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フィレンツエ紀行
ミケランジェロと終末期医療
2012年06月19日(火)
チューリッヒまで来たので、ちょっとイタリアのフィレンツエに寄り道をしている。
フィレンチェとはフォローレンス、花が咲くように世の先端を行く街という意味らしい。
中世ヨーロッパ、ルネッサンス、メデイチ家の凄さ、を堪能している。本当に美しい街だ。
6月19日(火) フィレンツエ紀行
ミケランジェロと終末期医療
チューリッヒでの世界会議が終わり、少し寄り道をしてみた。
イタリア中央部のトスカーナ州、フィレンツエ県、フィレンツエ市。
有名なフィレンツエに立ち寄り、今回、初めての観光をした。
今日ばかりは少し旅行話で息抜きさせていただく。
長文になるが、気の向くままに書き綴ってみたい。
お時間のある方、イタリアに興味のあるあなたへ。
● 54人の素手ボクシングが、サッカーの発祥?
フィレンツエがどこにあるのか?どんな所なのか?
予備知識ゼロのオッサンがイタリアの古都を散策する。
まずホテルに着くと前で長い武者パレードが始まった!
中世の騎士の格好をした沢山の男性チームが続々とパレード。
みんな映画に出てきそうな凄い戦闘服を着ている。
旗を振り回して宙高く放り投げて受け取る集団も。
来月末に行く相馬野馬追いを思い出した。
昔からの武闘訓練そのものが、祭りとなっている。
さてパレードの行き先は市の中心の広場に設けられた競技場。
サッカーコートより一回り小さい競技場に27人のマッチョ達
のチーム合計54人が集合し、格闘技が始まった。凄い歓声だ。
格闘技とは、素手での殴り合いと寝技。要するにサシの喧嘩だ。
27人同志が、舞台のあちこちで素手で殴り合いをしていた。
マイクタイソンのような大男があちこちで殴り合いの決闘。
時々、小さなボールを投げたりする。
彼らはこの日のためにトレーニングを積んだスター選手たち。
筋肉、裸、スキンヘッド、刺青、マウスピースで形容しよう。
追っかけファンと、テレビ中継、そして異様な歓声。
超満員のスタジオは、97%がマッチョな男性で多くは裸。
もう夕方とはいえ、暑い暑い。
38度もある。ちなみに昨年は、44度だったそうだ。
フィレンツエ周辺の4つのチームが優勝を争う。
先週が一つ目の試合で、今週が二つ目の試合だ。
来週、これらに勝者同志が「決闘」する。
凄い歓声だ。巨人対阪神戦を遥かに凌ぐ。
広いスタジオで座っている人は皆無だ。
観客は総立ちで地元チームを応援する。
こんな格闘技は見たことが無い。
負傷した格闘者が担架で運び出される。
死者が出るだろう。
これが中世からのサッカーの発祥とは信じられない。
ちなみに日本人には一人も合わなかった。
聞きまくりチケットを入手しての観戦だ。
●中田選手、マドンナ、レデイイガガ
サッカーといえば、中田選手が最後にプレーしたのが
フィレンツエの街だった。
彼は、ここの市民に今でも愛されていた。
前日は、歌手のマドンナが中田選手がかつてプレーした
サッカースタジアムでコンサートを行った。
今日は、美術館を見学するなどフィレンツエを堪能した。
マドンナもイタリア人なら、レデイガガもイタリア人。
デカプリオもロバートデ二―ロもジョントラボルタも。
考えてみれば、有名なイタリア人が一杯いる。
深夜でも街中のスポーツバーは満員。
どこもかしこもサッカー中継で大騒ぎ。
阪神タイガースファンの10倍は騒がしい。
この闘争心は、フィレンツエ2000年の歴史そのもの。
日本人には到底想像すらできない熱い血が、流れている。
こんな土地のプロサッカーで闘った日本人は偉大だ。
●ミケランジェロ と レオナルドダビンチ
市内の広場には、ミケランジェロの彫刻複製がある。
ダビデの像はあまりにも有名だが本物は美術館にある。
昼間もいいが夜のライトアップも荘厳で表現できない。
ミケランジェロは彫刻家として多すぎる業績を残して世を去った。
一方レオナルドダビンチは芸術の他、数学など科学者でもあった。
レオナルドダビンチは、ミケランジジェロより23歳年上だった
ダビンチは年下のミケランジャロには結構辛口だったようだ。
空海と最澄を思いだしたが、時代はそうも大きく変わらない。
ミケランジャロは、89歳と当時にしては、結構長生きした。
ミケランジェロやガリレオが眠る教会が、そこある。
