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亀田総合病院地域医療学講座
2015年05月20日(水)
千葉県鴨川市に亀田総合病院がある。
医療者であれば、一度はお金を払ってここを見学しておくべきだ。
私は2年前ここで亀田三兄弟先生と有名な小松秀樹先生とお会いした。
医療者であれば、一度はお金を払ってここを見学しておくべきだ。
私は2年前ここで亀田三兄弟先生と有名な小松秀樹先生とお会いした。
講演に呼ばれたのだ。
その前に、亀田理事長に広大な病院をすべて案内して頂いた。
まさにSF映画のような世界だった。
日本にこんな病院があることを知り、驚いた。
沢山の医師が働いていた。
研修医の教育にも熱心だった。
無料低額診療に対応するために数十人のMSW軍団が配属されていた。
世間では誤解があるが、徹底的に弱者のための医療が展開されていた。
その亀田に地域医療学講座の近況が届いた。
尊敬申し上げる小松秀樹先生らの奮闘を知り、エールを送りたい。
明日は、亀田におられた小野沢滋先生らと厚労省でプレスリリースをする。
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亀田総合病院地域医療学講座の苦難と千葉県の医療行政(1)
亀田総合病院地域医療学講座プログラムディレクター
小松秀樹
2015年5月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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◆突然の補助金打ち切り通告
2015年5月1日、新しく厚生労働省から着任した千葉県健康福祉部医療整備課の高岡志帆課長と新田徹医師・看護師確保推進室長から、亀田総合病院地域医療学講座(以下、講座)の昨年度の補助金を1800万円から1500万円に削減する、今年度の予算は打ち切りにすると告げられた。2015年3月30日付けの1800万円の交付決定通知(千葉県医指令2082号)が送付されてきていたにもかかわらずである。徹底した抗議で抵抗しなければ、予算削減に同意したことにされる。それが県のやり方である。新田室長は理由として、予算がなくなったこと、当初より2分の1補助だったことを挙げた。予算がなくなったとすれば、流用であり許されることではない。
そもそも、2分の1補助であることは全く告げられていなかったし、2013年度は講座からの当初の請求額を小さくするよう要請され、最終的に、補助率10分の10として、11,377千円が補助金として交付された。後述するように、講座の活動は知的成果を生みだすことであり、膨大な作業を必要とする。講座に従事している職員の労働時間分の人件費は、事業費に含まれる。映像の撮影編集など外部への委託を含めて、総事業費は補助金のほぼ2倍になる。
講座には、国から千葉県に交付された地域医療再生臨時特例交付金(平成24年度補正予算分)から3年間で5400万円が補助金として支給されることになっていた。2014年3月10日の医師・看護師確保推進室の吉森和宏氏からのメールを引用する。
来年度以降の予算額について、平成26年4月以降に具体的に検討していきたいと思いますが、すでに平成26年度の当初予算額を18,000千円に組んでいるので、私の案としては、平成27年度に調整していただくことはいかがでしょうか。
平成25年度 11,377千円(補助額)
平成26年度 18,000千円(補助額)
平成27年度 24,623千円(補助額)
計 54,000千円(補助額)
講座では地域包括ケアについての映像シリーズ36本、書籍、規格を作成すべく、作業を行ってきた。DVDと書籍については、すべての基礎自治体と保健所に配布したい、ついては千葉県から配布してもらいたい旨、2015年2月4日、目黒敦前医療整備課長と早川直樹前医師・看護師確保推進室長に説明し了承されていた。
映像と書籍は2015年5月10日現在、最終的な編集の詰めの段階にある。販売についても業者と最終調整に入っていた。プロモーションについても、業者に委託することにしていた。
予算が来ないと大きな損失を被ることになる。高岡課長と新田室長に2時間にわたって抗議するとともに、事業の概要とこれまでの経緯を説明した。高岡課長からは、県庁に持ち帰って再検討するとの返事をいただいた。
◆千葉県地域医療再生計画
従来、我々は地域医療再生計画について大きな問題があると認識していた。2012年8月31日の千葉県地域医療再生本部会議で、2009年度の地域医療再生臨時特例交付金50億円にかかる事業の中間報告が行われた。計画の対象となった2次医療圏は、香取海匝医療圏と、山武長生夷隅医療圏である。大半の費用が東千葉メディカルセンターに投入されていた。医療人材不足の中での三次救急病院の新設は、地域の医療提供体制に混乱をもたらすと予想していたが、実際にそうなった。講座の一員である小松俊平は、この会議に随行者として出席し、事業に疑問を抱いた(1)。
中間報告には、2011年度までの事業実績が記載されている。そこから分かるのは、事業費の多くは、病院の施設・備品代、情報システム整備代、イベント代、講座代にあてられたということである。補助がなくても診療報酬で対応できるものや、切実性の低いものばかりであった。
結局、50億円もの交付金は、医師・看護師の養成にはまったく使われなかった。
千葉県における医療供給の阻害要因は、極度の医師・看護師不足である。事態を改善するには、医師・看護師の養成数を増やすしかない。養成数を増やさずに、公費を使って無理に特定の病院で医師・看護師を確保しようとすれば、他の病院の医師・看護師が奪われ、あるいは他の病院の医師・看護師を確保するための費用が押し上げられる。
千葉県は、極端な看護師不足にある。しかも、全国第2位の速度で高齢者が増加している。千葉県が2014年4月に発表した推計では、2025年には、14,000人看護師が不足する。看護師養成数は少なく、2009年、人口当たりの看護学生数は全国45位だった。同年、千葉県では看護師養成数が減少に転じたが、原因の一つは千葉県自体にある。2009年、千葉県立衛生短期大学、千葉県立医療技術大学校が再編整備され、千葉県立保健医療大学に改組された。結果として、千葉県による看護師養成数が1学年240人から80人に減少した。明らかな失政である。
◆医師・看護師を確保するには養成するのがベスト
2013年4月、千葉県から亀田医療大学に地域医療学講座の話が持ち込まれた。地域医療学講座の目的は、地域の医師、看護師確保である。
医師、看護師を確保するには、養成するのが最も有効である。
