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医者叩きがまた始まった
2015年04月24日(金)
実際、患者さんが何人もお亡くなりになっているのだから
門外漢が軽々しくコメントできる立場ではないのだが。
朝日新聞は、社説で「言語道断!」と書いた。
毎日新聞も、さすがに医者叩きは嬉しそうだ。
週刊誌も含めて、医者の立場を擁護するようなコメントは皆無。
報道2001の生放送で述べた私くらいか。
群馬の件をはじめコトの詳細は知らない。
しかし、群馬の事故調査委員会にも問題があるようだ。
同業の専門家たちが断罪するコメントをしているが、その人自身も
同じかそれ以上の失敗をしていることだけは指摘しておきたい。
以下は、MRICに書かれた中村先生の事故報告書の解説。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
*********************************************************************
プロメテウスの責め苦~あるいは専門性とは誰か? 「群馬大学医学部附属病院 腹腔鏡下肝切除術事故調査報告書」について
医師(休診中)
中村 利仁
2015年4月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
ギリシャ神話で人間に火を与えたティターン一族のプロメテウスは、主神ゼウスの怒りによって山に縛り付けられます。生きながらにして毎日肝臓をハゲタカについばまれ、しかし毎夜の内に肝臓は元の大きさまで再生してしまったと言います。
古代ギリシャ人は肝臓の驚くべき再生能力の一端をなぜか既に知っていたのかも知れません。正常な肝臓はその70%近くを切除しても、つまりおよそ35%が残れば、元の大きさまで再生すると言われています。無論、ギリシャ神話のように一晩でというわけには行きませんけれども…。
肝硬変になると再生する余力が失われ、その進み具合によっては、50%でも20%でも切りすぎだということになります。肝臓切除術や生体肝移植では、肝臓の機能がどれほど保たれているのかと同時に、どれだけ肝臓が残せるのかが問題になるわけです。
さて、本件は最早周知の事件となりました。当初、医師の間でも執刀医に対する批判の声は非常に強いものがあります。しかし、事態の推移は同時に、事故調査報告書を作成した側の事故調査委員会にもまた批判の声が向けられる結果となっています。
公表された時点で自分も事故調査報告書を読みました。
【2015年 03月 06日】
腹腔鏡下肝切除術事故調査報告書について
http://hospital.med.gunma-u.ac.jp/?p=4117
当初、この事故調査報告書は、記者発表では「最終」報告書として公表されたものです。しかし、その後、4月2日に調査委員会が追加開催された結果、追記が行われています。主として過失認定の記述を削除すると宣言するものです。
【2015年 04月 08日】
「群馬大学医学部附属病院腹腔鏡下肝切除術事故調査報告書」及び「患者別事故報告書(1)~(8)」への追記について
http://hospital.med.gunma-u.ac.jp/?p=4461
なお、別掲されている報告書等には、「以上のことから,過失か?あったと判断される。」等の過失認定の記載が残されたままになっています。
手続き論などについては既に多くの指摘がありますが、今回はその医学的問題点について若干の検討をしたいと思います。お付き合い下さい。
まず、自分がこの報告書の奇妙さに気付いたのは、本文3ページです。ここには、「…主治医によれば,ICG15 分停滞率の代わりに簡易法であるKICG を測定したとしていたが…」という記載があります。
ここでICGについて、その検査意義や理論について詳しい説明をするつもりはありません。問題はただ、その採血回数にあるからです。
KICGはICG消失率、あるいは単にK値、等と呼ばれます。KICGを算出するためには、ストップウォッチ片手に通常4回の採血が必要です。対してICG15分停滞率は原則2回で、しかも、KICGの最後の採血は一般に15分後であり、従ってICG15分停滞率は測定されています。