フィレンツエという街は、山に囲まれた盆地にある。
京都と姉妹都市である理由が、ここに来れば分かる。
川の南の小高い丘に登れば、フィレンツエの街を一望できる。
歩こうと思えば全て自分の足で歩けるくらい小さく美しい街だ。
ただし一つ一つの建物はあまりにも偉大で荘厳で気が遠くなる。
有名な芸術家の足跡がいたるところにある。
こんな狭い街に集中している街は知らない。
私が見たヨーロッパの中で一番密度が濃い。
● ルネッサンスまでに、1000年
フィレンンツエを歩くと裸の彫刻が多い。
中世の石の建築物はシンプルで無駄が無い。
そう、ルネッサンスとはフィレンツエが発祥の地。
それまでキリスト教の戒律に1000年間縛られてきた。
厳しい教義に縛られた文化からありのままの姿を見る文化に。
そう、ルネッサンスは、よく「人間復興」と言われる。
「神」が中心の世の中から、「人間」が中心の世の中への転換。
「神」を「医療者」に、「人間」を「患者」に置き換えてみた。
私にとって「ルネッサンス」とは今回の学会旅行かもしれない。
パリのベルサイユ宮殿は、ただただ豪華で綺麗。
ロンドンのバッキンガム宮殿は、宝物が多い。
一方フィレンツエの市庁舎と川向うの別宮殿は、質実剛健だ。
市庁舎、元々はメデイチ家の御屋敷だった。
その後、ここで国会が開かれたこともある。
現在はフィレンツエ市議会が開かれている。
裏にあるウッフッツイ美術館と別宮殿はつながっている。
アルノ川にかかる、かの有名なベッキオ橋の上から
川南にある別宮殿まで、実は長い長い渡り廊下がある。
そこを歩くには10万円かかるそうだが、前日
歌手のマドンナは歩いて川南の宮殿まで渡った。
ベッキオ橋を渡ったところの教会には渡り廊下の休憩所がある。
現在、フィレンツエに住む日本人は2000人。
訪れる観光客は日本人より中国人が遥かに多い。
しかし、日本語メニューを置く店が結構あった。
● メデイチ家と芸術家・科学者たち
メデイチ家の家紋は、6つのお薬を並べたものだ。
商業の中でもメデイシン(お薬)と関係が深かった。
医師ならば、どこか親近感を覚える家紋ではないか。
13~18世紀に栄華を誇ったメデイチ家は、今はもうない。
政略結婚を繰り返した結果、子供が生まれなくなり衰退した。
オランダのハプスブルグ家に引き継がれることになった。
メデイチ家最後の家主は女性だったが、子供を残さなかった。
宮殿は市庁舎(後に国会)にその隣の官庁は美術館に転用した。
美術品をフィレンツエ外に持ち出さないことを条件に市に寄付。
ウッフィッテイ美術館の「ウッフィッテイ」とは英語の「オフィス」。
日本で言う霞が関という「オフィス」が、美術館に転用されたのだ。
永田町と霞が関、そして皇居が近接しているのとどこか似ている。
メデイチ家があったからミケランジェロヤタビンチが活躍できた。
フィレンツエから16世紀ルネサンスが生まれ世界が解放された。
もっとも、「解放」まで1000年もかかったのだが・・・
川沿いに、ガリレオガリレイ博物館がある。
彼が天動説を唱えた時は大変だっただろう。
メデイチ家がガリレオも保護して今がある。
●イタリアの政治家たち
フィレンツエ市の市長さんは現在37歳ととてもお若い。
二世政治家で35歳で市長になったがなかなかの改革派。
城壁内は世界遺産でもあり昨年から車両通行禁止にした。
イタリアはギリシャに並んで、経済危機だと言われる。
消費税は現在21%だが、10月から23%に上がる。
政治家の腐敗が激しいからだと、住人達は言った。
EUに加盟して、イタリアの物価は2倍にはね上がった。
イタリア人の平均所得は、13~18万円程度だという。
そこに消費税23%なので、中々外食は出来ないそうだ。
未だにリラに戻して欲しい、EUから離脱して欲しいと
希望する声がいまだに市民の中にはたくさんあるようだ。
たしかにチューリッヒと比べたら人々の雰囲気は全く違う。
イタリアとう国の歴史は150年と、まだまだ浅い。
共和制だから愛国心というより郷土愛が強いという。
現在、20の州に分かれている。
日本より、方言が強いそうだ。
州が違うと若者でも言葉が通じにくいという。
日本よりも難しい問題をいくつも抱えている。
学者肌の総理に変わったそうだが、あまりいい評判では無い。
イタリアの政治家は飛行機や船を持っている金持ちだそうだ。
