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もしかして・・・(FAKE2考)

2016年06月15日(水)

FAKEという映画が妙に頭に残り気になっている。
きっと観る人によって評価が全然異なるのだろう。
そして、もしかしたら・・・という思いがわいてきた。
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FAKE(偽物、つくり話)とは、なんのことか?

映画を観る前は、当然、佐村河内さんのことだと思っていた。

映画を観た後は、マスコミのこと?
       いや、新垣さん?なんて直感した。

そしていろいろ考えて、、そしてネットを観ているうちに
もしかしたら・・・と思うようになった。

町山智浩さん ラジオの文字おこし
http://miyearnzzlabo.com/archives/37228
 
神山典士さん、(映画では悪者に描かれている) 
http://blogos.com/article/178313/  


もしかしたら・・・というのは、
この映画自体が、FAKEという意味?!

ラスト20分はなんとなくどこか芝居がかっている気がする。

ドキュメンタリーだとばかり信じて観ていたのだが。
森達也さんの口癖は「ドキュメンタリーは嘘をつく」。

たしかにカメラを向けられた瞬間に「演技」になる。
せめて「隠しカメラ」でないと本当のドキュメンタリーとは言えない。

しかしそれは犯罪だったり、さまざまな問題があり、ほとんど無理な世界。
森監督は、ドキュメンタリーを逆手に取り、やってしまったのか?

今度は、森さんと佐村河地さんの合作?

では、あのシンセサイザーは?
あの、猫は?
あの、ケーキは?
あの、豆乳は??

なにからなにまで、怪しく思えてくる。

あの奥さんは?
あのマンションは?・・・・


森監督は、悩ましい作品を撮ったものだ。
しかしもし、この映画=FAKEであるのなら、まんまとしてやられたことになる。

うーん、よく分からない。

しかし考えてみると世の中には、何が真実かいくら調べてもよく分からないことがある。
聞く人によってそれぞれ意見が180度~360度違うときなど、どう思う。

「真実」がある、と考えるのは西洋文明だけらしい。
日本語にはそもそも「真実」という言葉が無かった。

全て正しかったのだ。
八百よろずの神、すべてがそれぞれ自己主張してそれぞれがそれで充分だったのだ。

映画FAKEもたとえば僕のような凡庸な客を対象に、いわば餌食にしたのかも。
そう考えると少々後味が悪いが、その違和感が狙いの映画なのかもしれない。

おそらく様々な憶測を呼ぶうな予感がする。

私の邪推が当たっていないことを祈るが、どうしようもない。

ここまで書くと、気になる人がいるだろう。
もし観たら、何がFAKEなのか聞かせて欲しい。

考えてみれば、現代医療もFAKEだらけ。
50年後には、大笑いののネタになるような代物だらけだろう。

はたして、200年後に残っている医学は何だろう?
それは200年前から現在も残っている医学を学べば明らかになるかも。

結局、FAKEの中で老いて死んでいくのだろう。
人生とは、そんなものかもしれない。





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※本ブログは転載・引用を固くお断りいたします。

この記事へのコメント

私は長尾先生が大好きなわけじゃありません。
けど、書かれてることがおもしろいというか興味深いというか、
多方面に発展していく内容なので、ちょっとした合間に、つい、読んでしまいます。

「真実は作られる」
日本を含む世界の歴史は、どこまでが真実なのか、わかりません。
「医療の真実」も、誤りもあればデータの捏造もあり、さらに施術者の個性と被験者の個体差がある。
「家族の真実」これは、当事者以外の誰にもわからない、正確に理解できない、さらには、当事者たちも、何十年という日々の生活の積み重ねの中で、何がどう歯車が狂っていったのか、きちんと思い起こせない。にもかかわらず、血縁は切れない。

Posted by 匿名 at 2016年06月15日 05:15 | 返信

今、まさに疑心暗鬼な心境でいらっしゃる、ということでしょうか。
人を騙した事実が明白な人を前にして、その人が何を言おうと、何もかもが信じられなくなる。
けれど、その人にも何かしらの自分なりの信念があって、もっともらしく何かを話すので、
一体何を考えているのだろうか、と恐る恐るでも興味を持ってしまうと、迷路に引きずりこまれて
しまうような、居心地の悪さを感じているのではないでしょうか。
真の詐欺師は自分を信じていると、どこかで聞いた覚えがあります。
また、思うに、あれは佐村河内氏単独での嘘・偽りではないだろうと大抵の人が、漠然とでも
感じたであろう顛末なので、疑惑あるところには、胡散臭さが漂い、それが得体の知れない世界と
なって、映画の空気を成したのでしょうか。
見ていないので想像ですが、そんな風に感じました。
発覚以前に佐村河内氏が書いたとされる本も読みましたから、突如現れた人たち、という訳ではなさそうです。
そもそも「聞こえない作曲家・現代のヴェートーベン」を取り上げて、世に送り出したのは
NHKのドキュメンタリー番組でしたから。

