型ワクチン接種のefficacyが不明であるなか、政府は国策としての新型ワクチン接種を決断しました。わずかな確率とはいえ確実に起こるであろう重大な副作用に対しての無過失保障制度が検討されています。
考えてみると新型インフルワクチン接種は、小松秀樹先生の指摘する「医療の不確実性」を理解する良いモデルになり得ると思います。同時に医療事故調査委員会での議論と同じように、無過失保障制度を国民に理解して頂くチャンスでもあると思います。
ワクチン接種の有効性、有益性、リスク、そして保障制度をマスコミが正しく国民に啓発すべきです。単に不安を煽るだけではなく、冷静な情報提供をお願いいたします。それでもアナフィラキシーショックなどの予期せぬ重大な副作用が起これば、保障制度をしてもカバーできない訴訟が懸念されます。
「ワクチン接種の先に医師法21条問題が見えてくる」と書けば、町医者の杞憂と笑われるでしょうか。
【新政権には3つのトラウマを乗り越えて欲しい】
新政権には3つのトラウマを乗り越えて、新型ワクチン接種という事業を是非成功させて欲しいと願っています。そのためには現場の声に耳を傾け、時には朝令暮改を恐れず柔軟な対応を期待します。
さらに新型ワクチン接種を通して「医療の不確実性」を国民に分かり易く説明して頂く事を願います。この作業こそ次に来るべき強毒性ウイルス対策に必ずつながります。さらに言えば医療再生のために、必要な行程ではないでしょうか。
今回の騒動を、先進国中最も遅れていると言われている日本のワクチン行政を国民全体で考え直すよい機会にするべきだと考えます。
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この記事へのコメント
こんにちは。
先生は
「前橋レポート」ではインフルエンザワクチンの有効性が否定された点と、
医療の不確実性
の2点を書いていらっしゃいますが、
「インフルエンザの有効性は明らかでないが、ほかに感染拡大、あるいは重症患者を増やさないためのよい方法がないから、その点をよく理解してもらった上で接種を促すべきだ」
とのお考えでよいのでしょうか?
Posted by 医学生 at 2009年11月15日 10:25 | 返信
説明不足で申しわけありません。
前橋レポートは現在では否定されているようです。海外ではインフルワクチン接種が公衆衛生上有用であるという報告が沢山出ているからです。しかし国内データは不十分なまま2000年代になって再び、ワクチン接種が盛んになっています。ただし、任意接種です。今回の新型ワクチン接種は、集団としてのデータは一切ありません。しかも予期せぬ副作用の可能性もあります。しかし今回は国策としてまだ効果の不明なワクチン接種が決められました。データがなくてもやってみることは、医療の世界ではよくあります。医学の発展はそのような試行錯誤の上にあります。このような「医療の不確実性」を十分に国民に認識していただいた上で今回のワクチン接種を行うべきだという意味です。
Posted by 長尾和宏 at 2009年11月24日 01:22 | 返信
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