看護師については、資格を持っているにもかかわらず看護師として働いていない潜在看護師を再教育して復帰を促す方法がある。潜在看護師掘り起し事業は、すでに亀田総合病院の看護部が実施してきた。今後も継続する予定である。工夫を凝らして努力しているが、成果は極めて限られている。これは、全国的な傾向でもある。
亀田グループの2013年4月時点における看護師養成数は、亀田医療技術専門学校と亀田医療大学合わせて、1学年160人だった。2014年4月には館山市で安房医療福祉専門学校を開校させることになっていた。グループで年間200人養成することになる。ギリギリの経営状態の中で、看護師養成に多額の資金を病院から支出している(2)。最も効果的な補助金の使い方は県内の看護学校の経常経費に投入することであるが、千葉県は再三の要請にもかかわらず、これを拒んでいる。
医師確保についても養成するのが最も効果的である。我々は、メディカル・スクールの創設を働きかけてきたが、法律を変えない限り認められることはない。
養成できないとすれば、県外、あるいは、外国から呼ぶしかない。医師については免許の関係で、外国から簡単に招くことはできない。看護師については、亀田総合病院は中国、フィリピン、韓国から看護師を招いて、日本の資格を取得させるために費用をかけて教育している。
亀田医療大学で地域医療学講座の準備を進めていたところ、県内の教育機関から横やりが入り、亀田総合病院にこの話が回ってきた。千葉県は、地域の医師、看護師を対象に講演や講習を頻繁に行うことを期待していた。全国に働きかけなければ確保対策になるはずがない。2013年9月ごろ、亀田総合病院の亀田信介院長から、筆者と小松俊平経営企画室員に対し、地域医療学講座について、前提を捨てて考えるよう指示された。講座そのものの理念、方法から新たに考えることになった。
◆南相馬市立総合病院の医師確保
全国で医師確保対策が問題になっている。医師を確保するためには、その病院が医師にとって魅力的でなければならない。魅力とは、優れた卒後教育を提供していること、社会の要請に応えようとしていること、医師のやりがいと誇りを演出することである。特定の大学に支配されていないことも、全国から医師を集めるための必須条件である。魅力を提示できない場合、大学に多額の費用を支払って、寄付講座を設置し、そこから医師を病院に派遣するという方法がとられている。少数の医師を確保できるかもしれないが、他大学の卒業生の参入を減らす。大規模病院では必要医師数が多いため、特定大学だけに頼るのは自殺行為である。
筆者は南相馬市立総合病院の医師確保対策に関わってきた。亀田グループは東日本大震災でさまざまな支援活動を展開した。透析患者61人とその家族、病院職員を南房総に受け入れた。老健小名浜ときわ苑の丸ごと疎開作戦を立案し、利用者120人と職員50人をかんぽの宿鴨川に受け入れた。磐城共立病院の人工呼吸器装着患者8人を亀田総合病院に受け入れた。福島県社会福祉事業協会の知的障害者施設9施設の利用者約300人と職員100人を鴨川青年の家に受け入れた。南相馬市立総合病院に医師1人、リハビリ職員2人を派遣した。
南相馬市立総合病院(180床)は、12人いた常勤医師が震災後4人にまで減少した。桜井勝延南相馬市長、金沢幸夫院長に依頼され、筆者は、東京大学医科学研究所の上昌広教授、亀田総合病院の亀田信介院長と共に、医師確保策を立案、実行した。筆者は、公立相馬病院と南相馬市立総合病院を統合させて臨床研修病院にすることを提案した。統合は実現できなかったが、亀田総合病院が研修の足りない部分を補完するという条件で、南相馬市立総合病院は臨床研修病院に指定された。
医科学研究所の大学院生である坪倉正治医師は、内部被ばくについて科学的に調査し、世界に向かって発信し続けた。亀田総合病院から出向した原澤慶太郎医師が仮設住宅で診療を開始し、医学雑誌ランセットに報告した。根本剛医師が在宅診療部を創設した。東大の国際保健学チームが震災関連の情報を科学的に分析し、世界の学術雑誌に発信した。2015年4月に入職した4人の初期研修医の1人は、若い医師が活躍していること、価値がありいきがいの感じられる活動が行われていることをインターネットで知って応募した。2015年4月段階で、常勤医師数は29人になった。これほど成功した医師確保対策を筆者は他に知らない。
(2)につづく
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亀田総合病院地域医療学講座の苦難と千葉県の医療行政(2)
亀田総合病院地域医療学講座プログラムディレクター
小松秀樹
2015年5月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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◆映像シリーズと書籍
日本では、少子化によって社会が大きく変化している。高齢化、孤独化、貧困化が進行しつつある。地方で人口が減少し、都会で高齢者が急増している。時代の転換期にあたって、医療従事者の目指すべき方向を示し、どうすれば社会に貢献し、充実した職業生活が送れるかを提案することで、医療人材確保の方法にしたいと考えた。
活動内容は二つ。映像シリーズと書籍の作成、ならびに、地域包括ケアに関する規格を作成することである。
36本の映像と書籍では、日本の医療・介護の抱える問題を同定し、解決策を考える。映像と書籍は、今後の方向を考えるためのものであって、細かな知識を伝達するものではない。そのため、執筆者にはそれぞれのメッセージが明確になるように、短く記述することを求めた。章立ては、問題を考えるための枠組みを作ることを念頭に構成した。
題名『地域包括ケアの課題と未来―看取り方と看取られ方』
第1章 地域包括ケアの理論と背景
地域包括ケアの歴史的必然性
人口の変化と社会保障
介護保険制度の設計思想
官民役割分担の原則
地域持続の雇用戦略―3つの転換で交差点型社会を
首都圏の医療・介護の近未来
財政難の中での寄付の役割―共感と資金を集める
第2章 地域包括ケアの戦略
地域包括ケアの戦略―合理性に基づく標準化
地域包括ケアと情報ネットワークシステム
第3章 病院からの退院がその後の方向を決める
急性期病院からの退院―成否を決める3要素
急性期病院からの退院―あなたの望みがかなうとは限らない
胃ろうはなぜ社会問題になったか
あなたは人生の最期をどう生きたいですか―「もしも」を考え、話し合い、理解し合うための 「アドバンス・ケア・プランニング」
第4章 在宅医療の歴史と実情
在宅医療の歴史―看取りの変化
在宅医療の中での役割分担―医師はどの程度役に立つのか
