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在宅医療が広がらない理由

2016年08月04日(木)

月刊「公論」7月号の連載には、「在宅医療が広がらない理由」で書いた。→ こちら
大本営発表では在宅医療浸透だが、全国どこに行っても「親切な在宅医が居ない」と聞く。
現在の在宅医療推進政策にいくつかの根本的な間違いがあるっことを指摘しておきたい。
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公論8月号 在宅医療が広がらない理由
      複雑な制度に振り回される現場  長尾和宏

 
在宅医療が広がらない理由

 国はこの10数年間、在宅医療誘導政策をとってきた。ひとつは言わずもがなであるが医療費削減、もうひとつは人間の尊厳を大切にしたいという想いもある。あまり知られていないが、病態によっては在宅医療のほうが病院や施設医療より高くつくことがある。ホテルのビュッフェとルームサービスのどちらが高コストなのかを想像すれば自明だろう。人生の終末期を自宅で過ごしたいと願う人は6~8割だという。しかし現実には、自宅で亡くなっている人は1割弱に過ぎない。8割の日本人が病院で最期を迎えているのが現実である。

 強力な在宅誘導政策を続けてきたのに、在宅医療に取り組む医師がそれほど増えないのはなぜだろう。高い診療報酬がついた在宅療養支援診療所に1万数千の医療機関が申請していてもその半数は1年間に1例も看取りをしていない。あるいは看護師のうち訪問看護に従事している看護師は2.8%に過ぎない。在宅医も訪問看護もやりがいはあるものの、あまり人気が無いのだ。それはなぜだろう。ひとつは夜間対応の煩わしさである。一人の人間に24時間365日働けというのは、労働者であれば正真正銘の労働基準法違反である。筆者は21年間、24時間365日働いてきたから分かるがこれは大変なことで、そんな異常な労働を嫌がる方が正常なのであろう。訪問看護師も同じだ。夜間対応は基幹病院病院の若いスタッフを活用すれば、命を削らなくてもできる仕組みを構築できるはずだ。
 

医療と介護に分断された訪問看護

 「在宅医療の主役は医師ではなく訪問看護師である」これにおそらく在宅医は全員同意するであろう。不眠不休で働く在宅医の命を救ってくれるのは訪問看護師である。私が在宅医療に取り組み始めた1995年当時、すべての訪問看護は医療保険下で行われていて簡素なルールだった。足腰が弱って通院できなくなったかかりつけの患者さんを、自院の看護師に「昼休みに行って点滴してあげて」の一言ですべてが上手く回っていた。今思い起こせば実にのどかな時代であった。2000年に施行された介護保険制度は、訪問看護を医療保険と介護保険に分断した。末期がんや神経難病などの特定疾病のみは医療保険で行ってもいいが、それ以外の病気で介護認定のあるは介護保険制度下でしか看護師が動けなくなったのだ。そのためにはケアマネさんがつくるケアプランに組み込んでもらうしかない。しかし多くのケアマネは介護事業所(また多くは株式会社)所属である。どうしても会社の利益優先になりホームヘルパーやショートステイなど自分の法人のサービスを優先しがちだ。前述の老衰のおばあちゃんの場合、多くのケアマネはこう言う。「枠が無いので訪問看護は入れません」。あるいは「訪問看護は医療保険で勝手にやってください。私たちの取り分を取らないでください」と怒られるのだ。
 

医療と介護が競合?

 「医療と介護の連携」が謳われて16年が経過した。しかし実態はまだまだである。よくケアマネやヘルパーに怒り散らす開業医が悪く言われるが、自分の法人の利益だけを追求するケアマネが忙しい外来の途中、いきなり登場されると私も切れそうになることがある。医療は、「非営利」が大原則で株式会社の参入やフランチャイズや混合診療は禁じられている。しかし介護保険制度は真逆である。営利企業ウエルカムである。株式会社は当然、株主の利益を最優先する。

医療と介護の連携というが、現実には競合せざるを得ない場合がある。それはケアマネが悪いのではない。言葉だけの公平中立を謳うケアマネ制度と訪問看護を分断した介護保険制度の間違いなのだ。すべてのケアマネがそうだとは言わないが、国はこうした実態を知らないようだ。年配の開業医は「看護師が行けないのなら在宅はやめよう」となる。日本医師会が「かかりつい医が在宅医療を行う」と宣言するものの、肝心の訪問看護の課題を正視しないままでは、在宅医療に取り組む医師が増えないのは自明である。

在宅医療や地域包括ケアに積極的な医師が増えない現状を嘆く声をよく聞く。たしかに臓器ばかり診て人間を診ない医師が増えている。大学病院ではそんな教授が先頭に立って教えているので当然の帰結である。しかし医師を志したものにはたいてい心の奥底に在宅医療への潜在的興味があるはずだ。しかし医療と介護が連携どころか、時に競合する現実の中、そんなややこしいことに手を出すのはやめておこうとなる。
 