つまり、採血回数から見て、簡易法というならKICGではなくICG15分停滞率の方が簡易法なのです。実はICGについてはさらに面倒なICGRmaxなどというものもあるのですが…。なお、これら3種は決して新しい検査ではなく、自分が外科医としての修行を始めた25年ほど前には、既に現場での長い歴史がありました。
さて、そして最終報告書では、KICGの測定されたことを「診療録で確認できたのは2 例」とされています。少なくとも2例(患者別事故調査報告書では(1)と(4))でKICGが測定され、同時にICG15分停滞率が測定されているということになります。ではなぜ、実際には測定されているICG15分停滞率が、その2例で測定されなかったことになっているのでしょうか。奇妙としか言いようがありません。
この報告書の主たる筆者は、明らかに、ICG試験についての基礎的知識がありません。経験も勉強した形跡もありません。採血回数やそのタイミングを知らないことが明らかだからです。実はICG15分停滞率で10%は正常肝と考えられるのですが、筆者はそれも知りません。また、調査委員会のメンバーの誰一人として、事前に調査報告書の内容の医学的精査をしていません。精査していれば当然に気付いて修正されていたはずの間違いです。
また調査委員会は、ほぼ確実に、臨床検査データサーバーの検査データを見ていません。検査データを直接見れば、KICGの算出の前提として、ICG0分値(ICG静注前)、5分値、10分値等と共に15分値=ICG15分停滞率が記載されているからです。またもし別の時間で測定されていても、KICGから15分値を算出するのは容易だからです。
これは自分の想像ですが、おそらくは、この調査報告書の主たる筆者は、電子カルテシステムあるいは診療録サーバーに「転記」、つまりコピペされた検査データだけを見て、臨床検査データシステムの数字は直接見ていないものと思います。
傍証があります。患者別事故調査報告書(5)の「1.1 手術までの経過について」に「手術前の主な検査所見(2014.12.6)」(この日付は中間報告書公表直前であり、杜撰な単純ミスであると考えます)に、「AST53 IU/l,ALT 37 IU/l,LDH245 IU/l」との記載があるのに、総ビリルビン値の記載がありません。術前検査データを直接見ていれば、この欠落に気付いて当然のはずです。肝切除の術前評価にICG15分停滞率が必須と考える人が、総ビリルビン値に興味を感じないというのはやはり奇妙なことだからです。
日本では、肝切除で幕内基準というものが広く愛用されています。対して、アメリカで広く使われてきたのはChild-Pugh分類です。
幕内基準
●ウイルス肝炎!![ IV ]ウイルス性肝疾患に対する治療の進歩 4.肝癌治療の進歩―外科的治療 國土 典宏(72ページ参照)
http://jams.med.or.jp/symposium/full/123070.pdf
Child-Pugh分類
http://minds4.jcqhc.or.jp/minds/kangan/s1.html
前者では1)腹水の有無、2)総ビリルビン値、3)ICG15分停滞率から肝切除範囲を決定しています。(なお、残肝ボリュームの計測を必須としていません。)後者は予後予測のための分類としてデザインされており、1)脳症の有無、2)腹水の有無、3)血清ビリルビン値(=総ビリルビン値)、4)血清アルブミン値、5)プロトロンビン活性値を各々点数化し、総点数でA,B,Cの三群に分類しています。肝切除可能なのはA群のみです。
長い説明で恐縮ですが、つまり、総ビリルビン値は、幕内基準の2)として、またChild-Pugh分類の3)としてその両方で登場しており、ICG15分停滞率は幕内基準の3)として登場しているのです。
また、これが故に、ICG試験は日本では肝硬変あるいは肝硬変合併肝細胞癌等に対してよく行われる検査ですが、アメリカやヨーロッパの外科医達は今でもあまり関心がありません。
