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日本尊厳死協会とのご縁
2011年05月17日(火)
午後、日本尊厳死協会関西支部の理事会が開かれた。
不肖、私が関西支部の支部長を拝命することになった。
これもご縁。頑張って、尊厳死運動に貢献したい。
不肖、私が関西支部の支部長を拝命することになった。
これもご縁。頑張って、尊厳死運動に貢献したい。
この2月、石飛幸三先生に聞いてみた。
平穏死=尊厳死=自然死で、いいと。
やっぱり、そうだったか。
医療崩壊の、原因の一つは、日本人の死生観の歪みだろう。
医療信仰、病院信仰、名医神話に毎日振り回されている。
100歳になっても、延命治療を望む市民。
そして、それを「是」と信じる医療者が多いのも事実。
なんでこうなったの?
食べれなくなったら、意識が無くても「胃瘻」なの?
「尊厳死運動」は、ライフワークだと思っている。
日々の生活が、尊厳死運動そのもの。
自然に死ぬために、一生懸命生きる・・・
私の任期は、7月1日から。
10月26日の関西支部大会は、講演もさせていただく。
会場は、神戸。 また改めて御案内します。
関西には、すでに2万人近い会員さんがおられる。
尊厳死運動に興味のある方は、是非、御入会ください。
http://www.songenshi-kyokai.com/
7月1日には、新大阪駅近くに待望の関西支部がオープンする。
相談会、勉強会、講演会を活発にしようと、今から意気込んでいる。
平穏死=尊厳死=自然死で、いいと。
やっぱり、そうだったか。
医療崩壊の、原因の一つは、日本人の死生観の歪みだろう。
医療信仰、病院信仰、名医神話に毎日振り回されている。
100歳になっても、延命治療を望む市民。
そして、それを「是」と信じる医療者が多いのも事実。
なんでこうなったの?
食べれなくなったら、意識が無くても「胃瘻」なの?
「尊厳死運動」は、ライフワークだと思っている。
日々の生活が、尊厳死運動そのもの。
自然に死ぬために、一生懸命生きる・・・
私の任期は、7月1日から。
10月26日の関西支部大会は、講演もさせていただく。
会場は、神戸。 また改めて御案内します。
関西には、すでに2万人近い会員さんがおられる。
尊厳死運動に興味のある方は、是非、御入会ください。
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7月1日には、新大阪駅近くに待望の関西支部がオープンする。
相談会、勉強会、講演会を活発にしようと、今から意気込んでいる。
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この記事へのコメント
長尾新支部長に、大きな期待を申し上げます。私が、長尾先生に、理事就任をお願いしたこともあり、更に、超多忙な先生に、新たな役割をお願いすることになって、申し訳なく、また責任も感じています。でも、「尊厳死」運動の拡大が、多くの市民の幸福に必ずつながると信じていますので、私は、親子ほど歳の差がある老体ですが、支部長の手足の一部として活動を推進していきたいと思います。
Posted by 小澤 和夫 at 2011年05月18日 10:50 | 返信
かけがえのない人だったら、意識がなくなっても呼吸をしている限り生きている手ごたえを感じる、心臓が止まっても脳が生きている限り死んでいないと思う、意思表示がなくても生の証がある限りそれを存続させたい、と思うのは人情だと思います。
本人がそれを望むかどうか分かりませんが、1分1秒でも生きてほしいと思うのは自然の事だと思います。
でも自分だったら、やっぱり静かに死なせてほしいと思いますが・・。
やはり長尾先生は患者の味方なのでしょうか。
尊厳死も安楽死もその線引きが難しく、下手をすれば自殺幇助になりかねないと言われているそうですが、社会問題を抜きに考えたらやはり本人の意思に沿うことが一番ですよね。
生きる権利があるように、死ぬ権利もあって当然だと思います。それが自然死につながる必要はあると思いますが。
でも死にたくない!と思っている人には最後の最後まで延命処置をしてあげる、それもその人にとっては自分を尊んでもらえる証であると思いますし、その人にとって何が尊厳なのかを見極めるのは難しいですね。
僭越ながら感想を述べましたm(_ _)m
Posted by 桜 at 2011年05月18日 06:32 | 返信
桜さま:ここで、ご意見を伺えるとは、思ってもみませんでした。有難うございました。
こんな風に、考えています。
①人は誰でも、生まれたからには、必ず死を迎える。
②自分の誕生については自分の意思は働かせませんが、終末の在り方は自分で考えておきたい。
③尊厳死についての主張はするが、人それぞれの生き方があるから、これが唯一絶対、正しいことなんては考えない。
④尊厳死=自然死、平穏死。自らの疾病が不治かつ末期に至った時、健全な判断の下での自己決定により、徒に死期を引き延ばす延命措置を断り、自然の死を受け入れること。但し、苦痛を伴う併発病の治療や末期の苦しみの除去は最大限に求める。(不治、末期、延命措置などの定義は、別途)
⑤安楽死:積極的な方法で、死期を早める。
積極的安楽死:第三者が、筋弛緩剤などの薬物、毒物を投与して死期を早める。
自殺幇助:患者の求めに応じ、死に至らしめる薬を医師が処方し、患者本人がこれを飲む。
尊厳死は、これらを否定しています。
関西支部では、4月から、新大阪駅北側で、事務所を設けました。7月以降、ミニ集会を持って、皆さんと勉強会をと考えていますので、ご関心があれば、どうぞ、ご参加ください。
長文になりました。ご免なさい。
Posted by 小澤 和夫 at 2011年05月18日 11:31 | 返信
小澤 和夫さま
コメントありがとうございます。
文字だけの中で語るにはそれこそ「意を尽くさず」になってしまい、③と⑤については思いはありますがここで語るには限界があります。
尊厳死も医師や家族の精神的なフォローがあって成り立つものだと思いますし、普段から死に対してのしっかりした考えが必要ですね。
私は関東在住の為、ちょっと遠くて行かれませんが少しでも理解が広がるようお祈りいたします。
Posted by 匿名 at 2011年05月19日 01:52 | 返信
そそっかしくてすみません。
小澤 和夫さまへの匿名は桜です。
本文を書いていてついそのまま送信してしまい、失礼しました。
初めに名前、基本ですね(;^_^A
Posted by 桜 at 2011年05月19日 09:09 | 返信
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