医者の出す薬は効くのか―多剤投与の害悪
医療・介護の提供量が少なくなると、老い方、死に方はどのように変わるのか
第5章 介護する側の負担
看取りまでの期間は3種類
家族介護の負担とその後
メタボ検診よりも虐待検診を
辞めていく介護職
介護職の給与の背景となる経済学的環境―増額は可能か
第6章 認知症は難しい
認知症高齢者の住む「意味の世界」
認知症グループホームが抱える課題
認知症に対する多職種チームによる訪問支援
第7章 社会的包摂
孤独死は減らせるのか
地域での集団による見守りの試み―ららカフェの取り組みから
第8章 貧困と健康
社会経済的要因による健康格差
無料低額診療規定
無料低額診療の実際
第9章 生活を支える
生活支援
有償ワンストップ相談
財産管理の規格化の必要性
看護学生寮併設高齢者向け住宅―フローレンスガーデンハイツ
日本を代表する専門家と現場の実務家に出演と執筆を依頼した。抽象と具体を行き来させた。全体として、厚労省が考えている地域包括ケアより概念が広くなった。執筆者の多くは、高齢者のみならず、社会的弱者にも関心が向いていた。
◆規格
我々は、規格を、合理性に基づく行為の標準化であり、非権力的枠組みで社会課題の解決を図ろうとするものだと考えている。解決方法を検証、再現、共有可能な形で提示することで、質の保障と向上に寄与する。
規格を現場で活用するには、単独施設で導入する、あるいは、相手のあるものについては、契約複合や協定による。規格によっては、利用者の信頼のために、認証システムを用意する必要がある。
非権力的枠組みによる規格の世界的成功例を挙げる(トイブナー『システム複合時代の法』信山社)。ICANNはカリフォルニアの民間団体である。ドメイン名割り当ての問題を扱う効率的な管轄制度を発達させてきた。ICANNとベリサインとの契約によって、ベリサインはドメイン管理者として行動することができるようになる。ベリサインは各国のドメイン管理者と契約。各国のドメイン管理者は、インターネット利用者と契約。この契約は統一ドメイン名紛争処理方針というインターネット規制を参照している。ICANNは諸公共団体と契約。合衆国政府が私的契約を通じて影響力を確保。契約の複雑な連合によって包括的な規制システムを創設できた。インターネットに関わる各国の国内においてだけ妥当するような決めごとは出現していない。
我々は、当初、英国規格協会(BSI)の民間仕様書(PAS:publicly available specification)を使って、在宅医療・看護・介護の規格を作成しようと考えていた。交渉を重ねたが、以下の理由によりBSIとは契約に至らなかった。1)費用がかかりすぎること、2)2年毎の改定のたびに費用がかかること、3)著作権がBSIに所属し、クライアントや他の第三者が有するかもしれない競合的権利を認めないこと、4)改定するか、英国規格、ヨーロッパ規格、ISOに格上げさせるか、流通を終了させるかがBSIに委ねられてしまうこと、5)クライアントがBSIの評判を落とす行動をとったとBSIが判断すれば、BSIは一方的に契約を終了できること、6)準拠法が英国法であり、英国法廷に専属的国際裁判管轄が設定されること。
規格については戦略を練り直し、規格作成、改変の仕組みを、開かれた形で構築することにした。モデルはオープンソースでソフトを開発しているモジラ・ファウンデーションである。作成した規格は、クリエイティブコモンズ・ライセンス
http://creativecommons.jp/licenses/ を使って、公開する。議論の場を、個別の病院が管理すると公益性を疑問視されかねない。新しく創設したNPO法人ソシノフのウェブサイト(準備中)上に議論の場を設けるつもりである。誰でも改変できるし、どのバージョンを使うのか、あるいは使わないのかも自由になる。
規格の作成プログラムをまず作成する。規格の基本的な枠組み、すなわち、規格の理念、規格の形、議論の方法、改変の方法などを記載する。規格の具体案については、反発のないように、誰も反対できないようなものから作成する。現在考えているのは、医療提供者、介護提供者を含むケア提供者相互の情報のやり取り、無料低額診療、高齢者の財産管理である。いずれも、現場で困っていることである。
◆徹底した説明による合意
今回の試みは、これまでの補助金の使い方では実行できない。我々は行政に邪魔されるのではないかと危惧していた。それでも日本の医療を良くするとともに、千葉県の医療人材を増やすためには、敢えて挑戦する必要があると考え、徹底した説明による合意形成を敢行した。最初の説明相手は山崎晋一朗前々医療整備課長だった。2014年2月18日、大量の資料を持ち込んで、長時間にわたり説明した。なんとしても価値のある知的成果物を残す。やるべきことは分かっている。ものを買っても医師、看護師集めには役に立たない。潜在看護師の掘り起しは、すでに行われているし、今回の講座の活動になじまないので講座としては実施しない。地域では、すでに、さまざまな講演や講習が行われている。我々は、日本の大きな問題に先進的に取り組んで、日本をリードしていることを全国の医療従事者に示したい。
山崎前々課長は、当初、講座が講義形式のものであり、安房医療圏内で講義をすることで医療人材を確保しようとするものだと考えていた。我々は、寺子屋型の講義は考えていなかった。正しい知識・情報が確定されており、知識・情報を司る権威ある教師が、権威勾配の下流に位置する生徒に、講義形式で知識・情報を伝達する、このような形式では、未来に向かって新たな知識を生産していけない。問題を同定し、議論を継続していく基盤を作るのが目的だと説明した。
山崎課長は粘り強く説明に耳を傾けて、最終的に同意してくれた。規格というアイデアには考えが及ばなかったとまで言っていただいた。庁内を説得するのに、年1回だけ講演会を開くよう求められた。そこで、一橋大学の猪飼周平教授に講演をお願いした。2014年4月18日「生活モデルに基づく地域包括ケアの射程」と題する講演には、学生、市民を中心に400人近い聴衆が集まった。2015年6月5日には、私の師匠でもある東大名誉教授大井玄先生に「認知症高齢者と意味の世界 感覚的コミュニケーション論」と題する講演をお願いしている。
◆役所の特性
2015年2月4日、千葉県庁に赴いて、山崎課長の後任の目黒敦医療整備課長、早川直樹医師・看護師確保推進室長に進捗状況を説明した。早川室長は、山崎課長との合意を無視して、安房医療圏内で医師や看護師を集めて講義や講習会を開催すること、潜在看護師の掘り起し活動をするよう強く迫った。いずれもすでに行われていることである。
