- << もし小保方さんが長尾だったら
- HOME
- 野村証券のエンデイングノート >>
このたびURLを下記に変更しました。
お気に入り等に登録されている方は、新URLへの変更をお願いします。
新URL http://blog.drnagao.com
捏造社会
2014年04月11日(金)
STAP騒動は、捏造社会の象徴だと思う。
臨床医学のみならず基礎医学においても捏造が半ば常態化している?
そんなことはないと信じたいが、あまりにも凄い事件がたて続けに起きている。
私は、STAP論文の共著者の処遇に注目している。
小保方さんはともかく、論文に名前を連ねた人が今後、どのような道を歩むのか。
共同責任を問われるのか、問われないのか?
その点が、いちばん知りたい。
一方、デイオバン事件では、厚労省がボバ社を告発した。
官庁が会社を訴えたが、個人レベルでは社長が辞任した。
抗認知症薬事件は、現在、調査中だが、結論は出にくいだろう。
医学分野は、司法がいくら分析しても断定的な結論は出せないはず。
一方、様々な事件における個人の責任について振り返ってみよう。
JR福知山線の脱線事故は、当時の社長さんが責任を問われ、辞任した。
一応、ケジメはついた格好を得た。
オウム真理教事件は、教祖はもちろん極刑だが、
サリンを撒いた部下たちも、重い刑事罰を受けた。
一方、佐村河内騒動で、彼をさんざん持ちあげた、いわば共犯者ともいえる
NHKや新聞週刊誌はお咎めなし。
同様に、近藤某は、ネイチャーではなく、週刊誌レベルでの詐欺なので
これもいまのところ、お咎めなし。
それを持ちあげた、朝日新聞や産経新聞もお咎めなし。
まあ、マスコミとはそんなものだろうが。
福島原発であれだけの人が今も苦しみ、二次災害で死亡している。
その責任は誰が取るおだろうか。
以前、福島裁判をしたほうがいい、とこのブログに書いたが
世界的規模の事故が起きたのに、誰も責任を問われないのが日本社会。
「原発事故は自然災害だから仕方が無い」という命題と、
「STAP事件は悪気が無いのだから仕方がない」という命題と
どちらが悪質だと、世間は判断するのであろうか?
結論を出さないのが日本社会?
フクシマ事故は、政治も司法も責任追及に関しては機能停止している。
さて、最初に戻り、STAP論文の共著者には
どの程度の責任があると、一般の人は考えるのだろうか?
「小保方さんが可哀そう」という世間の声が少なからずあるという現実を
見るにつけ、この国は捏造社会であるのだ、あっても構わないのか、とつくづく感じる。
ダンボール餃子事件にせよ、カラッポのコエンザイムQ10騒動にせよ、
社会的責任や責任の所在という言葉は、もはや死語になったように感じる。
国の劣化を感じる。
あるいは、モラルの劣化といったほうがいいのだろう。
医療・介護のモラルハザードも、すべてが劣化している日本での一現象にすぎない。
自分自身も、足元から見つめ直さないといけない。
しかしできるのか自信が無い。
- << もし小保方さんが長尾だったら
- HOME
- 野村証券のエンデイングノート >>
このたびURLを下記に変更しました。
お気に入り等に登録されている方は、新URLへの変更をお願いします。
新URL http://blog.drnagao.com
コメントする
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL: