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浜通りは「陸の孤島」

現場の声に耳を傾けよう

2011年05月19日(木)

福島県浜通りは、まさに「陸の孤島」状態だ。
南相馬の医療の現状を知り、今後の支援を考えよう。
東大の上昌広先生が南相馬市の医療体制に精力的に取り組まれている。

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以下、東京大学の上昌広先生が書かれた論文を転載します。

福島県浜通地区で支援活動を続けている。現地では学校も始まり、商店街も再開した。日常生活を取り戻しつつある。

医療も、ゆっくりだが復興しつつある。前回、紹介した鹿島厚生病院(南相馬市鹿島区、80床)は、4月27日に入院再開が決定した。地元の人たちには嬉しいニュースだったろう。「みなし30キロ規制」に拘った福島県も、読売新聞のスクープ記事により規制を緩和せざるを得なくなったようだ。

5月12日、鹿島厚生病院の渡部善二郎院長とお会いしたときには、「入院患者が既に24名に増え、パンクするのは時間の問題です。仮設ベッドが必要です」と訴えていた。病院スタッフの士気は高いようだが、前途は多難だ。

これから、被災地の病院はどうあるべきだろうか。医学界の幹部は、病院機能の集約化が必要と考えているようだ。しかしながら、私はこの意見に賛成できない。地元の医療機関を見れば、癌や出産などは、すでに集約化されている。このような医療行為は時間的余裕があり、仙台や福島市の症例数の多い医療機関に搬送することが可能だからだ。霞ヶ関や大学教授が思いつくことは、殆どやりつくされている。

問題は、脳卒中、心筋梗塞などの救急医療だ。一刻を争う。しかしながら、東北地方は広く、交通手段や気候により患者搬送が制約されることが多い。例えば、私が東京から浜通地区に入ろうと思えば、東北自動車道の福島西インターをおりてから、片側一車線の国道を60キロほど運転しなければならない。途中、阿武隈高地を越えるため、相馬・南相馬市までゆうに1時間半はかかる。冬場は積雪する事もある。これでは、救急患者が「ゴールデンタイム」の間に治療を受けることは難しい。

マスメディアはドクターヘリの活用を訴えるが、これも限界がある。悪天候や夜間は飛べないからだ。このように考えれば、浜通地区は「陸の孤島」だ。

象徴的な事件が、5月14日に起こった原発作業員の急死である。心筋梗塞を発症した作業員を福島第一原発からいわき市立総合磐城共立病院に搬送するのに2時間以上を要したことが知られている。東電、政府が総力をあげても、この程度の時間を要する。

やはり、地域医療を守るためには、一定レベルの医師数・病床数が欠かせない。浜通地区の震災復興を考える上での大きな課題である。

 では、現在、浜通地区の医療関係者は何を希望しているのだろうか。それは、増え続ける医療ニーズに対応するため、南相馬市の30キロ圏内の病院の入院再開である。震災前、この地域には、一般病院として南相馬市立総合病院(250床)、大町病院(188床)、小野田病院(189床)、渡辺病院(175床)、精神病院として雲雀丘病院(254床)が存在した。しかしながら、いずれの病院も、原則として入院を停止している。

 震災前、7万人であった南相馬市の人口は、一時1万人まで減ったが、最近は5万人程度まで回復したという。南相馬市の中で最大の町が原町であり、丁度、30キロ圏内に位置する。この地域に入院できる病院がないため、毎日のように急患の「たらいまわし」が生じている。例えば、3月11日から4月20日までに南相馬市内では285名の患者が救急搬送され、うち97名は市外の病院に送られた。緊急治療を要する脳卒中だけでも、45名の患者が発生した。大部分は適切な治療を受けられなかったと言っていい。

 現場は出来るだけの努力をしている。例えば、大町病院は4月6日には外来、そして、程なく入院を再開した。福島県は、5人以内、入院期間3日以内という条件をつけて、入院再開を許可したからだ。しかしながら、大町病院に押し寄せたのは、総胆管結石、心不全、糖尿病性ケトアシドーシス、大腿骨頸部骨折、上腕骨骨折などだ。とても、3日で退院できる病気ではない。一部の患者は遠方に搬送したが、大部分は大町病院で治療した。その中には外科手術も含まれる。大町病院で治療をうけることについては、患者・家族の強い希望があったという。

