産経新聞兵庫版第９回　　　日本一幸せな患者さん
　　　　　　　　　　　　　　　　　　死んで来たのに挨拶もなく自己退院
 
　今週も私が“あの世から生き返らせた”人の話です。昔、救急病院で当直をしていると、死んでいる人が運びこまれました。死亡搬送と言います。しかし肌を触るとまだ温かく、到着直前に救急車内で心肺停止したのは明らかでした。救急隊員からは気管支喘息の重責発作との申し送りを受けました。心電図をつけると波形は完全にフラットでした。直ちに心肺蘇生処置を開始すると１０分程で心拍が再開しました。人工呼吸器をつけたままＩＣＵ（集中治療室）に運び入れたのが２３時頃でした。まだ血圧も充分に上がらないので昇圧剤もたくさん使いながら。

　午前２時には血圧も上昇して。昇圧剤が不要になり自発呼吸もしっかり出てきました。助かった！午前３時には、意識レベルもしっかりしてきたので気管チューブも抜き、当直室に戻り少し仮眠を取りかけました。ところが午前４時にＩＣＵからの電話が鳴った。「患者さんが退院する！といって聞かないので困っています」と。私は、「死んで来たばかりだから、せめて朝まではＩＣＵに居るよう説明してください」と指示しました。しかしその患者さんは、午前５時頃に看護師の制止を振り切って自己退院されました。私は午前８時までが拘束時間だったのですが、挨拶も無いまま出て行かれたのです。わずか６時間の入院でしたが、その中で見事に生を取り戻したのです。

　先週の患者さんは生き返らせた御礼としてお饅頭を持って来てくれましたが、この患者さんは御礼のひとつもないまま立ち去りました。別に饅頭が欲しい訳ではないのですが、本音を言えば必死で生き返らせた人と少しでも話をしたかった。死んで運ばれて来たくせに、何事も無かったかのように立ち去るとは恩知らず！なんてことは言いませんが、せめて私の解放時間までは病院内に居て欲しかった。しかし本人はそんな気持ちを知る由も無い。なんて幸せな人。日本一幸せな患者さんでしょう。

　医者に一生懸命にお願いしても、結果が悪い患者さんがいる一方、死んで来てもちゃんと生き返りそのまま立ち去る患者さんもいる。そもそもこの差とは一体何でしょう。普段の精進でしょうか。私は「運」としか言いようがないと思います。どこにいようが死ぬ時は死ぬし、生き返る時は生き返る。現代医学には生き返らせる道具が沢山あります。イザその時にそうした技術を持った医者との巡り合わせのような気がしてなりません。

　本日２月２１日（土）の２１時～２３時１０分までフジテレビ系（８チャンネル）土曜プレミアムで「中居正広の終活って何なの？－僕はこうして死にたいー」が放映されます。ＡＫＢ４８の指原さん、中村玉緒さん、綾小路きみまろさんはじめとする芸能人が、死について真剣に語り、私も解説者として出演しています。この特番は本邦初の「死」をテーマとしたテレビ番組です。がん医療に関してもとても考えさされる内容だと思うので是非ご覧ください。また今週は、「長尾和宏の死の授業」（ブックマン社）という本も出ました。偶然ですが、テレビと書籍がシンクロした週になります。興味のある方は拙書のほうも是非読んでください。
 
キーワード　心肺蘇生
心肺停止の可能性がある人にはただちに心肺蘇生を始めて脳や心臓に血液を送り続ける必要がある。心肺蘇生は心臓マッサージと人工呼吸の組み合わせが原則だが、医療機関では気管内挿管下に人工呼吸を行う。