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介護訴訟増加が医療に及ぼす影響

2017年07月26日(水)

日本医事新報7月号の連載には「介護訴訟が医療に及ぼす影響」で書いた。→こちら
そろそろ医療介護関係者が大きな声をあげないと大変なことにならないか。
転倒、発熱のたびに救急搬送、入院加療を繰り返して本人は幸せなのか。
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日本医事新報7月号  介護訴訟増加が医療界に与える影響   長尾和宏
 
肺炎診断の遅れに1870万円

介護施設における訴訟が増加している。入所者の肺炎やがん診断の遅れや施設内の転倒・骨折などにおいて施設側が訴えられた結果、敗訴する事例が増えている。最近の例では、鹿児島県の介護老人保健施設「沖永良部寿恵苑」に2012年に入所した男性(当時61歳)が死亡したのは、肺炎を発症したのに適切な病院に転院させなかったためとして、兵庫県尼崎市に住む妻が2750万円の損害賠償を求めていた。17年5月17日、鹿児島地裁は施設側に1870万円の支払いを命じた。12年9月14日、発熱など肺炎を疑わせる症状を発症したので併設の病院で抗生物質の投与を受けたが4日後に肺炎で死亡。裁判長は「発熱などの症状が出た時点で肺炎を疑い、エックス線など必要な検査をして適切な病院へ転院させるべきだった」と指摘し施設側の過失を認めたと報じられている。

脳梗塞のため要介護状態に陥った人に起こる肺炎の多くは誤嚥性肺炎である。治療しても再発を繰り返すことが特徴である。そのため最近「誤嚥性肺炎を呼吸器疾患として扱わない」と公言する呼吸器科もある。また誤嚥性肺炎は抗菌剤治療より緩和ケアを優先すべきだ、という考えに変わりつつある中での敗訴である。

寝たきり状態にある人の肺炎の診断は胸部単純レントゲンだけでは難しいことがあり胸部CTを撮ってはじめて診断されることも稀ではない。今回の肺炎診断の遅れをめぐる訴訟の判決は、今後施設入所者に対する医療に重大な意味を持つだろう。「発熱があれば肺炎を疑い全例胸部CTを撮影しないと、もし訴えられた場合に多額賠償金を払う」ことが悪しき前例とならないか危惧する。健常者ならいざ知らず、介護施設入所者の発熱に対して本当にそこまで厳重な医療対応が求められるのであろうか。過剰医療にならないか心配だ。

地域医療に60年間奉職してきた鹿児島県の老健の管理医師(92歳)は敗訴の知らせにがっくり肩を落としていると聞いた。これは控訴し争うべき事例だと考えるが、訴えられた医師が90歳代になると数年間の裁判時間はあまりにも長く、もはや控訴する気力は残っていない。生涯を地域医療に捧げた鹿児島県の医師の人生の晩節を汚されたように感じたのは私だけだろうか。
 

増加する介護訴訟

肺炎裁判は特養以外の介護施設でも起きている。煩わしい裁判を避けて早々に和解するケースもあると聞く。和解は訴えを認めたことになる。あるいは、転倒・骨折による訴訟例も散見する。施設内で転倒・骨折するとたとえ手術で回復しても「管理不足」で訴えられることがある。訴えるのは多くは遠くに住む長男長女である。お金を払っているという消費者意識と普段顔をあわせていないという負い目が、そうした行動に走らせるのだろうか。そもそも転ぶ時は、自宅内であっても施設内であっても転ぶ。自宅での転倒は仕方が無いとされても、施設という箱のなかでのアクシデントはすべて管理責任が問われる時代になりつつある。「管理不足」という論法がさらに広がると、在宅医療における転倒・骨折も「管理不足」として訴えられる時代が来るのかもしれない。考えただけで恐ろしい。

また名古屋における認知症の人のJR事故裁判のように今後、認知症がらみの訴訟が増えることは必至だ。認知症の人は施設内で様々なトラブルを起こすが、そのたびに医療にも負担がのしかかる。抗精神病薬の過剰投与は必ず薬剤起因性の老年症候群を増やす。医療への過剰な期待は、薬が薬を呼ぶという「処方カスケード」を招くことになる。司法の判断は多剤投与解消とは逆方向を向いている。
 
 
看取りをやめた施設
特養は要介護3以上の人が入所する介護施設である。数年前、全国の特養における看取りの実態調査の結果を知る機会があった。看取りに積極的な特養がある一方、一度も看取りを経験したことが無い特養も少なからず存在したことに驚いた。そのなかには、必ず同一法人内の病院に移してから看取ることが内規となっている特養もあった。看取りをしない理由としては、こうした経営方針以外に多くは介護スタッフが「看取りが怖い」からであった。介護施設は介護をする場であり、看取る場所では無いという意見も根強い。看取りに関する介護スタッフへの教育の機会はあまりにも貧弱だ。看取りに接したことがトラウマとなりPTSDに陥ったスタッフもいる。だから「看取り同意書」を当直前の介護スタッフに書かせるシステムになっている特養まである。最も重症者が入所する特養ですらそのような状況なので、中等度~軽症者が入所する老健やサ高住における看取りの実態は推して知るべしだろう。

