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石黒伸医師「僕は認知症患者を殺しました」

2017年03月02日(木)

「告白します、僕は多くの認知症患者を殺しました」という本が昨日、届いた。
著者は石黒伸という大阪の在宅医でこの日曜日に会ったばかりの若きドクターだ。
たぶん私も河野和彦ドクターに出会うまでは同じようなことをしていたのだろう。
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衝撃的なタイトルのこの本を、ざっと読んでみた。
素直な内容で、スッと心に入ってくる。

最後には私のことや私の本のことも書いてあった。
新進気鋭の若きコウノメソッド実践医が書き下ろした良書である。

本日発売であるが、認知症ケアに携わる人は読んでおくべき本だ。
私も同様な本を書いているが若いドクターのほうが説得力がある。

この本は売れて欲しい。
分かり易く、読み易い。

石黒先生も私も、「殺している」ことに気がついたので、地獄は免れるかも。
しかし全く気がついていない多くの専門医は間違いなく地獄行きだと信じる。

とういうのも、来る日も来る日も、「抗認知症薬の増量規定」の被害者が
全国から駆け込んで来られて泣いているのだ。(相談は受けていないのだが)

無知な医者は患者を殺す。
そして殺しても気がつかないので、タチが悪い。

製薬会社とグルになって洗脳講演に精を出している専門医を見ると吐きそうになる。
しかし今日も明日も全国各地で、抗認知症薬の洗脳セミナーが繰り返されている。

もっともそのセミナーの講師自身も洗脳されていることにまったく気がついていない。
だから、無知ほど怖いものはないのだ。

NHKはじめ、多くのメデイアが洗脳講師陣を重宝して使う。
私のような一介の町医者を信じてくれるのは週刊誌しかいない。

一人でも多くの患者さんを救いたいので、週刊誌の取材に応じる。
それを批難する専門家集団は批難するが、認知症を利権にしている輩だ。


今週、パシヒコ横浜の講演で詠んだ川柳4句。

・ アリセプト すぐに出す医者 認知症
・ ピック病  診断できても  アリセプト
・ 暴れたら  薬を増やす   専門医
・ 暴れたら  薬を減らす   実践医

さらに・・・

「増量規定」を「延命治療」に置き換えてみようか。

「コウノメソッド」を「平穏死」に置き換えてみようか。

もう書かなくても分かるだろう。


そう、善意の医師たちが、患者さんの穏やかな最期を奪っている。
これもまさしく、「苦しめて殺して」いるので、罪はとても重い。

なんのことか分からない人は、以下の2冊の本を読んで欲しい。

3月26日(日)の紀伊国屋梅田店でのベストセラー御礼記念講演会も、
明日、明後日には満員御礼が出そうだ、との連絡を頂いた
https://www.kinokuniya.co.jp/c/store/Umeda-Main-Store/20170227100000.html


★『痛くない死に方』
www.amazon.co.jp/dp/4893088734
★『薬のやめどき』
www.amazon.co.jp/dp/4893088742



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※本ブログは転載・引用を固くお断りいたします。

この記事へのコメント

昭和の最後の年に84歳で亡くなった祖母と、同じ84歳で平成13年に亡くなった母と、90歳でフィジカル的には100歳まで生きそうな父、3人の老人と一人で関わらざるを得ない一人娘を63年間やってきました。
今、見えてきたことがあります。
大半の認知症患者は医療が作り出したものだということです。大半の精神病患者同様に。

私も一時は河野メソッドに期待し、当時は登録作業しなくても読めたので、「認知症を学ぶ会」掲示板を読み漁りました。
今でも、認知症だから治療したい、と思うのであれば、河野メソッドが一番マシだと思います。でもその前に、その症状、病気なの? 医者に診せて何か良いことが起きるの? 医者に何ができるの? 医療の対象なの? と問うべきです。

全否定はしません。わずかながら医療の対象となる認知症は存在すると思います。しかし大半は、人為的に作り出したものです。何故か? 医療化して病人に仕立て上げたほうが周囲の人間がラクだからです。病気だからお薬を飲んでね、と、クスリを飲ませて、静かにぼーっとなってくれたほうがラクだからです。

