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おひとりさまは、死んでからでは遅い
2013年05月07日(火)
最近、天涯孤独なある音楽家を御自宅でお看取りした。
その男性は結婚もしておらず、遠くの親戚とも音信不通になっている。
何年か前から、お弟子さんの一人に貯金や通帳を管理してもらっていた。
2~3年前、任意後見をつける話が本人からあった。
しかし指名されたお弟子さんは、お弟子さん仲間から苛められた。
財産を乗っ取ると誤解されたのだ。
我こそを後見人にというお弟子さんが、その人をいじめた。
その方は、後見人になることを保留していた。
そして同様に遺言状も作成できなかった。
口頭では、遠くの親戚が出てきても絶対にあげないこと、
と一番弟子に遺産全部をあげて管理してくれと、何人かのお弟子さんには言っていた。
しかし正式な遺言状は作成しないまま、旅立ってしまった。
このような看取りに立ち会ったあとが困るのだ。
まず、誰がどこの葬儀屋にお願いするのか、お弟子さんたちは誰も決められない。
「長尾先生が決めてください」と頼まれても困る。
葬儀費用を誰が負担するのか?
一番弟子は遠慮している。
また、遺産は誰が管理するのか。
管理する人がいないので、私も誰に向かって話せばいいのか分からない。
本当に困る。
葬儀までは誰かが、お金を立て変える費用を負担しなければならない。
弟子たちは、「どうせ国に遺産が没収されるのなら
葬儀で派手に使ってあげよう」と提案した。
故人はそうは思っていないと、私は思った。
それより膨大な、お宝楽器や関連書籍や資料はそのまま、灰になる。
なぜなら、お弟子さんたちがそれを引き継ぐ権限がないまま亡くなったのだ。
こういう場面に時々遭遇する。
これからおひとり様が増えるが、後見人と遺言だけは、
元気なとこからちゃんとやっておかないと、残された知人が辛い思いをする。
弟子仲間の内紛で、一番かわいがられた弟子は、大きなストレスをも抱えることになる。
後見制度がたとえビジネスであっても、やるべき時はちゃんとやらないと、
現実には悲惨なことになる。
葬儀屋も呼べないのだから、我々医療者にも影響が出る。
嘆いても死んでからでは、遅いのだ。
私が疑問に想ったのは、
後見制度と遺言の関係だ。
後見は死ぬまで。
遺言は死んでから。
まさに、生と死。
しかし両者は繋がっている。
後見制度と遺言制度の連続性や整合性を勉強しなきゃと思い、
GWに税務の本を買い込んだ。
しかしGWが終わると、それを読む時間が無い。
死は社会的なものでもあることを痛感した、看取りだった。
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この記事へのコメント
友達に「財産なんて無いから、遺言や、成年後見なんて、要らないわよ」と言われましたけど、私も「お一人サマ」なんで、遺言書と成年後見制度を利用しようと思います。
ホントに財産なんてないので、恥ずかしいですけど。
Posted by 大谷佳子 at 2013年05月08日 02:59 | 返信
ご無沙汰していました。コメントが、なかなか書けませんでした。
後見人は、私も、きっと、いずれは必要になります。(ため息)
犬のリリーちゃん、頑張っていてくれてたのですね。私も、犬を飼っているので、他人事ではありません。うちの犬にも、寿命まで、しっかり生きてもらいたいし、平穏死してほしいです。
ところで、ベストセラーになった「医療に否定的な本」を書いたドクターと長尾先生、どちらも、私は大好きなんです。
長尾先生、そのドクターと対談してください。
そのドクターも、長尾先生も同じくらい、患者さんのことを本当に考えてくださって発言していらっしゃるドクターだと、私は思います。
長尾先生の疑問を直接、ぶつけていただければ、より良い結論が生まれることと思います。どうか、お願い致します。
Posted by きらきら星 at 2013年05月19日 04:09 | 返信
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