一旦引き下がって、翌日、早川室長に文書を送り、これまでの経緯を説明するとともに、山崎課長との合意が生きているのかどうか、もし、反古になったとすればどのような経緯でそうなったのか質問した。また、安房医療圏で講演活動を活発におこなうことが医療人材確保に役立つ論拠を示すよう求めた。
早川室長からは、山崎課長との合意が生きているという返事をいただき安心した。また、安房医療圏内での講演活動が医療人材確保に役立つ根拠として、以下の文章が送られてきた。
今後、在宅医療や地域包括ケアを進めていくに当たり、亀田総合病院、国保病院、開業医、訪問看護ステーションをはじめとする様々な立場の医療従事者が力を合わせて取り組むことが重要と考えております。講演を開催することで、短期的には「参加した医療従事者の地域包括ケアへの理解が深まり、ケアの質が向上するとともに、地域への定着が図られる」という効果がのぞめるのではないかと考えております。その結果、この地域の地域包括ケアがより進み、医療従事者にとって魅力ある地域となることにより、将来的に医療従事者の確保につながる可能性もあるのではないかと考えております。
これには驚いた。台に乗ったままその台をつかんで自分を持ちあげようとするに等しい。外部に働きかけない限り、外からの医師・看護師の参入はあり得ない。安房医療圏では医師を育成していない。亀田総合病院は毎年100人もの医師が入れ替わっている。入れ替わることが活力の源泉でもある。外からの参入がなければ、1年と持たない。
安房地域では「安房医療ネット」が、毎月1回、勉強会を開いて、互いに顔の見える協力関係を構築している。亀田総合病院の在宅医療部と総合相談室、2つの国保病院、在宅医療を行っている診療所、安房地域医療センターの総合相談センター、千葉県中核地域生活支援センターひだまり、訪問看護ステーション、介護事業者などから毎回100人以上参加している。会議費用はわずかだが、参加者が個人的に支払っている。
東日本大震災後早い段階で、安房医療ネットが、被災地の要介護者とその家族の受け入れ体制を整えた。迎えに行くバスまで用意した(3)。このグループに、千葉県医師会の原徹理事から、医師会主導で動いていることにするよう申し入れがあった。メンバーは困惑した。医師会幹部は権力意識が強く、中央指令で横並びの行動を強いるからだ。医師会主導になると、多様な活動を抑制する方向に働く。加えて、面倒な合意手続のため、活動が致命的に遅くなる。彼らは圧力をかけられたと理解し、私に相談してきた。実は、原理事は泌尿器科の後輩で、若いころ親しくしていた。原理事は「個々に対応すると、違いが生じて問題になる。医師会と県の合意を得て行動すべきだ」と主張して譲らない。支援したいのなら自分でやればよい。筆者は原理事を叱りつけて議論を終わらせた。
早川氏は地域の状況を全く把握していない。医療・介護についても知識をもっていない。地域で自律的にうまく運用されている会議体に、行政に強要されて介入しても、震災当時の千葉県医師会と同じく、有害無益である。安房医療ネットと別に講演や講習を行うとすれば、業務の邪魔にしかならない。
千葉県の状況を何とかしたいと努力しているものに、無駄な努力を強いてはならない。役所の内部のローカルルールが、有益な活動の推進に優先されるようなことがあってはならない。補助金を有意義に使うためには、合理性が何より求められる。
政府威を用うれば人民は偽をもってこれに応ぜん、政府欺を用うれば人民は容(かたち)を作ってこれに従わんのみ。これを上策と言うべからず。(福沢諭吉『学問のすすめ』)
行政が、不合理な理由で、偽の容(かたち)を作るよう作戦遂行者に強いたのでは、医師・看護師確保はうまく運ぶはずがない。
早川室長の言動を理解するのに、トイブナーの階層型社会についての記述(『システム複合時代の法』信山社)が有用である。
複雑な組織は、決定過程をヒエラルキー化することを通じて冗長性を十分に作りだし―つまり同じ情報を十分に反復させ―、そのことによって決定の不確実性を縮減しようとした。
組織の頂点への環境コンタクトの集中によって、環境に関する情報が、組織の存続を危うくするほどに欠乏することになった。
ラドゥーア氏は、組織社会において公法が鈍重な大組織のヒエラルキー的な調整交渉メカニズムを下支えしそれを変化から規範的に防衛したときに示した硬直性を、強烈に批判した。
医療現場の実情を知らないまま、冗長な情報を現場に反復して流し、庁内でしか通用しない規範によって調整交渉メカニズムを硬直化させ、現場の作戦を、成果を一切期待できない水準にまで押し下げる。現場を知らないままに国の方針の劣化コピーを現場に押し付けるのなら、県は有害無益である。日本の財政は危機的状況にあり、無駄を徹底して廃棄する必要がある。これまでにない創造的な活動が望まれている。これでは県は不要だといわれても仕方がない。チェック機能が働いていれば、多少なりとも緊張が生まれ、ここまで根拠のない論理を言い募ることはない。
実際に千葉県の医療・福祉行政は、東千葉メディカルセンター創設による近隣病院の疲弊、千葉県がんセンターの腹腔鏡問題、千葉県袖ケ浦福祉センターでの知的障害者に対する虐待問題など不祥事続きである。東千葉メディカルセンターは、今後のなりゆきによっては、東金市、九十九里町の財政を破綻させかねない。
オンブズマン制度が必要な状況だが制度で解決する問題ではない。独立自尊の市民による行政のチェックを、文化として定着させる必要がある。
(3)につづく
その前に、亀田理事長に広大な病院をすべて案内して頂いた。
まさにSF映画のような世界だった。
日本にこんな病院があることを知り、驚いた。
沢山の医師が働いていた。
研修医の教育にも熱心だった。
無料低額診療に対応するために数十人のMSW軍団が配属されていた。
世間では誤解があるが、徹底的に弱者のための医療が展開されていた。
その亀田に地域医療学講座の近況が届いた。
尊敬申し上げる小松秀樹先生らの奮闘を知り、エールを送りたい。
明日は、亀田におられた小野沢滋先生らと厚労省でプレスリリースをする。
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亀田総合病院地域医療学講座の苦難と千葉県の医療行政(1)
亀田総合病院地域医療学講座プログラムディレクター
小松秀樹
2015年5月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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◆突然の補助金打ち切り通告