一方、認知症グループホームにおける看取りの実態はどうだろうか。直近の調査では一例でも看取りの経験があるグル―ホームは2割にすぎないと聞き、愕然とした。私は御縁を頂き、数軒のグループホームの入所者を診させて頂いている。初めての看取りを体験し当たり前のように看取りができるようになった施設が3軒ある。しかし最近「看取りをやめました」という施設が続いている。理由を聞くと「株式会社である本部からの指示」だという。看取りに関する介護訴訟の影響はこんなころにも波及している。ではどうしているのか。施設長の判断で看取り搬送をしているのが現実だ。施設側は「とにかく施設の外で亡くなって欲しい」という。救急搬送を主治医に連絡無しで行っているのが実態だ。高級老人ホームでは「次の入居者が嫌がる」という理由でパンフレットの説明とは裏腹に最期まで看ないホームが稀ではない。その根底には当然、介護訴訟恐怖が蔓延している。
 
 
介護訴訟に医療界が声をあげる

理不尽な医療訴訟の増加が医療崩壊を招いたように、介護訴訟の増加が介護崩壊を招くことを懸念している。施設が訴えられないためには状態が少しでも悪化しそうなら早めに医療に投げるという傾向が加速している。介護施設における肺炎やがんの診断や治療の遅れが論点になっているが、そもそも最低限の医療しか無いが老健や特養である。皮肉なことにそれが平穏死のためには長所にもなっていた面もある。
高齢者医療といっても要介護状態になればケアマネさんが実権を握ることになる。ケアマネが在宅医や訪問看護を牛耳る傾向がある。そして株式会社の方針で在宅看取りをさせないケアマネもいる。私はケアマネではなくケアマネ制度、つまり介護保険制度が誕生時に内包していた矛盾が露呈していると見る。今こそケアマネ制度を抜本的に見直すべきである。具体的にはすべての訪問看護制度を介護保険制度から医療保険制度に戻すことだ、と10年間主張してきた。グループホームや老人ホーム入所者や小規模多機能やお泊りデイへの訪問看護を提供し易い環境にすることで看取りを視野に入れた介護が可能になる。株式会社オーナーやその指示で動くケアマネの管理下では、施設での看取りは難しい場合がある。地域包括ケアの掛け声とは反対の方向に動いていること、そしてその負担は地域の病院にかかっていることを指摘しておきたい。介護崩壊がさらなる医療崩壊を招きつつある。

医療者には介護の出来事なんて関係無い、と考えないことが大切だ。介護界の余波は必ず医療界に及ぶ。肺炎やがんの診断・治療は医療マターである。ならば医療界が主導してオープンな議論を重ねて司法にも現状への理解を求めるべきではないか。仮に敗訴しても経済的には各種保険がカバーしてくれるのだろう。しかし訴訟自体が介護施設には大きなストレスになる。介護訴訟の増加が医療に及ぼす負の影響はあまりにも大きい。
 

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この記事へのコメント

わたしとしては…
看護保険なるものが制定してくれることを望んでいます

医師の訪問看護指示書があっての訪問看護の開始です
療養上のお世話にも訪問看護の指示書が必要なことに納得できない
医療行為に関しての訪問看護指示書でいいように思います

今日も
訪問看護は 必要でないよね…とクリニックの先生から却下されてしまいました
生活を支える看護を理解してくださる先生が増えますように…

Posted by 訪問看護師 宮ちゃん at 2017年07月26日 11:34 | 返信

・・・最近「看取りをやめました」という施設が続いている。理由を聞くと「株式会社である本部からの指示」だという・・・
以前にも、同様な内容の記事を長尾先生のブログで読みましたので心配になって、老父が生活している民間老人ホームへ問い合わせたところ、はっきり「看取ります」という返事でした。
私宅は、「入院させず本人が希望しない医療を施さずに苦痛は取り除いて看取ることができる施設」が、施設選択の第一条件です。
私は石橋を叩いて渡る前になお躊躇するタイプですので、現在の老人ホームが態度を変えた場合の移動先を探しておかねばと思い、近隣ホームへ電話で聞くと、3系列が「ご希望があれば看取ります」でした。ただし、24時間体制の主治医との契約があれば、です。

関西と関東(私宅の地域)では傾向が異なるのかもしれません。あるいは、関東の企業の方がガードが固く、家族が質問した程度では本音を漏らさないのかもしれません。

現在の主治医である訪問診療クリニックの考え方が、患者・家族本位なので、最悪、施設側が看取れない、と言い出しても、最初に主治医に連絡してくれれば、尊厳死できるベッドを用意してくれると思います。
絶対に救急車を呼ばないで。まず主治医に電話してください。これさえ守ってくれれば大丈夫だと思う。
やっぱり問題は医者だと思います。

今の施設は朝から夕方までは施設看護師が居ますが訪問看護も入れます。もし施設看護師の負担が大きくなってタイヘンになれば、訪問看護を入れましょう、という話でしたが、保険が効くのは最期の二週間だけとか、それ以上は自費になるのですよね。やっぱり何処まで行ってもカネ次第。