ここから独り言。
だって、亡くなった祖母も、まだ生きている父も、ささいなことでゴチャゴチャいいがかりつけて文句ばかり言って思い通りにならないと、ああ情けない、とか、そんなことではイカン!!とか一人で怒り狂う。いちいちそういうのに付き合ってるとこっちがオカシクなるのだ。どうでも良いハナシに、そうだね、わかった、そうかもしれないね、でもしょうがないんだよ、なんて付き合っていると私の方がノイローゼになる。なにしろ、長いのだ。付き合ってハナシの相手をしているとものすごく時間がかかるのだ。しつっこいのだ。私は直系尊属だから(父は介護施設で生活している。私は絶対に直接介護しない。)、まだズケズケ言えるけど、これが、嫁の立場だったら嫁が「介護うつ」になっちゃうよ。私の母のように。そして、「認知症のような症状」を呈するようになる。

問題あるのは父の人格なのに、母に問題があって母が認知症になった、かのように誰もが騙された。私も、母を通して父と接してきたのでよくわからなかった。父はダントツにソトヅラが良いのだ。家族にとっては滅茶苦茶面倒な手のかかるヒトなのに。
誰かが「認知症のような症状」を呈するようになったら、同居人との関係性に理由があると疑った方が良い。・・・で、だからといって何ができるか? 長年の支配・被支配の夫婦関係は簡単に改善できない。離婚? 離婚で困るのは、長年、妻をストレスのはけ口にしてきた亭主関白の夫の方だろう。だから、ビョウキに仕立て上げれば、妻が認知症になってしまった気の毒なご主人、を演じることができるのだ。

認知症って、大半は、家族関係に原因があるのです。互いに依存し同質であることを求める人間関係に原因があるのです。対等の人間として自立した個人のミニマム単位としての家族なら、互いに尊重し合って年を重ねることができると思います。

精神病も同じ構図だと思います。大半が職場や学校や家庭の人間関係に問題がある。その問題を解決するのは、社会構造を改革しなければならない。それはとてもタイヘンだから、ビョウキに仕立て上げてドロップアウトさせるのが、精神医療です。

Posted by 匿名 at 2017年03月02日 03:23 | 返信

エーザイは、死に至る副作用がある事を、承知していながら無視をしている。
数年前、エーザイのアリセプト担当責任者と、ファイザーのアリセプト担当の責任者と、立川で会った。重篤な副作用がある事と、名古屋フォレストクリニックなどで、副作用の症例が多い事を伝えた。この時の面談の時の証拠がある。幹部職員4人の名刺である。
キチンと調査をすると言っていた記憶がある。その後調査した形跡は無い。
副作用報告が無いので、その様な副作用は無いと言うのが、エーザイの言い分であった記憶がある。
その後死に至ったケースを、私は副作用報告をした。
厚労省が、少量投与を認めたのは、副作用の多さの為と聞いている。共同通信の記者が、この副作用報告について厚労省に取材してると思う。それが、副作用対策のため少量投与を認めた引き金の一つと思う。
ただ、厚労省に報告された副作用は、レッドカード物と思われるが、それが出来ない厚労省にも大きな問題があると思う。

Posted by 小関 洋 at 2017年03月02日 07:13 | 返信

御著書の題名...殺しました...なんて明記したら、どこかで誰かが勘違いしないだろうか、
と少しハラハラしてしまうけれど、それは書籍業界によるインパクト狙いでしょうか。
けれど、医師が救う命もあれば、力及ばず亡くす命もあるのは、それが自然の摂理だと思います。
医師は、医術=技術を施し、再生に尽力して下さるけれど、対峙しているのは未知とも言える
"人の生命" であり、永久に未開の分野であると思っていたいです。そんなに簡単に、家電製品を
直すが如く、再生できるような単純では無いのが「生命」と思っています。処する技に全力を尽くして
下さる医師が大半な日本の医療界だと思っていますが、日本人の特性が為す見誤り=方向性の見当違い
(しがらみ)が随所に表れている現状ではないでしょうか。誰も、人の命を「食い物」にする、
そんな日本人があってはならない..。
歯車が合わない、それは権力が関与したために生じた、何かの方向性の見誤りだと信じていたいです。
国営放送の電波に乗せて嘘を放言してしまった、その教授(大先生)も数年経てば、被介護者な立場に
なる訳ですし「愚かだった」と後悔の念に苛まれる時がやってくるかも知れません。
認知症を「病」と考えることを辞める英断が、各々に必要なのではないでしょうか。