2015年5月1日、新しく厚生労働省から着任した千葉県健康福祉部医療整備課の高岡志帆課長と新田徹医師・看護師確保推進室長から、亀田総合病院地域医療学講座(以下、講座)の昨年度の補助金を1800万円から1500万円に削減する、今年度の予算は打ち切りにすると告げられた。2015年3月30日付けの1800万円の交付決定通知(千葉県医指令2082号)が送付されてきていたにもかかわらずである。徹底した抗議で抵抗しなければ、予算削減に同意したことにされる。それが県のやり方である。新田室長は理由として、予算がなくなったこと、当初より2分の1補助だったことを挙げた。予算がなくなったとすれば、流用であり許されることではない。
そもそも、2分の1補助であることは全く告げられていなかったし、2013年度は講座からの当初の請求額を小さくするよう要請され、最終的に、補助率10分の10として、11,377千円が補助金として交付された。後述するように、講座の活動は知的成果を生みだすことであり、膨大な作業を必要とする。講座に従事している職員の労働時間分の人件費は、事業費に含まれる。映像の撮影編集など外部への委託を含めて、総事業費は補助金のほぼ2倍になる。
講座には、国から千葉県に交付された地域医療再生臨時特例交付金(平成24年度補正予算分)から3年間で5400万円が補助金として支給されることになっていた。2014年3月10日の医師・看護師確保推進室の吉森和宏氏からのメールを引用する。
来年度以降の予算額について、平成26年4月以降に具体的に検討していきたいと思いますが、すでに平成26年度の当初予算額を18,000千円に組んでいるので、私の案としては、平成27年度に調整していただくことはいかがでしょうか。
平成25年度 11,377千円(補助額)
平成26年度 18,000千円(補助額)
平成27年度 24,623千円(補助額)
計 54,000千円(補助額)
講座では地域包括ケアについての映像シリーズ36本、書籍、規格を作成すべく、作業を行ってきた。DVDと書籍については、すべての基礎自治体と保健所に配布したい、ついては千葉県から配布してもらいたい旨、2015年2月4日、目黒敦前医療整備課長と早川直樹前医師・看護師確保推進室長に説明し了承されていた。
映像と書籍は2015年5月10日現在、最終的な編集の詰めの段階にある。販売についても業者と最終調整に入っていた。プロモーションについても、業者に委託することにしていた。
予算が来ないと大きな損失を被ることになる。高岡課長と新田室長に2時間にわたって抗議するとともに、事業の概要とこれまでの経緯を説明した。高岡課長からは、県庁に持ち帰って再検討するとの返事をいただいた。
◆千葉県地域医療再生計画
従来、我々は地域医療再生計画について大きな問題があると認識していた。2012年8月31日の千葉県地域医療再生本部会議で、2009年度の地域医療再生臨時特例交付金50億円にかかる事業の中間報告が行われた。計画の対象となった2次医療圏は、香取海匝医療圏と、山武長生夷隅医療圏である。大半の費用が東千葉メディカルセンターに投入されていた。医療人材不足の中での三次救急病院の新設は、地域の医療提供体制に混乱をもたらすと予想していたが、実際にそうなった。講座の一員である小松俊平は、この会議に随行者として出席し、事業に疑問を抱いた(1)。
中間報告には、2011年度までの事業実績が記載されている。そこから分かるのは、事業費の多くは、病院の施設・備品代、情報システム整備代、イベント代、講座代にあてられたということである。補助がなくても診療報酬で対応できるものや、切実性の低いものばかりであった。
結局、50億円もの交付金は、医師・看護師の養成にはまったく使われなかった。
千葉県における医療供給の阻害要因は、極度の医師・看護師不足である。事態を改善するには、医師・看護師の養成数を増やすしかない。養成数を増やさずに、公費を使って無理に特定の病院で医師・看護師を確保しようとすれば、他の病院の医師・看護師が奪われ、あるいは他の病院の医師・看護師を確保するための費用が押し上げられる。
千葉県は、極端な看護師不足にある。しかも、全国第2位の速度で高齢者が増加している。千葉県が2014年4月に発表した推計では、2025年には、14,000人看護師が不足する。看護師養成数は少なく、2009年、人口当たりの看護学生数は全国45位だった。同年、千葉県では看護師養成数が減少に転じたが、原因の一つは千葉県自体にある。2009年、千葉県立衛生短期大学、千葉県立医療技術大学校が再編整備され、千葉県立保健医療大学に改組された。結果として、千葉県による看護師養成数が1学年240人から80人に減少した。明らかな失政である。
◆医師・看護師を確保するには養成するのがベスト
2013年4月、千葉県から亀田医療大学に地域医療学講座の話が持ち込まれた。地域医療学講座の目的は、地域の医師、看護師確保である。
医師、看護師を確保するには、養成するのが最も有効である。
看護師については、資格を持っているにもかかわらず看護師として働いていない潜在看護師を再教育して復帰を促す方法がある。潜在看護師掘り起し事業は、すでに亀田総合病院の看護部が実施してきた。今後も継続する予定である。工夫を凝らして努力しているが、成果は極めて限られている。これは、全国的な傾向でもある。
亀田グループの2013年4月時点における看護師養成数は、亀田医療技術専門学校と亀田医療大学合わせて、1学年160人だった。2014年4月には館山市で安房医療福祉専門学校を開校させることになっていた。グループで年間200人養成することになる。ギリギリの経営状態の中で、看護師養成に多額の資金を病院から支出している(2)。最も効果的な補助金の使い方は県内の看護学校の経常経費に投入することであるが、千葉県は再三の要請にもかかわらず、これを拒んでいる。
医師確保についても養成するのが最も効果的である。我々は、メディカル・スクールの創設を働きかけてきたが、法律を変えない限り認められることはない。
養成できないとすれば、県外、あるいは、外国から呼ぶしかない。医師については免許の関係で、外国から簡単に招くことはできない。看護師については、亀田総合病院は中国、フィリピン、韓国から看護師を招いて、日本の資格を取得させるために費用をかけて教育している。
亀田医療大学で地域医療学講座の準備を進めていたところ、県内の教育機関から横やりが入り、亀田総合病院にこの話が回ってきた。千葉県は、地域の医師、看護師を対象に講演や講習を頻繁に行うことを期待していた。全国に働きかけなければ確保対策になるはずがない。2013年9月ごろ、亀田総合病院の亀田信介院長から、筆者と小松俊平経営企画室員に対し、地域医療学講座について、前提を捨てて考えるよう指示された。講座そのものの理念、方法から新たに考えることになった。
