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年越し看取り
2014年01月03日(金)
大晦日の夜もいつものように働いていた。
そして2人の看取りがあった。
うち1人は本当に除夜の鐘を聞きながらの、「年越し看取り」になった。
1人目は大晦日の夕方。
15年ぐらい診てきた人の最期を見届けることができて幸せ。
家族たちとともに、平穏死、大往生を祝い、涙と笑顔で語った。
息をしていないのに気がついたのは実は、ヘルパーさんだった。
偶然だが、そのヘルパーさんは、元有名アイドルの方だった。
彼女は、現在は、ボランテイアでヘルパーをされていたのだ。
今亡くなったばかり人の横で、初対面のヘルパーさんと半時間も話し込んだ。
大往生がつないでくれた、不思議なご縁を感じながら。
介護や大往生の話から一気に、芸能界の話に。
家族も一緒に、昔話に花が咲いた。
帰宅して嫁と年越しそばを食べていたら、また一人、旅立たれたのと電話が。
今夜に往診したばかりで、なんとか年越しができると思っていたのだが・・・・
時計を見ると、まだ午前零時前。
北島三郎さんが歌ったあとだった。
自宅に到着したのは、年が明けた、午前零時半。
こうした場合、私の到着時間は死亡診断書とは関係無い。
亡くなったのはあくまで家族が呼吸停止を確認した時間であり、
年度でいえば、平成25年。
ちょっとの差だが、この差は大きい。
平成25年か26年かでは大違い。
大晦日の深夜に亡くなっても家族との会話は平静そのもの。
子供たちや動物たちと遊びながら、診断書を書いた。
ゆるやかに時間が流れる平穏な最期。
正月なので、慌てても何もないし、慌てる理由はない。
大晦日や元旦に必ずと言っていいほど、死亡診断書を書いてきた。
そういえば勤務医時代は、元旦に4通書いた日もあったことを思い出す。
葬儀屋さんは通常、元旦は休み。
2日か3日から営業開始のところが多い。
となると、遺体になっても自宅にゆっくり居られる。
お身内や看護師たちもゆっくり訪問できる。
年末年始の旅立ちは決して悪くなく、
むしろみんなが休みなのでさらに平穏。
ただし、自宅での平穏死の場合だけかな。
病院勤務医の時は、葬儀のことなど考えたことも無かった。
霊安室から見送ることが看取りだった。
私はつくずくヘンな星の下に生まれていると思う。
なぜ大晦日や元旦という日に、毎年、かくもたくさんのドラマが待っているのか。
「平穏死・10の条件」も一昨年の元旦の看取りから話が始まる。
たった1分違いで仙台行きの飛行機に乗り遅れたばかりに、看取りができた話だ。
なんでこうなるの?
と思う不思議なことばかり起こる年末年始。
あれだけ出歩いているのになぜかほとんどの人の
最期に立ち会っているのはどんなご縁なんだろうか。
実は、大晦日は、ここには書けない珍しいことが、他にもいくつかあった。
とにかく不思議なご縁の中で、平成26年のお正月も生かして頂いている。
年末年始に、患者さんや知り合いを含めて4人もの訃報に接したばかり。
自分が生かされていることが最高の御褒美だと感謝している。
15年ぐらい診てきた人の最期を見届けることができて幸せ。
家族たちとともに、平穏死、大往生を祝い、涙と笑顔で語った。
息をしていないのに気がついたのは実は、ヘルパーさんだった。
偶然だが、そのヘルパーさんは、元有名アイドルの方だった。
彼女は、現在は、ボランテイアでヘルパーをされていたのだ。
今亡くなったばかり人の横で、初対面のヘルパーさんと半時間も話し込んだ。
大往生がつないでくれた、不思議なご縁を感じながら。
介護や大往生の話から一気に、芸能界の話に。
家族も一緒に、昔話に花が咲いた。
帰宅して嫁と年越しそばを食べていたら、また一人、旅立たれたのと電話が。
今夜に往診したばかりで、なんとか年越しができると思っていたのだが・・・・
時計を見ると、まだ午前零時前。
北島三郎さんが歌ったあとだった。
自宅に到着したのは、年が明けた、午前零時半。
こうした場合、私の到着時間は死亡診断書とは関係無い。
亡くなったのはあくまで家族が呼吸停止を確認した時間であり、
年度でいえば、平成25年。
ちょっとの差だが、この差は大きい。
平成25年か26年かでは大違い。
大晦日の深夜に亡くなっても家族との会話は平静そのもの。
子供たちや動物たちと遊びながら、診断書を書いた。
ゆるやかに時間が流れる平穏な最期。
正月なので、慌てても何もないし、慌てる理由はない。
大晦日や元旦に必ずと言っていいほど、死亡診断書を書いてきた。
そういえば勤務医時代は、元旦に4通書いた日もあったことを思い出す。
葬儀屋さんは通常、元旦は休み。
2日か3日から営業開始のところが多い。
となると、遺体になっても自宅にゆっくり居られる。
お身内や看護師たちもゆっくり訪問できる。
年末年始の旅立ちは決して悪くなく、
むしろみんなが休みなのでさらに平穏。
ただし、自宅での平穏死の場合だけかな。
病院勤務医の時は、葬儀のことなど考えたことも無かった。
霊安室から見送ることが看取りだった。
私はつくずくヘンな星の下に生まれていると思う。
なぜ大晦日や元旦という日に、毎年、かくもたくさんのドラマが待っているのか。
「平穏死・10の条件」も一昨年の元旦の看取りから話が始まる。
たった1分違いで仙台行きの飛行機に乗り遅れたばかりに、看取りができた話だ。
なんでこうなるの?
と思う不思議なことばかり起こる年末年始。
あれだけ出歩いているのになぜかほとんどの人の
最期に立ち会っているのはどんなご縁なんだろうか。
実は、大晦日は、ここには書けない珍しいことが、他にもいくつかあった。
とにかく不思議なご縁の中で、平成26年のお正月も生かして頂いている。
年末年始に、患者さんや知り合いを含めて4人もの訃報に接したばかり。
自分が生かされていることが最高の御褒美だと感謝している。
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