病院の情報システム(HIS)はいくつかのシステムが分散統合されて形成されています。電子カルテシステムは、臨床検査データシステムと同様、HISの一部に過ぎません。日常、電子カルテから特定の患者カルテファイルを開いた状態であれば容易に臨床検査データは参照できますが、一度、これをプリントアウト等してシステムから切り離してしまうと、ファイルのリンクによる見読性は喪われてしまう場合があります。
KICGの測定されている患者でICG15分停滞率が測定されていないように見えたのも、肝臓切除の術前検査で総ビリルビン値「だけ」が測定されていないように見えたことも、医師が臨床検査データのコピペの習慣がなかった、そして調査委員会の誰も、臨床検査データシステムのデータを見ようとしなかったということで説明可能です。…あるいは状況から見て、臨床検査データが添付されていたとしても、最終報告書の主たる筆者が目を通していない可能性もあります。
(なお、この報告書の筆者は「肝胆膵外科が専門の外部委員によれば」としてICG試験の重要性を強調していますが、この外部委員が院外委員である神戸大学医学部附属病院特命教授・味木徹夫委員のことを指しているのであれば、味木委員が執筆に積極的に参加しておらず、公表前の医学的精査にも参加していないことを示唆する記述でもあります。)
このKICGをめぐる過誤一つだけ見ても、専門家による精査の痕跡は伺えません。本文の冒頭近くでもあり、気付かない類の間違いではないからです。この報告書が専門家による検討の名に値しないのは、この段階で明らかであると考えます。
また、本文1ページの「1. 概 要」に「…その内の8 例が術後4 か月以内に亡くなっていた。」とあることです。普通、外科医にとっての術死(手術による死亡)は術後30日までです。4ヶ月などという期限の切り方はしません。外科医の発想ではありません。筆者は外科医でないか、敢えて外科医の知識や経験を捨ててこの報告書を書いています。
また、これは異常だと感じたのは、本文1ページの「2-1 問題発覚に至った経緯」です。ここには、大学病院に義務付けられているインシデント・アクシデントレポート(報告書で検討されているのはいずれも死亡例で、レベル5相当)からではなく、医療安全管理部長が「集中治療部に出入りして」いて事態に気付いたことが述べられています。しかし、国立大学病院では、院内死亡については、その死が当初から予測されているもので無い限り、過誤の有無を問わず、インシデントレポートの作成と提出が職員に対して推奨されています。
「国立大学附属病院における医療上の事故等の公表に関する指針(改訂版)」
http://www.univ-hosp.net/guide_cat_04_15.pdf
つまりこれは、患者が死亡したにも拘わらず、集中治療部の医師?看護師の誰一人として、もちろん、執刀医や助手や第二外科病棟医、研修医、病棟看護師の誰一人としてインシデントレポートの作成をしなかったということを意味します。
集中治療部あるいは看護部からのインシデントレポートの作成と提出があれば、医療安全管理部は早期に問題事例の把握ができたことでしょう。そう言えば、医療安全管理部長である永井弥生委員は院内委員のお一人です。また、やはり院内委員のお一人である齋藤繁委員は、群馬大学医学部附属病院集中治療部長です。これに対して、看護部からは院内委員が一人も出されていません。
医療安全管理部長自身が調査委員会の院内委員でありながら、そして、本文9ページの「3-4-1 問題症例把握の体制」でインシデントレポートの作成されなかったことを明記しながら、本文10ページの「6. 結論」で「院内の報告制度は設けられていたが,診療科からの報告がなされておらず,病院として問題事例の把握が遅れた。」と診療科単独の問題に卑小化させています。
インシデントレポートは、診療科が提出しなければならないモノではありません。医療安全対策のための常識として、誰でも気づいた者が提出すればよいのです。これは病院全体の問題なのです。その点に触れようとしないというのは異常としか言いようがありません。