◆南相馬市立総合病院の医師確保
全国で医師確保対策が問題になっている。医師を確保するためには、その病院が医師にとって魅力的でなければならない。魅力とは、優れた卒後教育を提供していること、社会の要請に応えようとしていること、医師のやりがいと誇りを演出することである。特定の大学に支配されていないことも、全国から医師を集めるための必須条件である。魅力を提示できない場合、大学に多額の費用を支払って、寄付講座を設置し、そこから医師を病院に派遣するという方法がとられている。少数の医師を確保できるかもしれないが、他大学の卒業生の参入を減らす。大規模病院では必要医師数が多いため、特定大学だけに頼るのは自殺行為である。
筆者は南相馬市立総合病院の医師確保対策に関わってきた。亀田グループは東日本大震災でさまざまな支援活動を展開した。透析患者61人とその家族、病院職員を南房総に受け入れた。老健小名浜ときわ苑の丸ごと疎開作戦を立案し、利用者120人と職員50人をかんぽの宿鴨川に受け入れた。磐城共立病院の人工呼吸器装着患者8人を亀田総合病院に受け入れた。福島県社会福祉事業協会の知的障害者施設9施設の利用者約300人と職員100人を鴨川青年の家に受け入れた。南相馬市立総合病院に医師1人、リハビリ職員2人を派遣した。
南相馬市立総合病院(180床)は、12人いた常勤医師が震災後4人にまで減少した。桜井勝延南相馬市長、金沢幸夫院長に依頼され、筆者は、東京大学医科学研究所の上昌広教授、亀田総合病院の亀田信介院長と共に、医師確保策を立案、実行した。筆者は、公立相馬病院と南相馬市立総合病院を統合させて臨床研修病院にすることを提案した。統合は実現できなかったが、亀田総合病院が研修の足りない部分を補完するという条件で、南相馬市立総合病院は臨床研修病院に指定された。
医科学研究所の大学院生である坪倉正治医師は、内部被ばくについて科学的に調査し、世界に向かって発信し続けた。亀田総合病院から出向した原澤慶太郎医師が仮設住宅で診療を開始し、医学雑誌ランセットに報告した。根本剛医師が在宅診療部を創設した。東大の国際保健学チームが震災関連の情報を科学的に分析し、世界の学術雑誌に発信した。2015年4月に入職した4人の初期研修医の1人は、若い医師が活躍していること、価値がありいきがいの感じられる活動が行われていることをインターネットで知って応募した。2015年4月段階で、常勤医師数は29人になった。これほど成功した医師確保対策を筆者は他に知らない。
(2)につづく
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亀田総合病院地域医療学講座の苦難と千葉県の医療行政(2)
亀田総合病院地域医療学講座プログラムディレクター
小松秀樹
2015年5月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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◆映像シリーズと書籍
日本では、少子化によって社会が大きく変化している。高齢化、孤独化、貧困化が進行しつつある。地方で人口が減少し、都会で高齢者が急増している。時代の転換期にあたって、医療従事者の目指すべき方向を示し、どうすれば社会に貢献し、充実した職業生活が送れるかを提案することで、医療人材確保の方法にしたいと考えた。
活動内容は二つ。映像シリーズと書籍の作成、ならびに、地域包括ケアに関する規格を作成することである。
36本の映像と書籍では、日本の医療・介護の抱える問題を同定し、解決策を考える。映像と書籍は、今後の方向を考えるためのものであって、細かな知識を伝達するものではない。そのため、執筆者にはそれぞれのメッセージが明確になるように、短く記述することを求めた。章立ては、問題を考えるための枠組みを作ることを念頭に構成した。
題名『地域包括ケアの課題と未来―看取り方と看取られ方』
第1章 地域包括ケアの理論と背景
地域包括ケアの歴史的必然性
人口の変化と社会保障
介護保険制度の設計思想
官民役割分担の原則
地域持続の雇用戦略―3つの転換で交差点型社会を
首都圏の医療・介護の近未来
財政難の中での寄付の役割―共感と資金を集める
第2章 地域包括ケアの戦略
地域包括ケアの戦略―合理性に基づく標準化
地域包括ケアと情報ネットワークシステム
第3章 病院からの退院がその後の方向を決める
急性期病院からの退院―成否を決める3要素
急性期病院からの退院―あなたの望みがかなうとは限らない
胃ろうはなぜ社会問題になったか
あなたは人生の最期をどう生きたいですか―「もしも」を考え、話し合い、理解し合うための 「アドバンス・ケア・プランニング」
第4章 在宅医療の歴史と実情
在宅医療の歴史―看取りの変化
在宅医療の中での役割分担―医師はどの程度役に立つのか
医者の出す薬は効くのか―多剤投与の害悪
医療・介護の提供量が少なくなると、老い方、死に方はどのように変わるのか
第5章 介護する側の負担
看取りまでの期間は3種類
家族介護の負担とその後
メタボ検診よりも虐待検診を
辞めていく介護職
介護職の給与の背景となる経済学的環境―増額は可能か
第6章 認知症は難しい
認知症高齢者の住む「意味の世界」
認知症グループホームが抱える課題
認知症に対する多職種チームによる訪問支援
第7章 社会的包摂
孤独死は減らせるのか
地域での集団による見守りの試み―ららカフェの取り組みから
第8章 貧困と健康
社会経済的要因による健康格差
無料低額診療規定
無料低額診療の実際
第9章 生活を支える
生活支援
有償ワンストップ相談
財産管理の規格化の必要性
看護学生寮併設高齢者向け住宅―フローレンスガーデンハイツ
日本を代表する専門家と現場の実務家に出演と執筆を依頼した。抽象と具体を行き来させた。全体として、厚労省が考えている地域包括ケアより概念が広くなった。執筆者の多くは、高齢者のみならず、社会的弱者にも関心が向いていた。
◆規格
我々は、規格を、合理性に基づく行為の標準化であり、非権力的枠組みで社会課題の解決を図ろうとするものだと考えている。解決方法を検証、再現、共有可能な形で提示することで、質の保障と向上に寄与する。
規格を現場で活用するには、単独施設で導入する、あるいは、相手のあるものについては、契約複合や協定による。規格によっては、利用者の信頼のために、認証システムを用意する必要がある。
