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JR東海の最高裁判決をどう捉えるのか

2016年04月08日(金)

さっそく日本医事新報の連載にJR東海の最高裁判決について書いた。
この国の判決をどう捉えるかで、認知症ケアの方向性が大きく変わる。
この雑誌は医師の専門誌であるが、一般の人にも読んで欲しい。→ こちら
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日本医事新報4月号  JR東海事故の最高裁判決をどう捉える 長尾和宏
 
 
家族に賠償責任なし

徘徊中の認知症高齢者が列車にはねられたJR東海の事故を巡る訴訟で3月1日、最高裁は家族の賠償責任はないという判断を示した。2007年12月7日夕方、愛知県大府市で徘徊症状のある要介護4の男性(当時91歳)が当時85歳の妻が数分間目を離した隙に外出して電車にはねられて死亡した。JR東海は遺族に賠償を求めて提訴した。一審では遠くの長男の監督義務を、二審では同居の妻の監督義務を求めた。しかし最高裁は家族の監督は困難として賠償責任は無しとしてJR東海は逆転敗訴した。メデイアは超高齢社会の現実に沿った常識的な判断とし概ね好意的に報じた。今回、この最高裁判決を医療者としてどう捉えるかについて考えたい。

まずはもし最高裁が一審、二審と同様に家族に賠償責任を求めたならば、認知症の人は早々に在宅療養を諦めて施設入所が加速しただろう。あるいは家での監視を強化されただろう。しかし徘徊する可能性がある認知症の人を家や施設に閉じ込めることは「認知症の人を地域で見守る」という地域包括ケアや新オレンジプランが謳う方向性と明らかに矛盾したものになる。実は数年前、私が在宅で診ていた認知症の人も今回の事故とまったく同じ状況で亡くなられた。しかしその件ではご家族への損害賠償は無かった。一方、今回の事故ではJR東海が損害賠償請求をおこし、一審、二審とも家族の監督責任を求めたために関心が高まり多くの市民が自分のこととして考えはじめた。今回の最高裁判決は認知症ケアの方向性という視点において、大きな転換となる判断を示したと言えよう。

 
社会が賠償責任を負う?

では事故で損害を受けた側の補償や賠償責任はどうなるのか、誰が責任を負うのかという問題が露呈した。そこで認知症の人が起こした事故の損害は社会が担保すべきであるとか、認知症保険のようなものを充実すべきだ、という旨の意見が出てきている。つまり今回の判決を機に事故に遭う可能性がある認知症の人を守る社会をどう造るのかという議論が始まった。見守り携帯電話などのICTを活用した見守りシステムの普及が急がれる。たしかに手ばなしで逆転判決を喜んでいられる状況ではない。むしろ新たな難問を突き付けられと捉えるべきである。

個人的にはこの男性が抗認知症薬を服用していたかどうかも気になった。というのも先日、横須賀市でおきた認知症の男性が妻を殺害した事件では、抗認知症薬を服薬していたことが報じられている。もし抗認知症薬を服用中の認知症の人が徘徊事故や殺人事件を起こした場合、それを処方した医師の責任も問われる時代が来るだろう。筆者は「一般社団法人・抗認知症薬の適量処方を実現する会」の代表理事も拝命しているが、「適量処方」という言葉にそうした想いが込められている。今後、医師もこうした事件の当事者となる可能性を想定しておくべきだと考える。要は、今回の事例では急増する認知症社会を考慮して、この1件においては暫定的に「家族には賠償責任なし」としただけにすぎない。「認知症と損害責任」という新たな命題への取り組みは始まったばかりと考えたい。


 
介護保険が賠償責任を担保?
 多くの識者が「補償は社会が負担すべきである」と述べている。しかし社会とは具体的に誰なのか。私は介護保険制度に認知症保険という機能も持たせはどうかと、以前より提案している。そのために介護保険を利用したい。具体的には現在7段階に分れている要介護認定は、自治体の調査員による認定調査と主治医の意見書の両者を総合して5人の委員で構成される認定審査会において判断されている。その認定費用として1件につき2万円もかかるという。私は7段階を松竹梅の3段階に簡素化するとともに、認定審査会を問題事例に限定し極力縮小すべきであると考える。こうした介護認定調査の簡素化により2万円の費用を半分以下に抑えることができれば、年間何十、何百億円のお金が捻出できるのではないか。