また、他に異常な点が見られるのは、同じく本文1ページの「2-2 調査方針の決定」です。ここには、「…顧問弁護士を含め,肝胆膵外科,医療安全の外部専門家4名に協力を依頼することとした。」との記載があります。本件は腹腔鏡下手術の難易度の話であるはずで、専門家としては開腹での肝切除術を多く手がけてきた医師だけでなく、腹腔鏡下手術の専門家も必要であるはずです。腹腔鏡下手術の専門家の所属するのは日本内視鏡外科学会であり、報告書の中でも同学会腹腔鏡技術認定医について触れられています。
院外委員の中では、味木委員が胆道疾患専門で、かつ内視鏡外科学会の技術認定医ですが、院内委員には同様の資格あるいは経験を持つ外科医は他に見当たりません。しかも、報道によると味木委員を含む院外委員は初回第一回の委員会に参加を求められただけであったとされています。
群馬大病院、腹腔鏡報告書を無断修正(2015年4月1日 読売新聞)
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=116728
それが事実であれば、報告書2ページに記載されている第5回~第8回委員会での事例検討には、腹腔鏡下肝切除術の経験のある医師が全く参加していなかったということになります。
この報告書を書いたのは、肝臓切除にも、腹腔鏡下手術にも、医療安全の常識にも無知な素人であり、とてものことに専門家による検討が行われた報告書とは言えません。
本文3ページでは,「肝臓の容量計算(volumetry)」について触れられています。
CTが登場してからまもなく、固形臓器の容量計算が試みられるようになりました。25年ほど前には既にマス目を使った手計算や、CTで臓器外縁等を手作業でプロットしたデータからBASIC等で書かれたプログラムで自動的に残肝ボリュームを算出することが行われていました。今では多くのCT機種で直接に容量計算が行えます。
デジタルデータはもちろん、フィルムなど何らかの形でCTやMRIが残っていれば、後から容量計算を行うことは容易で、事故調査委員会の主張の流れとしては、当然に行うべき作業です。少なくとも患者3と患者7については術前CT等が、患者8については術後CT等が残されていることが報告書本文に明記あるいは示唆されています。他の症例についても、術前の質的診断の中でCTは撮られています。おそらく全ての症例でCTを取り寄せ、残肝の容量計算はできるはずですが、調査委員会は行っていません。調査委員会はなぜ容量計算を自ら行おうとせず幕引きしようとしたのでしょうか。
やはりここは、専門的知識に基づく調査など、所詮は必要とされていなかったと考えるしかありません。結論ありき、まず過失認定ありきの報告書ではなかったのでしょうか。そういう前例は、東京女子医大病院人工心肺事件、福島県立大野病院事件など、決して少なくありません。
術前の肝機能評価の必要性を記載しながら、基礎的データについての知識を得ようともせず、提出された診療録データだけで充分として、検査データサーバーにも医療用画像保存通信システム(PACS)にもアクセスせず、見もせずにICG15分停滞率が計測されていないと決めつけ、CTを取り寄せて容量計算をするなどの当然やるべき検討をしていない調査報告書の、何を信用に値すると考えればいいのでしょうか。もはや、事実として記載されている部分についても、疑って懸かるのが当然でしょう。
群馬大学は再調査の方向性を打ち出すようです。この報告書で過失を宣告された医師にどれほどの瑕疵があったのか、その検討は無論必要です。また、それ以上に、もう少し真面目な再発防止策の検討が必要でしょう。
しかし、同時に、このあまりにもいい加減な事故調査報告書の存在自体が、医療安全システムの中に生まれた大きな事故のひとつでもあります。患者と科学コミュニティに対する裏切りであり、原因分析と再発予防が必要と思います。こういう結論ありきの杜撰な事故調査報告書は、これで最後にしたいものです。
【付記】明記しておくべきですが、自分は本件に関与している群馬大学医学部附属病院の関係者の誰とも、また、知る限りの範囲で、患者やその家族と直接の利害関係を持っておりません。また、お断りしておかねばなりませんが、外科医としての10年の修行期間の間に、自分自身で肝切除術や肝移植を執刀したことはなく、わずかな経験も助手として術野に入ったに過ぎません。つまり自分もまた、腹腔鏡下肝臓切除術の専門家ではないのです。
