産経新聞・歩行シリーズ第７回　　コグニサイズ
　　　　　　　　　　　　　　　認知症は歩くだけで良くなる
 
　今日はコグニサイズについてお話します。コグニサイズとは「認知」を意味するコグニション(cognition)と「運動」を意味するエクセサイズ(exercise)という二つの言葉を合体させた造語です。認知機能の維持と向上に役立てようと愛知県にある国立長寿医療研究センターが開発した認知症の予防運動の名前です。軽度認知障害（ＭＣＩ）の疑いがある認知症予備軍の人を集めて週に１回９０分程度、コグニサイズを中心とした認知症予防プログラムを１年間行いました。その結果、１年後には参加者たちの記憶力が向上してなんと画像診断における海馬の萎縮が改善していたとのこと。この時に行われた予防プログラムとは「１００から３を引く計算をしながら歩く」、「数人でしりとりをしながら踏み台昇降をする」など、体を動かすのと同時に頭も働かせるというものでした。この研究により脳の認知機能が低下しかけていても運動と頭の体操を同時に行うだけで認知機能が改善することが証明され、医学論文として世界に発信されました。

　コグニサイズの実例をいくつかご紹介します。誰でもできるのは川柳を詠みながら歩く川柳ウオーキングです。「５・７・５」の１７文字からなる川柳は俳句と似ています。しかし俳句には季語に加えて「・・かな」とか「・・けり」と「切れ字」が要ります。そんな制約が無く話し言葉（口語体）でもいい川柳の方が気軽に詠み易いはず。歩きながら作った川柳を２つでも３つでも覚えて帰って書きとめて下さい。短期記憶を保持する練習にもなります。聖路加国際病院の日野原重明先生は９８歳から俳句を始めたそうです。昨年、１０４歳の誕生日に１０４句を収めた句集を収録した本を出版されています。それを読むと、季語が無かったりかなりの字余りだったりします。しかしそれでいいのです。その時々の自分の頭に浮かんだことを５・７・５の日本語に紡ぎ表現する行為こそが大切です。さらに、同時に「歩く」というコグニサイズをやれば認知症予防につながるのです。

　次に計算ウオーキングも誰でもできます。文字どおり計算をしながら歩きます。５０から３ずつ引きながら歩いてもいいし、１００から７ずつ引いてもいいです。簡単な暗算をしながら歩くのです。単純計算はもの足りないという人には、通りすぎた車のナンバープレートの４つの数字を瞬時に覚えて足す計算をしてもいいです。あるいは足したり引いたり掛けたりして答えが１となるような計算式を頭の中で組み立てている人もおられます。さらに歌いながら歩く「カラオケウオーキング」もお勧めです。広い公園や河原でミュージカルスターのように振付をして歌いながら歩いてみてください。台詞を覚えて演技をして歌って踊るミュージカルは、３つも４つもの動作を同時に行うという高度な行為です。３つや４つは無理という人でも、歌と歩行の２つなら可能なはずです。ただ歩くだけではもったいない。脳を同時に２ケ所使う「ながら歩き」がお勧めです。脳はひとつのことを集中して行うことは得意ですが２つの違うことを同時にするのは苦手です。２つの動作を同時に行うことはデユアルタスクと呼ばれますが、これは歩けない人でも可能です。詳しくは近著「認知症は歩くだけで良くなる」（山と渓谷社）をご覧ください。認知症は予防も治療もコグニサイズ、つまりデユアルタスクなのです。

 
キーワード　デユアルタスク
２つの事を同時に行う「ながら動作」のこと。たとえば「洗濯物をたたみながらテレビもしっかり観る」という行為は脳にいい刺激になる。「コグニサイズ」もその一つである。