介護認定システムの簡素化により削減できた財源を、今回のような事故の補償に充ててはどうだろうか。認知症の人を取り巻く環境は自治体によってさまざまだ。鉄道が多い自治体もあれば、ほとんど無い自治体もある。そもそも介護保険は市町村単位なので、地域の実情に応じた補償体制を介護保険制度の枠内で構築することを考えてはどうか。もちろん認知症保険などの民間保険に任意で加入することも一法だろう。しかし家族との関係が希薄な場合や家族が監督責任を放棄するケースもあるだろう。後見人が代理人として賠償金を払うケースもあるだろう。いずれにせよ認知症高齢者にまつわる保険なので、自動車事故の強制保険に相当する補償機能を介護保険に持たせてはどうだろうか。

認知症の人の事故といえば今回のような鉄道事故とは限らない。自動車や自転車の事故もあれば台所や風呂の火の不始末による火事もあるだろう。おひとりさまの認知症が近隣からバッシングを受ける主な理由とは火の不始末への懸念である。24時間定期巡回型訪問看護・介護や火の出ない電磁調理器への移行などで対応している。しかし医療事故と同様、いくら防ごうとしても完全に防げないのが認知症の人の事故だろう。特に、認認介護やおひとりさまの認知症が普通の時代が到来する。今回のように介護者が賠償責任を負わないと判断された場合には、前述のような介護保険に内包させた補償制度を発動させるのも一法ではないか。

 
 
地域包括ケアを机上の空論にしない

 認知症の人こそどんどん外出すべきである。散歩して外食して旅行することで症状が改善する、と繰り返し述べてきた。ただし中等度~高度な人は家族や介護職や地域の見守りが必要となる。どうしたら認知症事故を減らせるのか、危険な場所には立ち入りできないようなハード対策も急務である。こうした認知症の人を優しく包む地域づくりに要するコストも介護認定プロセズの簡素化によりかなり捻出できるのではないか。介護認定審査会に出務する毎にそんなことを夢想している。

 さまざま事故が起きないように予め手を尽くしても起きてしまうのが増え続ける認知症高齢者が抱える諸問題である。ある司法専門家は、鉄道会社がこうした損害の発生に備えて保険に加入していなかったことを問題視している。損害が発生した時に誰かに責任を負わせなければならないという文化そのものの見直しを求めている。しかしもちろん認知症の人はなにをしても構わない、責任は無いという話ではない。今回の判決を契機に地域における見守りや町づくりの議論をさらに深めたい。

今回の判決はこの事例に限定的な判断であると理解するなら、今後、同様な事件が起きる度に様々な議論や司法判断が積み重ねられるだろう。たとえば認知症の人が車を運転して事故を起こして相手が重大な被害を受けた場合、誰がどう補償するのか。こうした補償の工夫には医療訴訟と同様に法律家や場合によっては建築家の協力も不可欠となる。今回の判決は介護の問題であり医療者とは無縁と考えるのは間違いである。むしろ医療者が当事者として巻き込まれる可能性が高まる。そうした想像力を働かせて、今後の認知症事故の動向を見守るべきであろう。

国を挙げて推進されている地域包括ケアを省略すると、「ちほうケア(痴呆ケア)」となる(笑)。つまり徘徊しても大丈夫な町づくりである。前・東京都医師会長の野中博先生は、「今後の医師会の役割は町づくりである」と明言されている。しかしその実現には医療者だけでは無理である。先駆例のひとつとして医療者主導で実現した東京の初台ヘルシーロードのような24時間散歩できる安全な町造りがある。医療者が中心となり行政や民間事業者やNPOを巻き込むことで認知症に優しい町づくりは実現可能である。地域包括ケアシステムを机上の空論にしないためにも、今回の判決を前向きな議論の出発点であると捉えたい。
 
 

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この記事へのコメント

バス停でお会いするご年配の方々もお一人でお住まいの方々が多く(まだ、お元気ですが)私の住んでいる地区でも今後はちほうケアを意識した
町づくりをみんなでしていかなきゃいけないと思いました。
ちなみにバス停でお会いした一人暮らしのお一人様二人組の女性は
お互い朝起きてカーテンがきちんとあいているか確認しあって
お互いの生存確認しているそうで何かあったらお互いかけつける事に
してるそうです。

Posted by 匿名 at 2016年04月09日 12:20 | 返信

JR東海の最高裁判決をどう捉えるのか ・・・・・・ を読んで


JR東海の損害賠償請求訴訟に対して、最高裁が『家族には
賠償責任なし!』の判決を出したことに心底ホッとしている
一人です。 
もし、最高裁判決が地裁・高裁のいづれかの判決を支持して、
『家族に賠償責任あり!』の判決を下したとしたら・・・・・・・、
今頃日本は“収容所列島”となって、認知症患者にとって暗黒
の社会が広がっていた可能性もあったと安堵しています。

その判決の出た背景として“要は、今回の事例では急増する
認知症社会を考慮して ・・・・・ 暫定的に「家族には賠償責任
なし」としただけにすぎない。” と評する向きもありますが、
本当にそうなのでしょうか?