門外漢が軽々しくコメントできる立場ではないのだが。
朝日新聞は、社説で「言語道断!」と書いた。
毎日新聞も、さすがに医者叩きは嬉しそうだ。
週刊誌も含めて、医者の立場を擁護するようなコメントは皆無。
報道2001の生放送で述べた私くらいか。
群馬の件をはじめコトの詳細は知らない。
しかし、群馬の事故調査委員会にも問題があるようだ。
同業の専門家たちが断罪するコメントをしているが、その人自身も
同じかそれ以上の失敗をしていることだけは指摘しておきたい。
以下は、MRICに書かれた中村先生の事故報告書の解説。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
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プロメテウスの責め苦~あるいは専門性とは誰か? 「群馬大学医学部附属病院 腹腔鏡下肝切除術事故調査報告書」について
医師(休診中)
中村 利仁
2015年4月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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ギリシャ神話で人間に火を与えたティターン一族のプロメテウスは、主神ゼウスの怒りによって山に縛り付けられます。生きながらにして毎日肝臓をハゲタカについばまれ、しかし毎夜の内に肝臓は元の大きさまで再生してしまったと言います。
古代ギリシャ人は肝臓の驚くべき再生能力の一端をなぜか既に知っていたのかも知れません。正常な肝臓はその70%近くを切除しても、つまりおよそ35%が残れば、元の大きさまで再生すると言われています。無論、ギリシャ神話のように一晩でというわけには行きませんけれども…。
肝硬変になると再生する余力が失われ、その進み具合によっては、50%でも20%でも切りすぎだということになります。肝臓切除術や生体肝移植では、肝臓の機能がどれほど保たれているのかと同時に、どれだけ肝臓が残せるのかが問題になるわけです。
さて、本件は最早周知の事件となりました。当初、医師の間でも執刀医に対する批判の声は非常に強いものがあります。しかし、事態の推移は同時に、事故調査報告書を作成した側の事故調査委員会にもまた批判の声が向けられる結果となっています。
公表された時点で自分も事故調査報告書を読みました。
【2015年 03月 06日】
腹腔鏡下肝切除術事故調査報告書について
http://hospital.med.gunma-u.ac.jp/?p=4117
当初、この事故調査報告書は、記者発表では「最終」報告書として公表されたものです。しかし、その後、4月2日に調査委員会が追加開催された結果、追記が行われています。主として過失認定の記述を削除すると宣言するものです。
【2015年 04月 08日】
「群馬大学医学部附属病院腹腔鏡下肝切除術事故調査報告書」及び「患者別事故報告書(1)~(8)」への追記について
http://hospital.med.gunma-u.ac.jp/?p=4461
なお、別掲されている報告書等には、「以上のことから,過失か?あったと判断される。」等の過失認定の記載が残されたままになっています。
手続き論などについては既に多くの指摘がありますが、今回はその医学的問題点について若干の検討をしたいと思います。お付き合い下さい。
まず、自分がこの報告書の奇妙さに気付いたのは、本文3ページです。ここには、「…主治医によれば,ICG15 分停滞率の代わりに簡易法であるKICG を測定したとしていたが…」という記載があります。
ここでICGについて、その検査意義や理論について詳しい説明をするつもりはありません。問題はただ、その採血回数にあるからです。
KICGはICG消失率、あるいは単にK値、等と呼ばれます。KICGを算出するためには、ストップウォッチ片手に通常4回の採血が必要です。対してICG15分停滞率は原則2回で、しかも、KICGの最後の採血は一般に15分後であり、従ってICG15分停滞率は測定されています。
