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生活か、いのちか

2017年11月04日(土)

ケアマネの悪口を書いたら、「いいね」クリックがまたたく間に凄い数押される。
一方、ケアマネさん側からは、医師への悪口がたくさん書きこまれている。
この生々しい応酬を市民はどう見てか、多職種はどう考えるのか。
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病状が悪化すれば不安から病院に放り込むだけのケアマネさんがいる。

一方、携帯に電話しても出なかったりケアマネと話さない医師もいる。



医師は、いのちを一番に考えて、なにかあれば家族に訴えられないことを考える。

ケアマネは、生活を一番に考えて、家族に安全策を指南することが責務と考える。



医師は、57歳の医療保険を土台にしながら、介護保険にも触手を伸ばしている。

ケアマネは、17歳の介護保険を土台にしながら、医療にも口出しをすることがある。



医療は、医療法や医師法など200を超える法律で規制され、営利企業は許されていない。

介護は、介護保険法などで規制され、営利企業の参入も最初から許している。



医師は、肺炎やがんの見落としや治療ミスがあれば、家族から訴えられ時に大負けする。

ケアマネは、家族との話し合いでケアプランを決めているので訴えられることは少ない。



医師は、国家資格であり、悪いことをすれば医道審議会にかけられて医師免許はく奪される。

ケアマネは、国家資格ではなく介護保険法に定められた職種であり、一般に訴えられにくい。



医師の歴史は、ヒポクラテスの時代からなので千年単位であり、日本では江戸時代からある。

ケアマネ制度は、2000年にできた。(新しいからどうだ、という意味ではなく事実として)



医師は、病気を診るが、最近は生活も診なくてはならない。(なかなかできないが)

ケアマネは、生活を看るが、医療を行ったり口出しをすると医師法違反である。



医師は、ケアマネと協力する義務がある。

ケアマネは、医師と協力する義務がある。(ここは意見を待ちたい)



医師は、ケアマネジメントの中味に口出しをしていい。

ケアマネは、医療の中味に口出す権利を有しない。



医師は、在宅医療の適応となる患者さんを自ら判断する裁量を有している。

ケアマネは最近、主任ケアマネ講習会で在宅医療の適応に口出しをするよう求められている。(噂)



医師は、その必要があれば自らの判断で交渉して、しかるべき医療機関に紹介しなければならない。

ケアマネは、勝手に入院を判断したり医療機関に紹介するという「医療行為」を行ってはいけない。



医師には、紀元前5世紀のヒポクラテスの誓いや1948年のジュネーブ宣言など「倫理規定」がある。

ケアマネは、介護保険法などに定められた法令遵守が求められるが倫理規定の有無については知らない。



医師は、患者の近くにいるべきである。

ケアマネも、患者の近くにいるべきである。


しかし・・・・

医師は、ケアマネが生意気だと怒り、
ケアマネは、医者は威張るだけで患者の気持ちに寄り添わないと怒る。


生活か、いのちか、ではなく。
生活も、いのちも、両立させなければいけない。

そのために、ケアマネと医師は、切磋琢磨しながら連携・協力しなくてはならない。

なぜなら、どちらも患者さんの幸せのために存在する職種であるから。



<みなさまへ>
以上、勝手な文章を並べましたが、間違っている点をどうか教えてください。
不勉強でこの程度の知識しかないもので。

また、どうすればケアマネさんと医師が、あるいは介護と医療が、
より密接に連携できるのか、忌憚のないご意見をお聞かせください。


私は、たとえば「独居の看取り」という大きな国家的な課題を、両者が
同じ土俵で腹を割って論じることから、改善の糸口が見えてくると思う。



























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この記事へのコメント

今にも目を開けてむくっと起き上がって「なにしてんねん?」と言い出しそうな父を火葬して、1週間と1日が過ぎました。
私が唯一の「家族」だったので、両親が要介護となってから亡くなるまでの9年間、医師にも看護師にも介護師にもケアマネにも介護施設業者にも、いつもいつも「お世話になります」「ありがとうございます」「よろしくお願いします」を連呼してきました。心とは裏腹に。
医療者も介護業務従事者も、自分たちの仕事が如何に大変で大切で重要で、世のため人のため如何に自分たちが尽力しているのか、そればかりをアピールするのですよ。
患者のために、利用者のために、ほんとうに心を砕いて働いている人に、出会ったことは一度もありません。
にもかかわらず私達、患者側、利用者側は、そういった「医療・介護業務従事者」の方々に、いつもいつも「お世話になります」「ありがとうございます」「よろしくお願いします」を連呼しています。心とは裏腹に。

私は、自分の家族のために、軽蔑すべき「医療・介護業務従事者」に、やむなく頭を下げて生活してきたけれど、自分のためにはそうしたくありません。
私自身は、医療にも介護にもお世話にならずに死にたいです。そのためにはどうすればよいのか、やはり、「安楽死」という言葉が頭をよぎります。