この事案では、損害賠償請求がなされた被告が、“当時85歳
で要介護認定1の妻”であり、“長年遠隔地に住む長男さん”で
あったことが一番の理由で、もしこれが“60歳台の健常の妻”
であったり、“同居している40歳台の子ども”であったとしたら、
全く違った判決が出た可能性もあったと心配は継続しています。

要は先の最高裁判決は、“単に問題を先送りをしただけ ・・・・!”
と思うのに、その後真剣な議論が始まっている気配がないこと
に危機感を抱いています。 

認知症患者は増え続けています。 
第2・第3の事件・事故は、明日にも起こる可能性が高いところ
に来ていると考えています。
近い将来、誰もが次の被告になる可能性があることと思うので、
長尾先生が本ブログで指摘されている“地域包括ケアシステム
を机上の空論にしないためにも、今回の判決を前向きな議論の
出発点であると捉えたい。”という一文を現実の問題として捉え
早急に議論を開始して、社会のコンセンサスを作り上げて欲しい
と願っています。

現実的には誰がどこで議論して、どのように社会システムに
組み込んで行けば良いのでしょうか?

Posted by 小林 文夫 at 2016年04月09日 01:15 | 返信

週刊朝日にも、このテーマで、特集が組まれています。
TVでも、認知症の男性が、勝手に車を運転して子供に怪我をさせて、今でも裁判中だと言う話をしていました。
認知症でも、家族のいう事をよく聞いて大人しくしているとか家族と一緒に散歩しているお年寄りであれば、在宅でいられますけど、子供でも家族の言うことを聞かず、線路に置石をして、電車が転覆する事故を起こすと、児童相談所か、少年院送りになるのではないでしょうか。
家族が管理できない状況であれば、気の毒ですけど、施設に入るしかないでしょう。
自治会でも、一人暮らしのお年寄りの責任が、自治会長に掛かって来ていますので、「一人暮らしのお年寄り」と言うと自治会長が、ため息をついています。
火事さえ起こさなければ、問題は無いと思います。都会のアパートに、一人暮らしの男性がよく寝タバコで火事を起こしているので、注意が要ります。
私もこれくらいしか考えられません。直ぐに結論が出ない問題みたいです。外国はどうしているのか調べて、一番良い方法を考えたいです。

Posted by 大谷佳子 at 2016年04月09日 09:32 | 返信

日本の100世帯に1つは、自宅の土地建物とは別に、現金1億円を持っていることがわかっています。介護家庭の全てが低所得者層ではないので、介護している=経済的に苦しいという前提で、話を展開しないほうがいいです。

裁判するにも費用がかかるので、JR東海も、相手を見て行動に出ます。JR東海は、今回事件を起こした家庭とその子を相手に裁判を起こしましたので、親子ともにそれなりの資産and/orキャッシュフローのある人なのでしょう。

大手企業勤務であれば、40代で4~5千万の貯金をもっていて、全く不思議ではありません。40代で早期退職すれば、退職金が加算され、4500万円くらい手にするのが普通です。5500万などという企業もあります。経営体質の強い大手企業ならばね。

平成の不良債権を処理していた1996~2004年、有名な大企業をリストラされる人が続出しましたが、日本では、ただの1件も暴動が発生しませんでした。5000万円受け取った人が、暴動など起こすはずがありません。

JR東海は、「そもそも原因を作ったのはあなたたちなのであって、被害が発生した現実がある。あなたたちならば決して支払えない金額でないでしょ。720万円くらい支払ってくださいよ」と考えたと思いますよ。口に出して言わないだけで。相手が明らかな低所得者ならば、最初から裁判しません。

保険にも問題があります。似たような例として、家賃滞納をカバーする保険が登場しました。滞納している人が早速、「保険でカバーされるのだから、(自分が滞納分を)穴埋めしなくていいでしょ」と言い放ち、姿をくらますようになりました。安易に保険を導入すると、モラルが崩壊し、導入前に期待した結果が得られなくなる。

Posted by 通行人 at 2016年04月10日 03:02 | 返信

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