非権力的枠組みによる規格の世界的成功例を挙げる(トイブナー『システム複合時代の法』信山社)。ICANNはカリフォルニアの民間団体である。ドメイン名割り当ての問題を扱う効率的な管轄制度を発達させてきた。ICANNとベリサインとの契約によって、ベリサインはドメイン管理者として行動することができるようになる。ベリサインは各国のドメイン管理者と契約。各国のドメイン管理者は、インターネット利用者と契約。この契約は統一ドメイン名紛争処理方針というインターネット規制を参照している。ICANNは諸公共団体と契約。合衆国政府が私的契約を通じて影響力を確保。契約の複雑な連合によって包括的な規制システムを創設できた。インターネットに関わる各国の国内においてだけ妥当するような決めごとは出現していない。
我々は、当初、英国規格協会(BSI)の民間仕様書(PAS:publicly available specification)を使って、在宅医療・看護・介護の規格を作成しようと考えていた。交渉を重ねたが、以下の理由によりBSIとは契約に至らなかった。1)費用がかかりすぎること、2)2年毎の改定のたびに費用がかかること、3)著作権がBSIに所属し、クライアントや他の第三者が有するかもしれない競合的権利を認めないこと、4)改定するか、英国規格、ヨーロッパ規格、ISOに格上げさせるか、流通を終了させるかがBSIに委ねられてしまうこと、5)クライアントがBSIの評判を落とす行動をとったとBSIが判断すれば、BSIは一方的に契約を終了できること、6)準拠法が英国法であり、英国法廷に専属的国際裁判管轄が設定されること。
規格については戦略を練り直し、規格作成、改変の仕組みを、開かれた形で構築することにした。モデルはオープンソースでソフトを開発しているモジラ・ファウンデーションである。作成した規格は、クリエイティブコモンズ・ライセンス
http://creativecommons.jp/licenses/ を使って、公開する。議論の場を、個別の病院が管理すると公益性を疑問視されかねない。新しく創設したNPO法人ソシノフのウェブサイト(準備中)上に議論の場を設けるつもりである。誰でも改変できるし、どのバージョンを使うのか、あるいは使わないのかも自由になる。
規格の作成プログラムをまず作成する。規格の基本的な枠組み、すなわち、規格の理念、規格の形、議論の方法、改変の方法などを記載する。規格の具体案については、反発のないように、誰も反対できないようなものから作成する。現在考えているのは、医療提供者、介護提供者を含むケア提供者相互の情報のやり取り、無料低額診療、高齢者の財産管理である。いずれも、現場で困っていることである。
◆徹底した説明による合意
今回の試みは、これまでの補助金の使い方では実行できない。我々は行政に邪魔されるのではないかと危惧していた。それでも日本の医療を良くするとともに、千葉県の医療人材を増やすためには、敢えて挑戦する必要があると考え、徹底した説明による合意形成を敢行した。最初の説明相手は山崎晋一朗前々医療整備課長だった。2014年2月18日、大量の資料を持ち込んで、長時間にわたり説明した。なんとしても価値のある知的成果物を残す。やるべきことは分かっている。ものを買っても医師、看護師集めには役に立たない。潜在看護師の掘り起しは、すでに行われているし、今回の講座の活動になじまないので講座としては実施しない。地域では、すでに、さまざまな講演や講習が行われている。我々は、日本の大きな問題に先進的に取り組んで、日本をリードしていることを全国の医療従事者に示したい。
山崎前々課長は、当初、講座が講義形式のものであり、安房医療圏内で講義をすることで医療人材を確保しようとするものだと考えていた。我々は、寺子屋型の講義は考えていなかった。正しい知識・情報が確定されており、知識・情報を司る権威ある教師が、権威勾配の下流に位置する生徒に、講義形式で知識・情報を伝達する、このような形式では、未来に向かって新たな知識を生産していけない。問題を同定し、議論を継続していく基盤を作るのが目的だと説明した。
山崎課長は粘り強く説明に耳を傾けて、最終的に同意してくれた。規格というアイデアには考えが及ばなかったとまで言っていただいた。庁内を説得するのに、年1回だけ講演会を開くよう求められた。そこで、一橋大学の猪飼周平教授に講演をお願いした。2014年4月18日「生活モデルに基づく地域包括ケアの射程」と題する講演には、学生、市民を中心に400人近い聴衆が集まった。2015年6月5日には、私の師匠でもある東大名誉教授大井玄先生に「認知症高齢者と意味の世界 感覚的コミュニケーション論」と題する講演をお願いしている。
◆役所の特性
2015年2月4日、千葉県庁に赴いて、山崎課長の後任の目黒敦医療整備課長、早川直樹医師・看護師確保推進室長に進捗状況を説明した。早川室長は、山崎課長との合意を無視して、安房医療圏内で医師や看護師を集めて講義や講習会を開催すること、潜在看護師の掘り起し活動をするよう強く迫った。いずれもすでに行われていることである。
一旦引き下がって、翌日、早川室長に文書を送り、これまでの経緯を説明するとともに、山崎課長との合意が生きているのかどうか、もし、反古になったとすればどのような経緯でそうなったのか質問した。また、安房医療圏で講演活動を活発におこなうことが医療人材確保に役立つ論拠を示すよう求めた。
早川室長からは、山崎課長との合意が生きているという返事をいただき安心した。また、安房医療圏内での講演活動が医療人材確保に役立つ根拠として、以下の文章が送られてきた。
今後、在宅医療や地域包括ケアを進めていくに当たり、亀田総合病院、国保病院、開業医、訪問看護ステーションをはじめとする様々な立場の医療従事者が力を合わせて取り組むことが重要と考えております。講演を開催することで、短期的には「参加した医療従事者の地域包括ケアへの理解が深まり、ケアの質が向上するとともに、地域への定着が図られる」という効果がのぞめるのではないかと考えております。その結果、この地域の地域包括ケアがより進み、医療従事者にとって魅力ある地域となることにより、将来的に医療従事者の確保につながる可能性もあるのではないかと考えております。
これには驚いた。台に乗ったままその台をつかんで自分を持ちあげようとするに等しい。外部に働きかけない限り、外からの医師・看護師の参入はあり得ない。安房医療圏では医師を育成していない。亀田総合病院は毎年100人もの医師が入れ替わっている。入れ替わることが活力の源泉でもある。外からの参入がなければ、1年と持たない。
安房地域では「安房医療ネット」が、毎月1回、勉強会を開いて、互いに顔の見える協力関係を構築している。亀田総合病院の在宅医療部と総合相談室、2つの国保病院、在宅医療を行っている診療所、安房地域医療センターの総合相談センター、千葉県中核地域生活支援センターひだまり、訪問看護ステーション、介護事業者などから毎回100人以上参加している。会議費用はわずかだが、参加者が個人的に支払っている。