Posted by 匿名 at 2017年11月04日 01:54 | 返信

すでにあれば申し訳ないのですが、
「実録 独居看取りのケアプラン集」のような
淡々と過去の実例を集めた書籍などは
看取り経験のないケアマネさんのイメージが改善されるのではないでしょうか。
案外、「こうしなきゃいけない!」や「この環境では無理!」という
固定観念が邪魔してることも多いと思います。
訪問看護&ケアマネで独居の方の看取りを幾度と経験させてもらいましたが、
「覚悟」「本人の想い」があれば、どんな状況下でも可能であり、
それをいかに、他者が邪魔しないかが重要なのだと思います。

ケアプラン看取り時のケアプラン。サービス導入の実際。
看取り時にかかわった家族、地域、サービス担当者、
死亡確認のまでの流れ。不足に感じたもの。あればいいなぁと感じたもの。
そんな振り返りも少し交えて、いろんな事例を参考にできればいいなぁと思います。

Posted by キャンナス甲子園 岸田 at 2017年11月04日 12:47 | 返信

初のコメント失礼いたします。訪問看護師とケアマネをしている者です。
率直に申し上げますと、医師とケアマネが本当の意味でわかりあえるのは土台無理な事と思います。同じ意味で医療と介護もです。
理由は何もかもが違うからです。一番違う事は教育が違います。9割が福祉職出身のケアマネにもっと医療を勉強しろと制度は求めます。素直に勉強したケアマネはいっぱしの医療職気取りです。でもそもそもの医療教育を受けていないのに医療職側の反発は必至です。
そこに無理があるのです。ケアマネは「つなぐ」役目です。医療を知らなくていいのです。でも、「飲んでる薬を知れ」だの、「病状を知れ」だの自治体も含めて制度は求めます。
誤解を恐れずに申し上げると、ケアマネは不勉強でもできる職種です。試験にさえ通ればあとは研修、研修。研修を受けても基礎教育ではないですから、元々のレベルにすでに差があるわけです。
何が言いたいか。ケアマネの制度に根本的に無理があります。
私は看護師もしているので、医師のプライドや見えないルールを忖度できているつもりですが、福祉職出身のケアマネさんはお構いなしです。私たちがびっくりする事をしてのけます。
利用者さんに益になることであれば何も問題がなく、医師がちょっと拗ねてしまっても利用者さんが良ければいいよね、と言えるのですが、やっかいなケアマネは、自分がチームのトップに居てるように勘違いし、医師をもコントロールしようとします。
もう一度言いますが、ケアマネは「つなぐ」役目です。わからない事はその職種に任せるのが仕事なのに、全部「ケアマネに報告しましたから」で責任を逃れようとするサービス事業者ばかりです。
周囲も、勘違いさせているのです。
同じ方向を向いていれば(利用者、患者さんの幸せという)何も問題がないのですが、勘違いケアマネほど、自分のプライドや自分の考えに固執しますから、先生のように医師のお怒りを買ってしまうわけです。
丸ちゃんが、BCMと名付けたように、私も勘違いケアマネ、やりすぎケアマネ、やらなさすぎケアマネと分類して、小さな会で投げかけた事があります。参加している医師は「やらないよりはやりすぎケアマネがいい」と仰いました。でもそんなケアマネはつぶれていきますし、ちょっとのきっかけで「勘違いケアマネ」になってしまいます。バランス感覚が悪いのです。
業界のごうと言えるかもしれません。私もどうにかしたいと悩んでいます。地域の有志と勉強会もしていますが、変なケアマネはいっぱい居ます。
でも悩まなくなったらおしまいと思って、悩み続けています。
どうしたらいいのか一緒に考えるところから、ケアマネの業界に投げかけてみても良いかもしれません。
私の住む地域では、一人の医師が「ケアマネと顔の見える関係を作りたい」と投げかけて下さった会が、10年以上続いています。その中で、「勝手に入院させたり、他院に受診させるケアマネが居る」という話も出た事があります。その会に参加してきたケアマネは、それが違うんだと学びました。
そういう会を先生から仕掛けてみてはどうでしょうか?分かり合う事は無理でも、話はできると思うのです。利用者さんの為に!
長文失礼いたしました。

Posted by 匿名 at 2017年11月04日 04:55 | 返信

私も長尾先生が仰る、ケアマネ17歳論に賛成です。
しかも、時代の流れに乗って有資格者になった、という
だけで、何ゆえ人の人生に采配を振るうのか..と.。
主導権を握ることができた暁に、特権意識に胡坐を
掻いてはいないか? と謙虚に自問自答して頂きたい
と思うものです。
親4人を看送るなかで、ケアマネさんと濃く接して
お世話になったのは、2000年と少しの頃に母を担当して
下さった方のみです。その後、十数年を経て、ケアマネ
の地位? が絶対的になりつつあったのを知り驚きました。
制度としては、ケアマネを通さねば介護保険を使うことが
し難いけれど、選択肢は自分で探して決めればよい訳で
何かと指図される謂れは無いと思っていたので、大して
関わることなく済ませてきました。
本来は自分でケアプランを立てることも可能であるのに、
お役所システムに慣れた国民は、ケアマネを役人と勘違い
している高齢者も多いかも知れません。
なんだか、制度の「門番」なんじゃないですか?

