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リビングウイルの意義

2017年05月01日(月)

日本医事新報の4月の連載は「リビングウイルの意義」で書いた。→こちら
アドバンスケアプランイングや意思決定支援プロセスの核となるのは本人意思。
しかし政府は「リビングウイルの啓発は医師のリスク増大」という認識である。

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日本医事新法4月号  リビングウイルの意義を考えよう   長尾和宏
 
第12回ユネスコ生命倫理世界会議

 去る3月21日~23日、第12回ユネスコ生命倫理・世界会議に参加した。昨年秋の世界生命倫理記念セレモニーにおいて同会議の日本支部の第1回の記念講演をさせて頂いたご縁である。5年ぶりに欧州の旅をさせて頂いた。キプロスはトルコのすぐ南、イスラエルの西に位置する四国の半分くらいの面積の島だ。南はギリシャで北はトルコに分断されているが現在の治安は安定していた。同会議には世界各国から約500名の生命倫理関係者が集まり、生命倫理だけでなく医療倫理や関連法などについて3日間にわたり熱い議論が交わされた。日本からは数名の参加であったが、同じアジアからは中国や台湾やインドからの参加が目立った。そして一度アジアで支部会をやろうか、と盛り上がった。

 生命倫理に関する医学教育のあり方が同会議で大きな話題であった。そういえば先日ある研究会で「ヒポクラテスの誓いを知っているか?」という質問に手を挙げた医師は半分しかなかった。私自身は医学部1年生の時にちょっと怖そうな風貌の哲学の先生に教えて頂いた記憶が今で残っている。しかしそれを知らずに指導的立場にいる医師が少なくないことに愕然とした。咋今、大学病院などを舞台にした医の倫理の観点から明らかに逸脱した事件が報じられているが、こうした背景が関与しているのだろうか。そこで日本においては平成31年度入学の医学生から医学教育のコアカリキュラムが大きく変わる。医の倫理や在宅医療や終末期医療などの医師としての基本的な知識を医学部の低学年から教えることが閣議決定された。今回のユネスコの生命倫理教育のあり方とも大きく関係している。しかし日本においては指導者層が貧弱なのでその養成が急務である。

 
本人意思の尊重という医療倫理
 医学生の時にインフォームド・コンセントという言葉を聞いた記憶が無い。日本では,1980年代後半ころからこの概念が用いられるようになり,1990年に日本医師会の生命倫理懇談会より「「説明と同意」についての報告」が公表された。1997年には医療法の改正が行われ,インフォームド・コンセントが医療者の努力義務として盛り込まれた。一方、第二次世界大戦の教訓からユネスコは「生命倫理と人権に関する世界宣言」を発表している。その要点を記すと、第1条では「この宣言は医学に関係した倫理的問題に関するもので国家に向けられたものである」、第3条では「人間の尊厳と基本的自由が充分に尊重される」、第5条では「意思決定を行う個人の自律は本人が責任をとるが自律行使の能力を欠く人には特別な措置が必要」、第7条では「同意能力を持たない人には特別な保護が必要」、第12条では「文化の多様性および多元主義の尊重」(黒須三惠訳)などが謳われている。 

 そこで私が注目したいのは第5条と第7条に謳われている「意思決定支援」である。なぜなら日本においては人生の最終段階の医療を自己決定している人という人はわずか2~3%にすぎず、3分の2は家族が、そして残り3分の1は医師が代理決定しているのが実態であるからだ。すなわちユネスコの「生命倫理と人権に関する世界宣言」が遵守されていない国であると言う言い方ができよう。また本人がたとえリビングウイル(LW)を文書で表明していても家族の意思でいとも簡単にひっくり返されるという国である。もし家族の意向に逆らった場合、裁判で負ける可能性がある。従って本人意思と真反対であっても、またユネスコの「生命倫理の世界宣言」から大きく逸脱していても医療者は家族の意向に従わざるを得ない立場にある。それが「LWの法的担保が無い」という意味である。さらにつけ加えるならばそんな国は先進国中もはや唯一であるということだ。
 
