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安楽死を巡る最近の議論を読んで

2017年03月29日(水)

日本医事新報3月号の連載は、最近の安楽死報道について書いた。→こちら
正直、まったく分かっていないメデイアが議論を混乱させている。
月刊文藝春秋、読売テレビ、朝日新聞など誤報を繰り返している。
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日本医事新法3月号   安楽死を巡る最近の議論を読んで     長尾和宏
 

橋田嘉賀子氏の安楽死手記

 脚本家の橋田嘉賀子氏が月刊文藝春秋2016年12月号に「私は安楽死で逝きたい」という手記を書かれた。「もし認知症になったら、スイスの安楽死組織デイグニタスに行って安楽死したい」という文章は多くの国民の共感を呼んだ。2016年に最も多くの読者が支持した記事であったという理由で第78回文藝春秋読者賞を受賞された。ちなみに2015年の週刊文春の調査によるとなんと7割の日本人が安楽死に賛成だという。2016年12月19日放映のTBSテレビの「坂上忍の好きか嫌いか言う時間」では一般市民たちにより安楽死について熱い議論が繰り広げられた。橋田氏は週刊新潮2017年1月19日号にも同様の趣旨の文章を寄せた。さらに作家の筒井康隆氏はSAPIO2017年2月号で「日本でも早く安楽死法を通してもらうしかない」という文章を書かれて多くの支持を得ている。このように昨年末から橋田氏が火をつけた安楽死議論がにわかに盛り上がっている。

 私は2012年にスイスの外国人の安楽死を受け入れているNPO法人のデイグニタスを訪問する機会があった。しかし日本はリビングウイル(LW)さえ法的担保されていない国であることは世界的にも有名で、デイグニタスでは日本人は門前前払いである。実は私のところにも知らない日本人から安楽死の相談やデイグニタスに紹介状を書いて欲しいという趣旨の依頼が沢山くるがそう説明している。いくら有名人でも日本国籍である限りデイグニタスは受け付けてくれない。また日本でも「認知症は何もできない人、ではない」、「認知症の人も普通に生活できる」という啓発が始まっているが、逆行している。

 また筒井氏の小文をよく読むと、「延命治療を中止して緩和ケアを行って欲しい」と書いてある。実はこれは尊厳死そのものである。完全に尊厳死と安楽死を混同しているようだ。月刊文藝春秋2017年3月号に掲載された「大アンケート 著名人60人の賛否を公開する」という記事は極めて興味深い。安楽死と尊厳死の意味を混同・誤解している著名人が大半なのである。だから「市民の7割が安楽死に賛成」というアンケート結果も誤解を割り引いて解釈する必要がある。ただ多くの国民感情としては、言葉の定義よりも「管だらけで苦しい最期は嫌だ」「モルヒネでたとえ寿命が少しくらい縮まっても構わない」なのだあろう。しかしこれは安楽死ではなく、尊厳死そのものである。
 
 
尊厳死の議論から始めよう
 
 ならば尊厳死の議論を抜きにして安楽死の議論をするのは早計というか無謀に思える。約200人の超党派の国会議員から成る「人生の最終段階の医療における患者意思の尊重を考える議員連盟」は12年前から人生の最終段階の医療の核心であるLWの法的担保に関する議論を重ねてきた。しかしこの2~3年は議論が停滞している。LWの法的担保に反対する団体が多いからである。つまり日本医師会も法曹界も宗教界も団体もこぞって反対してきた。それどころか後述する内閣府の公益認定委員会の意見書(2016年12月8日)は「尊厳死が殺人罪に問われる可能性」を示している。「たとえLWがあっても尊厳死は殺人罪の可能性がある」というのが現政府の公式見解である。「尊厳死が殺人罪だって?」。多くの国民は首をかしげることだろう。

 私のような町医者は年間100人ほどの在宅看取りに立ち会っているがほぼ全てが尊厳死だ。しかしそれが殺人罪に問われる可能性があるという。国は在宅看取りを謳う一方、それは犯罪行為であるかもねと言う矛盾した態度である。縦割り行政のために論理の矛盾に気がついていないのかもしれないが、それが日本の現状だ。