Posted by もも at 2017年11月04日 07:45 | 返信

ケアマネも医師も、まずは長尾先生の本を読んで、講演を聞いて、共通認識を持つこと。「尊厳死協会」や「エンドオブライフ・ケア協会」の存在を知ること。そして何よりも、現場で実際に関わっている利用者さん=患者さんを介して意見を交わすこと。
「死」を普通に語り合える関係を作ることですかね。

Posted by 平穏CM at 2017年11月04日 08:35 | 返信

在宅医療介護連携の窓口を担当している直営の地域包括支援センターの主任ケアマネです。

介護保険6期から始まっている(ア)から(ク)の事業について様々な機関から話を聞いています。

そのなかで救急救命士より問題提起がありました。ひとりぐらしで在宅医療を選択しDNARの意志を示している方を救急病院に搬送してしまったとのこと。やはり救急要請はケアマネか民生委員…

ケアマネや民生委員は患者さんがくるしまずに最期を迎えられるのは病院であると勘違いしているということじたい、患者さんの尊厳を無視していることだと思います。

同じケアマネの立場ですが、在宅医や救急病院の医師が本人とかわした最期の約束をいっしょに守ってあげられないことはチームとして残念なことです。患者さんがかわいそうとか、この場をしのぐために起こしている行動なら無責任です。

わたしたちケアマネは本人が自分で決めた生き方を在宅生活の側面から支える立場です。ただのお節介おばさんではなくソーシャルワークを担う支援者だと思ってます。

Posted by 主任ケアマネ at 2017年11月04日 11:36 | 返信

私が介護資格を取得する時に、選んだ学びの場は楽しく
充実した日々でした。主催者に依頼され、取り纏め役を
担っていらした女性は、面白い経歴の持ち主でいらして、
その人柄と人脈に集う講師陣も多才な方々ばかりでした。
かいつまんで、ポリシーを説明しますと、
「介護を学ぶということは、人を学ぶこと」というような
趣旨であった気がします。異業種からの転入でした。
頭の回転が早い方で、脱線する話の面白いことと言ったら
ありません。その先生が度々、御自身の経験談を引き合いに
出されるのですが、聞く度に、お人柄が忍ばれるし、とにかく
楽しい方でした。御経歴などを詳しくは書けませんが、
介護界に参入するに当たり、勿論ゼロからの出発です。
ひと通りの学びや実習も当たり前にこなして来られた訳です。
そもそも何故、介護界を垣間見ようと思ったのか、というと
ある相談を受ける場所で、社会的地位を確保しておられる先生に
対して、介護施設の責任者のような位置付けにある男性が
先生からのアドバイスに反論して、「僕らは弱者です。あなたのような
恵まれた地位にある人には、僕らの本当の苦労は分からないでしょう。」
と言った趣旨の言葉を投げつけたそうです。
負けず嫌いな先生にとっては、知らない世界についてを、それ以上は
逆の反論をすることが出来ずに、悔しい思いをしたそうです。
「弱者とは?」という意味を知るために、御自身が一から学ぶ場に身を
投じてみる、といった潔さに魅かれたエピソードでした。

介護界の人材確保のために、2000年頃から企業の色々なところで
リストラが行われて、行き場のなくなった求職者が最後に辿り着くのが
介護の世界、といった構図があった時代もありました。
リストラや転職が悪いというのでは、ありません。
時代が経過して、福祉大出身の新卒者が居るようにもなりましたが、
現在のケアマネの多くは、介護ヘルパーの経験年数を積み、
後の資格取得条件を満たすようになり、介護福祉士やケアマネへと
ある意味での出世を果たした方が多い時期であるとも思います。

その経過を云々するつもりもありませんし、現場で人思いの優しさを
発揮して御活躍されている人材も多くいらっしゃるとは思います。
けれども、どうかと思う方も時にはおられるし、やはり、どこかに
所属してのマネジメントなのですから、お上のお達示があって
当然なポジションだと思うのです。
社会の仕組みの中で、懸命に従事されているのは理解できます。
けれども、終末期についての人生の分かれ道を担って頂くには
少し心もとない気がします。


Posted by もも at 2017年11月05日 10:52 | 返信

医師のプライドや見えないルールの忖度を患者家族や患者や介護職に求めるのは傲慢ではないでしょうか。事情や理由をきちんと説明して頂ければいいだけの話、つまり意思疎通の努力は必要だと思います。医者に怒鳴られるのが怖くて主治医に何も質問出来ないケアマネが大勢いる限り、
利用者さんのメリットの為に協業なんて無理だと思います。

Posted by 匿名 at 2017年11月06日 05:21 | 返信

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