東日本大震災後早い段階で、安房医療ネットが、被災地の要介護者とその家族の受け入れ体制を整えた。迎えに行くバスまで用意した(3)。このグループに、千葉県医師会の原徹理事から、医師会主導で動いていることにするよう申し入れがあった。メンバーは困惑した。医師会幹部は権力意識が強く、中央指令で横並びの行動を強いるからだ。医師会主導になると、多様な活動を抑制する方向に働く。加えて、面倒な合意手続のため、活動が致命的に遅くなる。彼らは圧力をかけられたと理解し、私に相談してきた。実は、原理事は泌尿器科の後輩で、若いころ親しくしていた。原理事は「個々に対応すると、違いが生じて問題になる。医師会と県の合意を得て行動すべきだ」と主張して譲らない。支援したいのなら自分でやればよい。筆者は原理事を叱りつけて議論を終わらせた。
早川氏は地域の状況を全く把握していない。医療・介護についても知識をもっていない。地域で自律的にうまく運用されている会議体に、行政に強要されて介入しても、震災当時の千葉県医師会と同じく、有害無益である。安房医療ネットと別に講演や講習を行うとすれば、業務の邪魔にしかならない。
千葉県の状況を何とかしたいと努力しているものに、無駄な努力を強いてはならない。役所の内部のローカルルールが、有益な活動の推進に優先されるようなことがあってはならない。補助金を有意義に使うためには、合理性が何より求められる。
政府威を用うれば人民は偽をもってこれに応ぜん、政府欺を用うれば人民は容(かたち)を作ってこれに従わんのみ。これを上策と言うべからず。(福沢諭吉『学問のすすめ』)
行政が、不合理な理由で、偽の容(かたち)を作るよう作戦遂行者に強いたのでは、医師・看護師確保はうまく運ぶはずがない。
早川室長の言動を理解するのに、トイブナーの階層型社会についての記述(『システム複合時代の法』信山社)が有用である。
複雑な組織は、決定過程をヒエラルキー化することを通じて冗長性を十分に作りだし―つまり同じ情報を十分に反復させ―、そのことによって決定の不確実性を縮減しようとした。
組織の頂点への環境コンタクトの集中によって、環境に関する情報が、組織の存続を危うくするほどに欠乏することになった。
ラドゥーア氏は、組織社会において公法が鈍重な大組織のヒエラルキー的な調整交渉メカニズムを下支えしそれを変化から規範的に防衛したときに示した硬直性を、強烈に批判した。
医療現場の実情を知らないまま、冗長な情報を現場に反復して流し、庁内でしか通用しない規範によって調整交渉メカニズムを硬直化させ、現場の作戦を、成果を一切期待できない水準にまで押し下げる。現場を知らないままに国の方針の劣化コピーを現場に押し付けるのなら、県は有害無益である。日本の財政は危機的状況にあり、無駄を徹底して廃棄する必要がある。これまでにない創造的な活動が望まれている。これでは県は不要だといわれても仕方がない。チェック機能が働いていれば、多少なりとも緊張が生まれ、ここまで根拠のない論理を言い募ることはない。
実際に千葉県の医療・福祉行政は、東千葉メディカルセンター創設による近隣病院の疲弊、千葉県がんセンターの腹腔鏡問題、千葉県袖ケ浦福祉センターでの知的障害者に対する虐待問題など不祥事続きである。東千葉メディカルセンターは、今後のなりゆきによっては、東金市、九十九里町の財政を破綻させかねない。
オンブズマン制度が必要な状況だが制度で解決する問題ではない。独立自尊の市民による行政のチェックを、文化として定着させる必要がある。
(3)につづく
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この記事へのコメント
地域包括ケア…って 一体 何を どう目指しているのか?
先週の金曜日…
地域包括支援センター所長さんから相談があった
60歳の男性 強直性脊椎炎で 前屈みになれないから 足の爪が切れなくて 困っている
妻と二人暮らしだが 妻は 目が悪く 足の爪を切ることができない
病院で 足の爪切りをお願いしたら 一人 切ったら 他の患者さんの爪も切らなきゃいけなくなるから できないと言われた 障害者なので 自立支援でのヘルパーさんの利用もあるが ヘルパーさんの爪切りは認められていない…というかグレーなので 爪切りだけを引き受けることはできないであろう
この病院のソーシャルワーカーさんに お願いしてもダメだったようです
この病院併設の訪問看護ステーションにも お願いしてみたけど ダメだったんでしょうか?
うちのステーションに低料金実費での依頼がきたんです
この爪切りを…単なる爪切りと捉えるのか
暮らしを支える看護と捉えるのか
直接 この病院のソーシャルワーカーさんに 問い合わせ 介護保険適応できないでなければ 医療保険で訪問ができるのではないか
フットケアという看護があり ご病気のために できないのであれば 訪問できるのではないかとお願いしてみた
昨日のカンファの結果 主治医の先生の受診日が 来週月曜日なので 依頼するというお話でした
この方は 足の爪切りができず 随分 お困りだと思い 指示書が出る出ないに関わらず
本日 訪問に伺いました
すると…今日の診察で院長が爪くらい病院の看護師が切るよとおっしゃったようです
彼は 半年間 いろんなところに 相談に行き たらい回しにされ 一体 なんだったんだと 坦々とお話された
私も お困りになっている足の爪切りができればいいことなので 本当に 爪を切ってくださるのかを病院のソーシャルワーカーさんに 尋ねてみました
返答は 爪切りごときで 訪問看護指示書は 書かんでしょ!と院長がおっしゃったようです
だったら 最初から 爪を切ってよって思ったし 半年間 お困りになってなんだよねってことをわかってくださいよって思いました
爪切りごときかぁ〜(≧∇≦)やっぱり お医者さまは 治療のための看護しか 頭にないんですよね
ぜひ 在宅は 暮らしを支える看護なんだということを 広めていかないと 地域包括ケアなんて 進まないです
Posted by 匿名 at 2015年05月21日 12:34 | 返信
爪切りの投稿に 名前を入れ忘れちゃいました
Posted by 訪問看護師 宮ちゃん at 2015年05月21日 12:40 | 返信
サンデー毎日に、亀田総合病院について大きな記事が、載っています。
なんでも「厚生省に楯ついて、理想的な医療を目指したら、厚生省に潰されかけている」と書いて有ります。
大変なことになりそうです。
Posted by にゃんにゃん at 2015年11月02日 09:47 | 返信
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