 
改定の度に制度が複雑化 

 医療保険の診療報酬は2年ごとに改訂される。10数年間右肩上がりだった在宅医療の診療報酬は2014年の改定で集合住宅への訪問診療点数が4分の1に減額され大騒ぎになった。しかし直後に裏技OKのような救済策も提示され、多くの医療機関は喜んでその船に乗った。そして果たして2016年の診療報報酬改定ではその船は無くなり、違う船が用意された。2年毎にハシゴを付け替えられる開業医のなかには、制度の改定について行けず在宅医療から撤退する人も出ている。

 厚労省は当然、良かれと思い改定を行うのだろうが現場との乖離が大きい。前述したような過重労働や訪問看護問題も重なり、在宅医療制度は複雑極まりないものになってしまった。患者さんから見れば、一物3~4価になっていて医療費の説明だけでも1時間はかかる。制度が複雑化こそが在宅医療や地域包括ケアの阻害因子になっていることに国が気がついて欲しい。医師会もスローガンだけでなく実情に見合ったアピールをすべきではないか。

 以上のことは、10年前から様々な場で話したり書いてきたが、町医者の独語として黙殺されてきた。2025年問題が議論されているが、そろそろ今回指摘したような現実に視点を移さないといけない。そして市民のための地域包括ケア構築を議論しよう。
 

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この記事へのコメント

特に高齢者には、専門的な医療って、ほとんど必要ないように感じます。
必要なのは上質な介護だと思います。
介護師のレベルが上がって待遇も上がって、介護する人がゆとりを持って働けるようになることを望んでいます。

Posted by 匿名 at 2016年08月04日 07:09 | 返信

>足腰が弱って通院できなくなったかかりつけの患者さんを、自院の看護師に「昼休みに行って
>点滴してあげて」の一言ですべてが上手く回っていた。今思い起こせば実にのどかな時代であった。
それが医療の原点だと納得できます。
映画の一場面でも見たことがありますが、大昔は診療と言えば、お医者さんが家に来て下さって、
アルマイト製の洗面器で手を洗い、布団に横たわる患者を診る、そして二言三言の言葉を残して
家を後にする、というような往診が医療の原点であったでしょうに..誰も彼もが通院・入院という
時代になってしまい、それだけ病気も複雑になった。成人病やストレス、食生活の変化により
病気の内容も変わってしまったのでしょうね..。
身も心も健康であること、が困難な時代なんですね。
全てがシステムや管理に、がんじがらめにされてしまった現代は、皆が自分で自分の首を絞めあって
いるかのような、なんか変だな、と思ってしまいます。

Posted by もも at 2016年08月04日 10:21 | 返信

おとしよお年寄り
が、
それなりの 決定
を じぶん
で 決める
こと
が 大切ではないでショウカ


おおこらんど

Posted by おこ at 2016年08月05日 10:08 | 返信

おこさんのコメントに同感します。
今の医療・介護って、
年寄りや患者は「黙ってなされるがままになされよ!!」
って感じがする。
医療・介護従事者の上から目線 & 日本ムラ住民の自分で決められない症候群。
自分で考え自分で決めるって、自分の人生に自分で責任持つってことなので、結構かなりシビアです。

Posted by 匿名 at 2016年08月06日 02:14 | 返信

わたしも…
おこ樣に一票です

訪問看護をやっていて…
ぶっちゃけ 看護師をナメてます

「ナイチンゲールさま…
日本の看護は 医療と介護に支配されています
医療側は 医師の言うことを聞いていればいいんだ…とミニドクターが増えています
介護側は ヘルパーさんだって やれます…と何でもやれますと言われます

わたしたち訪問看護師は 医療じゃない…介護じゃない…看護なんです」

医療保険 介護保険 そして第3の保険=看護保険を作って欲しいです
さらに 医療行為がある方に関して 当然 医師の指示が必要ですが
療養上のお世話に関することは 自由に看護をやらせてください…と訴えたいです

在宅看取り…
それは 選ばれし者しか 迎えることができません

そんな日本に住んでいます

Posted by 訪問看護師 宮ちゃん at 2016年08月07日 08:18 | 返信

必要な人に必要な時に必要なだけ提供されるのが本来の医療であり、介護であり、福祉であり。単純なことなのに、なぜか制度は改正の度に複雑になるばかり。

Posted by 社会福祉士河本健二 at 2016年08月07日 10:28 | 返信

唐突なコメント失礼いたします。いつも貴重なご意見拝見させていただいております。
私は現在 福岡県の後期高齢者における在宅医療に関する研究をしています。
2025〜2040に向け、政府もより正確なデータ把握や、在宅医に関するP4Pシステムの導入を検討すべきと思います。例えば先生が仰るように、がん患者の在宅看取り率など非常に重要な評価指標と思います。
先生が仰る通り在宅医療には深夜や休日の臨時対応が不可欠であり、また、若いDr.や看護師さんの夜間や臨時対応に対し高めのインセンティブをつけるような政策を作ることで、人材育成と経済的課題を満たし、2040年を支える体制に繋がるのではと思います。

無駄がなくシンプルかつ効率的な医療、テクノロジーを有効的に駆使したナチュラルな医療、言わずもがな明白に実現可能なことですが、何故出来ないのか。
つまるところ根本的な問題は、「欲」でしょうか。

猛暑日が続きますが、体調など崩されませんようどうかご自愛ください。

Posted by Q大修士 at 2016年08月10日 01:05 | 返信

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