「袋、持っていますか？」
「何か、袋のようなもの、ありますか？」

私には声をかけてこないので、てっきり
変質者かと思いながら様子を見ていた。
駅に着くと、私の隣に座った。

今度は座った姿勢で、前に立っている若い女性に
同じように声をかけている。
「袋、ありませんか？・・・」

やっぱり変なやつだと思っていた。

その３秒後、噴水のように勢い良く、「嘔吐」した！
満員電車だが、人々は悲鳴を上げて逃げ散った。
綺麗な女性の服がゲロだらけになっている。

半径２ｍ以内が立ち入り禁止区域になった。
食べたものが、全て分かる。
そのうえ、臭い！

サラリーマンのズボンやかばんもゲロだらけ。
みんなエライ事になったと一息つきかけたところに、
「オエー」と、２回目の「噴火」が始まった。

これで立ち入り禁止区域は、半径３ｍ以内に広がった。

若いので、胃袋も大きく、柔軟性がある。
従って吐く量も半端ではない。
飛ぶ範囲も広範だ。

被害者は１０人くらい。
誰も怒っていない。
今朝、アピタルに書いたばかりの「アーミッシュの赦し」を想いだした。

タオルを差し出す人。
スーパーの袋を差し出す人。
テイシュを上げる人・・・

本人の顔も、ゲロだらけ。
可哀そうといえば可哀そう。
かなり酔っているのだ。

私は彼の背中をさすった。
「もう吐かないから大丈夫だよ」なんて慰めた。
彼は茫然としている。

それでも日本人は親切だ。
ゲロをかけられた若い女性も諦めた表情だ。
次の駅が近くなり、電車がブレーキをかけた。

すると、ゲロの塊は、右へ大移動。
多くの人がテイシュをばらまいて、ゲロの移動を阻止しようとした。
駅を出発したら、今度はゲロの塊は、左へ大移動・・・

結局立ち入り禁止区域は、さらに拡大した。
私と彼の二人以外は、立ち入り禁止区域外まで
「避難」している。

やっと降りたい駅に到着。
もう午前零時を回っていた。

誕生日は、ゲロで始まった。
私自身の被害状況を確認した。
ゲロが自分の靴に少しかかっただけだ。

隣に座っていた割には、最小の被害で済んだ。
しかしもし、私の横に座る前、すなわち、真ん前に立っていた時に
「噴火」していたら、いったいどうなっていたのか？

おそらく私自身も、パソコンも、大量のゲロで全滅だっただろう。
わずか、１分の差で、大難を逃れたとも言える。
誕生日の御利益であったのか。

しかし、もし私が真正面から、大噴火の直撃を受けていたら
私は彼を許せるのだろうか？
アーミッシュなら許すだろう。

６月３０日は私の５４歳の誕生日。
エライ幕開け、凄い厄払いとなった。