つまり、採血回数から見て、簡易法というならKICGではなくICG15分停滞率の方が簡易法なのです。実はICGについてはさらに面倒なICGRmaxなどというものもあるのですが…。なお、これら3種は決して新しい検査ではなく、自分が外科医としての修行を始めた25年ほど前には、既に現場での長い歴史がありました。
さて、そして最終報告書では、KICGの測定されたことを「診療録で確認できたのは2 例」とされています。少なくとも2例(患者別事故調査報告書では(1)と(4))でKICGが測定され、同時にICG15分停滞率が測定されているということになります。ではなぜ、実際には測定されているICG15分停滞率が、その2例で測定されなかったことになっているのでしょうか。奇妙としか言いようがありません。
この報告書の主たる筆者は、明らかに、ICG試験についての基礎的知識がありません。経験も勉強した形跡もありません。採血回数やそのタイミングを知らないことが明らかだからです。実はICG15分停滞率で10%は正常肝と考えられるのですが、筆者はそれも知りません。また、調査委員会のメンバーの誰一人として、事前に調査報告書の内容の医学的精査をしていません。精査していれば当然に気付いて修正されていたはずの間違いです。
また調査委員会は、ほぼ確実に、臨床検査データサーバーの検査データを見ていません。検査データを直接見れば、KICGの算出の前提として、ICG0分値(ICG静注前)、5分値、10分値等と共に15分値=ICG15分停滞率が記載されているからです。またもし別の時間で測定されていても、KICGから15分値を算出するのは容易だからです。
これは自分の想像ですが、おそらくは、この調査報告書の主たる筆者は、電子カルテシステムあるいは診療録サーバーに「転記」、つまりコピペされた検査データだけを見て、臨床検査データシステムの数字は直接見ていないものと思います。
傍証があります。患者別事故調査報告書(5)の「1.1 手術までの経過について」に「手術前の主な検査所見(2014.12.6)」(この日付は中間報告書公表直前であり、杜撰な単純ミスであると考えます)に、「AST53 IU/l,ALT 37 IU/l,LDH245 IU/l」との記載があるのに、総ビリルビン値の記載がありません。術前検査データを直接見ていれば、この欠落に気付いて当然のはずです。肝切除の術前評価にICG15分停滞率が必須と考える人が、総ビリルビン値に興味を感じないというのはやはり奇妙なことだからです。
日本では、肝切除で幕内基準というものが広く愛用されています。対して、アメリカで広く使われてきたのはChild-Pugh分類です。
幕内基準
●ウイルス肝炎!![ IV ]ウイルス性肝疾患に対する治療の進歩 4.肝癌治療の進歩―外科的治療 國土 典宏(72ページ参照)
http://jams.med.or.jp/symposium/full/123070.pdf
Child-Pugh分類
http://minds4.jcqhc.or.jp/minds/kangan/s1.html
前者では1)腹水の有無、2)総ビリルビン値、3)ICG15分停滞率から肝切除範囲を決定しています。(なお、残肝ボリュームの計測を必須としていません。)後者は予後予測のための分類としてデザインされており、1)脳症の有無、2)腹水の有無、3)血清ビリルビン値(=総ビリルビン値)、4)血清アルブミン値、5)プロトロンビン活性値を各々点数化し、総点数でA,B,Cの三群に分類しています。肝切除可能なのはA群のみです。
長い説明で恐縮ですが、つまり、総ビリルビン値は、幕内基準の2)として、またChild-Pugh分類の3)としてその両方で登場しており、ICG15分停滞率は幕内基準の3)として登場しているのです。
また、これが故に、ICG試験は日本では肝硬変あるいは肝硬変合併肝細胞癌等に対してよく行われる検査ですが、アメリカやヨーロッパの外科医達は今でもあまり関心がありません。
病院の情報システム(HIS)はいくつかのシステムが分散統合されて形成されています。電子カルテシステムは、臨床検査データシステムと同様、HISの一部に過ぎません。日常、電子カルテから特定の患者カルテファイルを開いた状態であれば容易に臨床検査データは参照できますが、一度、これをプリントアウト等してシステムから切り離してしまうと、ファイルのリンクによる見読性は喪われてしまう場合があります。
