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広島大学で「在宅緩和ケア」の講演
―臨床腫瘍学教授の真実―
2010年02月06日(土)
今日は朝から吹雪にまみれながら数件往診しました。昨夜は午前2時まで来週のイベントの打ち合わせをしていたので眠い目をこすりながら嵐の外来を終えて12時29分新大阪発の新幹線に飛び乗りました。雪で新幹線も遅れていました。15時から広島大学の医療者への在宅緩和ケアの勉強会で講演しました。広島でも在宅緩和ケアの機運の高まりを感じました。広島大学臨床腫瘍学の楢原啓之教授に司会をして頂きました。楢原先生は、日本初の臨床腫瘍学の教授です。私のかわいい後輩でもあります。
講演後に楢原教授から質問を頂きました。「ケアマネとヘルパーはどう違うのですか?」と。
大変いい質問です。次回の講演のネタが出来ました(笑)。病院医療者には本物のケアマネを見たことがない人もいます。病院医療者には介護は別世界だと思います。「病院は医療保険だけですが、家に帰った瞬間から医療保険と介護保険の2本立てになります。介護保険の大将がケアマネです」と説明しました。また在宅看取りの法律についても詳しく説明しました。
「24時間以内に診察した患者は、その病気で亡くなったことが明らかであれば死亡に立ち会わなくても死亡診断書を発行できる」という規則が、
「患者が死亡した場合、24時間に診察していなければ死亡診断書を書けない=警察に通報する」と誤解している医者の多いこと。90%以上の医師のみならず在宅医も誤解しているようです。国は大らかな看取りを保障してくれています。
在宅療養でのご家族の第一の不安は「家で亡くなった場合、警察沙汰にならないか?」です。それを事前にシュミレーションしておくことが在宅看取りでは意外に重要な作業です。実は「はじめての在宅医療」は、この辺の事情を詳しく解説した医療者向けの小冊子です。またこれをベースにした本「在宅療養を支えるすべての人へ」(共著)もたった500円のとてもいい本です。(自画自賛)このあたりを詳しくお話しました。
楢原教授と夕飯を食べました。彼が広島大学の教授に就任してはや5年。教授室には私が贈った時計が置いてあり裏には「平成17年3月17日教授就任記念」と書いていました。そして彼と話すうちに驚くべき現代の医学部教授の実態を知りました。彼は年末年始も1日も休まず仕事をしていました。今朝(土曜日)も吐いているがん患者さんの元に主治医の代わりに診察し、麻薬であるオキシコンチンをヂュロテップパッチに変更し、薬剤部まで自分で薬を取りに行き自分で貼ったそうです。マメさは開業医の私以上です。毎週末は外の病院で当直しますが、これが唯一、彼が癒される時間だそうです。全がん患者に携帯電話番号を教えて、我々と同じようにまさに24時間体制で抗がん剤治療にあたっています。「夜回り先生」ならぬ「夜回り腫瘍内科医やね」と笑いあいました。大きな訴訟リスクを背負いながら死ぬほど働いても年収は1000万円に届きません。彼の話を聞きながら、私は教授出なくてよかった!と思いました。今の教授は3Kです。教育や研究に没頭できる環境ではありません。
彼は2007年のASCOというアメリカのがん治療の学会で「シスプラチンとTS1による胃癌化学療法研究」を発表して日本人として初めてスタンデイングオベーションを浴びた人物です。それだけの医師がまさに研修医以下の待遇で仕事に埋没しているのが日本の教授です。新臨床研修医制度になってから研修医は9時5時のサラリーマンになり下がりました。勤務医の労働環境改善運動には私自身も関わっていますが、研修医は例外です。昔のようにとは言いませんが、どんな世界でもある程度は、下働きの期間も必要だと思います。鉄は熱いうちに打て、です。しかし楢原教授の話を聞くうちにすでにこれは昔話だと思いました。新臨床研修医制度により若い医師がサラリーマン化しました。
教授は1月にアメリカに学会出張していたそうです。「帰りの飛行機(ANA)で映画ロッキーを見ていたら涙が止まらなくなって、スチュワーデスさんに不思議がられた」と告白しながら、彼の眼にはまた涙が光り出しました。抗がん剤治療を受ける患者もつらいけど、それを指揮する、いや全部丸がかえる責任者も辛いものだ、と想像しました。彼は明日の日曜日も7時半から仕事だそうです。負けました。
今の腫瘍内科医は緩和医療もするそうです。また、緩和医療には薬剤師も大きく関与していると聞き、思わず狭間紀代さんのお顔が浮かびました。外科と腫瘍内科のすみ分け、腫瘍内科と緩和医療の関係。そして在宅医療との連携と話題はつきません。今年はどこまで行っても連携・連携だと感じました。