Posted by 匿名 at 2017年07月27日 01:51 | 返信

私は特別養護老人ホーム勤務5年になります。その経験から見えてきたことは、「ばあちゃん、介護施設を間違えたらもっとボケるで!」ということです。


さすがに「うちのばあちゃんがボケたのは、施設の管理が悪いから!」と言われたことはありません。
「こんな状態になる前になぜ、治療するようアドバイスしてくれなかったのか? 言ってくれたら、治療を望むのに!」なんて話しはないです。ある意味、年寄りだから、ボケるのは当たり前という暗黙の共通認識があるのでしょう。


一方、肺炎については、「早期発見して治療して、治すのが当たり前。治って当たり前」ということなのでしょう。
肺炎の原因にも色々あるようですが、誤嚥なら因果関係が分かり易い。食事の見守り不足で咽せたことを見逃したから、食事の形体をトロミにする対策を講じなかったから、嚥下機能リハビリをやっていなかったから、など理由付けができるでしょう。


私は、介護保険法で定められた施設の種別に関係なく、有料老人ホームであれ、特養であれ、介護従事者が介護技術のことだけでなく、高齢者医療についてもっと広く深く学ぶべきであると思っています。

それは、第一にお世話する施設入居者/入所者のためですが、第二にその家族のためでもあります。そして、自分を守るためでもあります。
つまり、介護の限界を知り、医療の限界を知る。あるいは、介護の可能性を知り、医療の可能性を知る、ということです。


「科学的介護を推進する」と、言われるようになってきました。なにも、AIだの介護ロボットだのが科学的ではありません。
医療の限界と可能性、介護の限界と可能性、これらの境界領域で、より適切な判断ができるようになることが医療従事者にも介護従事者にも必要であり、その判断が生かされる組織力・システム化が必要であると思っています。

「介護職の質の向上は医師の負担を軽減する」が「真」であると同時に、「医師の質の向上は介護職の負担を軽減する」もまた「真」なのです。


加えて、介護サービスを利用する当事者(実質的には家族)も、質の向上が必要なのです。
施設に入れている親に会いに来なさい。施設職員/スタッフと一緒になってご飯を食べさせてみなさい。排泄介助をしてみなさい。風呂に入れてみなさい。
そしてよく見なさい。あなたの親がどれだけ集団生活に適応できているか、迷惑をかけていないか。


残された少ない時間。自分が家族として何をしてあげられるのかを!

Posted by YOSHIKI at 2017年07月27日 05:44 | 返信

以前も書いていますが、介護保険と医療保険をきっちりと分けてもらうのは大賛成です。

しかし、ケアマネ制度が悪いと言われても、現場のケアマネ(在宅)は、長尾先生の意見を「医師」と「ケアマネ等」を入れ替えて読んだら正しい、と言うと思いますよ。

正直、認定しかりプランしかり・・・医師が介在しなければいけない、という場面ではデメリットが多いです。

私としては、介護は介護でプランを作成、医療は医療で治療方針やプランを上げ、その上で同じ利用者さん、患者さんに対するものとして相談しあい、連携していくのが本来の姿では、と思います。

あと、「かかりつけ医」になりたくない、と言う医者多いですね。薬ないから、定期受診も勧めず、整形でみてもらってたんだから、そっちに行って意見書書いてもらって、とか。挙句の果てに、整形は去年のコピー、さらには認知症自立度に至ってはIに〇。
総合病院に至っては、意見書を書くための情報として意見書の内容を筆記させるところまである始末。家族がダメならケアマネ書いてくださいって・・・意見書って医療者の立場から自らの所見で書くべき書類じゃないんでしょうか。忙しいからって、ケアマネは「書類作成代」なんてもらえないし、そもそもケアマネが書くんなら、意見書も認定も不要なのでは?

職務範囲外であることまでケアマネがせざるを得ない実態。本当に、医療の範疇のものはすべて責任を持って医療でやっていただきたいです。

Posted by 通りすがり at 2017年07月27日 01:24 | 返信

通りすがりへ
なんで「主治医の意見書」を、医師では無く、ケアマネが書くんだよ。
バカ医者が悪いんじゃねーか!

Posted by 匿名 at 2017年07月29日 06:59 | 返信

匿名さんへ

せめて「さん」をつけましょうね。

「主治医の意見書」を書かせるんじゃなくて、「主治医の意見書」の内容のアンケートみたいなものがあって、それに書かせるわけです。それを、医師が(実際は事務員)その内容をみて清書して、ハンコ押してるわけです。

 バカ「医者」かどうかはわからんけど、そういう医者多いですよ。

通りすがりから匿名への返信 at 2017年07月31日 11:05 | 返信

通りすがりは、あん摩マッサージ師だ。
ケアマネジャーではない。
「意見書」って書いてあるじゃないか!
何処の医者が「意見書」を書かずに、何処のケアマネジャーに「意見書」を書かせたのか?
噂や嘘を書くな!

Posted by 匿名 at 2017年08月01日 04:58 | 返信

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