KICGの測定されている患者でICG15分停滞率が測定されていないように見えたのも、肝臓切除の術前検査で総ビリルビン値「だけ」が測定されていないように見えたことも、医師が臨床検査データのコピペの習慣がなかった、そして調査委員会の誰も、臨床検査データシステムのデータを見ようとしなかったということで説明可能です。…あるいは状況から見て、臨床検査データが添付されていたとしても、最終報告書の主たる筆者が目を通していない可能性もあります。
(なお、この報告書の筆者は「肝胆膵外科が専門の外部委員によれば」としてICG試験の重要性を強調していますが、この外部委員が院外委員である神戸大学医学部附属病院特命教授・味木徹夫委員のことを指しているのであれば、味木委員が執筆に積極的に参加しておらず、公表前の医学的精査にも参加していないことを示唆する記述でもあります。)
このKICGをめぐる過誤一つだけ見ても、専門家による精査の痕跡は伺えません。本文の冒頭近くでもあり、気付かない類の間違いではないからです。この報告書が専門家による検討の名に値しないのは、この段階で明らかであると考えます。
また、本文1ページの「1. 概 要」に「…その内の8 例が術後4 か月以内に亡くなっていた。」とあることです。普通、外科医にとっての術死(手術による死亡)は術後30日までです。4ヶ月などという期限の切り方はしません。外科医の発想ではありません。筆者は外科医でないか、敢えて外科医の知識や経験を捨ててこの報告書を書いています。
また、これは異常だと感じたのは、本文1ページの「2-1 問題発覚に至った経緯」です。ここには、大学病院に義務付けられているインシデント・アクシデントレポート(報告書で検討されているのはいずれも死亡例で、レベル5相当)からではなく、医療安全管理部長が「集中治療部に出入りして」いて事態に気付いたことが述べられています。しかし、国立大学病院では、院内死亡については、その死が当初から予測されているもので無い限り、過誤の有無を問わず、インシデントレポートの作成と提出が職員に対して推奨されています。
「国立大学附属病院における医療上の事故等の公表に関する指針(改訂版)」
http://www.univ-hosp.net/guide_cat_04_15.pdf
つまりこれは、患者が死亡したにも拘わらず、集中治療部の医師?看護師の誰一人として、もちろん、執刀医や助手や第二外科病棟医、研修医、病棟看護師の誰一人としてインシデントレポートの作成をしなかったということを意味します。
集中治療部あるいは看護部からのインシデントレポートの作成と提出があれば、医療安全管理部は早期に問題事例の把握ができたことでしょう。そう言えば、医療安全管理部長である永井弥生委員は院内委員のお一人です。また、やはり院内委員のお一人である齋藤繁委員は、群馬大学医学部附属病院集中治療部長です。これに対して、看護部からは院内委員が一人も出されていません。
医療安全管理部長自身が調査委員会の院内委員でありながら、そして、本文9ページの「3-4-1 問題症例把握の体制」でインシデントレポートの作成されなかったことを明記しながら、本文10ページの「6. 結論」で「院内の報告制度は設けられていたが,診療科からの報告がなされておらず,病院として問題事例の把握が遅れた。」と診療科単独の問題に卑小化させています。
インシデントレポートは、診療科が提出しなければならないモノではありません。医療安全対策のための常識として、誰でも気づいた者が提出すればよいのです。これは病院全体の問題なのです。その点に触れようとしないというのは異常としか言いようがありません。
また、他に異常な点が見られるのは、同じく本文1ページの「2-2 調査方針の決定」です。ここには、「…顧問弁護士を含め,肝胆膵外科,医療安全の外部専門家4名に協力を依頼することとした。」との記載があります。本件は腹腔鏡下手術の難易度の話であるはずで、専門家としては開腹での肝切除術を多く手がけてきた医師だけでなく、腹腔鏡下手術の専門家も必要であるはずです。腹腔鏡下手術の専門家の所属するのは日本内視鏡外科学会であり、報告書の中でも同学会腹腔鏡技術認定医について触れられています。