猪又義光院長は、「福島県からの指導はあるが、全て患者の状態が優先です。医療者として、患者のためにベストを尽くしたい」といい、入院期間や入院患者数は柔軟に対応したようだ。このような猪又院長の姿勢は、福島県にとって面白くなかったようで、再三に亘り規制を遵守するように電話連絡があったという。浜通地区の医療については、福島県の存在が障害となっている。


 福島県も、このままではまずいと思っているのだろう。5月9日には南相馬市立総合病院にも5名を限度に入院再開を許可した。同院では、避難所などに配置転換していた医療スタッフを呼び戻し、16日から入院を再開した。これで、南相馬市で入院できるのは、鹿島厚生病院の80ベッドとあわせて90に増えた。しかしながら、これでは焼け石に水だ。

 そもそも、南相馬市の病院は、なぜ入院を受け入れてはいけないのだろうか。それは、原発事故で屋内避難地域に指定され、その後、緊急時避難準備区域となったからだ。再び、原発事故があった場合、緊急避難が必要になるという。そして、その責任は福島県が負う。

 しかしながら、この理屈は科学的に妥当だろうか?図2は相双地域の人口密度、土壌被曝量、医療機関の分布を示す。原発事故当日の風向きが影響しているのだろう。放射線量が高い地域は原発から北西に伸びている。5つの病院が位置する南相馬市原町区の放射線量はごくわずかだ。伊達市、福島市よりも低い。

 梅雨から夏にかけて、浜通の風は海から内陸部に向かって吹く。この北東の風は浜通地区では「いなせ」、「いなさ」、阿武隈地区では「やませ」と呼ばれ、冷害をもたらすことで有名だ。南風が吹くことは稀で、原発事故が再燃しても、南相馬の市街地が被曝する可能性は低い。

 

 入院病床を閉鎖し続けるリスクと、原発事故の再燃のリスクを天秤にかけた場合、どのように決断すべきか誰の目にも明らかである。地域コミュニティーの継続を考えるなら、入院規制は見直さねばならない。患者に被害が出ていることに加え、スタッフを待機させている民間病院は、いつまでも業務が再開できなければ経営破綻するからだ。事実、幾つかの病院は入院再開を断念し、病院の整理を開始したという。そうなれば、南相馬市の都市機能は長期間にわたり回復しなくなる。

 なぜ、政府は頑なに30キロ規制を遵守するのだろうか。政府や永田町関係者と話して感じることは、南相馬市の桜井勝延南相馬市長への嫌悪感だ。「彼は政府批判しすぎだ。支援する気にならない」という人物までいる。

2009年、「国民の生活が第一」を訴え、熱狂的な支持を集めて政権交代を実現した民主党は、いつの間に、このような政党になってしまったのだろうか。一国民として失望を感じる。政府・与党には、被災地の市長との人間関係ではなく、被災地の人たちの命、そして生活を第一に考えて貰いたいと思う。

確かに、福島第一原発の政府対応に対する、桜井市長の批判は鋭い。米国タイム誌が「世界に影響力のある100人」に選んだため、その影響力は甚大だろう。確かに、桜井市政と市議会の関係も微妙なようで、桜井市長の政治手法に対する民主党の言い分にも一利はあるだろう。

ただ、桜井市長と話していて感じるのは、故郷である南相馬市への愛情だ。彼は、切に地元の復興を願っている。そして、そのためには30キロ圏内の病院の入院を再開し、安心して市民が暮らせるようにしなければならないと考えている。

しかしながら、それを決めるのは政府、とくに菅総理だ。桜井市長だけでは如何ともしがたい。浜岡原発に関する政治判断で支持率を高めた菅総理には、原発規制の見直しについても、英断を期待したい。

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