Posted by もも at 2017年03月02日 07:33 | 返信

河野先生の講演を拝聴させて頂きまして、その回を重ねてきて思うのは、
人が好きな河野先生、患者さんの困った症状を看て診断した後には、それが改善されて
その人らしい笑顔や、患者さんが元の人格が戻られつつあることに喜びを感じておられる、
それを楽しんでおられる様子が映像から見てとれます。
診断(判別)に2分、対処3分、笑わせることに5分、と仰っていたのが印象に残っています。
老年化学会に携わった御経歴から、先生御自身の中に蓄積された症例データが物を言う、
職人技な世界観と印象付けられます。その御経験を惜しげなく、メソッドと称して広く
医師共有のものとなさる、その心意気に太っ腹を感じます。
敢えて、ひょうひょうとした雰囲気で、ジョークを忘れずに診察。そして講演なさる河野先生に
かつての「赤ひげ先生」を彷彿とさせます。
他所で酷い状態にいじられてしまった患者さんの毒を抜き、匙加減での処方で人らしく再生させる、
その様子、症例の映像を見せて頂く度に、ほろっとした気持ちを持つと同時に、人(河野先生)が施す
暖かみに感じ入ります。
「河野メソッド」が、もっともっと広く社会に知れ渡りますように! と願い、応援します。

Posted by もも at 2017年03月02日 08:23 | 返信

石黒伸医師「僕は認知症患者を殺しました」・・・・・・ を読んで


様々な経験を経られて、コウノメソッド実践医として
大阪・本町に「アクアメディカルクリニック」を開設
された石黒伸医師の告白? は大変に重いものと思
います。
同氏はまだ40歳前後、その現役バリバリの医師が
「僕は認知症患者を殺した!」 と告白することは
大変勇気のいったことと思います。
同医師の診断・措置が “標準治療” そのものですから、
訴えられたりすることはないのでしょうが、不可抗力
にせよ、同医師の診断・措置で追い詰められたり、命
を落とした人がいて、その近親者や関係者が多く実在
する中での告白です。
私は 「過ちを改むるに憚ること勿れ!」 という言葉
が好きです。 過ちに気がついた時、直ぐに修正して
おけば ・・・・・・、という悔いが日本にはあまりにも多い
ような気がしています。
石黒伸医師の告白本 :「僕は認知症患者を殺した!」
を神戸の書店で探してみましたが、未だ入荷していな
いようでした。 入荷次第読んでみたいと思います。


03:23 匿名さんのコメント、その通りのことが多い
ように私も思います。
人間関係や社会が作り出している変調なのか? 真の
病気なのか? その切り分けを慎重に行わないと
人災・薬害の被害者を増やすように思えてなりません。


そして、小関洋氏のコメント
“認知症薬の適量処方を実現する会” 等の活動が功を
奏し、早々に厚労省が “増量規定を廃し、少量投与を
認めた” ことが、改善への1歩前進と思っていました
が、本当はレッドカード級の副作用を認知して、ちょ
っとだけ厚労省は方針転換をしただけだったんですね
・・・・・・・。

Posted by 小林 文夫 at 2017年03月02日 09:44 | 返信

石黒伸医師「僕は認知症患者を殺しました」
・・・・・・ を読んで〔その②〕


“告白します! 僕は認知症患者を殺しました”
の本が、神戸市内の書店にも並びました。
石黒先生は全編を順に読み進めると理解が進むと
勧めていますが、 “プロローグ” と “プロローグ
その後〔エピローグ〕” で取り上げられている
飯沼ご夫妻〔90歳の妻(認知症)と88歳の夫(介護
者)〕の老々介護のシーンだけでも良いので、一人
でも多くの医療関係者の皆さん、そして決して他人事
ではない高齢者の皆さんに読んで欲しいと思う、秀逸
な内容でした。
認知症薬との向き合い方一つで、二人で過ごす高齢期
の日々が地獄ともなり、また穏やかな豊かな日々とも
なることを実感を持って理解することが出来ると思い
ます。
この実例はこのご夫婦だけに起こる奇跡などではなく、
頼る医師を間違えさえしなければ、誰でも手にする
〔実現する〕ことの出来る僥倖と思います。
医師が診断し薬を処方して、その結果を目の前に
するのに ・・・・・、何故認知症薬だけは薬の量を加減
することが医師の裁量に許されないのでしょうか?
病の診断と薬の処方・匙加減は、医師にのみ許され
た専権事項の筈なのに、なぜ現実の患者の反応を
確認することのない製薬会社の定めた増量規定や
厚労省の通達に縛られるのでしょうか?
不思議でなりません。


