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大学病院内で「平穏死」の講演

2017年11月03日(金)

久々に大学病院の中で、医療者に「平穏死」の講演を行った。
立ち見の人もいて、みなさん熱心に聞いてくれて嬉しかった。
敢えてこの場所で「平穏死」を語ることに意味があると思った。
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今宵の会場は愛知医科大学の管理棟の講義室。
初めて訪問したがとっても立派な建物である。

愛知医科大学は長久手市にあるので、市長も来られた。
やっぱり大学病院内での「死」の授業には、力が入る。

愛知医科大学の中で、「死」に関する講演は初めてとのこと。
記念すべき初回の講演に呼んで頂き、関係者に感謝申し上げたい。

まさに多職種が聞いてくれたようだが、誰も寝ていない。
大体大学病院内の講演は、寝ているものだが誰も寝ない。

緩和ケアの専門家に緩和ケアの講義。
まさに釈迦に説法だが、頼まれたのであれば、喜んでやる。

私の話のなにかが若き専門家の役に立って欲しい、と思うからだ。
日野原先生を持ちだしたら怒られそうだが、私は彼から大きな影響を受けた。

懇親会もいろんな人がいて、とても盛り上がった。
長久手市長さんと大学病院幹部のみなさまと懇談することが地域包括ケアの第一歩だ。

帰りにまさに末期がん患者さんから痛みで深夜の往診。
今、帰宅できた。

在宅は、息を抜けない。
緩和ケアは地域にある。


PS)
帰りの名古屋のタクシーの運転手さんとの会話。

私)セントなんとか空港までタクシーでどれくらいかかるの?

タ)1万数千円とちがいますか。

私)高かーーー
  小牧空港を使ったらええのに

タ)でも小牧には自衛隊がいますから。
  実はセントレアを作る時に小牧の自衛隊もセントレアに移る、という話もあったのですが

私)そりゃ、ええ案や。
  関西空港があまりにも遠いので、伊丹空港が見直されたのと同じことやなあ。
  ほんで、自衛隊も海に面したセントロメアに行ったら良かったのに。
  陸海空、どれでもOKやったのに。
  福井に爆弾飛んできても名古屋からやったら20分で到着できるしね

タ)お客さん、そんなこと大きな声で言うたら大変なことになりますよ。
 
私)なんで?  
  アメリカ軍ちゃいませ。自衛隊でっせ。あちこちにありまんがな。
  自分の国をまも護るためには日本のヘソの名古屋に自衛隊がおったほうがええ。

夕)そんなことだ誰が言うんですか?

私)そやな、それは名古屋出身の国会議員さんの仕事やろ。
  名古屋で人気の政治家は誰ですか?

夕)いますけど、もうひとつパっとしませんから。
  名古屋自体はいいポジションやと思いますし、セントレアに大きな自衛隊が  
  来たら兵隊さんで名古屋がもっと潤いますから。

私)韓国は徴兵制があるらしいね。

夕)ありますねん。東宝神起さんも2年間の兵役を終えて出てきましたから。

私)日本もそれくらいしたらええのに。
  2年間兵役で恋愛禁止になったら、沢山赤ちゃんも生まれるやろね。

夕)でもそんなこと言うたら、マスコミに叩き潰されまっせ
  なんで名古屋やねん。和歌山に近い関西国際空港に自衛隊でもいいのでは。

私)そう言われたらそうやなあ。
  でも日本ののヘソというかド真ん中に自衛隊がいてくれたら安心やけどな。

タ)そうやね。
  私らも悪い話とは思いません。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

懇親会で聞いた話だが、名古屋人は本音をなかなか言わないらしい。
大阪人と反対であるが、奥ゆかしさがあるそうだ。

以上の会話は、ここだけの話にしておいてくださいな。

ああ、楽しい「名古屋5時間の旅」やった。









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この記事へのコメント

ごくろうさまです

Posted by 尾崎 友宏 at 2017年11月03日 02:37 | 返信

「生粋の浪速男」と称された父が死んだ。
関東の病院で。
駆け付けた大阪の姪っ子の大阪弁を聞きながら。

父が30歳の頃、もう60年ほど前だが
母と幼い私を大阪の実家に残して一人東京に飛び出した。
なんとか生活の目星をつけて数年後、母と私を呼び寄せた。
しばらくはしんどい生活だったが、やりたい仕事をやれた人だった。

晩年、父は介護施設で生活していた。
最近、大阪にも同じような施設があるよ、大阪に行く?と聞くと
そうやな、そうしょうか、と。
私は、大阪にたどり着けるかな、と思いつつ。

高熱が続き、病院へ入院させた。
理由は、在宅訪問診療医師の勧めがあったのと、
私自身が、その在宅訪問診療医師の技量に不安を抱いていたから。
施設で過ごすよりも本人の苦しみを和らげることができると判断したから。

緊急入院してすぐは、担当医師は「治します」と言っていたが、
24時間点滴は無理だと言ったためか、拘束してまでの治療は希望しない、と言ったために治療範囲が限定されたのか、
あるいは90歳の本人の限界だったのか、点滴している間は私が付き添ったが、
3日目に「今週が乗り切れれば回復します」という電話があり、
「今週が乗り切れなければ・・・」と理解した私は大阪の親戚に電話を入れると、
すぐに姪から新幹線に乗ったと連絡あり、姪っ子が来るよ、と言うと父は嬉しそうだった。
姪は二晩、滞在してくれて、「まだ死ねへんやろ」「まだもうちょっとある思うで」・・・
私は「でもたぶん、まともに会話できるのはこれが最期だと思うよ」
私は、翌日の午前中はまだ姪が居てくれるから、夕方に面会に行けばいい、と思っていた。いつも私一人なので、もう一人身内が居る有難さを享受していた。今までの介護施設では介護力がアブナイので、退院後はしばらくは療養型病床だろうな、と次の行先を考えていた。

翌日、姪が「あと30分ほどで大阪へ帰るわな」と言って窓の外を見ていた、と。
ふと振り返ると呼吸していないので慌てて看護師さんを呼んだ、と。
そしてウチに電話が入って、私はチャリを飛ばして病室へ入ると心電図はまだ動いていた。

始めは拒否していた酸素吸入も受け入れるようになったのだが、自分で外してしまったようだ。
姪の話だと「今朝はしんどそうやった」と。

死に顔は穏やかだった。

その後火葬まで姪は滞在してくれた。
有難かった。
父は、私一人だとタイヘンだから、姪が居る間に呼吸を止めたのかもしれない。

それとも、現役の大阪弁を聞きながら、大阪に居ると思っていたのかな?

病院の担当医師は「日本尊厳死協会に入っている人、看取ったことありますよ」と言っていた。

Posted by 匿名 at 2017年11月03日 03:29 | 返信

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