 
リビングウイルの認知率の低さ
 
 この5年間全国各地で1000回を超える終末期医療に関する講演をしてきた。そこで必ず「LWを知ってるか?」と聞いてきた。一般市民におけるLWの認知率は5%程度であろうか。日本人は自己決定が苦手な民族なのでそれはそれでいいとして、驚くべきは多くの医師も一般市民と同様にLWという言葉を知らないことだった。現代医療には様々な選択肢があるため意思決定支援の連続である。そして人生の最終段階における医療においても意思決定支援を行う時に本人が意思を表出していればそれにこしたことはない。だから「健康な時にLWを書いておきましょう」と啓発してきた。LWの認知率と低さと終末期医療問題は関連しているからだ。

 最近、終末期医療に関して著名人と対談させて頂く機会が何度かあった。小泉純一郎元総理も俳優の近藤正臣氏も50歳台前半でLWを書いていた。実は私も同じだ、だから最近の講演では「50歳になったらLWを。できれば医師から模範を!」と啓発している。欧米においても同様に尊厳死においても安楽死においても本人意思の尊重がベースにあることは言うまでもない。しかし蛇足ながら最近、一部のマスコミは相模原事件やナチスドイツのホロコーストを安楽死とむすびつけて報道している。これは明らかな誤った理解で市民をミスリードしている。それらは単なる殺人・虐殺であり、本人意思の尊重とはなんの関係も無い。
 

リビングウイルで訴追リスクが高まる?
 
 一般財団法人・日本尊厳死協会は公益認定申請を行ってきた。しかし内閣府の公益認定委員会に2度にわたって却下された。1度目の却下理由は「LWの法的担保を求める活動」を定款に謳っているからであった。国が担保していないものを勧めるなという趣旨であろうか。大手新聞社は社説欄でその判断が誤っていることを指摘した。しかし一歩譲り定款から法的担保という文言を削除して再申請を行った。しかし2度目も却下であった。その理由とは「患者がLWを表示すると医師の訴追リスクが高まるから」であった。私は椅子から転げ落ちそうになった。反対ではないか。患者が意思表示しているほうが医師の訴追リスクは低いと確信しているからだ。実際、在宅医療の現場でもLWを表明している人の方が看取りがしやすい。それをベースにしたケア会議を何度か開催して家族とじっくり話し合えば必ずや良い最期を迎えることができる。好きな言葉ではないが在宅看取りにおける患者さんや家族の満足度やQOD(Quality of death)は圧倒的に高い。おそらく病院の医師も同意見であろう。進行した認知症で本人意思の推定すら困難な患者さんの救急搬送現場ならばなおさらのはずだ。しかし委員会は「LWは医師の立場を悪くする」という主張を貫いている。そうではない。LWは患者の権利のみならず医師の立場も守るはずだ。それは世界の常識でもある。しかし2度にわたりLW啓発の必要性を否定した委員会は医療現場を知らないのか結論先にありき、のどちらかとしか思えない。

 政府は一貫して在宅での看取りを推進している。これはとりも直さず尊厳死の推進である。その一方で、尊厳死の前提となるLWの啓発を真っ向から否定している。この2つの行為は明らかに自己矛盾している。政府見解は全国各地で推進されているACP(Advance care planning)も意思決定支援も地域包括ケアという国策を自らが真っ向から否定している。その滑稽さに早く気がついて欲しい。医療現場やユネスコなどの世界動向を調べ、そして本稿を読んで考え直して欲しい。そして総理を長とする内閣府の関係者には逆に「LWになぜ意義がないのか、なぜ医師が不利になるのか」と問い返したい。人は誰でも間違える。しかしもし誤った判断なら、正す事で多くの人の尊厳が守られるはずである。それどころか医療費の大幅な削減にもなるのである。


 
 
 

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