この一見過激と思えるタイトルの本と内容に真向
から反論する個人や団体が出て来て炎上するので
しょうか??? 
是非、そうあって欲しいと願っています。
激しい論戦〔舌戦〕が衆人環視の下で繰り広げられ
れば、誰の目にも何が問題で何が歪んでいるのか?
見えてくると思います。
そして、最終的には正しい〔正義〕ところ、今回の
場合は “認知症薬の適正処方の正当性” と “コウノ
メソッドの有効性” が広く認知されることとなるこ
とは必定と思います。
石黒伸先生に、これを機会として一度日本の認知症
治療を徹底的に洗濯して欲しいと思っています。
よろしくお願いいたします。

本の最後尾、トッピクスとして、長尾先生の “認知
症の薬をやめると認知症がよくなる人がいるって
本当ですか?” の本が推奨されていました。 
強力なコラボレーションと思います。
石黒伸先生と長尾先生がタッグを組んで活動を進め
て呉れれば、本当に日本の認知症治療の世界に維新
が訪れそうな期待が膨らみます。 
お二人の今後の益々のご奮闘を心より祈念したいと
思います。 よろしくお願いいたします。

Posted by 小林 文夫 at 2017年03月03日 07:26 | 返信

高野先生の最大の功績は、アリセプトの副作用を暴きたてた事でしょう。アリセプトを止めれば、回復すると言うことになります。
私の経験では、アリセプト10mg+メマリー20mgが最悪の組み合わせですね。興奮して周囲の方を殺してしまうか、活動性が低下し食事が食べられなくなって、誤嚥性肺炎で無くなるか。
副作用報告の中には、興奮した患者が周囲の人を傷つけ死に至らしめたと言うケースが2例あったそうです。
私も低活動性せん妄と嚥下障害を起こしたケースを、2例報告して居ます。1例は、要介護5に認定され私の勤務している病院に、入院して来ました。アリセプトを中止するだけで、あっという間に回復しましたよ。ただ副作用報告には、死に至るリスクがあると報告しましたがね。 もう一例はせん妄と嚥下障害で、食事が取れなくなってしまいました。アリセプトの中止で一時回復しましたが、嚥下機能の回復が悪く誤嚥性肺炎で無くなるなったと記憶して居ます。アリセプトによる死亡例と報告して居ます。
その後もなん例もこの様なケースは、経験して居ます。
私は、この問題を仲間の実践医と「薬害アリセプト 」と呼んで居ました。

Posted by 小関 洋 at 2017年03月03日 08:10 | 返信

自分や人に誠実であること。これが何故疎まれなければ、ならないのか、と
不可思議に思うことが数多くあります。自分の人生も半分を過ぎたとは思いますが、
何故、正しくあること、正しくありたいと思うことによって、何か疎外される事態が生じる
そんな理不尽を被る憂き目に遭わなければならないのか。
呑気に過ごしていても、尊敬できる人々と出会うことが出来た我が人生の前半戦でしたから、
社会の理不尽を知る後半戦に至ってみて、まっとうに生きる事は、そんなにも社会にとって
邪魔な出来事・事態なのか、と首をかしげてみると、首が折れそうな気分にさせられます。
自分が世のため人のために尽力することを奨励する、大いに歓迎されて当たり前な、そんな
政治を望んで、これからの人生・後半戦を見届けていきたいです。
名も無き、愚かな庶民ではありますが、懸命に生きています。
正しいとは何か? と考えるのは、とても哲学的になってしまいそうですが、少なくとも
誰もが楽しく、幸せと感じて生きていける世の中であって欲しいと思うものです。
そんな社会に存在できる自分があり、家族がある、そこに幸せを感じて生きていたいものです。

Posted by もも at 2017年03月03日 09:05 | 返信

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