広大な広島大学病院の敷地内には新病棟が建設中でした。そこには巨大な外来スペースがあると聞き、耳を疑いました。明日の朝、MRICに自分が書いた「病院には外来機能は要らない」という論文が配信されます。そうそう外来抗がん剤治療は例外と書くのを忘れました。おもわず「ごめんな」と先に謝りました。
広島発22時26分の最終新幹線に飛び乗ると23時59分に自宅に着きました。たった1時間半で家に帰れます。生まれて初めて広島の地を踏みましたが、広島の近さには驚きました。
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この記事へのコメント
自分自身や家族の命に関わること(死に方・死に場所を含む)を選ぶ場合、
患者側はランキング本やネットの情報、コネにクチコミ・ご紹介など、あらゆるものを頼りますが、「託せる」「託せない」の決め手は直感が大きい気がします。
近年の医療が、どんなに「患者さま」という流行のスタンスをとっていても、組織や医師やスタッフの本質は、直感という形で患者に響きます。
患者側・医療側どちらも生身の人間だから、多忙や過労な時とそうでない時では立ち振る舞いに違いがあるでしょうが、直感に響く本質的なものは、どんな時でもあらゆる場所で、にじみ出ているもんだと思います。
たとえば、カルテを書き込んだ後のペンの置き方で感じたり、診察中にかかってきた電話への口調であったり、階段をあがる後ろ姿であったりいろいろでしょう。
しかし実際には、すべてのケースで患者は直感どおりに進めるかというと、そうではないです。
自分のポジション、相手(組織)の肩書き、流れ、世間体など、たくさんの要素がからみあって、それらを差し引いたり加点した結果が、直感と同じ選択になっているか否かどうか。
生活保護受給者という弱い立場を、文字通り「食い物」にした奈良の病院理事長が逮捕されていますが、きっとこの病院の入院患者さんは、入院する前の待合室ですでに邪悪なものをビンビン感じていたはず。でも抗うことができなかった。
その対岸では、今この瞬間にも患者からのSOSが携帯に飛び込んでくるかもしれない、その重圧と覚悟を背負う長尾先生や広島大学の楢原先生のような医師もいらっしゃるわけです。
どんな職業にもいろんな人がいるわけですが、「せんせい」と呼ばれる職業ほど、その本質の差がダイレクトで、世の中の人たちに大きな影響をもたらしますね。
医師の場合、どこらへんでその分かれ道ができてくるんだろう?!
医師になることを目指す時点で、各人各人もうできあがっているものなのか、医学部に入ってからの6年で決まるのか、そのあとの研修先の出会いでじわじわと形になっていくのだろうか?
いろいろ妄想してしまいます。
Posted by カンダタ at 2010年02月07日 11:01 | 返信
カンダタさま
長尾です。私はカンダタさまが誰か存じ上げませんが、いつも大変的確な洞察をされるので御見識の高さに感心しています。おっしゃるとうりです。
よき医師は意外と身近にいます。またどこの病院にも目立たないけど「医者」がいます。
世の中には、医師免許を持っていても、「医者」と「医者以外」に分かれます。
悲しいけど、私が「こいつは医者やな」と思うのは、100人に1人以下です。
傲慢かもしれないけどそう感じます。学歴やキャリアは関係ありません。
「医者」は1年目から「医者」です。
石川遼君のようにいくら若くても完成されているのです。
私が一緒に仕事をしたいのは、自分が「こいつは医者だな」と認める仲間です。
しかし、偉そうに書いていますが、昨日の伸助のテレビで「外務省をやめて、アフリカの医療に尽くす医師」が紹介されていて大変ショックを受けました。同時に、「俺は医者じゃないな」と悲しくなりました。あの医者はスゴイ。
ブラックジャックみたいな名医もごく稀にいたかもしれませんが、遠い過去の話です。
結局、患者さんには、「この医者なら間違って殺されてもしかたがないな」と思える医者にかかって欲しいと言いたいです。そんな医者がいないのなら、安易にかからないほうがいいよ!とも。無茶ですか?
医師はひとりひとり医者を志した動機が違います。私自身の動機は、昨日の講演ではじめてカミングアウトしたとうりです。恥ずかしくてとても文章に書けませんが。
Posted by 長尾和宏 at 2010年02月08日 02:58 | 返信
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