 LWに基づいた尊厳死が殺人罪疑いになるかも、という根拠とはなんと明治時代の刑法である。しかしその時代にはもちろん胃ろうも人工呼吸器も無かった。日本における人生の最終段階の医療はいまだに明治の法律に縛られている。
 

 
世界の意思決定支援

 次に意思決定能力が不明な場合における意思決定支援に取り組むべきだ。英国では2005年に家族や周囲の人が代理や推定した本人利益(Best Interest)の法的担保も行った。つまりMental Capacity Act(意思決定能力法)を定めて来るべき大認知症時代に備えている。一方、日本の後見人制度は財産管理の後見に限定され、医療やLWの後見や代理に関する法的整備の動きはない。そもそも本人が署名・押印したLWさえ法的には認められていない国で、完全にガラパゴス化している。

 アジアにも目を転じてみよう。2000年には台湾で、そして昨年は韓国におけるLWの法的担保がなされた。しかし日本では亡くなった後の財産処分の関する本人意思、つまり遺言状は法的に有効であるのに対し、生きている間に自分が受ける医療に関する文書は有効ではないことは不思議である。

 ユネスコの生命倫理宣言には「本人意思の尊重」が謳われている。日本以外の国ではその大原則を重んじた法律整備が着々と進んでいる。しかし日本は明治時代の刑法を理由に、本人意思の尊重に関する活動にさえ公益性を認めない。それはすなわちユネスコの生命倫理の基本理念に背いたままである。そんな国は日本だけでとても恥ずかしい。いずれにせよ、日本はLWを有する人の尊厳死がグレーという国であるという現実を飛び越えて安楽死議論が進行していることに違和感がある。できれば今後の医師会主催の市民イベントでは「なぜ尊厳死が違法なのか」を議論してみてはどうか。多くの市民の声を直接聞くことが必要だと思う。
 

リビングウイル啓発の意義

 11万人余の会員がいるLWの普及啓発団体である一般財団法人・日本尊厳死協会は昨年、創立40年を迎えた。同協会は一昨年、内閣府に公益認定申請を提出するも却下された。その理由とは定款のひとつにLWの法的担保という文言がありいまだに国会承認されていない事項を掲げる団体には公益性を認めない、という判断であった。しかしLWの普及啓発は多くの国民の利益に寄与すると考え、昨年、再度公益認定を求めるたが2度目も却下された。その理由とは「延命措置の中止が刑事上等の責任を問われる」であった。しかしこれではLWを尊重して尊厳死した場合、殺人罪に問われる可能性があると言わんばかりである。同時に厚労省や日本医師会や各医学会が出している終末期ガイドラインとも相反する内容である。

 そもそも現在我が国で議論されている「尊厳死」とは本人が文書で「延命処置を拒否する」というLWを表明している場合の終末期医療に限ったものであり、本人意思が不明な場合の海外のような議論にはまだ言及されていない。またそもそも日本尊厳死協会は安楽死に一貫して反対し続けている。尊厳死が容認されれば安楽死は必要無いという認識である。国民皆保険制度と在宅医療制度、そして優れた緩和ケアデイバイスは在宅でも普通に使えるから自宅や施設で穏やかな最期を迎えることができる国だ。筒井氏がイメージする「尊厳死」が充分可能な国である。しかしそれは在宅や一部の施設や慢性期病院に限られていて、多くの市民が知らないことは残念である。そしておそらく大病院の多くの医療者も知らない世界なのである。

 橋田氏と筒井氏はまさにパンドラの箱を開いた。しかし私たちは目を背けてはならないと考える。現在の終末期医療は国民ニーズと全く合っていないことが公になったのだ。否定された、と言ってもよい。政府や医療界はそんな声から逃げてはいけない。市民目線での真摯な議論を始めるべきである。国民の声から逃げれば逃げるほど、医療否定本が売れ続けるだけなのである。
 
 

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