みんなそんな政治家を悪く言うがどの国も同じだなと思った。
中世の政治は今から見れば、弱肉強食で無茶苦茶だった。
しかしその結果、天才や素晴らしい世界遺産が生まれて、
芸術が発展し、世界に影響を与え、私は今観光している。
● フィレンツエから日本を想う
日本の室町時代に、フィレンツエではルネッサンスが始まった。
その時代、彼らは日本という国の存在をほとんど知らなかった。
市庁舎の中の地図の部屋にある日本の地図は、無茶苦茶だった。
シニョリーア広場の屋外彫刻が、京都の東寺の立体曼陀羅に見えた
ミケランジェロと空海が、私にはダブって見えたが錯覚だったのか。
室町時代の、西洋と東洋のシンクロニシテイを感じた。
最後にイタリアの医療事情を少しお話しておこう。
イタリアの健康保険で受診するには3~6ケ月待ちだ。
歯が痛い時には高い自費を払えばすぐに診てはくれる。
9ケ月待ちで婦人科の手術をしたという女性と話した。
待ちに待ったが医療費、手術費は確かに無料だったと。
イタリアでも胃ろうの中止が話題になっていると聞いた。
長寿に伴う諸問題は世界共通であることが理解できた。
今回の海外出張で世界各国の終末期事情を肌で知れた。
つたない経験だが、少しでも今後の活動に活かしたい。
世界の尊厳死運動とは、人権運動。
まさに人間復興、ルネッサンスそのものだと確信した。
しかし、フィレンチェでも1000年もかかったのだ。
いくら時間がかかっても、医療のルネッサンスは必要だ。
ミケランジャロのように黙々と彫刻を彫り続けるのみだ。
思い上がりだろうがフィレンツエにいるとそう確信した。
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この記事へのコメント
チューリッヒの世界大会、ご苦労様でした。海外での国際会議は、日本語通訳がついても、結構疲れるものです。その中で、出席者との交流、レポートの執筆と、どこにいても大変でしたね。でも、やや、非日常の何日間の中で、少しはリフレッシュされたことと思います。
世界の中での尊厳死についての違いは、これまでも耳にしたことが何度もありますが、今回は、より身近な情報として、興味を持って読ませていただきました。違いを確かめ合いながら、各国がそれぞれ活動の推進を図る・・・そのための交流ですね。同時に、どの国でも、やはり簡単なテーマではないことを改めて知り、何となく、「やっぱりね」と、安心もしました。以上
Posted by 小澤 和夫 at 2012年06月19日 09:42 | 返信
またしても、当たらない天気予報です。台風4号は、紀伊半島沖を通過して、今は栃木県にいるそうです。ですから。関西には、あまり被害は無かったのではと思います。
ところが、台風5号が22日(木曜日)には、九州南部に中心が,来るとMBS毎日TV
が、言っていました。関空に到着なさるなら、明日20日(水曜日)か、21日(木曜日)が、未だマシかと思います。太平洋高気圧と、大陸の低気圧がともに、強いので、気圧の谷を行く、偏西風の勢いが早いそうです。
いずれにせよ、気をつけて、お帰り下さい。See you again sir!
Posted by 大谷佳子 at 2012年06月19日 11:40 | 返信
街全体が芸術そのものだと思ったフィレンツェ。
長尾先生のフローレンス徒然草、
イタリアを懐かしみながら、楽しく読ませて頂きました。
フィレンツェと京都をシンクロニシティさせる。
分からなくもない気がします。
ダ・ヴィンチの最後の晩餐に描かれているテーブルクロス。
あれは、ダ・ヴィンチがキプロス島を訪れた時に、
レフカラ村で目にしたレフカラレースに惚れて、
イタリアへ持ち帰り、最高傑作となった最後の晩餐に取り入れた、
そうです。
キプロスでレフカラ村を訪れた時、
数々の手製の美しいレフカラレースを手に取りながら、
ダ・ヴィンチがこのレフカラレースを作品に取り入れようと思ったとき、
彼にとってこのレフカラレースに最もふさわしい人物、
それがイエスだったのかな、と想像しました。
イタリア、ダ・ヴィンチ、キプロス島、レフカラレース。
ロマンですね。
Posted by 國本 直子 at 2022年07月21日 09:58 | 返信
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