>森達也さんの口癖は「ドキュメンタリーは嘘をつく」。
>たしかにカメラを向けられた瞬間に「演技」になる。
>せめて「隠しカメラ」でないと本当のドキュメンタリーとは言えない。

...文字おこし抜粋...
(町山智浩)つまり、全く同じ映像素材であっても、映画というのは編集によって全く違うストーリー
を作ることができるんです。だから、「それはどうしても編集を経る上で、その作った側の主観が入り
込むのは防げないんだ。だから、ドキュメンタリーっていうのは一種の嘘なんだ」って言ってるんですよ。
森監督は、いつも。
......
(とりとめない書き込みですが)
このブログを読みながら、頭に思い浮かびましたのは、
長尾ブログ 「2016.1/26(火) NHKの胃ろう外し番組に思う」でした。
映画の中に、現代の縮図が見えたりもするのかも知れないですね。

映画は近々、64の後編を見る予定でしたけど、その前に見てみようかな。

Posted by もも at 2016年06月15日 07:05 | 返信

私も書き込みを考えていたら、FAKEの空気に毒されてしまったのか、気持ちはスッキリしない。
時に、日常会話ですらFAKEを得意とする人物が居るように思う。場を盛り上げるために、とかの
意図がはっきりしていて、和やかになるFAKEは歓迎するが、世渡りの術として根っからの口八丁を
心得ていて、事の成り行きを自分に優位な方向へと運びたい意図が見え見えな人間が、割と居る。
真似したいとも思わないし、逆立ちしても真似できない、口先三寸、というような...。
ヤダヤダ...ホントにゲンナリする。企業の中にあれば淘汰もされようが、そんなのが福祉の現場に
居ようものら最悪である。ところが、実際に居るのである。
人間観察に鋭い、障碍者当事者は見抜いている(実に鋭いのである)。けれど、直接の現場には
居合わせない責任者などは、コロッと騙されているのである。...信用しちゃうなんてビックリ!と
思うが、根からの福祉的人物には見抜けないようだ..。
仕事上での後味の悪さは、これに尽きる。ハァ-..(-_-;)

Posted by もも at 2016年06月15日 09:01 | 返信

89歳の父の記憶は、私から見るとFAKEだらけです。
仕事や社会での出来事の記憶はもちろん不確実、しかしあたかも100%事実であるかのような語り口で彼なりの解釈で尾ひれがつく。
家庭や家族についての記憶はすべて自分本位、良き夫・良き親であったと示すための作話に誇大妄想を得々と話す。
認知症の症状と捉えるか、人格障害か生来のホラ吹きか、ハナシをおもしろ可笑しくして聞き手を楽しませるエンターテイナーか、私なんぞは聞いてるのが阿呆らしくてどうやってその場から早く去るかを考えるだけだが、彼の友人(といっても80歳の老人だが)は、結構楽しんで聞いているようだ。
思うに、80歳というのがひとつのラインであって、80歳越えると、どうでもいいんじゃないかな。 
嘘、ほんとは真逆、詐欺詐称、みせかけ、でっち上げ、誇大化、矮小化、ええかっこしい、そんなもんだよって。

Posted by 匿名 at 2016年06月16日 02:57 | 返信

誤字訂正
口先三寸 ✕ ⇒ 舌先三寸 〇

ももからももへの返信 at 2016年06月16日 08:21 | 返信

外出のついでに観てきました。不便な場所にある映画館なのに意外な事に連続して満席な館内でした。
土地柄もあるのか、客層は若い人が7,8割り、残りは中年層でした。
"現代のヴェートーベン" と持ち上げた番組:Nスぺも3,4回見ましたし、CD・書籍も買い、生オケも
聴きに行きましたから、それまでの記憶と映画の場面を、雑誌等によくある "間違い探し"のように
左右に並べて、指摘したい位です。
(当時何かの番組で、訴訟するなら被害者は誰か?と考えた時に、消費者であろうとTVで言ってました)
映像が時に、定点カメラではない為に手ブレが気持ち悪く、また
胡散臭さへのアレルギー反応もあるのか、昼の食事が胃の中で消化できない感覚でした。
ホントに気持ち悪くなりましたが、結末は見なければ、と心して見ました。
メインのSさんは、たぶんハブられちゃったんですね。悔しさはそこにあるのでしょう。
Sさんへの脅迫のようにも見えてきたりして..。
交響曲第一番 のタイトルも関係あるでしょうし、プロジェクトが終わったんじゃないですか?

Posted by もも at 2016年06月26日 10:38 | 返信

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