院外委員の中では、味木委員が胆道疾患専門で、かつ内視鏡外科学会の技術認定医ですが、院内委員には同様の資格あるいは経験を持つ外科医は他に見当たりません。しかも、報道によると味木委員を含む院外委員は初回第一回の委員会に参加を求められただけであったとされています。
群馬大病院、腹腔鏡報告書を無断修正(2015年4月1日 読売新聞)
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=116728
それが事実であれば、報告書2ページに記載されている第5回~第8回委員会での事例検討には、腹腔鏡下肝切除術の経験のある医師が全く参加していなかったということになります。
この報告書を書いたのは、肝臓切除にも、腹腔鏡下手術にも、医療安全の常識にも無知な素人であり、とてものことに専門家による検討が行われた報告書とは言えません。
本文3ページでは,「肝臓の容量計算(volumetry)」について触れられています。
CTが登場してからまもなく、固形臓器の容量計算が試みられるようになりました。25年ほど前には既にマス目を使った手計算や、CTで臓器外縁等を手作業でプロットしたデータからBASIC等で書かれたプログラムで自動的に残肝ボリュームを算出することが行われていました。今では多くのCT機種で直接に容量計算が行えます。
デジタルデータはもちろん、フィルムなど何らかの形でCTやMRIが残っていれば、後から容量計算を行うことは容易で、事故調査委員会の主張の流れとしては、当然に行うべき作業です。少なくとも患者3と患者7については術前CT等が、患者8については術後CT等が残されていることが報告書本文に明記あるいは示唆されています。他の症例についても、術前の質的診断の中でCTは撮られています。おそらく全ての症例でCTを取り寄せ、残肝の容量計算はできるはずですが、調査委員会は行っていません。調査委員会はなぜ容量計算を自ら行おうとせず幕引きしようとしたのでしょうか。
やはりここは、専門的知識に基づく調査など、所詮は必要とされていなかったと考えるしかありません。結論ありき、まず過失認定ありきの報告書ではなかったのでしょうか。そういう前例は、東京女子医大病院人工心肺事件、福島県立大野病院事件など、決して少なくありません。
術前の肝機能評価の必要性を記載しながら、基礎的データについての知識を得ようともせず、提出された診療録データだけで充分として、検査データサーバーにも医療用画像保存通信システム(PACS)にもアクセスせず、見もせずにICG15分停滞率が計測されていないと決めつけ、CTを取り寄せて容量計算をするなどの当然やるべき検討をしていない調査報告書の、何を信用に値すると考えればいいのでしょうか。もはや、事実として記載されている部分についても、疑って懸かるのが当然でしょう。
群馬大学は再調査の方向性を打ち出すようです。この報告書で過失を宣告された医師にどれほどの瑕疵があったのか、その検討は無論必要です。また、それ以上に、もう少し真面目な再発防止策の検討が必要でしょう。
しかし、同時に、このあまりにもいい加減な事故調査報告書の存在自体が、医療安全システムの中に生まれた大きな事故のひとつでもあります。患者と科学コミュニティに対する裏切りであり、原因分析と再発予防が必要と思います。こういう結論ありきの杜撰な事故調査報告書は、これで最後にしたいものです。
【付記】明記しておくべきですが、自分は本件に関与している群馬大学医学部附属病院の関係者の誰とも、また、知る限りの範囲で、患者やその家族と直接の利害関係を持っておりません。また、お断りしておかねばなりませんが、外科医としての10年の修行期間の間に、自分自身で肝切除術や肝移植を執刀したことはなく、わずかな経験も助手として術野に入ったに過ぎません。つまり自分もまた、腹腔鏡下肝臓切除術の専門家ではないのです。
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