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診療所での死亡診断ー看取り難民の受け皿ー
2016年12月22日(木)
医師が書く死亡診断書には、「死亡の場所」という場所がある。
1が病院で、多くの医師は、一生涯、ここにしか丸をすることがない。
一方、在宅医は、6の自宅か、7のその他のどちらかであろう。
1が病院で、多くの医師は、一生涯、ここにしか丸をすることがない。
一方、在宅医は、6の自宅か、7のその他のどちらかであろう。
実は、2番は診療所、である。
おそらく「有床診療所」のことなのであろう。
しかし当院のような無床診療所であっても
2番に丸をつけることがあり、今後増えてくるだろう。
来院して診察中の死亡が、その例である。
高齢や衰弱のために家族の希望で救急搬送せずにそのまま看取ることも。
あるいは、「看取りを拒否する」介護施設が徐々に増加している。
介護訴訟の増加が、そんな結果になって返ってくる。
その場合、「もしもの時は長尾クリニックに搬送してね。そこで看取るから」となる。
その場合も、たとえたった1時間だけであっても、丸をする場所は2番となる。
一生に一度でも、6番の自宅に丸をする医師は少数派だが、
2番に丸をする医師は、さらに少数派で丸をする時にハッとする。
しかし考えてみれば、診療所とはレッキとした医療機関だ。
医療機関内で看取ることになんの問題も無い。
国の方針とは真逆で、介護現場は看取りを拒否し始めている。
いわゆる「看取り難民」の受け皿に診療所がならないといけないケースもある。
国はまったく現場を知らない。
聞こえのいい美談だけに騙されて、わけの分からん制度を作っては邪魔をする。
最後は、診療所の点滴ベッドに寝かして、私もその辺で寝て看取る。
そんなケースが増えるような気がする。
箱だけ作って、その中で働く介護職員の待遇改善や教育に投資しない国。
まさに「仏作って、魂入れず」であるがそんな自覚症状も無いので仕方無い。
こんなブログでボヤイていても仕方が無いのだが・・・
クリニックの看板に「平穏死科」と書いたほうがいいのでは、と思う時がある。
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この記事へのコメント
隣の町の自治会長さんに再会しました。
話が、自治会活動や、子供の交通事故の話や、日銀のマイナス金利の話になって、在宅介護をしたら、近所の不動産屋が来て「事故物件だ」と言った話をしたら、ぷんぷん怒り出しました。
「事故物件言うたら、自殺や他殺の時の話やろう?不動産屋の奴らは、金儲けしか考えてない。何で在宅介護で平穏死したら事故物件やねん!私の自治会では子供の活動もしているけど、年寄りどうしで助け合おうと話あっている。自分の家で死にたいと言ってるのに事故物件だなんて不動産屋が言い出したら、どうしたら良いのだ!」と怒り出しました。
自治会長も良い方ですし、お年寄りなんで、倒れたらいけないので、あんまり血圧を上げては申し訳無かったと反省しました。
長尾先生も、無念の撤退と言うか、診療所なんでそこは何とでも応用が効くと思います。
長年お年寄りを介護した家族が考えて希望したことなら、お年寄りが心肺停止になった後のことは、ある程度譲歩するしかないと思います。
そういえば、ケアマネジャー学会で京都のケアマネジャーが「京都方式」を提案していました。
個別の開業医が在宅訪問医療をする時、あらかじめ大病院と契約しておいて、イザ入院や心肺停止という時スムーズに病院に搬送できるように、システム化していますというお話でした。
不動産屋の入れ知恵で、だんだん生き辛くなってきます。
Posted by 匿名 at 2016年12月22日 08:35 | 返信
国は施設も在宅だという考え方をしてるんですよね…
全く意味がわかりません
ほんとに…
大事な最期の時に誰に出逢うかで人生が変わると思っています
Posted by 訪問看護師 宮ちゃん at 2016年12月23日 11:03 | 返信
診療所にしてもなんとか医院にしても、開業医の大半の意識は、
「ここで死なれちゃ困る」
自分が経営する医院で自分の患者を看取る覚悟を持っている医者なんて
ウチの近所じゃ見つけられない。
市内をくまなく探しても、そんな奇特な開業医はいない。
長尾先生の患者さんはほんとにお幸せです。
Posted by 匿名 at 2016年12月24日 01:45 | 返信
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